流行っているらしいですわ
「……これ……何が楽しいんですの?」
「……さあ……何かな」
いつも通り平和かつ非凡な日常、いつもよりゆっくり過ごす昼下がり。
俺とシュエリア、アイネの3人は庭で横並びで椅子に座り、ボーっとしていた。
「ねぇ、これ何が楽しいんですの?」
「さあ……何かな……」
シュエリアの問いかけに、俺は割と真面目に答えたつもりだ。
だがシュエリアはそうは思わなかったようだ。
「……投げますわよ?」
「……何を」
「家を」
「やめろ」
俺がてきとうに返事をしたと思ったのか、微妙に機嫌悪そうなシュエリアがとんでもないことを言い出す。
なんつう物投げようとしやがる。本当にやれるだろうし、やりそうなのが怖い。
「そんなことしたら俺のコレクションに被害が」
「心配するところがオタクですわねぇ」
「他に何がある」
「寝床とか……かしら?」
「家を投げた話で周辺被害を気にしない時点でシュエリアさんも変ですっ」
シュエリアの言葉にツッコむアイネに、なるほど。と思う。
確かに周辺の被害とか凄そうだ……この家無駄にデカいしなぁ。
「まあ、冗談は置いておいて、ですわ」
「ん?」
「何が楽しいんですの、これ」
またこの質問か、どうやらさっきの返事はやはり冗談というか、てきとうな返事と取られていたようだ。
「知らんよ」
「私は兄さまと居られれば楽しいですっ」
「ちょ、ズルいですわよアイネ。そういうこと言ってんじゃないですわ」
「う? ズルいですかっ?」
「ですわ。そんなこと言い出したらわたくしだってユウキと居るだけでそこはかとなく楽しいし、それなりに幸せですわ」
「そこはかとなく、それなりに」
なんか二言くらい多い気がする。そこはかとなくだのそれなりにだのって、普通に楽しいじゃダメなのか……。
「じゃあ兄さまと一緒にだらだらしてるから楽しいですねっ」
「まあ、そうなのだけれど、これ単体で考えたら、楽しくないですわよ?」
「人によるんじゃないか? よくわからんが」
ぶっちゃけ椅子に座ってだらーっとしてるだけだから、何が楽しいとか、そういうのでもない気がするし。
「でも流行ってるらしいですわよ? チェアリング」
「まぁ、らしいけどな」
確かに昨年あたりから流行っているという話は聞いたが……これ、要は外で椅子出して座ってるだけだしな……。
「地面に直接座らないからお尻が痛くないだけで……これただの日向ぼっこですわよね?」
「まあ、日向ぼっこなら俺はシート敷いて寝るけど」
「どっちにしてもこれ、何が楽しいんですの?」
「んー、本でも読んだら?」
「自室でいいですわよ……」
「ゲームするか」
「眩しくて画面、見難いですわ」
「……寝るかぁ」
「これホント何するものなんですの……」
正直言って、これは何をするっていうよりも何もしない物なんじゃないかという気もしないでもないが……する人はそれこそ読書とかだろうなぁ。
「景色~が~いいと~リラックス~?」
「あ、トモリも来ましたわ……って、トモリ。なんですの、それ」
「座布~団~です~」
「椅子ですらないだと」
俺達が三人揃って椅子に座って「チェアリング」をしているところに、まさかの座布団での参戦。
「まあいいですわ。そういえばアシェはどうしたんですの?」
「アシェ~さんも~来る~そうです~」
「まあもう居るけどね」
「うぇ。アシェどっから湧いて来たんですの」
「失礼ね。アンタらが座布団に気を取られている間によ……っと」
アシェは言いながら、お得意の錬金術だか魔法だかわからない力で椅子とテーブル……そしてパラソルを出した。
「うわぁ、ガチですわね。なんですの、令嬢気取りですの? いけすかねぇですわ」
「気取りって言うかまんま令嬢でしょ私。庭で椅子に座ってなーんもしないくらいなら、テーブルでも出して紅茶セット用意して、お茶でもしながら読書する方が有意義でしょ?」
「なんか腹立ちますわね、アシェのクセに洒落てるし、なんですの? マウント取ってるつもりですの?」
「アンタ卑屈過ぎるでしょう……普通に、こんくらい私達くらいの身分のエルフなら皆やってたでしょう」
アシェは呆れたようにそう言うが、シュエリアにはピンと来てない様だ。
「わたくしはやった事無いですわ?」
「アンタが変わり者なだけでしょ」
「誉め言葉として受け取っておきますわね」
「なんでそうなるのよ……」
どう考えてもこの場合誉め言葉ではない気がするんだが……まあ、ある意味シュエリアからしたら普通じゃないことが一種のステータスなのかもしれない。
「で、お茶はいつ出るんですの?」
「なんでアンタの分淹れなきゃいけないのよ」
アシェは自分の分の紅茶の準備をしながらも、早速シュエリアにお茶の催促をされている。が、どうやらその気はない様だ。
「え、一人で楽しむ気なんですの?」
「そりゃ私が楽しむために用意したんだから、そうでしょう」
「へぇ……ユウキ、アシェはボッチで楽しむらしいですわよ」
「ちょ、その言い方やめてくれる?」
「わたくし達と一緒より一人の方がいいって言ってますわ」
「言ってないわよ! っていうかユウキにそういう事言って心象悪くしようとするの汚いわよ!」
声を荒げて抗議するアシェだが、手元が危ないからそっちに集中して欲しい。紅茶がこぼれそうだ。
「でも一人用なのでしょう?」
「ぐっ……ユウキの分は用意しているもの」
「あら、本当に? じゃあ貰いますわね」
「話聞いてないの? これはユウキの分、つまり私とユウキの分しかないのよ」
「ユウキの物はわたくしの物ですわ?」
「何よその理屈」
「ついでに言うとアシェはユウキの物だから、結果的にアシェはわたくしの物でもあるわけですわ」
「え、何それ、どういう理論なの?」
「つまりこれはわたくしとユウキの物ですわね」
「え? ん?? へ???」
シュエリアの展開する超理論にアシェが混乱している。
まあ……うん、この阿保のいう事を真に受けてはいけないということだな。
「普通に家からお茶用の食器とか出してくればいいだろ」
「アシェの物を奪うから楽しいんですわ?」
「最低だなお前……」
へらへら笑いながらとんでもないこと言い放つなコイツ……。
「まあ、冗談は置いといて、ですわ。さっさと魔法で準備済ませるから、ちょっとアシェ、テーブル借りますわよ」
「はぁ、仕方ないわね、結局こうなる気はしてたわ」
「以心伝心ですねっ」
「違うわよ」
「そうですわ、アシェのはただの言いなりですわ」
「言い方。違うわよ。アンタの我儘に慣れてるだけよ」
「わたくしが我儘なんていつ言ったんですの?」
「常時我が道行ってる奴が何言ってんのよ……」
そんなアシェの言葉にシュエリアはと言えば、まったく気にもしてない様子で準備を進めている。ホントにマイペースだ。
「さて、準備出来ましたわね」
「なあ、なんで6人分」
「どうせシオンも来るでしょう?」
「あー、そう、そういう」
確かに今日は義姉さん来るって言ってたな、事前に連絡のある珍しいパターンだった。
「で、わたくしが我儘って言う話だけれど」
「あ、思ったより気にしてたのね」
「てっきりスルーかと思ってたが」
「まさか。わたくし我儘に見えて、意外と我慢している部分もありますわ?」
「ほう、例えば?」
「ユウキと毎日シたいけど、我慢してますわ」
「その発言は我慢できませんか」
「限界来てましたわ」
「そっすか……」
にしても、言うならもっとこう、二人の時とかにして欲しかった。
「あ、それ。そういえば、シオンとはどうなったのよ」
「ん? あぁ、それな……シュエリアに許可出されたから……まあ……うん」
「やってると」
「ま、まあ」
「へーそう。ふーん」
「なんだよ?」
「私の番いつかなぁと思って」
「なっ……」
サラっと凄いこと言いやがるな……アシェの奴。
っていうかさ、この話題はお茶しながらするものですか? 女子ってこんな感じなの?
「だってほら、シオンは先約だったでしょ? それが済んだら、ほら、ハーレム全員にするべきでしょう? そういうのって」
「まあ、それはそうかもしれんが……」
「嫌なんですの?」
「え、そんなことはない」
「じゃあ何なのよ?」
「……これ、昼間から外でする話か?」
いくら庭とは言え、こういう話を外でって言うのは、気分的に落ち着かない。
「私は外でもいいわよ?」
「それ、話がだよな」
「どっちもよ」
「どっちも……」
「何の話ですかっ?」
どうやらさっきから話の流れがなんとなくわかってなかったらしいアイネに問われるが……多分知識的には知っているので、説明がつかないことはないのだが、なんだろう……白昼堂々、妹にこういう話を説明するのに抵抗が。
「性交渉の~話~ですよ~」
「トモリさん、たまに尊敬します」
「あら~?」
この人、すげぇな。
こんな堂々とそういう発言できるのにはある意味で尊敬する。凄いメンタルだ。
「シオンの次は誰がするのかって話よ」
「私ですねっ」
「スッゴイ自信ね。なんでそう思うのよ」
「兄さまに愛されてますからっ」
「またもや凄い自信。何この子……無敵メンタルなの?」
アイネの自信満々な発言にアシェが若干引いてる。
「っていうかわたくしが我儘って言う話はどうなったんですの? ユウキまでそう思ってたりしないですわよね?」
「ん、いや、シュエリアはマイペースだが、我儘だとは思ってないぞ。俺は」
「あ、じゃあいいですわ」
「アンタ、ユウキにさえよく思われてればいいわけ?」
「? いいですわよ?」
「……あっそ、お幸せね」
シュエリアの当然、と言わんばかりの態度に、呆れるアシェは興味をなくしたようだ。
「で、ユウキは次は誰と寝るのよ」
「んん? そういうのは決めてないが……うーん」
「三人~同時~?」
「トモリさんホント凄いっすね」
「あら~?」
いや、マジで、なんでこういう事サラっと言えちゃうんだろ。すげぇな。
「まあ、ある意味公平ですわよね」
「そうね、いっその事、うだうだ悩まれるくらいならそっちのがいいわね?」
「よくわからないですけどいいですよっ」
「なんて前向きなんだコイツ等」
この提案に誰一人反対がないとか、なんだろう、似た者同士なんだろうか、意外と。
「何の話してるのゆう君?」
「そして相変わらず急に出て来るな、義姉さん」
「え、今日来るって言ったじゃん?」
「そういう事ではない、登場が急だって言ってんの」
「あはははは」
「笑うな」
相変わらず笑いどころがさっぱりわからん。むしろいっそ笑ってすまそうとしている感すらある。
「で、何のお話?」
「あー、義姉さんの次に誰と……アレするかって話」
「アレ?」
「性交渉~です~」
「あー。照れちゃって可愛いんだ~ゆう君」
「むしろ人目を憚らずにそういう事言える方が変だと思うんだが……」
まあ、言っても見知ったメンツしかいないから、そこまで恥ずかしがったりすることではないかもしれないけど、男性から女性にそういう話したら余裕でセクハラだよ。女性からだと許される風潮に関しては……今はどうでもいい。
「で、誰にしたの?」
「三人同時になったところよ」
「決定事項なのかそれ」
「嫌~ですか~?」
「嫌では無いですが……」
「何か問題ですかっ」
「問題……それって、三人なんだよな?」
「そうだけど、何よ?」
「いや、それならまあ、いいか」
それならギリギリなんとか……なるか。
「あぁ、コイツ。わたくしとか含めて全員でやることを想定してるんですわ。ヤラシイですわねぇ……」
「あのなあ。フルメンバー相手にできるわけないだろ……ヤらしさよりキツさの方が勝つわ。そんなん」
「そういうことね。嫌がられてるのかと思ったわ」
「それは無いよ。何せ皆して美少女だしな、なんだかんだ悪い気しないよ」
「ホント、こういうこと言っちゃう神経はシュエリアの旦那らしさよね」
「え、なんか変な事言ったか?」
そんな変なこと言ったつもりは無かったんだけどな……。何か間違っていたりしただろうか。
「なーんでわたくしの旦那らしさが変な事言う事なんですの?」
「変な嫁に変な旦那で似たもの夫婦という意味かと」
「ちょっと腹立つけど、納得している自分が居ますわね」
「だろ?」
「はいはい、イチャ付かない」
俺とシュエリアの反応を見て、さっさと話しに割り込んでくるアシェだが、こういう話題振ったら俺らがこういう反応するってわからなかったのだろうか……。
「っていうかさ」
「ん? 何、義姉さん」
「チェアリングって聞いて来たけど、これチェアリングっていうよりお茶会だよね、普通に」
『えっ…………』
義姉さんの言葉に全員の動きが止まる。
外に椅子とテーブル、パラソル、ティーセットに洋菓子……確かにこれはお茶会だな。
「……チェアリングって何なんですの?」
「もっとちゃんとルール整備してくれないと逸脱してしまうじゃないか……」
「椅子に座るだけでチェアリングじゃないの?」
「お昼寝はチェアリングですかっ?」
「座布~団~は~椅子じゃ~ない~?」
「この子達ホント何してたんだろう」
義姉さんが露骨に「呆れた」って様子で見て来るんだが……。うん、なんか俺達って、ホント、なんだかなぁ……。
きっとあれなんだろうな……うん、アレだ。
「俺らにチェアリングは向いてない」
「それですわ」
「向いてないとかいう問題かなぁ……」
いや、正直ホントに、何していいかわからないし、何したらチェアリングなんだ?
「でも、アレですわね」
「ん?」
「これ、多分だけれど、景色とか楽しんだり、外に出てゆっくり気分転換するものですわよね?」
「でしょうね。じゃなかったら外でこんなんする意味ないでしょ」
まあ、確かにそうなのかもしれない。いっそのこと椅子に座って何かするだけだったら家の中でいくらでも「チェアリング」していることになるし。
「つまり庭で始めた時点で失敗ですわね?」
「ついでに常に何かしてないと暇するお前にも向いてないな」
「それはお互い様ですわ」
「それはないだろ……」
確かに俺も、最近コイツと居ると楽しいせいで、逆に暇な時間が辛くなっている節があるが……流石にコイツ程じゃない。
「ねえ、1つ聞いていーい?」
「ん? なんですの?」
「これ、お姉ちゃん来て早々、チェアリングお開きとか無いよね?」
「それは大丈夫ですわ、だって――」
そう言いながら、シュエリアは紅茶を口にし、お菓子を手に取った。
「チェアリングが駄目ならお茶会をすればいいですわ!」
「……それチェアリング終わってるけど……ま、いっか」
「切り替え速いな」
ということで、その後俺達は、湯が落ちかける頃まで外でのお茶会を楽しみ、結果として、その後俺達がチェアリングすることは無く、代わりに外でのお茶会はたまに、温かい日にだけ開催されるようになった。
ご読了ありがどうございました!
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次回更新は金曜日18時です。




