本当に永遠にですわ
シュエリアとの別れ話の後、俺の最後の願いと称して行われているデートはジェットコースターに始まる様々なアトラクションを心底楽しむシュエリアのコロコロ変わる可愛い表情を眺めながら、終盤戦に入っていた。
ここまで特にそれらしいモーションは掛けておらず、伏線とか全くない。
しかしまあ、人生、伏線や山と谷のある大団円なんてものはそうあるものでもない。
事実は小説よりも奇なりというが、そんなものはたまにどっかの主人公体質の奴に起こるイベントで、一般人は小説こそが奇なりである。
で、そんな一般人こと俺と、奇なるエルフは今、土産物を見ていた。
「全部高いですわね」
「ま、まあな」
そしてのっけから価格否定から入っていた。
「土産物ってなんで無駄に高いんですの」
「そこまで高くはないだろ、若干高いけど」
「特にこのキャラものっぽいお菓子とか高くないかしら」
「食ったら別に普通に美味いだけの菓子だからなぁ」
「ボリ過ぎよね?」
「お、おう」
実はこの遊園地の経営に義姉さんが携わっていると言ったらどんな顔をするのか、ちょっと興味はあるがここは言葉を飲み込む。
「あっ、でもこのぬいぐるみ、可愛いですわ」
そういってシュエリアが指したのはこのテーマパークのオリジナルキャラたるクマのジョージだった。
ジョージはクマなのにサングラスをし、葉巻を嗜むハードボイルドなクマだが葉巻はどうやら偽物らしく、アメちゃんという設定らしい。
まあ、そんなことはどうでもいいんだが。今はそのクマに興味を示しているシュエリアだ。
「な、なんですのこれ、もっふもふですわ……」
「そうだなぁ」
「……でもこの子、お高いわね」
「まあ、そっちのちっこいのは安めだけどな」
「……そ、そうね。うん、買うならこっちよね」
「そうだなぁ。見た目は大きさしか変わらんしな」
「えぇ、大きさだけなら、えぇ……そうね」
……ふむ、珍しい、コイツでもぬいぐるみとか欲しがるんだな……
うん、買うか。たまに女の子らしい物を欲しがっている時くらい、いいだろう。
「初デート記念にプレゼントさせていただけませんか、お姫様」
「え……えっ?! えっと……そ、そうですわね? いい心がけですわね?」
「ん。じゃ」
それだけ言って俺はシュエリアが見入っていたクマを抱き上げレジに向かい、購入しプレゼント用の梱包を頼むと、綺麗に包装されたそれをシュエリアに渡した。
「どうぞ」
「あっ……りがとう……ですわ」
「うん」
なんか妙にお礼の言葉がたどたどしいのが気になるが、まあ喜んでくれてはいるような表情だから、成功だろう。
……。ふむ。
「……」
「ど、どうしたんですの?」
「あぁ、いや。なんでもない」
シュエリアの表情を見て、俺は考え事をしてしまい、つい口が塞がったのをシュエリアに悟られて心配されてしまった。
「さてシュエリア」
「何かしら?」
「この後パレードがあるんだが」
「へぇ。そういうのもやるんですのね?」
「あぁ。で、それを見たら今日のデートは終わりだ」
「え。……あぁ、そう、そうなのね」
「あぁ。ということで、あと少し、俺に付き合ってくれ」
「えぇ。いいですわよ。最後まで、付き合いますわ」
そう言ったシュエリアの手を引くと、俺はパレードの会場までシュエリアを案内した。
「この辺でいいだろ」
「あら……何かしら、この辺、妙に人が……」
「ん? 何かあったか?」
「いえ……なんでもないですわ」
シュエリアは周りの人が気になるのか、何か言っていたが、どうやら俺の普通の態度に「なんでもない」という気になったようだ。
まあ、実は何でもないこと無いんだが。
実のところこの辺、あらかじめ義姉さんに指定されていたパレードを一番楽しめる景色のいいスポットで、義姉さんに場所取りをしてもらい、周りは義姉さんの雇っているスタッフで固まっていたりする。
つまり凄く人が多くても最善の位置を取れる不自然はまあ、すべてはシュエリアと俺の為に偽装されたものである。
「さ、始まるみたいだぞ、シュエリア」
「えぇ、そうね?」
そして始まるパレード。
俺の語彙力が無くて表現できないのが大変残念なくらい、綺麗で可愛くライトアップや装飾を施されたファンタジーな乗り物に可愛らしいキャラクターやこの園を盛り上げるために雇われているスタッフ達。
うん、まあ。俺のこの表現でイメージ付かない方は夢の国のパレードのちょっと縮小版くらいだと思っていただきたい。
「いいですわね……こういうのも」
「おぉ、お気に召しましたか」
「えぇ。悪くないですわ。好きな人と、綺麗な景色、幻想的な雰囲気のパレードを楽しむ。えぇ。悪くない」
「そうか……」
気に入ってくれたようで何よりだ……。
だが、しかし。今回はそれだけでは終われない。
これだけで終わったら本当に『いい思い出』で終わってしまう。
このデートも、パレードも俺との関係も。
だから、そうならない為に。
パレードがそろそろ終わるかと言うころ、俺は意を決してシュエリアに声をかけた。
「なあ、シュエリア」
「別れ話のことかしら」
「……あぁ」
流石にシュエリアも、俺との付き合いは一年近くなる。
俺の考えなんてお見通しなようだ。
「考え直しては貰えないか」
「……今日一日。楽しかったですわ」
「……おう」
「でも、だからこそ、別れは辛いのよ」
「そうだな」
「だから、駄目ですわ」
「…………」
わかりきっていた答えだが、つい、沈黙が下りる。
しかし。
「いいのかシュエリア、お前、本当に別れたりしたら」
「な、なんですの」
俺の言葉使いに、緊張が見て取れたのか、シュエリアの言葉にも緊張が走る。
「お前、この世で最も見たくないものを同時に見ることになるぞ」
「な……それは、一体?」
「まず、愛する男の泣き顔」
「あ、それはどうでもいいですわ」
「えっ…………ゴホン。そしてその男がこの人の多いテーマパークで駄々っ子のように泣き叫ぶ姿だ」
「……うわ、嫌ですわねそれ……ま、まあ他人のフリをしますわ? どうせ別れるんだもの」
そう言いながらも、シュエリアは周りの人の多さを見て、嫌な顔をした。
「いいのか? 俺は容赦しないぞ?」
「ど、どう言う意味ですの……?」
俺の容赦のない態度に、シュエリアは動揺を隠せない。
「まず、俺は大の字に横になってジタバタしながら泣く。いい年した男がだ。そして叫ぶだろう、お前の名前を」
「そ、そんなの、名前なんてわたくしの名前さえ知られてなければ――」
「緑髪で縦巻きサイドテールの超美人のシュエリアさん、と叫ぶだろう」
「…………」
「あまつさえ、それでもお前が別れを断行するなら俺は迷子センターに行ってお前の呼び出しを行うだろう。そして迷子呼び出しのアナウンスのBGMに泣き叫ぶ俺の声が響き渡ることだろうな。もしかしたらそこまですると、この遊園地の何処かに居るかもしれない知り合いの一人くらいには、聞こえてしまうかもしれないなぁ……」
「……………………めちゃくちゃ嫌ですわね」
「だろう。これぞアイネ直伝の地味な脅迫術外出編」
「アイネぇええええええっえぇえええええええええ!!!!」
俺が出した彼女の親友の名にシュエリアは大きな声で叫ぶ。
うん、まあ。正直アイネがこんな阿保な作戦考える子だとは思わなかったが。
シュエリアには効いたようだ。
「で、でも……ぐ……でも! ユウキとの別れはやっぱりつらいですわ……だから……やっぱり……うぅ」
どうやらシュエリアの中で、俺と別れたくない気持ちと別れたい気持ちが揺れているようだ。
もう少し、もう少しの後押しで俺に気持ちを方向けされることができるはず。
そして、そのもう少しを一気に後押しできる手段を、俺は持っていた。
「シュエリア」
「うぅ……な、なんですの?」
「これ、何かわかるか?」
「……っ?! それは!!」
俺がポケットから取り出してシュエリアに見せたもの、それは小さな小瓶。
とある筋で手に入れた『魔法のポーション』だった。
「流石シュエリア、見ただけでわかるのか。俺なんて見たとき誰の小水かと思った」
「あんた最低ですわね……魔法のポーション、それも秘薬中の秘薬をなんだと思ってやがるんですの」
「小便みたいだなぁと」
「最低ね……」
とまあ、先ほどから小便と言われているこのポーション。
これが俺の最後の切り札……アシェから貰い受けたとっておき。
彼女の裏社会とのつながりを利用して異世界から取り寄せてもらった切り札。
『不老不死のポーション』
「そんなもの取り出して、どうする気ですの」
「そんなもん、決まってる」
俺はそう言って、シュエリアの目の前で、ポーションの栓を開け、飲んだ。
『不老不死のポーション』その名の通り飲めば不老不死になるポーションをだ。
「ちょっ?! 馬鹿っ!! 吐き出しなさいよ!!」
「ぐっふっ?!」
シュエリアは俺に掴みかかると、俺に先ほど飲んだポーションを吐き出させようとボディブローをかましてきた。
吐きはしなかったが、普通に痛いし、苦しい。
「げほっげほっ……おま、何すんだよ」
「こっちのセリフですわ!? 何考えてるんですの?!!!」
シュエリアは完全に怒った様子で俺に怒鳴りかかる。
そんな怒られるようなことだろうか。
「それを飲んだらどうなるか。わかっててやってるんですの?!」
「あぁ。不老不死だろ?」
「知ってて飲むとか馬鹿なんですの?!」
「なんでそうなる」
「だって! そんなことしたら、もう人として生きていけないんですのよ?!」
「まあ、そうなるかもな」
「なるかもなって……」
まあ実際、不老不死なんかに成ったらこっちの人間社会で生きていくのは難しいだろう。
いつまでも年を取らない人間なんていないのだから、そのうち必ず、人間社会との決別の時が来るだろう。
それは些細なことから始まるかもしれない。
例えば数十年後、俺が明らかに年齢とそぐわない見た目であったりすることから始まるかもしれない。
もしかしたら近年、致命傷の事故にあったのに死なずに不信がられて始まるかもしれない。
どこから人としての生を捨てることになるかわからない。
それでも、俺は。
「シュエリアと一緒に居たいんだよ。俺」
「……っ! ば、馬鹿……あなた本当に……」
俺は、シュエリアと一緒に笑ってたい。それだけなんだ。
だから、不老不死で人を捨てても、人間を辞めてでも。
それでも彼女と。シュエリアと一緒がいい。
「そういう訳で、別れるのは勘弁してもらえないだろうか」
「そういう訳って……本当にわかってるんですの?」
「何が」
「あなた、わたくしは不老ではあっても不死ではないのよ?」
「あぁ。不老長命だもんな、エルフ」
「わかっててなんで飲むのよ!」
「だから、シュエリアと一緒に居たいんだって」
「わたくしはずっと一緒に居てあげられないのよ?!」
「うーん……まあ……それは……そうだけどなぁ」
でもそんなこと言われても、俺はシュエリアと一緒がよかったし、これ以外に方法も思いつかなかった。
実際アシェにこれをもらった時も、使わずに、存在をチラつかせて依りを戻せって言われたし。
でも、俺はそんな不確かな方法で揺さぶるくらいなら、いっそ使ってこっちの本気を見せたかった。
本気で愛していると、行動で、伝えたかった。
「はぁ……どうしてそんなに軽率なんですの」
「別に軽率なつもりはないぞ? まあその分憂慮があったかと言われたら無かったが」
「普通、人を捨てるなら迷いとかあるでしょう」
「まあ、そうかもしれんが、そんなことよりシュエリアの方が大事だっただけだ」
「……はあ、呆れましたわ」
うーん、また呆れられてしまった。
告白の時もそうだが、恋愛絡みになると呆れられてばかりな気がする。
「それで、シュエリアはどうする?」
「何がって……そうね……ここまでされたら、今更別れるなんて馬鹿馬鹿しいですわね」
「お、それじゃあ……」
「えぇ。いいですわよ。依りを戻しますわ」
「よしっ!」
俺はシュエリアの言葉を聞いて思わずガッツポーズを決めた。
そしてそれを見てシュエリアが吹き出す。
「そんなにわかりやすく喜ぶ奴他に居るかしら」
「いいんだよ。嬉しい時は嬉しいで」
「ふふっ。そうね」
そう言ってシュエリアは空間からあるものを取り出す。
それは……。
「えっ、ちょっ、おまっ」
「ゴクッ……ん? なんですの?」
「それ……それってっ!」
「えぇ? 不死のポーションでしてよ」
「なんでそんなもん持ってんだよ!」
「えぇ……それ貴方が言うかしら」
俺の言葉に引くシュエリア。
しかし、そんなことはどうでもいい。
「なんでそんなもの持っていて、しかも飲んでるんだよ」
「なんでって、まあ、元はユウキにでも飲ませるつもりだったのよ……これを飲んで永遠に一緒に居て欲しいって……でも、やっぱり人間を辞めろなんて言えなくて、持ってただけですわ」
「なるほど。で、何で飲んだ」
「それは簡単。ユウキと一緒に居るためにですわ」
「さいですか」
「さいですわ」
そんな風に軽いノリで返すと、シュエリアは笑った。
「ふふふっ。はぁ。本当に面白いですわ。ユウキって」
「そうか?」
「えぇ、普通の人間じゃしないような事をして来るんだもの」
「俺以外の人間あんまり知らないだろ?」
「……そうですわね?」
そういってシュエリアはまたクスクスと笑う。
……はぁ。まあいいか。
ポーション飲んだのはお互い様だし……シュエリアの笑顔を見られて、幸せなのでいいことにしよう。
「それじゃあユウキ」
「なんでしょうかシュエリアさん」
「なんで敬語なのよ……」
「いや、なんか嫌な予感がして」
「別に変な事は言わないですわ」
そういってシュエリアは俺の手を引くと土産物店に来た。
なんだ? 何の用があってここに。
「復縁祝いにこっちのウサギのアレックスも欲しいですわ」
「集り?!」
「集りとは失礼ですわね。可愛い彼女のおねだりですわ」
「自ら可愛い彼女とか言い出したよこの女」
「いいじゃない。事実ですわ?」
「まあ、そうだけど」
俺はそれだけ言うと、まあ、復縁祝いということならと思い、若干不本意ながらもウサギのぬいぐるみを買った。
「大事にしてくれよ、復縁祝い」
「大事にしますわ。復縁祝い」
そう言ってシュエリアは初デート祝いのクマと復縁祝いのウサギを抱き締めて、ここ一番の笑顔を見せてくれた。
……はあ。ホント、弱いなぁ俺。
この笑顔一つで今までの苦労とか悩みが全部嘘のように感じるのだから、本当に弱い。
シュエリアに弱すぎる。
まあ、何はともあれ。
こうして俺とシュエリアは無事に復縁を果たすことができたのである。
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