破談の悪役令嬢ですわ?
「……というわけで、私はこのユウキさんと本気で交際しているのです」
「どういうわけだ――痛っ」
「うっさいですわ」
都内某所、シオン所得、エルフ貴族階級用マンション、ハーラルド家一室。
俺はシュエリアと共にアシェの縁談を破談にするため、アシェのお母さんの前に座らされていた。
部屋は貴族らしく? 高価なもので彩られており、若干だが結城家の本家を思い出す。
ちなみにシュエリアは付き添いということで俺の右隣。アシェは左隣に座っている。
「ふうん、そう……彼とねぇ」
そう言ったのはアシェの母、アシエル・ハーラルドさんだ。
余談だが、シュエリアの居たエルフの国では家族には似た発音、雰囲気の名前を付ける風習があったらしく、アシェの名もアシエルさんから来ているそうで。
更に余談で、シュエリアの場合は四姉妹でリセリア、アリア、ルリアときて母のエルゼリアさんと皆「リア」が付くそうな。
「えぇ。本気の交際です。認めてくださいますか。母様」
母様……ねえ……口汚い言葉をカタカナより先に習ったというのに随分と丁寧な呼び方をするものだ。
俺はてっきり「クソババア」とか言い出すんじゃないかと思っていたんだが、杞憂だったようだ。
「えぇそうね」
「! 本当ですかっ――」
と、俺がどうでもいい思考に流されている間に、話は急展開、思ったよりあっさり認めてもらえたようで、これで縁談は破談に――ならなかった。
「えぇ。それが、いえ? 彼が。本当にあなたの交際相手なら、ね?」
「へ?」
アシェの間抜けな声が部屋の重苦しい空気に潰される。
その空気はアシエルさんの放つ圧であり、この場の者が感じる重圧である。
「随分と趣味が変わったのねぇ、アシェ?」
「な、なんのことですか母様」
圧を増すアシエルさんに挙動不審なアシェ。
叱る親と逃げ場を探す子供。
見た感じ、そのままというところであった。
「貴女が家を出た後、貴女の部屋を見たわ?」
「なっ……そんな、勝手に!」
「えぇ、勝手よ? だって私はこれでも、悪名高きハーラルド家を担う悪女、アシエル・ハーラルドですもの。娘の部屋くらい勝手にするわよぉ」
「ぐぬ……」
母の行動を咎めるが、反面、まったく意にも返さず開き直る母。
これはちょっと分が悪いぞ。
「貴女はこーんな。筋肉質な殿方を好むのよね? アシェ?」
「うっ……それはっ……!!」
アシエルさんはアシェを問い詰めながら何処に隠していたのか、あるいは魔法で出したのか、大量の「薄い本」を掲げた。
「意外だったわ……自慢の娘が、まさか、こんな肉だるまが好きだったなんて」
「うぅっ……」
アシエルさんの攻勢は続き、アシェは一言も反論できていない。
「まあ、別にいいのよ? 貴女の趣味趣向は尊重しましょう。それはいいわ? 嘘をついたことも、構いません、女の嘘は武器であり初期装備のようなもの。あって当然のことですもの」
アシェの嘘も許し、アシエルさんは続ける。
「ですが、たかだか縁談を駄目にするために、こんな『下男』を選んだこと、愚策ですねぇ。そんな馬鹿な子に育てた覚えはありませんよ?」
「はぁ?! ちょっとコイツぶっころが――いだっ!!」
「黙れシュエリア」
馬鹿な作戦を否定されたのを怒ったのか、俺を『下男』と呼ばれて怒ったのか、はたまた両方か。
そこにはちょっと興味があったりするのだが、今はまだ重要な話の途中。
シュエリアが変な事をしてアシェの今後を悪くするのは避けなければならない。
それに、ちょっと気になることもある。
ここまできたら、乗り掛かった舟というやつだ。
「それで? アシェ、貴女は本当にこの男と交際しているのかしら?」
「それ、は――」
「お義母さん」
「……はい?」
「は?」
言葉に詰まり、ついに本当のことを言ってしまいそうなアシェの言葉に割って入った俺の「お義母さん」発言。
それに疑問を呈するアシエルさんとシュエリア。
なんでお前まで疑問形なんだ。
まあ、いい。
ここからは俺のターンってことでよさそうだしな。
「お義母さん」
「……何かしら」
「彼女、アシェさんとは本気でお付き合いをさせて頂いています」
「え。え?」
「おい」
なんでアシェまで疑問形なんだよ。
なんだ、ここ俺の見せ場じゃないの? 全然締まらないんだけど?
「こほんっ。アシェさんは確かに、筋肉好きです。マッチョ萌えです。ムキムキフェチです」
「あの、そこまで強調しなくていいわよ?」
「ですが、決して、決してゴリマッチョ専ではないのです!」
そう言って俺はブチブチ、ビリビリと上着を引きちぎった。
「見てください、俺のこの体を」
かなりハズイ。
正直死にたいほど恥ずかしい。
演出とはいえ服を駄目にしてしまったし。
自分の体を見てくれとか口にするのも嫌々なものだ。
しかしだ。
それでも、譲れないものがある。
「俺は御覧の通り『細マッチョ』です」
「ほそ……なんです?」
「『細マッチョ』です」
「……はあ」
「はわぁ……」
俺のドヤ顔に若干呆れた様子で返すアシエルさんとなんか変な声出しながらこっちを凝視しているアシェ。
「そう、俺は脱ぐとスゴイ男なんです!」
「は、はあ……」
「ひっ……ひひ……くふっ……わ、笑い死にそ――いだっ」
俺の横で必死に笑いを堪えてるつもりで「ひっひっふっ……ひっひっ……ひっひふ……」とか笑ってやがる馬鹿をどつく。
「ですから、アシェさんの好みは変わってなんていません! 俺も偽物の彼氏なんかではない!」
「……はあ」
なんだろう、さっきから呆れた様子で「はあ」としか言われてない気がする。
「あの、聞いてますか?」
「えぇ。彼氏さん聞いてますよ彼氏さん。筋肉自慢の彼氏さん。露出狂の彼氏さん」
「え、あ……ははは」
ディスられている気がするのはなぜだろう。露出狂のあたりだろうか。
「ですが、そうですね。あなたの主張はわかりましたが、娘は……あぁ……」
「はわぁ……」
「こほんっ。いいでしょう、娘もあなたを憎からず思っているようですね、何か違う気もしますが」
「はっ……か、母様?! 一体何を――」
「認めてあげているのよ? 貴方達の仲を。えぇ、アシェ? 見ず知らずの貴女の為に身を切ってくれるいい人を見つけたわねぇ?」
「あの、見ず知らずではなく交際している彼氏彼女で……」
「あぁ。そうでしたねぇ」
そういって「ふふふ」と含みのある笑い方をするアシエルさん。
あー、これは騙せてないな。クソ、創作とかなら勢いで騙し通せたりするもんだったりすると思うのだが。
流石にそこは長寿であるエルフの、しかも悪役令嬢の親玉というべきか、簡単にはいかない人のようだ。
「それで、ユウキさん……だったかしら」
「はい」
「単刀直入にお伺いしましょう。アシェとはどこまでヤりましたか?」
「単刀直入過ぎる?!」
これも流石と言うべきか? この娘にしてこの母ありというか、恐らくこの母が元凶なんだろうな……カタカナ以前に侮蔑や淫語を教えるハーラルド家。母親が大分アレな人だ。
「どこまでと言われましても……」
「ふふ、うぶなのかしらぁ。ABCで答えてもいいのよ? あぁ、回数も欲しいわね」
「とんでもない親ですわね。そんなのしてるわけ……いたっ」
「お前とりあえず黙っててくれ」
「母様!!」
と、ここに来て今まで黙っていたアシェが声を上げる。
ちょうどこの質問には困っていたところだ。
流石にアシェを助けるためとはいえこういう質問に軽々しく答えられないしな……。
「ユウキさんとはまだH6までしかしていません!!」
「ハーラルド家のABCどこまであるんだよ?! てか誤解を招きそうなアルファベットとかやめてくれないか!!」
「へぇーそうですの、いつの間にか……へぇ」
「お前はなんで真に受けてんだよ! お前が仕組んだんだろうが!」
「あらまぁ」
「あ」
つい勢いに任せていつも通りツッコんでしまった。
あー、仕組んだって言っちゃったよ。
「いいんですよ。別に」
「えっと……何がでしょうか」
「ですから、虚偽の報告です」
「へ?」
「え?」
俺とアシェから間抜けな声が漏れる。
シュエリアと言えば俺をジトーっと見つめてやがる、よし、コイツ後でシバこう。
「先ほども言いましたが嘘は女の武器、Hが6だろうが600だろうが構わないのです」
「いえ、そこは構ってください」
流石に百倍ともなると色々困る、世間的にはどうなのだろう、600。
毎日して二年で超える数字だから……あれ? 案外普通……なのか?
「そんなことよりも大事なのは、そこまでの嘘を押し通すだけの覚悟と、そして嘘が誠になるだけの男がいるということです」
「……は?」
嘘が誠になる? 何を言っているのだろうか。
「アシェ?」
「は、はい、母様」
「貴女、この方をどう思うかしら」
「へ? それはまあ、順応性が高くてかつ型破りでいい筋肉だなぁと」
「おい待て最後のオカシイだろ」
なんでコイツさらっと俺の筋肉評価してんだ。
しかも地味に高評価。
「オカシクないわよぉ? だってアシェは最初、虚偽の報告として貴方を連れて来たけれど、今は違うもの」
「はい?」
「今は貴方に惚れていると言っているのですよ」
「な、ななななななななっ何言い出すんですか母様!!!!」
アシエルさんの言葉に思いきり動揺するアシェ。
うん、わかった。なんとなくこの感じでこの後の展開読めたわ。
「ユウキさん」
「はい」
「娘をよろしくお願いします」
「はい」
「え? ちょっ?!」
うん、もうね、わかりました。
つまり、アシエルさんはこう言いたいのだ。
『嘘から出た誠でもいいから惚れた男を物にしろ』
と。
それが読めてしまえば話は簡単なもので。
前の会話で出てきた言葉からなんとなく察してはいたが。この人。
ただ娘に甘いだけの母親である。
俺が気づいたのはこの人がやたらアシェの趣味に寛容だったことと、いくら悪役令嬢とはいえ縁談を『たかだか』と言い切ったこと。
唯一怒ったのは『下男』だと思った俺を連れて来たことだけ。
それが違和感だった。
そう考えてみればだだ甘もいいところだ。
「不承不承ではありますが。娘さん、いただきます」
「あらぁ。ホントに気持ちがいいくらい思いきりのあるいい男ですねぇ、アシェ?」
「え、えぇ……ホント気持ち悪いくらい順応する人です」
「おい」
なんで助けてる側なのに気持ち悪いとか言われてんの俺。
いや、まあ見た格好とかキモイか、今ビリビリ上裸だしな。
でもまあ、俺的に譲れない物は通せたし、いいのかな。
ちなみに俺の譲れない物とはシュエリアの彼氏として『下男』扱いは避けたいというちょっとしたプライドのようなものである。
「それでは、よろしくお願いしますね、ユウキさん」
「はい……」
「これもう笑っていいんですの?」
「はぁ……いいよ」
「そう……ぷはははははははははははっ!」
と、まあ。
こうしてシュエリアはこの話を面白おかしく聞き。
アシェは俺に惚れ?
アシエルさんには娘を頼まれ。
俺のハーレムには新しくぽっと出の悪役令嬢が追加されたのである。
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