愛玩動物の話ですわ
「アイネって無職ですわよね」
「にゃっ?!」
いつも通りの日常。なんとなく膝に居るアイネを撫でながらボーっとしていると隣に座っているシュエリアが唐突に妙なことを言い出した。
「無色っていうか、白だな」
「そっちの無色じゃなくて無職ですわ。仕事してないって意味ですわよ」
「あぁ、そういうこと。納得」
「納得しないで欲しいんですがっ?!」
俺がシュエリアの言葉に納得するとアイネが悲痛に叫ぶ。
「大丈夫だアイネ。俺が納得したのは言葉の違いであってアイネが無職だと言うことではないから。アイネはほら、子供だし、子供は遊ぶのが仕事だからな」
「子供じゃないですけどねっ! この年で遊ぶのが仕事だったらそれ多分ヒモですっ」
「じゃあアイネの職業は何ですの?」
「えっ……え? それは、その――」
シュエリアの質問に何か妙にもじもじしながら言葉を詰まらせたが、ちょっとして、意を決したように叫んだ。
「にっ、兄さまの愛玩動物ですっ!!」
「顔真っ赤にしてそういうこと言うのやめてくれないか?! すっごく人聞き悪いだろそれ!!」
これじゃあ完全にイヤらしい意味に聞こえてしまうじゃないか。
実際隣のシュエリアは俺の事を疑いの目で見ているし。
「愛玩動物…………そういえばユウキ、さっきアイネを撫でてましたわよね」
「あ、あぁ……」
「あれって要は全裸の少女を撫でまわしていたのと同じですわよね?」
「違うよ?! 猫を撫でてただけだろ?!」
「でも妹でしょう?」
「スキンシップな!」
「女性としては全く見ていないと?」
「え……いや……それは…………」
ふとアイネを見ると、真剣な面持ちでこちらを凝視していた。
この場合どちらを取っても悪手では……? 例えば女性として見ていると答えればシュエリアから更に問い詰められるし、かといって見ていないと言えばアイネが傷つく気がする…………どうしたら。
「み、見てるよ、女性として……」
「妹を女性として見ていて、裸の状態で撫でまわしていたと」
「い、いや……それはでも、ほら、アイネは猫の姿だったし?」
「人の姿だとシてくれないんですかっ?」
「なんだろ、今凄く誤解受けそうな表現をされた気がするけど……」
「どうなんですかっ」
「どうなんですの?」
「えぇ? いや……まあ、そりゃあ、そう。ハーレムの一員なわけだし……そういうこともするんじゃ……ないか?」
なんかとっさにハーレム設定を思い出して口にしてみたんだが、これは一応シュエリアが言い出したことだし、文句言われることもない……よな?
「あら、ちゃんとわかってますのね? 偉いですわ」
「え?」
「そうとなればアイネとする日も近いかも知れないですわね。よかったですわね、アイネ」
「いや、むしろお前はなんでノリ気なんだ」
「? なんでって、面白いからですわ」
「あ……はい」
うん、こういう奴なのは知ってたんだけど。なんだろ、コイツの『面白い』の範囲がイマイチわからない時があるんだよな。
それこそ、この場合正妻であるシュエリアを前に他の娘とそういう事するかもしれないって話をしたのに面白がってるし。
「で、まあ冗談はいいとして、アイネは結局何の仕事してるんですの?」
「そこから冗談ですかっ?! 愛玩動物ですよっ!!」
「え、それ仕事なんですの?」
「兄さまに愛でられるのが仕事ですっ」
「それじゃあヒモと同じですわよ」
「…………あれっ?」
うん、まあ。そうだよな。
実際俺に可愛がられるのが仕事とか、それ、単に貢がれてるだけの人の言い草だ。
「少なくとも仕事では無いな」
「で、でもっシュエリアさんも男性にちやほやされるだけの仕事してますよっ」
「失礼な事平然と言いやがるわねこの子……一応接客業ですわよ。仕事としてやってますわ」
「なら私のも仕事でよくないですかっ?」
「んまあ、わたくしはそれでもいいけど、ユウキはどうかしら」
「兄さまですかっ?」
話の流れから俺をじぃっと見て来るアイネだが……うん、まあ、なんだ。可愛いからいつもならいいってことにしちゃいそうなんだけど、こればっかりはなぁ……。
「仕事でやってるってなると、そこに愛は無いわけですわよね? 職業で愛玩動物な訳だし」
「えっ……それはっ……そのっ。うぅー……」
どうやらシュエリアに言われてようやく気付いたようで、アイネとしても俺とのスキンシップ等が仕事でやってることになるのは嫌な様子だ。
「うぅ……私は無職の駄目な妹でしたっ……」
「認めましたわね」
「落ち込ませるなよ……」
というか正直、俺としてはアイネが仕事してなかろうが可愛い妹が傍にいてくれるだけでいいんだけど。まあ本人からしてみたらそうもいかないんだろうけどさ。
「まあでも、アイネは家事とかしてくれるからいいんじゃないか?」
「わたくしは働いているのに?」
「お前は趣味に金掛かるから自分で稼いでるんだろ。アイネは手が掛からないからいいんだよ」
「そういえばアイネって稼いでないけどスタバ通いしてますわよね……お金はどうしてるんですの?」
「うっ…………」
シュエリアに問われて言葉に詰まり顔を逸らすアイネだが、正直俺はなんとなく想像できてるんだよなぁ。
「どうなんですの?」
「うっ……と、トモリさんに出してもらってますっ」
「あら……」
アイネの言葉にシュエリアはちょっと驚いた様子を見せたが、俺としては予想通りだった。
一緒にスタバ通いするくらい仲いいし、そういうこともあるかなと。
「勇者が魔王に奢らせるって……恐喝でもしてるんですの?」
「しっ失礼ですっ! してないですよっトモリさんの善意ですっ!!」
「魔王の善意に甘える勇者もどうなんですの……」
「それはほら、勇者だったのはこちらに戻って来る前の話ですからっ。今はただの兄さまの妹ですよっ」
「そう言われてみると、ユウキに気があるトモリが妹のアイネを懐柔しているようにも見えますわね?」
「善意ですっ! ぜ・ん・いっ!!」
シュエリアの度重なる失礼な発言にアイネが珍しく怒っているようだ。
「じゃあまあ、スタバはトモリの善意で通ってるとして、他はどうなんですの? 流石にスタバ以外にもお金必要になるでしょう? 衣服とか、食事とか」
「そうですね……衣服は兄さまに買ってもらうか、シュエリアさんに貰ったり、トモリさんが選んでくれたり……食事はお家で済みますねっ」
「趣味とかにお金は掛からないんですの?」
「趣味は兄さまとお昼寝することですからねっ無料ですっ」
「めっちゃ安上がりね、アイネって」
そう言ってシュエリアは「うーん?」と唸る。何を考えているのかはわからんが、この阿保が頭を使ってもロクなことは言わないだろう。
「アイネって無欲なんですの? 流石にアイネにだって何か欲しい物とか、あるでしょう?」
「う? 兄さまが欲しいですっ」
「あげないですわ。っていうかお金で買える物の話ですわ」
「お金で買えない物が本当に欲しい物ですからっ」
「なんだか妙に説得力を感じてしまったのはなぜかしら」
まあ実際、アイネは特別何かを欲しがったりとかしないからなぁ……。
そういう意味ではスタバ通いも単純に商品だけが目当てじゃなくてトモリさんとの友情というか、付き合いみたいな物なんじゃないかと思える。
ただここまで無欲だと逆に心配になるな……。なんていうか、アイネってちゃんと人生楽しめてるんだろうか……凄く気になる。
「そこまで無欲だと楽しくないんじゃないかと思ってしまうわね?」
「無欲じゃないですよっ兄さまが欲しいですっ」
「ユウキ以外は?」
「特に要らないですっ」
「何かしら、わかっていた返答だけど、傷つきましたわ」
「まあ……うん」
「う?」
言ったアイネはわかってない様だが。これ、要は俺以外には興味ないと言う風にも聞こえるわけで。それでシュエリアは傷ついたんだと思うんだが……一応これでも出会った頃に親友を語っているシュエリアだ、アイネのことを最低でも友達としては見ているはずだし。
「あっ!」
「何かあったんですの?」
「不老不死の秘薬が欲しいですっ」
「まぁた妙なもん欲しがりますわね」
「兄さまとずっと一緒に居たいのでっ」
「結局ユウキ繋がりだし……」
「まあまあ、可愛いじゃないか。本当に可愛いなぁアイネ」
「兄さまの妹ですからねっ!」
まあ、俺の妹だからという理屈はさっぱりわからないんだが。ここまで愛されてると正直悪い気はしない。っていうか嬉しい。
俺の嫁もこのくらい……とまではいかなくても、俺の事愛してくれないかなぁとか思ったりしてしまう。
「無いですわよ?」
「一応聞こう、何が」
「わたくしがここまでユウキにベタぼれとか無いですわよ?」
「かなぁとは思ったけど、あのな。人の心読むなって何度言えばわかりますか」
「文章読んでるだけですわって、何度言わせるんですの?」
「あぁ言えばこう言うってやつだな……ったく」
まあこういう奴なのはわかってて結婚したわけだし、文句はないんだけど。アイネがこれだけグイグイ来るのに対して嫁がこうだと、なんか愛されてるかが不安になる。
「それにしても、我ながらアイネが無職だって話だけでよくここまで無駄話が捗るものだと感心してしまいますわね?」
「無駄話が捗っても感心する要素は無いと思うが?」
「やはりわたくしのトークスキルあればこそかしら」
「さっそくトーク成立してねぇけどな」
それでも俺の発言ガン無視で「自分の才能が怖い」とかなんとか、自画自賛を続けるシュエリアは更に阿保なことを言い出す。
「そういえばアシェも無職っぽいですわよね、話が盛り上がる予感がしますわね」
「まあアシェも仕事とかしてなさそうだけど、話盛り上がる気はしないな。そういうのは基本的に触れない方がいい話題だろ」
「私が無職で話が進んでいきます……っ」
「煽ったら面白いかも知れないですわよ?」
「煽るなよ……」
「しかもスルーされてっ……どうせ私は無職の要らない子なんです……っ」
あれ、なんかうちの妹が凄く落ち込んでらっしゃる気がするのは気のせいだろうか。
「おいシュエリア、アイネを落ち込ませるなって」
「兄さまも兄さまですけどねっ!」
「なっ……俺も……?」
「こーゆーところを見るとユウキってわたくしの旦那なんだなぁって思いますわー」
「それ悪い意味にしか聞こえないんだが?」
「わたくしの旦那が悪い意味ってどういうことですの……」
シュエリアに問われたが、どうもこうも、この阿保エルフの同類みたいな言い方だっただけに悪い意味に聞こえたわけだが、似たもの夫婦とも限らないか。
「夫婦だからって似てるとは限らないもんな。そう考えれば悪くないな」
「何かしら、すげぇ腹立ちますわね」
そう言って俺の腕をギチギチと締めるシュエリアだが、手加減が巧いからかギリギリ折れない程度だ。
「お二人でイチャ付いてるところ悪いのですがっ」
『イチャ付いてない』
「……まあそれは置いておいてっ。私も仕事しようと思いますっ」
「ん、いや、別に無理しなくても……」
「いえ、しますっ!」
俺としては別にその必要は感じないのだが、まあ本人がやりたいのなら俺に止める権利もない。
「で、何するんですの?」
「はいっネズミ駆除の仕事をしようかとっ」
「えっ……ネズミ…………えっ?」
「一応聞くけど、アイネ。それどうやってやるんだ?」
「え? 食べるだけですよ?」
『…………』
ここに来てアイネから今日一ヤバイ発言が出た。
これならいっそ仕事しないでいてくれた方が……。
「そこまで体張る必要……ないですわよ?」
「大丈夫ですっ、狩りは得意なので!!」
「あっ…………なんでもないですわ……」
アイネのあまりに迷いのない返事、曇りのない眼にシュエリアが黙ってしまう。
「あー……アイネ? 確かにアイネは元猫だし、今でも猫に成れるけど、ほら、人間でもあるだろ? ネズミを食うのは……な?」
「う? じゃあ咥えて捨てますっ?」
「え…………う……ん」
どっちにしろ口には含むんだな……とか、なんか色々ツッコミは浮かんだんだが、どれも口にできないほどのショックを受けてしまった……。
「馬鹿エルフの所為で俺の可愛い妹がネズミを口に……」
「なっ! わたくしの所為じゃないですわ?! これは……そう! 文化の違いですわ! ネズミ食文化!!」
「物は言いようと言うべきなのか? これは」
流石に文化とまで行くと違う気がするのだが……。
「あ、もしかしてネズミを食べたり咥えたりはアウトですっ?」
「気づいてくれたか……」
「じゃあ可哀そうですがなぶり殺して捨てますねっ」
「悪化した気がするのは気のせいですの……?」
猫って実際そういうとこあるけど……可愛い妹が口にすると普通に怖い。
「あ、アイネ。シュエリア達と同じ店で雇ってもらうのは……」
「嫌ですっ! あんな恥ずかしい仕事できませんっ」
「グサッと刺された気分ですわ」
「その上シュエリアさんがチーフじゃこき使われますっ! 絶対ノーですっ!!」
「コンボまで食らったのだけれど?」
「あー……なんかごめんな?」
俺が不用意な提案をしたばかりにうちの嫁が大分精神ダメージを負ったようだ。
ここは他に何かいい案を出してこれ以上の追い打ちは避けたいところだが……。
「あー……あっ」
「何かいい案でも?」
「あぁ、アイネ。俺の助手やるか?」
「助手ですかっ」
「俺のところに来る猫探しの仕事とか、アイネも猫だしある意味人が探すより効率的かなぁと」
「ついでにユウキと一緒に居られるかもしれないですわね」
「仕事によっては手分けするけどな……まあでも、どうかな」
「兄さまの為になりますかっ?」
「なるなる」
「やりますっ」
うん、俺の妹も大概ちょろくて助かるな。
「じゃあ仕事次の仕事入ったらさっそく手伝ってもらおうかな」
「はいっ」
こうして阿保エルフの発現を発端に、俺の妹は晴れて探偵助手になったのであった。
ちなみに余談だが、後日アシェに職を問うたところ、実銃の錬成、販売をしていたので辞めさせた。
なので結果としてアシェはシュエリアの思惑通りしばらく無職になったのでしこたま煽られたそうな……。
ご読了ありがとうございました!
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