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娯楽の国とエルフの暇  作者: ヒロミネ
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ふと気になった話ですわ

「トモリってなんでトモリなんですの?」

「……はい~?」

 いつも通りのわたくしの部屋で、もう何度目かの女子会、もう時間も遅いのでアイネはユウキと寝てるし、シオンは帰ってしまったのでトモリとアシェ、三人でダラダラ夜更かししていた時、ふと気になってしまったことを問いかけると、とうの本人は何を言われているかサッパリといった様子だった。

「トモリってサキュバス……ですわよね?」

「はい~」

「異世界人……ですわよね?」

「はい~」

「なんでトモリなんですの?」

「……はい~?」

 ここまで言っても、まだトモリには理解できなかったようだ。

 多分ユウキ辺りならこういう時、意図を察してくれるのだけれど……。

「あー、アレでしょ。要は名前がなんで和風なのかって話よね」

「そう、それですわ」

「あぁ~」

 アシェからの的確な説明でトモリもようやくわたくしの言っていたことを理解したようだ。

「で、何でですの?」

「それ~には~深い事情~が~」

「事情が?」

「ない~ですけど~」

「無いんですのね……」

「ですが~」

「ん?」

「どうやら~……喋りにくい~ですね~」

 どうやらトモリの名前の由来には、深い理由は無いようだが、何かしらの理由はあるようだ。

 しかし喋り難い理由ってなにかしら……。

「これで話しやすいですね」

「そっち……」

「はい?」

 どうやら単純に口調が話し難かったようで、そそくさと髪をまとめ上げてキレのある口調になったトモリ。もういっそいつもこれでいいんじゃないのかと思うのだけれど……。

「何でもないですわ。それで? 理由って何ですの」

「はい、私は生まれた時、野外での出産だったそうです」

「……はあ」

 野外での出産……どうしてそういう事になったのだろうか……。

 自然と共に生きるエルフですら流石にそこまで野性的ではない為想像がつかないが、何かしらかの緊急事態とか……だったのだろうか。

「それで、夜中、一寸先が闇というとてもとても暗い中生まれた私は、光っていたそうで」

「…………はい?」

「暗い中生まれた私が光っていて、それが灯りのようであったから、トモリ、だそうです」

「……へ、へぇ、そう。なんですの」

 なんだろう、凄く、凄く微妙な話題を引き出してしまった気がする。まあ野外でっていうのは、時と場所を選べなかったということで、そういうこともあるのかもしれない。

 けど、夜中って聞くと、尚更なんで野外……と思ってしまうし、ぶっちゃけそういう現実的なところが気になり過ぎて光ってたから灯りっていうワードの印象がかなり薄い……。

 そんな理由でわたくしがこの話題をどうしようかと悩んでいると、アシェが切り込んだ。

「なんで夜中に野外に居たのよ……妊婦でしょう?」

「そうですが、母もサキュバスなので、夜はそう。食事時ですから」

「あ……そういうこと」

 なるほど、なんとなくそう聞くと納得できなくもない。

「それで食事中に産気づいたってことですのね?」

「いえ、まあ、正確には食後に父と仲良くしていた最中に……ですが」

「うわぁ、聞きたくなかったですわそこは」

 食後の妊婦と野外でアレって、これだから淫魔って……淫魔ってこれだから。

「お散歩デート中に急に……ビックリですよね」

「あれ、思ったのと違いましたわ?」

「? なんだと思ったんですか?」

「え…………ナンデモナイデスワ」

 ヤバいヤバい、これでは淫魔思考なのはわたくしの方みたいになっている。

 つい相手がサキュバスだからって変な事ばっかり考えてしまった……。

「でも、ホント大変ね。野外出産って」

「いえ、まあ。魔族だと割と一般的ですよ?」

「ワイルドね、魔族」

「まあ、そんな感じで、私はトモリとなったんです」

「ふうん。で、トモリって名字は何て言うんですの?」

「あー、それはですね。魔王になったときに失ってしまいまして」

「あら、何かハードな話が来そうですわね」

 名字を失う話……これは何か聞いてはいけない、踏み込み過ぎてはいけない事情がありそうですわね……。

「詳しく聞いても?」

「シュエリア、あんたホントそういうところよ」

「わかっていますわ。正直気安く聞いてよくない話なのも、それをずけずけ聞いてしまう無神経さも……でも好奇心が、わたくしのセンサーがこれは面白い話が聞けると言っていますわ」

「そのセンサー当てになるの?」

「ならないですわ」

「当てにならない勘に頼って人の重そうな話聞きだそうとするとかホントに馬鹿ね」

「いえ、別に重たくはないですよ?」

「ほら、もう既に面白そうですわ!」

「え、どこが……」

 わたくし的に、トモリのこの反応を見るに、あっと驚く奇抜な理由があるに違いないですわ。

「で、具体的に、どうなんですの?」

「それはですね――」

 わたくしが促すと、トモリは自分が名字を失った経緯について話してくれた……。

 ――10年前。

「誕生日おめでとう、トモリ」

「ありがとうございます、父さま」

「トモリ……こんなにも立派に育って……貴女は私達夫婦の、いえ。魔族全ての誇りだわ」

 私の15歳の……成人を祝う誕生日、私は成人と同時に魔王になることが決まっていて、この日は就任式も執り行われていたのだけど、両親が家族だけでどうしても誕生日を祝いたいということで、私と父と母の三人だけ、家族水入らずでのパーティをしている。

「こうして成人して、魔王にまでなったんだ……もうこんな風に気楽に会うことは出来なくなるな……」

「そうね、もう私達だけの娘ではないのだもの」

「そんなこと……ないです」

 私としては魔王になるのだって本当は乗り気ではない。

 両親だってそのはずだ。そもそも私達淫魔は人の夢や精力を糧に生きている。魔族の中でも人に対する依存度が高く、他の魔族のように人を殺したり、ましてや滅ぼそうとかそんなことは全く考えたことがない。

 食料としては見ているが……それだけに殺すより活かした方が得というのもあって、淫魔はどちらかというと魔族内では穏健派を超えて時たま裏切り者扱いされるレベルで人間に寄って生きている。

 その淫魔の私が魔王……こんな向いてないことあるだろうか……。

「そもそも他の魔族達も私が魔王になることに反対な者も多いですし。どうせ直ぐに次の魔王を選んで、私は要らなくなりますよ」

「そう……でも、トモリ、貴女ならきっと、立派な魔王になれるわ」

「そうでしょうか……」

 というか、そもそも立派な魔王になんて成りたくない。

 ただ普通に、毎日人の夢に入って食事して、楽しく生きて、それだけの、普通の淫魔の生活を送りたい。

「トモリが魔王になって、この魔界を生きやすくしてくれると嬉しいわ?」

「生きやすく……ですか」

「そうだな。我々淫魔と言えば今や魔族では裏切り者、人種の寄生虫とまで言われる始末だ……トモリが魔王になってその空気を払拭してくれたら、我々淫魔としても助かるな」

「……そうですね」

 確かに今までの魔王はその全てが人の世界を滅ぼそうとしていた。

 実際今までそういった『危機』は何度かあったようだ……その所為で飢える淫魔のことなどお構いなしに。

 ならそういう魔界の空気を、私が変えられれば……。

「頑張って、みます」

「ふふふ、頼りにしてるわ、トモリ」

「あぁ。そうだとも、私達の自慢の娘」

 こうしてこの日、私は魔王としての新しい一歩を踏み出したのだと思う。

 それが間違いだとも気づかずに。

 ――5年前。

「魔王様、付近の砦で勇者一行を確認したそうです」

 魔王城、謁見の間にて。私の補佐をしている魔族が勇者一行の情報を口にした。

 とはいえこれも最近よく聞く話だと思う。どうせよくない話……。

「……被害は」

「勇者を捕捉した砦が陥落。負傷者はいないようです」

「そう、数は」

「…………約100が」

「…………」

 100。決して少なくない数だ。それだけの魔族の命が失われたのだ……。

 奴らは、人は、勇者は、決して魔族を生かして返さない。それが例え人に害のない……あるいは比較的害の少ない魔族でも、奴らには関係ない。

 いい例にゴブリンの話がある。人里離れた森で暮らしていたゴブリンが、生きる糧として森の動物を狩って暮らしていた。もちろん、魔王として私が管理しているゴブリン達である、生態系を壊すような乱獲は禁じていた。

 それでもだ。それでも、人族は自分達の狩る獲物が減るという理由でゴブリン達の村を襲い、その命を奪った。奴らからしてみればこの世界は全て人種の物なのだ。

 そこに魔族の領地など許してはいない。例えこちらが生きるために必要とする最低限の生存圏であったとしても、それを人類の持ち物として『奪還』するなどという名目で襲ってくる。

 人種同士での領地や国境は許されても、魔族には許されない。

 私が魔王になって5年。人類への侵攻は完全に廃止し、今ある魔族の生存圏。魔界だけで暮らしていけるように政策を執っているが、それでも……それでも奴らは気に入らないのだろう。魔族が……その過去の行いのすべてが。

「魔王様、国民や兵、各将校達からも人類に対する反攻をすべきだと言う声が多く上がっています」

「知っている」

「では――」

「だがここで反撃すれば、今までの苦労も、散った命も無駄になる」

「ですが!」

「だからと言って、このまま勇者を好きにさせるつもりもない……私自ら出る」

「ま、待ってください魔王様! 御身自ら出向くなど――」

「黙れ」

「っ!」

 私が睨むと、補佐官はすぐに身を縮め、黙りこくる。

 ……そんなに怖かったでしょうか……?

「支度をしたらすぐに出る。城は任せた」

「はっ……」

 私はそれだけ伝えると自室に戻り、直ぐに勇者一行を追う準備をする。

 けどその前に。

「はぁ~……つか~れ~ました~」

 魔王として振舞っている時とは大分違う声が漏れる……。

 以前はこんな感じではなかったのですが……魔王としての緊張感が強いせいか、気を抜くと反動も大きく、大分へろへろになってしまいます。

「はぁ~。まおう~やめ~たいですね~」

 最近こればっかり考えてしまう。

 せっかく魔王になって人類への侵攻を止めて、人と共存する道を探しているのに……一部の人の国はこちらの話を聞いてくれることもあるが、勇者を排出している聖王国は全く聞く耳を持たない。実際こちらが平和的解決を模索している最中も人様の領地にズカズカ踏み込んで殺戮の嵐。いっそ魔族からしたら勇者って言うか殺人鬼だ。シリアルキラーだ。

「止めな~いと~いけませんね~」

 正直武力行使とかはしたくない……でもあちらがその気である以上、こちらとしても最低限の抵抗はしないと滅亡を待つだけになってしまう。

 かといって他の誰かに任せると血の気の多い魔族だ、うっかり大ケガさせたり、最悪殺してしまうとそれこそ戦争になりかねない。

 だから私が直接行って……なんとかしないと。

「……まおう……やめたい~です~」

 頑張っても成果が出ないとやる気がなくなってしまう……。

 そもそも淫魔なんて人の夢で食事してあとは遊んでるだけの生き物なのに……。こんなに仕事しなきゃいけない上に、成果も出ない。本当にやる気がなくなる。

「さて~準備~できてし~まいました~」

 うだうだ考え事をしながらでも、準備が終わってしまった。といっても、そこいらにあった武器を持って、汚れてもいい服に着替えただけで、それらしい準備なんてほとんどしてないのだけれど。

「いき~ますか~」

 こうして私は、勇者の殺戮を止めるために、お城を出ました。

 そして魔界のとある集落で、ついに私は勇者一行を見つけました――。

「ストップですわ」

「そして勇者達は――え? えーっと……? え?」

「なんか長くなりそうだから、もうちょっと要点を話して欲しいですわ」

「アンタ、ここまで来て話遮って、要点だけ教えろとか鬼畜なの?」

「いえ、ほら、アレですわ? このままだときっと戦闘シーンとか入るのでしょう? そうすると尺が伸びるわけですわ。でもほら、夜も遅いし尺が……ね?」

「アンタねぇ……トモリだってここまで話したら聞いて欲しいわよね?」

「え……まあ……はい」

「後どのくらいで終わるんですの?」

「えっ……と……今ので3割くらいでしょうか」

「まだ半分すら行ってない……尺取り過ぎて朝になるどころか次の話まで跨いでしまいそうですわね……」

「じゃ、じゃあ……要点だけでも……」

「それでお願いしますわ」

 ということで、トモリの昔話は一旦置いておいて、名字を失った話の要点を聞くことになった。

「まあ、その、端的に言いますと、さっきの話の後、勇者と戦い、格の違いを見せつけて追い帰すのですが」

『ふむふむ』

「勇者は撤退しつつも、途中にあった集落を襲い……そこには働きに出ていた父が居て」

『え…………』

「結果、私が見逃した勇者に父が殺され、それを知った母と仲違いしてしまい」

『う……わ……』

「最終的に、勘当されてしまったので、家名を名乗るわけにもいかないので、ただ、トモリという名だけが残った感じです」

『…………』

 ……どうしよう、思ったより重い話ですわ。

 なんか面白そうな話が聞けたらな……程度で聞いてしまったし、端折って貰ってしまったけれど……これちゃんと聞かないと駄目な奴だったっぽい。

 しかし今更……そういう訳にもいかないですわよね……。

「あー……トモリ?」

「はい」

「あのー、ほら、トモリはもう家族みたいなものだし……何ならほら、結城を名乗ったらいいのではないかしら?」

「ですが、シュエリアさんはまだ、フローレスを名乗ってますよね?」

「えっ……まあ……あれ、そう言われたら……そうですわね?」

「正妻のシュエリアさんより先に結城を名乗るのはちょっと……」

「あ……あぁー……」

 そういえばわたくし、なんで結城シュエリアって名乗らないのかしら。

 バイト先での名札とか、初めての客に名乗るときもうっかり「シュエリア・フローレス」で名乗ってしまっていた。

「わかりましたわ。じゃあ今日から、今日からわたくし達、お互い結城を名乗ることにしたらいいですわ」

「でも結城灯はいいとしても、結城シュエリアって語感ビミョウよね」

「うっせぇですわ」

 アシェからちょっとわたくしも気になっているところを指摘されたが今はそんなのはどうでもいい。

 この家族との繋がりを失ってしまった可哀そうな魔王の話を良い感じに纏めなければいけないのだ……。

 わたくしだって流石にこれは悪いことしたなと思っている。だからこそ、ここで上手いことやっておかないと……。

「ですが、ゆっ君はいいんでしょうか……」

「大丈夫ですわよ、なんだかんだトモリもハーレムに数えてる辺り、同じ結城を名乗られても悪い気はしないはずですわ。何か阿保な事抜かしたらわたくしが許さないし」

「そう、でしょうか?」

「そうそう、大丈夫ですわ!」

「あ、じゃあ私も結城を――」

「あーはいはい、結城アシェですわね、はいはい」

「なんか私の扱い酷くない……?」

 どうせこの話をした段階でアシェが絡んでくるのは目に見えていたし、ぶっちゃけアシェは今、ホントにどうでもいい。

 なんとかトモリにこの話を飲ませるのが最重要……じゃないと……。

「ゆっ君にも、この話をして相談してみます」

「まっ! それは駄目ですわ!!」

「ん? なんでよ」

「えっ……と。それはー……そのー」

 どうしよう、ここで本当のことを……言う?

 いや……言うべきですわね……流石に隠していたら、それこそ……。

「ぶっちゃけ……トモリの話がこんなに重いと思ってなかったですわ……」

「何の話でしょう?」

「あぁ、なんとなく読めたわ」

「??」

「だからね、トモリの真面目な話を面白半分に聞きだして、その上省略させたでしょ? それをやっちゃったなぁって、悪いと思ってんのよ、この阿保は」

「あぁ……そうだったんですか」

「ご、ごめんなさいですわ……」

 ここはもう、素直に謝るしかない……流石に、悪いことしたら謝るくらいの人間性はあるつもりだし……何よりしっかり謝罪しない方が後が怖い。

「気にしてないですよ?」

「えっと……そう……でもほら、ユウキが……」

「ゆっ君ですか?」

「こういうの、ユウキは気にしそうだもんねぇ」

「絶対怒られますわ……」

「あぁ……そういうことですか」

 そういってトモリは納得したように頷いた。

「だから名字を名乗るのに、協力的なんですね」

「え、あぁ……まあそれも無くはないのだけれど、それだけでもないですわよ?」

 まあ実際、ちょっとくらいは…………半分くらいは贖罪が入っているけど、もう半分は違う。

「単純に、同じ男を愛し、愛される者として、家族? みたいなものっていうか……だからその、トモリが名字を持たないならなおさら、同じ姓を名乗れたら、家族になれる……というか? ほら、なんていうか、その――」

 ま、まずい、上手い言葉が出てこないですわ……。こういう時うちの夫ならそれっぽいセリフとか出るのかしら……いや、主人公っぽくないから無理ですわね、アレには。

「まあつまりアレよ、この阿保なりにトモリと家族になりたいのよ。でしょ?」

「そ、そう。それですわ」

「あらぁ~……」

 アシェとわたくしの言葉を聞いて、トモリが一瞬、いつものトモリに戻った気がした。

「ふふ……そう~ですね~。それな~ら~家族に~なりましょ~う~」

 そう言いながらトモリは、髪を解き、いつもの様子に戻った。

「結城~灯~ふふふ~」

「私は結城アシェね」

「結城シュエリア……なんか正妻のわたくしが一番名前、語呂悪いですわね?」

「はっ、ざまぁないわね」

「アシェは生首願望があるんですのねぇ」

「ちょ、キレ方が極端よねアンタって……」

 まあ、そんなことしたらユウキに怒られるからしないけれど。

 兎も角、こうしてトモリとアシェ、後わたくしも、後日、結城性を名乗ることにし、しかしユウキ本人からの条件で「法律的にややこしいことになりそうだから」という理由で口外しないことになったが……それでも確かに、わたくし達は少しだけ家族らしくなった、そんな気がした。


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