想定外の展開ですわね
「最近ねー、異世界人の子ばっかり襲われている事件があるんだよ」
「……はあ」
いつも通りシュエリアの部屋でシュエリア、アイネ、トモリさん、アシェとだらだらしていると、いきなりやって来た義姉さんがそんなことを言い出した。
「襲われた子の身元をね、調べたら全員異世界人なの。巧妙に隠してるし、警察とかは気づいてないよ? でもね、関係者からみたらわかっちゃうよね」
「……それで?」
まあそりゃあ、異世界人が居ると思ってない人からしたら、見た目が人だったら、異世界人かどうかなんて疑わないだろうけど。それをなんで俺に話す。
「襲われている子達は、皆大なり小なりケガをしててね、強く抵抗した子程、大きなケガをしているみたいなの」
「無抵抗の方がケガが少ないのか」
「そうみたい。それで、ゆう君には犯人を捜して欲しいんだけど」
「なんで俺に」
俺は探偵とは言え、どっかの名探偵みたいに難事件を解決するタイプじゃない。凄まじくオーソドックスかつ現実的な浮気調査と猫探しが生業の探偵だ。
「異世界人が襲われているんだよ? 一応共通点として、皆魔族系なんだけど……皆も襲われるかもしれないし、何より私のお店の子にも被害者がいるんだ。だから犯人を捕まえてくれたらちゃんとお給料出すし、お願いできない?」
「うーん」
義姉さんの言い分はわかるし、何とかしたい気持ちはあるけど、それでも俺には無理じゃないか……?
「なあシュエリア――」
「報酬の30割で手を打ちますわよ」
「……それ全額どころか3倍じゃん。俺、赤字じゃん」
コイツ凄まじく阿保じゃないか? そもそもまだ何も言ってないし、相談しようとしただけだし。
「一応、百万用意したんだけど、三百万でもいいよ、早期解決してくれたらね」
「なら後はユウキ次第ですわね……それで、報酬寄こすんですの? 寄こさないんですの?」
「代わりにお前が一人でやってくれるなら、いいぞ別に」
「じゃあその仕事、わたくしが貰いますわ」
そう言うと俺の隣に座っていたシュエリアは立ち上がって、部屋の中でもスペースのある、辺りに移動した。
「ねえシオン、襲われた人の名前とかは調べがついているんですの?」
「え、うん。5人居るけど、一人は赤司雪乃ちゃん、襲われたのは3日前で――」
「あ、良いですわ、それだけで」
そう言って義姉さんを止めると、シュエリアは背伸びをして一息ついた。
「ふぅ。……ワールドステータス。検索、赤司雪乃。過去参照、3日前……あぁ、襲われてますわねぇ……これは……人狼? 犬……? まあいいですわ。召喚――」
「ん?!」
シュエリアが召喚と口にすると、シュエリアの前の床に魔法陣が現れ、そこから何かが出て来た。
そして――
「な、何がっ――ぶふぇっ?!」
「はい、お仕事完了ですわ」
「お、おまっ……」
現れた人物、恐らく少女。その子を速攻殴り倒した。シュエリアが。
「何やってんだお前!」
「あん? コイツ犯人ですわよ。被害者の過去を調べて犯人の正体を割り出したから、ここに呼び出してぶん殴った。ハイ解決。簡単でしょう?」
「…………頭が割れそうだ」
コイツがとんでもなくヤバい奴なのは理解していたつもりだが……なんだこれ、何て言ったらいいんだこの感情は。頭痛すぎる。
とりあえず、殴られた相手の確認をしとくか……。
「生きてるな……顔が……うっ……女の子にこういう事するか普通……」
なんか目を回して、鼻血……いやこれ鼻折れてないか? いくら通り魔とは言え、ここまでするのは……。
「シュエリア、治してやれ」
「えー……」
「シュエリア」
流石にこれはやり過ぎだ。
それに、俺はシュエリアにこういう事……暴力的な事は本来、あんまりして欲しくない。
ネタで俺とかにやる分にはいいが……知らない相手に出合い頭でこれは駄目だ。許されない。
俺がそういう意図で睨むと、シュエリアは目を逸らし、バツが悪そうにした。
「…………わかりましたわよ。でも拘束するし、能力も奪いますわよ? 犯人なのは間違いないのだから」
「それでいいよ」
俺がそういうと、シュエリアは溜息を吐きながら渋々彼女を治療した。
顔も元に戻った。思ったより可愛らしい見た目をしている。
年頃的にはアイネくらいの少女だろうか……? 蒼い髪に蒼い犬耳っぽいのが付いているな。
しばらく様子を見ていると、犬耳の少女は目を覚ました。
「……? ここは……?」
「ここは俺の家だよ、君は召喚されてここにいるんだ」
「召喚……? ハッ! さっきアタシ凄まじい腕力のバケモノに襲われ……っている?!」
シュエリアの事を見て、ビビって逃げ出そうとするが、拘束されているからか、上手く動けずに床でジタバタしている。
「バケモノって……ぶっ飛ばしますわよ」
「シュエリア、お前はもう少し武力行使を躊躇え……そして謝れ。いきなり殴るのはやり過ぎだ」
「…………でも」
「シュエリア」
「……ごめんなさいですわ」
「…………人間、強いな」
なんか犬耳の子に勘違いされているようだが、俺は強くないぞ……。
強いシュエリアが俺の言う事聞いたから、そう見えたのかもしれないが。
そんなことはさておき、これからどうしようか、話を聞きたいけど……ちゃんと聞けるだろうか。
俺がそう思っていると、様子を見守っていたメンツから声が上がった。
アイネだ。
「ワンちゃんですかっ?」
「っ! その声は、アイネ?!」
「……ん?」
なんだ、この二人、知り合いなのか?
「良かった、アイネ。探してたんだぞ!!」
「えっとー、なんでですっ?」
「何でってそれは――」
「悪いけど待ってくれ、その話の前に君の事を聞きたいんだけど?」
ワンちゃんと呼ばれた少女と、アイネは知り合いみたいだが、俺はイマイチよくわかってないので、とりあえず一通りの自己紹介から始めてもらうことにした。
「あ、あぁ。アタシはイチってんだ。この世界にはアイネを探しに来た」
「アイネを?」
アイネを探しに……この世界には……? つまり。
「異世界から、来たのか」
「そうだよ。勇者を探しに来たんだ」
勇者を探しに……ね。
「……それで、なんでこの世界で人を襲ってたんだ」
「なんでって……アレは魔族だろ。なんでか人の中で暮らしてるけどさ……あいつ等なら勇者について知ってると思ったから」
「そんな理由で……」
なんていうか……あんまりにもあんまりだな。そんな理由で平和に暮らしている人を襲うなんて。
「殺さなかったのは?」
「……殺したら大事になるだろ。勇者も見つかってないのに魔族相手に大立ち回りはできない」
「その割に5人も襲ってるけどな……」
この子は何というか、あんまり頭はよろしくないのかもしれない。
「それで、お前は誰なんだよ」
「ん? 俺か。俺は結城遊生。アイネの兄だな」
「……お前が?」
イチは俺を疑いの目で見て来る。まあ、言いたいことはわからないではないんだけど。
「似てないな」
「まあ、血は繋がってないしな」
「でも、そうか。アイネが元の世界に戻りたいって。会いたいって言ってたのが、お前なんだな」
アイネの事を随分知っている……イチ……そう言えばアイネと再会した後に聞いた異世界の仲間に、そんな子が居たような……?
「……それで、イチの事を殴ったのが、俺の嫁でシュエリア。そこに座ってる紅い髪のエルフがアシェで、隣がトモリさん。さらにその隣が俺の義姉さんでシオン。後はイチの知ってる通り、俺の妹のアイネだ」
「……そこの、トモリ? 魔族、だよな」
イチがジロっと睨むと、トモリさんは困惑した表情を浮かべた。
「まあ~そうで~すね~」
「なんでアイネと一緒にいるんだよ」
「友達だからですねっ!」
「なっ……なんで勇者と魔王が友達なんだよ!」
いや、ホントごもっとも。
アイネは首をかしげてるし、トモリさんはあらあら言ってるけど、これが普通の反応だと思う。
「まあ、それは置いておくとしてさ、イチはなんでアイネを探してたんだ?」
「ん、それは……」
俺の問いに、イチは答えにくそうにしながら、アイネをちらちら何度か見ると、意を決したように口を開いた。
「あたし達の世界で魔王が復活して、だからアイネに助けてもらおうと思って。でもアイネを直接召喚が出来なかったから、アイネと結んだ絆を頼りに、アイネの居る世界にあたしを飛ばしてもらったんだ」
「うーん、なるほど」
どういう原理かはさっぱりわからないけど、なるほど。
でもそれでアイネを見つけて、どうする気だったんだろう?
「でもアイネも見つけたし、後は一緒に元の世界に戻るだけだな」
「戻れるのか」
「元の世界に戻る為のアイテムがあるから……それを使えば何人か一緒に元の世界に戻れる。それを使ってアイネと戻る気だったんだ」
「なるほど……」
でもそれはなぁ……アイネを連れていかれてしまうのは……。
「アイネ、頼むよ。もう一度世界を救って欲しいんだ!」
「にゃっ。うー……兄さまっ?」
「え、俺?」
うーん、俺としてはアイネに行って欲しくないけど、見捨てろっていうのはな……俺はアイネにそういう子になって欲しくないし……。
「それ、何人か一緒に行けるんですわよね?」
「ん? ……あぁ、そうだけど……」
イチがシュエリアを見て、警戒しながら答える。
というか今更だが、イチは拘束されて床に転がっているのに、この状態でアイネと帰る気なのか?
「ならわたくし達も連れてってくれたら、アイネも連れて行っていいですわよ」
「おいおい、シュエリア、お前な……」
「いいでしょう? ユウキはどうせ見捨てる気ないんでしょ? それはアイネも同じみたいだし。なら一緒に行ったら離れ離れにもならない、戦力も確保できる、良い事ですわよね?」
まあ、そこだけ聞けば納得のいく話ではあるんだけどな……。
「お前も……来るのか」
「行きますわよ。暇だから」
「……暴れないか?」
「暴れに行くんでしょう?」
「…………」
なんだろう、イチが滅茶苦茶シュエリアを警戒している。むしろ威嚇までしてる。
いきなり殴って来る上にヤバいくらい強い奴が暴れに行くとか言い出したらそうなるか。
「シュエリア、倒すのは魔王とか、その仲間だけだからな?」
「わかってますわよ。それに、わたくしにはなんかそこそこっぽい敵を回してくれたらそれで遊びますわ。魔王戦、熱いところは勇者に上げますわよ」
「本当に大丈夫かな……コイツ連れて行って……」
完全に暇つぶし、遊び感覚だし……。
「あのう、出来れば魔王やっつけるのも手伝って欲しいですっ」
「えぇ……わたくしがやったら盛り上がらないですわよ」
「そういう問題ですかっ?」
「そういう問題ですわ」
違うと思うけどな……シュエリアの感覚だと、そうなんだろうな。
「それで、何人まで行けるんですの?」
「……この部屋に居る人数くらいなら、行けるけど」
「そう。アシェ、トモリ、シオンはどうしますの?」
シュエリアに問われ、アシェとトモリさんは行くことになった。
義姉さんはシュエリアやトモリさんが居ない職場の穴埋めとか、他の仕事もあるし、何よりこちらでイチが起こした事件を放り出して異世界には行けないようで残ることになった。
「それじゃ、行きますわよ」
「なんでお前が仕切ってるんだよ」
「お前じゃなくてシュエリアさんと呼びなさいわんころ」
「わんころとか言うな! っていうか拘束解けよ!」
「……? 聞こえないですわね?」
「ぐぬぬぬぬ……シュエリアさん、拘束を解いて、ください」
イチの態度、言葉に満足したのか、シュエリアは拘束を解いた。
「あと……力入らないんだけど」
「あぁ、能力奪ったの忘れてましたわね」
そう言うと、シュエリアはちょっと考えるような仕草をしてから「戻しましたわ」とだけ言った。
「じゃあ、行くけど……本当に来るんだな?」
「えぇ、楽しみですわねぇ、異世界旅行……もとい冒険」
コイツ本当に遊び気分じゃん……。
俺はかなり先行きが不安になりつつも、異世界でコイツがやらかさないよう、しっかり見張ることを決意した。
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次回更新は来週金曜日18:00です。




