急襲、悪役令嬢? ですわ
「頭を垂れなさい愚民!」
「はあ、どちらさま?」
いつも通りの日常に、急に降って湧く謎の令嬢? っぽい人。
こちらとしては自宅にいきなり知らない人がいるのだからたまったものではない。
「シュエリア! この愚民頭が高いわ!」
「頭が高いんじゃなくて順応性が高いのよ。もう慣れられたのよ、アシェ」
「なっ?!」
いきなりシュエリアの部屋に現れた謎の令嬢風少女ことアシェはシュエリアの言葉に動揺を隠せない様子だ。
「慣れ……この私に?」
「えぇ。目新しさ無い感じですわ」
「シュエリアも慣れられてるの?」
「なんかむかつく言い方ですわね……まあ、そうね、順応してますわ」
「シュエリアが……あの変人のシュエリアが……変人が順応……慣れ……」
「ホント腹立つわね相変わらず」
シュエリアのことを変人と呼ぶ彼女も大概変人だがこのショックの受け様からするによほどシュエリアと仲が良かったのかもしれない。
それだけシュエリアを理解していたのだろうから。
「で、シュエリア、この子誰?」
「アシェ・ハーラルドですわ。わたくしの悪友ってところかしら」
「悪友ねぇ」
そう言われて、彼女……アシェの方を見やる。
赤髪のハーフツインが可愛らしいシュエリアよりはヒロインっぽい可愛い女の子だ。
まあ、シュエリアの悪友というだけあって癖のある感じのエルフではあるが。
「なぜリーシェではないのか」
「なんの話ですの?」
「こっちの話」
エルフと言えばシュエリアと同年代で話にも出ていたリーシェが登場するならわかるがなぜここに来て新キャラなのだろうとか、そういうことを想ったりするわけで。
「リーシェならこっちでシオンの保有する森でお世話になってますわよ? 会いたいんですの? 浮気?」
「いや、そういうわけでは無いんだが。なぜこの子なのかと」
「なんとなく言いたいことはわかったけれど、これには事情があるのですわ」
「ほう」
そう言ったシュエリアは俺にその事情とやらを話してくれた。
まあ、語ると長めになるから端的に言うと「変わり者で除け者だからハブられてここに来た」という感じだ。
「つまりハブられて、悪友たるシュエリアに泣きついてきたと」
「泣きついてないわよ!! なんなのこの愚民は! 本当に愚かね!」
「あんまりわたくしの最愛の夫になる男を愚弄するとキレますわよ?」
「え……これ……あっ……この、お方? シュエリアの夫になるの?」
「えぇ。最愛のですわ」
「あぁ……最愛の…………えっ?!」
シュエリアの言葉に大分遅れて驚くアシェ。体まで仰け反っている。
一体何にそこまで驚いたというのか。
「あのシュエリアが男を好きに?!」
「待ちなさい! 言いたいことはわからないではないけれどそれだとわたくしが女好きみたいですわ!!」
「で、でも、女友達ばかり侍らせて、しかも男とは目も合わせようとしなかったじゃない! その上男なんてみんな同じだーとか言ってなんか擦れてたじゃない!」
「侍らせてねぇですわ! それにアレは擦れてたんじゃなくてちょっと……アレよ、モテすぎてつらかっただけですわ!!」
「私も言ってみたいわよそれ!!」
「もー! 何の話ですの?!」
シュエリアとアシェがギャーギャーと喚く。
こんなシュエリアあまり見たことないから新鮮かつ、アシェがシュエリアにとって間違いなく友人であることがわかる。
仲いいんだなぁ、この二人。
「はぁ、はぁ……。まったく、わたくしは女好きでもなければ男嫌いでもないですわ」
「でもモテすぎてつらいんでしょ?」
「ええ。今でもモテますわよ。でも、好きになったのはこのユウキだけですわ」
「えぇ……この愚民?」
「いい加減愚民って呼ぶのやめないと怒りますわ」
「それはやめて!」
そういって震えるアシェ。
そういえばさっきも「キレる」とか言われてビビってたな。
「シュエリアって怒ると怖いのか?」
「そんなこと――」
「めっちゃ怖いわよ!!」
「――ないですわ」
シュエリアの言葉にかなり食い気味に横槍を入れるアシェ。
そんな怖いのか。今まで本気で怒ってるのを見たことがないからわからんけど。どんなだろう。
「怒らせると一国滅びるわよ!」
「激おこじゃん」
「げきおこ?」
「すごく怒ってるって意味ですわ。ていうかそんなことした覚え……ありますわね」
「あるのかよ!!」
こわっ、シュエリアさんこわっ。
激おこになると国が滅ぶのか……恐ろしいな。
強いのは知ってたけど、強すぎだろ。
「ちなみに詳しく聞いても?」
「嫌よ! 思い出しただけで泣きそうよ!」
「お前何したの」
「べ、別に……ちょっとしつこくかまってきた他所の王子がウザかったから人命に被害が出ない程度に……国を浮かせただけですわ」
「……国を浮かせた?」
意味が分からん、何かの隠語だろうか。
「浮かされた国は地上との流通を絶たれて、空輸ができるようになるまで死んだように生きていたという噂だけれど……」
「ひでぇな」
「うぐっ王子も悪いけど国民も国民で王子を囃し立てたのだから同罪ですわ!」
「まあそのあとは空を飛ぶ国として観光地として有名になって以前より国力が増したそうだけど……」
「良し悪しだな……」
とりあえず怒らせると怖いのはよくわかった。
日本を浮かされちゃたまったもんじゃないからな。怒らせないようにしよう。
「それで、何しに来たんですの。アシェ」
「そ、それは……その」
「あ、手短にお願いしますわ」
「30秒以内で」
「えっ?!」
俺とシュエリアの無茶ぶりにも答え、アシェは手短に30秒で答えた。
ざっくりいうと「家出」だった。
「にしても、そう。アシェもついに結婚するんですのねぇ」
「しないわよ! したくないからここにいるんでしょ?!」
「あ、そうでしたわね、ふふふ」
「人の不幸で笑うなんて相変わらず嫌な女ね……!」
「なんというか、そんな相手にしか頼れない悲しい友人ですわね」
「うぐぐ……」
それでも友人扱いなのは彼女とシュエリアの仲がいいからなんだろうな。
さっきの「嫌な女」発言なんてなんともないくらいの悪友なのだろう。
「なんで結婚したくないんですの?」
「家出までするくらいだし、相当嫌なんだよな?」
「え、ええ。まあ。その……顔が好みじゃないのよ」
「ハッ、とっとと帰りやがれですわ」
「ひどっ?! ちょっとは興味持ってよ!」
「いや、だって、要は面食いってことでしょう? そういうのは妥協するもんですわ」
「シュエリアはしたの……?」
そう言って俺の顔をジッと見て来るアシェ。
なんだろう、もしかして美形エルフと比べられてる? 俺。
「してるわけないでしょう。わたくしをなんだと思ってるんですの」
「完璧主義の自信家天才女」
「わかってるじゃない」
「でも……えぇ……この男が好みなの?」
「殴りますわよ?」
「ご、ごめんなさい……」
シュエリアが妥協して俺を選んだわけでは無いのが分かったのは嬉しいが、相変わらずアシェから向けられる視線は「なんでこんな男がいいの?」と言わんばかり、というか。
「なんでこんな男がいいの? エルフの方がルックスいいわよ?」
「言われた……」
「エルフなんてみんな似たよりったりだもの……面白くないですわ」
「この男の顔は面白いの?」
「……そんなこともないですわね」
そういって俺の顔をまじまじと見るシュエリア。
え、何、ここでも面白いかどうかが基準なのか?
「で、でもほら……か……こいいし……」
「へ? 何? シュエリア」
「な、なんでもないですわ」
「マジか」
「なんで本人にだけ聞こえてんですの?!」
そうか……俺コイツから見たらかっこいいのかぁ。
こういうの聞こえちゃうから主人公補正足りてないのだろうか。
「相変わらず主人公力0ですわね……」
「褒められすぎて照れるな」
「褒めてねぇですわ」
「マジでか」
主人公らしくないなんてある意味特徴的な誉め言葉だと思ったんだが、違ったようである。
「で、それはいいとして、アシェはエルフと結婚するんだろ? いいんじゃないのか、美形」
「なんでサラっと呼び捨てにしてやがるのよ……私これでも悪名高きハーラルド家の令嬢なのよ? もうちょっと恐れひれ伏しなさいよ」
「その言い回しはシュエリアっぽいな」
こういうところ、本当にシュエリアの友人っぽいな。
っていうか悪名高いのか、この子のお家は。
「ちなみにユウキに説明だけれど、ハーラルド家っていうのはわたくしの国に属する反王政派の筆頭貴族ですわ」
「ん? それ一応姫のシュエリア的には敵なんじゃないのか?」
「一応は余計ですわ。まあ普通ならそうなのだけれど、わたくしほら――」
「普通じゃないな」
「……微妙にムカつくけれど、ええ、まあ、だから仲良くなっちゃったのよね。いつの間にか」
「えぇ……」
そこのところちょっと詳しく聞きたい気がしないでもないが、今聞くと話が盛大に逸れそうだから今度それとなく聞いてみよう。
そう思い、先ほどまでの話を促す。
「それで、その敵の……悪役令嬢のアシェ様はなんでイケメンが嫌でここに来たんだ?」
「その敬語じゃないのに名前だけ様付けされるの馬鹿にされてる感じで腹立つからやめてくれないかしら……」
「そうか。アシェ」
「……この男、順応性高すぎない?」
「そこがいいところでもあり悪いところでもあり、面白いところでもありますわ?」
「相変わらずの面白いもの好きってわけね……」
万事が万事、面白いか否かが行動&思考原理のシュエリアは同胞の悪友にもそういう認識をされているようだ。
「で、アシェ。どうなんですの?」
「え? あぁ……まあ、あれよね。美形だけどもっとガッシリした人が好きなのよ私は! なのに何、婚約相手ときたらエルフではありきたりなもやし体系なのよ!!」
「あー。そこね……」
「ん?」
「アシェはね、筋肉好きなのよ。キモイですわよね」
「ひどっ?!」
キモイと言われたアシェが素直にショックを受けると、シュエリアが「いや、普通にキモイですわ」と追撃を入れた。
「キモイくらい筋肉好きなのよこの子。筋肉ムキムキマッチョなら相手がチ〇コ面でも結婚しますわ?」
「しないわよ! てかお姫様が使う言葉じゃないでしょチ〇ポ!」
「いや、よりひどくなってるよなそれ!! 女の子がそういうこと言うな?!」
「私は汚い言葉使いはカタカナより先に習ったくらいだからいいの!!」
「悪役令嬢こわっ!」
どっかの悪役令嬢もそんなだった気がするが、皆そうなのだろうか、悪役令嬢。
「で、そんなチ〇コ好きのアシェはもやしと結婚したくなくてゴネて、家出した後行く場所無くてここに来たんですわよね?」
「まって、勝手にチ〇コ好きにしないでくれる?」
「キノコならいいかしら」
「もやしとキノコ並べたら淫語みたいじゃない!!」
「そんなことねぇよ!」
何この二人、仲良すぎるのか二人合わさってボケが酷い。
「そんなことより、シュエリア、昔リセリアに言い寄られたときに助けてあげたんだから私のことも助けてくれるわよね?!」
「ぐ……それ言われると弱いですわね」
「なんだそれ」
リセリアに言い寄られて、アシェに助けられた?
ちょっと興味のある話である。つい脱線するのも厭わず聞いてしまった。
「リセリアが初めて言い寄ってきたとき、わたくしも初めて妹に言い寄られたからテンパってて……アシェに一晩一緒に過ごしてもらったんですわ……」
「と言っても、今晩一緒に過ごして何とかなる話じゃないだろ? これ」
「えぇ……まあ……そうですわね……でも、うぅ……」
どうやらシュエリアにしては珍しく恩にでも感じているのか邪険にできない様子だ。
いつもなら面白くなさそうならスパッと断りそうなものだが。
「具体的にどうすればいいんですの?」
「代わりを用意して……と言いたいけれどそれは期待してないわ。せめて破談になる作戦を考えて欲しいのよ」
「破談……ねぇ」
なんかそれはそれで難しそうなのだが、大丈夫なんだろうか。
「……あ、閃きましたわ」
「あ、不穏な空気」
「??」
シュエリアの閃きと俺の嫌な予感。そしてそれを感じ取れないアシェ。
アシェだけが首をかしげている中、シュエリアが口を開いた。
「ユウキを貸してあげますわ」
「はい来た予想通り。馬鹿だろお前」
「は? え?」
シュエリアの頭の悪い発言に俺の的中した予感。そして相変わらずなんのことかわかっていない様子のアシェ。
「だから、アシェにユウキを貸してあげるって言ってるんですわ」
「借りて、どうするのよ」
「付き合ってるとでも愛し合ってるとでも虚言を吐いて破談まで話を無理やり持っていくのよ」
「そんなことできるのかしら……」
「大丈夫ですわ。こう見えてユウキはわたくしの無茶にも付き合えるくらいデキる男だからとっても便……いえ、都合がい……もとい、頼れる男ですわ?」
「それなら……行けるかしら」
「おいコラ待てオイ」
今なんか聞こえちゃいけない言葉が、便利だの都合がいいだの聞こえた気がするんだが?
「本人の意思は無視か!?」
「そういうわけで、はい、行きますわよ」
「は……は?!」
そして。
俺はシュエリアの部屋をアシェ共々連れ出され『アシェの恋人としてアシェの婚約を破談にする作戦』に駆り出されてしまった。
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