虫捕りですわ
「なんだか無性にカブトムシを飼育したい気分ですわ」
「ゴキブリで我慢しとけ」
いつも通りの休日、いつも通り唐突なシュエリアの言葉に俺は適当な返事で返した。
「誰がゴキブリなんて好き好んで飼育するんですの……」
「そうは言ってもな、都内でカブトムシなんてまともに捕れるわけねぇだろうが」
このコンクリートジャングルで捕れる虫はゴキかゴキかゴキくらいだ。
「せめてカナブンが良いですわ」
「スイカみたいな臭いするから止めとけ」
別にスイカが悪いと言わないが、虫からするのが気持ち悪い。
「虫捕り、したいですわ」
「……はあ、しゃあないなあ」
一度やると言ったら聞かない女だ、良く知っている。ここは潔く同行するしかない。
「といっても、虫が捕れる目星は付いてるのか?」
「シオンが山を持ってそうだからシオンに頼みますわ」
「持ってるよ」
「何でいるんだよ」
「今来たとこだよ、決してストーカーじゃないよ」
毎回なんとも都合のいいタイミングで出て来る義姉である。
「虫捕りか~いいね、アウトドアだね」
「アウトドアって言うのか虫捕りは」
まあインドアでないのは確かだが。
「それじゃあ他の連中も誘って虫捕りするか」
「ですわね」
そう言うとシュエリアはラ〇ンのグループで連絡を取り、暫く待つことに。
「ところで虫捕りってどうやるんですの?」
「そこからか。まあとりあえず網と虫かごは必要だよな」
「後はハチミツとか夜中に塗っといて早朝になると食いついてたりするよね」
「そうだな。簡単にやれることって言ったらそんなもんだろう」
後はもう虫が網の届く範囲に居ることを願うくらいしかない。
「セミとか案外簡単に捕まるけどな」
「低い場所にいるとねー、大抵高い場所に居るけど」
「ま、その辺は運だよな」
虫捕りなんて久しぶりだ。ちょっと面倒だが、皆でやれば楽しいだろう。
「高い場所に居たら魔法で飛びますわ」
「お前はまた妙な事に魔法を使おうとして……」
虫捕りするのにも魔法を使おうとするか。なんてファンタジー感のない魔法の使い道だろう。
「冗談ですわよ。普通に楽しみますわ」
「さいですか」
「さいですわ」
まあ別に空飛ぶくらいなら人目さえない場所ならいいかも知れないが。魔法で虫を転移させるとか創造するとかより余程マシというものだ。
「それじゃあ……三十分後集合だな」
「シオンの車で行くんですの?」
「そだね、人なんていない山だから転移してもいいけど、車でドライブしよっか」
まあ何でもかんでも魔法で片付けたら面白くないからな。移動は転移でもいいと思うけど。というかむしろ移動は転移で良いと思う。楽だから。
「移動は転移にしたいんだけど」
「あら、ユウキが日常で魔法に頼ろうなんて珍しいですわ」
「いや、ゲームでファストトラベルとかあったら使うだろ、てか移動手段無かったらクソまである」
「まあそうですわね。じゃあ行きは車、帰りは転移にしますわ」
「始めていく場所には転移出来ない設定か」
「ですわ。ホントは出来るけれどそういう設定ですわ」
ゲームとかにはありがちだ。一度行った場所にしか転移できないとか。
「それじゃあ皆に声かけよっか」
「だな」
そんな訳でいつも通りスマホを使って呼び出してみると十五分しない内に皆揃い、車に乗り込んだ。
山までの道のりは片道二、三時間は掛かる距離らしく、シュエリアなんかは「暇すぎて暇」とかいう謎の言葉を残して俺の肩に寄りかかって寝てしまった。
アイネとトモリさんは仲良くお喋りを楽しみ、アシェは風景を眺めていた、ちなみに風景を楽しんでいるのではなく酔ったらしい。
そんなこんなで二時間と数十分、俺達はついに山に到着した。
「ふぁー……ついたんですの?」
「あぁ、着いたよ」
ちょっとしたドライブも、シュエリアには昼寝の時間にしかならなかった。
唯一ドライブを楽しんでいたのは運転好きらしい義姉さんとアイネ、トモリさんくらいだろう。
俺が入ってないのはシュエリアの阿保が寄りかかって来て重くてそれどころでなかったからだ。いくらシュエリアが軽いとは言えそれは人としてであり、そもそも人間は重い。ていうかほぼ三時間寄りかかられたらそれはしんどいと言う話。
「さて、まずは山に入って適当な木に餌を塗らないとな」
「ついでに虫が居たらゲットですわ」
とは言えシュエリアはカブトムシを飼育したいらしいのでセミ等は対象外だろうけど。
「カブトムシ以外はキャッチ&リリースですわ」
「森の平和を破壊しに来たのかお前は」
どうせリリースするくらいならそっとしておいてやればいいのに。
「さあ行きますわよ!」
『おー!』
さて、シュエリアの号令で始まった虫捕りだったが、セミのキンキンと五月蠅い程の鳴き声は聞こえるものの、本体は見つからないしカブトムシもクワガタムシも見つからなかった。
「中々いない物ですわね」
「まあ昼行性じゃないしな。よさげな気に蜜を塗って待つのが良いと思うぞ」
という事で俺達は良さげな木……ここではグー〇ルで調べたクヌギの木を目安にハチミツを塗りたくり、個体数のピークだという零時から二時を待つことにした。
それまでは暇なものの、熱中症の危険なども考えて車の付近で虫を探しながら冷房の効いた車内で休むと言ったことを繰り返して暇を潰した。
そして待つこと零時、漸く俺達は虫捕りを本格的に始めることにした。
ちなみに夕飯は義姉さんが予め用意してくれていたバーベキューを実施、手際の良さと準備の良さに驚いた。
「さて、ここからが本番ですわ!」
「だな。昼間にもクワガタは捕まえたけどカブトはまだだしな」
「腕がなりますっ」
「すぴー」
「トモリが立ったまま寝てるわ」
「淫魔なのに夜早いからなトモリさん……」
そんなわけで仕方ないのでトモリさんは車内で寝かせておいて、俺達は虫を確認しに行くことにした。
「カブトムシが居ると良いんだけどな」
「いなかったら召喚しますわ」
「すんな」
そんなことをしたらここまでやったのが台無しになる気がする。
最初からそれでよかったじゃん、みたいな。
「いやいや、カブトムシ一匹だけですわよ? 大丈夫、森中から召喚したりしないから」
「そういう問題じゃねぇよ……」
いや、それはそれで困るけど、流石にそんな凄い数呼ばれたらいくらカブトムシとはいえ気持ち悪い。
「気持ち悪いから止めてよね絶対に」
「だから、一匹だけですわよ」
「それならいいけど……」
「いやいや、良くないって」
何度同じことを言わせるのか、異世界人はすぐ魔法使うんだから困る。
「じゃあいなかったらどうするんですの?」
「そりゃ諦めるしかないだろう」
「むぅ、分かりましたわ」
魔法で何でも解決してたらつまらなくなるのはシュエリアも分かっているのか、渋々だが了承した。
「確かこの辺だったよな」
俺が止まってクヌギの木を探すと、シュエリアが声を上げた。
「あっ、居ますわ! クワガタばっかり!」
「おぉ?」
シュエリアがライトで照らしている木を見ると確かにクワガタが沢山いた。
しかし……。
「高さ的にそれ樹液に集ってる奴だろ、もうちょっと下じゃないか?」
「あら、そういえばそうですわね」
シュエリアが見ていた位置はどうみても人が網を使っても届く高さじゃなかった。
まあ魔法で飛べば届いてしまうんだが。
「あ、こっちですわね。カブトムシ居ないけれど」
「いなかったか」
残念な事にカブトムシ以外の虫は集っていたがカブトムシは居なかった。
「まあ仕方ないな」
「ですわね」
思ったより聞き分けの良いシュエリアに俺は内心ちょっと驚いた。
「なんですの?」
「え、いや、いなければ魔法で何とかしようとするかと思ってな」
「しないですわよ。したらつまらないでしょう」
「まあ、そうかも知れんが」
なんだかちょっとだけ妙な感じがするのは気にしすぎだろうか。
「さて、それじゃあ帰りますわよ」
「お、おう」
シュエリアの言葉に合わせて、皆で帰路につく。
車まで戻ると、寝かせていたトモリさんの体を一度起こし、全員席につく。
「おかえりー、みんな疲れただろうから寝てていいよ、お姉ちゃんがしっかり送り届けるからね」
「悪いな、義姉さん」
「気にしないでゆう君、お姉ちゃんはまだ元気だからね!」
帰りは転移する予定だったが、寝てるトモリさんの事を考えると魔法で起こしたりしたら可哀想ということになった。
そう言う訳で義姉さんの言葉に甘えて、俺達は眠ることにした。
そして後日。
「ほーらカブ太、ご飯の時間ですわー」
「名前もうちょい何とかならなかったのか」
シュエリアはどこぞで買って来たカブトムシを飼育していた。
「分かりやすくていいでしょう?」
「まあ、そうだけども」
俺が虫捕りの時に感じた妙な違和感の正体はこれだった。
要はコイツ、最初から捕れなかったら買うつもりだったのだ。
「飼育、楽しいか?」
「ん? まあほどほどに楽しいですわ?」
「さいですか」
「さいですわ」
こうして、俺達の深夜のカブトムシ捕りは若干無意味な感じに終わってしまったのであった。
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