愛称の話ですわ
「暇ですわ(キリッ)」
「……うん」
いつも通りシュエリアの部屋で過ごす昼時。
ソファに仰向けに寝っ転がりながら顔だけはキリッっとしたシュエリアがこれまた顔には似つかわしくない発言をする。
「そんな恰好で決め顔して暇とか、よく言えるよな」
「わたくしらしいでしょう?」
「らしいけど」
確かにコイツらしいといえばらしいのだが「らしいでしょう?」とかドヤ顔でいうかなぁ。
「で、何がしたいんだよ」
「それなんだけれど、愛称について語りたいですわ?」
「愛称?」
愛称っていうとあだ名とかそういうことだろうか。
「シオンは結構愛称で呼んできますわよね?」
「あぁ……ゆう君とか、シュエちゃんとかな」
「自分のことをゆう君とかいうのは勝手ですけれど、わたくしのことをシュエちゃんとか呼ぶのはやめてくださらないかしら?」
「妙に敬語になるくらいには嫌なのか……」
だがそもそも愛称の話を振ってきたのはシュエリアなのだから少しくらいは我慢してくれてもいいのではないだろうか……。
まあ、コイツにそれを求めるのも無理があるか、結構な自分勝手だしなぁ。
「アイネもトモリもだけれど、愛称で呼ぶのってシオンくらいじゃない? だからわたくしも誰かを愛称……いえ、あだ名で呼んでみようかと思って」
「ふむ。それで、誰をどう呼ぼうってのは決まってるのか?」
「それはまだですわね?」
「そこからか……」
俺が呆れていると、部屋の扉が開いた。
「シュエリアさんおはようですっ」
「です~」
「あら、アイネ、トモリ、丁度いいですわ。二人とも何かいい案はないかしら?」
部屋に訪れた二人に今までの話の流れを説明し、二人に案を求めるシュエリア。
ちなみに二人は散歩帰りで、おそらくスタバ帰りでもある。
「……うーん別に普通に呼んでもいいのではないでしょうかっ」
「そう~ですね~」
「普通じゃつまらないじゃない」
そういうシュエリアは不満そのものである。
「やっぱりそこはシュエリアがどう呼びたいかじゃないか?」
「うーんそうですわねぇ……」
「試しにアイネをなんて呼んでみたいか考えたらどうだ?」
「アイネを……?」
そういうと、じっとアイネを見つめるシュエリア。
アイネはといえばなぜ自分なのか、どうしてガン見されているのかわからないといった様子であたふたしている。可愛い。
「アイにゃん?」
「直球ですっ」
「まあ猫だしな」
「にゃん~」
「駄目ですの?」
「駄目ではないですが、変な感じです。シュエリアさんからアイにゃんとか呼ばれるのはっ」
そういうとなぜかブルルっと震えるアイネ。
そんなに嫌なのか「アイにゃん」可愛いのに。
「なら~私は~どうで~しょう~」
「トモリですの? トモリは……トミー?」
「それはちょっと~……」
「駄目ですの?」
「見た目と差がありすぎます……から~」
そういって困惑するトモリさん。
まあ、和服美人のトモリさんにトミーは……。
「流石にトミーはないと思うぞ?」
「じゃあユウキなら何て呼ぶんですの?」
「普通にトモリさんでいいと思うんだが……まあ、しいて言うなら……」
そこまで言って俺は言葉に詰まった。
この天然魔王のことをうっかり変な名前で呼ぶと後が怖い為である。
「……トモりん?」
「トミーより百倍いい……です~」
「そんな馬鹿なっ?!」
「そこまで驚くことか……?」
ガクッと膝をつくシュエリアとトモりんと呼ばれてちょっとうれしそうな天然魔王。そしてそれを見て楽しそうに微笑しているアイネ。
「私もトモリさんのことトモりんって呼んでみたいですっ!」
「じゃあ~私は~アイにゃんで~」
「思ったよりノリいいなあの二人」
「むしろノリの良さはわたくし達の数少ない共通点ですわ?」
そういうシュエリアは相変わらずガックリポーズのままだ。
そんなにショックだったのか、トミー却下されたの。
「兄さまは何て呼びましょうかっ」
「え、俺?」
「ユウキさん~は~……」
「ユウキは……ユウキですわね」
「面白くないですっ?」
「確かにそうですわね……でも、ユウキは……」
言って悩むシュエリア。
まったく妙案が浮かばないといった様子で、しきりに唸っている。
そこまでして考えるものでもなくないか、愛称。
「ゆう君!」
「うおっびっくりした!!」
俺の名前を呼ぶと同時に俺の座るソファの後ろから抱き着いてきたのは姉さんだ。
「ゆう君はゆう君だよ~」
「義姉さん……相変わらず不法侵入だし……そこはまだいつものことだからいいとしても、いきなり叫びながら出て来るのはやめてくれ」
「不法侵入容認しちゃったよ、私の義弟……」
「せざるをえない存在がそこツッコミますか」
義姉さんにそこをツッコむ資格ないと思うんだが……。
「ゆう君がハーレー作るって聞いてきたんだけど」
「ハーレー作らねぇよ」
「ハーレムですわ。シオンも入るんですの?」
「うん!」
「やっぱ加入するのか……」
「やなの?」
「いや、いいけど」
「ユウキも大概寛容ですわよねぇ……」
そう言って俺をジトーっと見つめて来るシュエリア。
そうは言っても義姉さんだけ除け者ってのも変だし……そもそも言い出したのシュエリアだよな……なんで俺がジト目で見られるんだろうか……。
「まあ、それはいいとして……。ユウキはシオンに愛称で呼ばれてるイメージが強いせいでいい案が浮かばないというか、固定されてしまっているのよね、印象が」
「つまりゆう君ってことだね!」
「まあ、別にいいんじゃないか。俺も呼ばれ慣れてるし」
「兄さま……ゆう……んっ」
「ん?」
俺が視線を声のした……アイネのほうに動かすと、アイネが口をもごもごさせていた。
なんだろう、毛玉だろうか。人の姿だけど元は猫だしな、アイネ。
「ゆう……ゆ……ゆうくんっ」
「お、おぉ」
「言えましたっ」
「う、うん。あ……えらいえらいナデナデ」
「にゃー」
「相変わらずのだだ甘ですわね……」
「妹相手だからな」
「姉相手は激辛よね」
「そうでもないと思うが……」
俺ってそういう風に見えているのだろうか、周りからは。
不法侵入容認するくらいには甘いと思うんだけどなぁ。
「ゆう君お姉ちゃんには塩対応だよね……」
「それは否定しない」
「否定してほしかった!!」
「ほんとこの姉弟めんどくさいですわねぇ」
「俺を面倒な姉と同じ枠に括らないでくれ」
俺の言葉にガックリ項垂れる義姉さん。
こんなのさっきも見た気がするな。
「で、愛称はいいのか?」
「む。そうですわねぇ……ゆうき……ユウキ……ゆうゆう?」
「後に白書って付きそうだな」
「幽遊〇書ですわねぇ……」
どうにもシュエリアの奴は俺の愛称を真面目に考える気はなさそうだ。
いやまあ、別に彼女に愛称で呼ばれてみたいとか、そういうことではないのだが。
そんなことを考えていると、トモリさんが俺の方を向いて――
「ゆっくん~」
愛称で呼んできた。
以外だが、違和感があまりない愛称だなと思う。なので。
「なんですかトモリさん」
「普通に~返事されて~しまいました~」
「ツッコミ待ちでしたか……」
違和感なかった所為で普通に返してしまったがツッコミ待ちだったようで残念そうな反応を引き出してしまった。
「わ、わたしも兄さまの愛称考えましたっ」
「無理しなくていいんだぞ?」
「大丈夫ですよっ。うきうきっ」
「うん、結城遊生だからゆを抜いてうきうきなんだろうけど、若干無理があるような……」
「いえ、でも。案外愛称っぽいですわよ? うきうき。チャラい感じの愛称ですわね」
シュエリア的にはこの愛称は有りなようだ。
俺的には勘弁してほしいのだが。
「やっぱりゆう君はゆう君だよ~」
「うーん。まあ俺も呼ばれ慣れてるしなぁ……ゆっくんは意外と親しめたけど」
そう言って俺はトモリさんの案を支持した。
案外親しい間柄の人になら呼ばれて嬉しい愛称の部類に入ると思う、ゆっくんは。
まあ、ゆう君とあんまり変わらないから違和感無いんじゃないかという気はするが。
「まあユウキ本人がそういうなら、ゆっくんって呼びますわね?」
「シュエリアはトモリさん派か」
「ゆう君だとシオンと被るもの。アイネもゆう君って呼んでたし」
「アレはまた別案件だと思うが……」
あの場合は呼んでみただけで、決定事項とかとは違う気がする。ノリみたいなものだろう。
「っていうか俺これからゆっくんって呼ばれんの?」
「二人きりの時だけそう呼んであげますわ?」
「なぜに上から目線……」
「だって呼んでほしいでしょう? 彼女に、甘い感じで、ゆっくん。って」
「……欲しい」
「でしょう」
言って「ふふん。ユウキのことならお見通しですわ!」とドヤるシュエリア。
まあ確かに、俺はシュエリアに趣向を理解されている節がある。
それは交際相手として結構有難いことだったりする。なんというか、やりやすいというのか。
「ゆう君~新参者が言うのもなんだけど~一応ハーレムの主なら、本妻相手とは言え二人っきりの空間作っていちゃつくのはどうかなぁ~」
「い、いや、そんなつもりはない!」
「わたくしはそういうつもりでやってますわ?」
「質悪いな?!」
「失礼ですわ。彼氏とイチャつきたい彼女心ですわ。決して面白くなりそうだからじゃないですわ」
「お前が言うと説得力がない!」
行動原理「面白いか否か」の奴が何を言うか……。
こういうのを白々しいというのだろう。
「まあ、冗談はさておき……ちょっとまって、さておきですわ? その『イチャイチャしてズルい』みたいな目をわたくしに向けるのやめてほしいですわ! ユウキ!?」
なぜか俺に助けを求めるシュエリアの言う通り、アイネ、トモリさん、義姉さんにジィーッと見つめられているシュエリアは言葉の通りイチャつきを咎められているようだ。
まあ、自分からハーレムとか言い出したのに皆の前で二人きりの空間演出したコイツが悪い。知らん。
「さ、さて……後はシオンの愛称ですわね!」
「無理やり話し通したな……」
「まあいいけどね。私もゆう君と二人っきりの時イチャイチャしちゃうから」
「いや、しないけど」
「してよ?!」
「仕方ないなぁ」
「私一応ハーレムの一員だよね……?」
確かにそうなんだけど、なんだろう、義姉さんにはつい塩対応が染みついているというか、なんというか。
「私とはイチャイチャしてくれますかっ」
「義姉さんの所為で話それてんな……うん、アイネは仲良くしような?」
「はいっ」
「わたし~は~どう~ですか~?」
「イメージ付かないけど……はい」
「一言多いです……よ~?」
「す、すみません!」
何故だろう、ハーレムの一員? のハズが。こわい、この魔王、怖い。
「で、シオンの愛称だけれど」
「ん。義姉さんなぁ」
「シーちゃんとかどうですの?」
「無難かな」
「シオ姉さまでどうでしょうかっ」
「姉さまって呼ぶのがアイネくらいだからなぁ」
「しお~りん~」
「シオンじゃなくてシオリって名前の人ならいいかも知れないですね」
「お姉ちゃん的には有りだけどね、しおりん」
「義姉さんの場合なんでも有りなイメージがあるけど」
俺の言葉に「そんなことないよ~」と言いながらもしおりんと呼ばれたのを喜んでいる様子の義姉さん。
義姉さんのイメージとしおりんは大分かけ離れている気がするんだが……。
「まあ、何はともあれ、これで全員分の愛称が出そろった訳ですわ、というわけで……」
「というわけで?」
「終わりですわ」
「はい?」
「この話、終わりですわ」
『えっ?!』
こうして。俺たちの愛称を考えるという話は完全な無駄話として幕を閉じたのであった。
ご読了ありがとうございます。
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