練習ですわ
「暇で……はっ!」
「言い切れよ」
いつも通りシュエリアの部屋でだらだら過ごしていると、シュエリアが「暇ですわ」と言いかけたので何か面白いことか暇つぶしでも探すかと思ったのだが、その前に何か思いついてしまったようだったので、ちょっとした残念さと共にツッコんだ。
ここで少しばかりとは言え残念に思うあたり、俺ももうすっかりシュエリア側って感じだな。
「何ですの? そんなにわたくしの美声が聞きたいと?」
「それはいつも聴いてても聴き足りないから諦めているが。そうじゃなくて」
「え、なんで急にそういう恥ずかしいこと言うんですの」
「聞かれたからだろ」
「えぇ……?」
なんでコイツ困惑してんの? まあ、いいか。話逸れるから戻そう。
「で、何を思いついたんだ」
「へ? あぁ。あんまりにも暇だから、練習にでも時間を使おうと思ったんですわ」
「練習?」
コイツが一体何を練習すると言うのだろうか。正直コイツに出来ないことってあんまりない。あってもどうせすぐに出来るようになるだけに、練習と言われてもしっくりこない。
「もうそろバレンタインだから、チョコですわ」
「もうそろ……?」
俺の記憶が正しければまだ一ヵ月以上先なんだが……。
「ユウキ、バレンタインはいわば女子力テストですわ。そしてテストの準備は一ヵ月前からしても何の問題もないものですのよ」
「そ、そう……だな?」
そうだろうか。そうかもしれない?
しかしこう、自信満々に言われると押し切られてしまう俺の性はどうにかならないものか。我ながらシュエリアと相性よすぎてビックリする。
「という事で厨房にゴーですわ」
「お、おう」
元気よく厨房に向かうシュエリアに付いて行く途中、さっきの続きを話す。
「でもさシュエリア、チョコなんて湯煎して型に流して固めるだけだろ。練習要らなくねぇか?」
「出ましたわね、日頃料理してる奴のセリフ。ガチ初心者にはね、必要なんですわよ?」
「そういうもんか……って、お前はガチ初心者じゃねぇだろ」
正統派の喫茶店では無いとは言え、一応飲食業して、厨房にも立つ奴が何故か初心者視点。
「そうだけれど、重要ですわ。練習はね、上手くなる目的と、自信を付ける目的があるんですわ。今回は後者ですわね」
「なるほど?」
まあ確かに、練習して上手くできたって言う実績が実際の本番で役に立つ部分は大きいかもしれない。
「つまり今日のは予行演習みたいなもんか」
「ま、そんなとこですわ」
そんな話をしている内に厨房に入ると、そこにはトモリさんが居た。
「あれ、トモリどうしたんですの? つまみ食いかしら?」
「まさ~か~シュエリアさん~じゃあ~るまいし~?」
「いつも思うけど、その口調で失礼な事言われると妙に気分が乗らないの不思議ですわね?」
「なんかこう、怒り切れない感じするよな」
「あら~?」
要所要所で途切れる所為か怒りのボルテージも伸びが悪いのかもしれない。いや、それはいいとして。
「それで、何を?」
「はい~チョコ~予習を~?」
「流石トモリさん、女子力あるなぁ」
「わたくしの時と対応違い過ぎてビックリですわよ?」
ニコニコ笑いながら俺の胸ぐらを掴んでくるシュエリアだったが、これはあれだ、仕方ないんだ。
「トモリさんだと真面目にやってるように見えるけど、お前がやりだすと急にお遊びに見えるんだよ」
「ぶっ転がしますわよ?」
「うん、悪いとは思ってるんだけどな? どうしてもお前がやると全部ネタに見える」
「……なんかそう聞くと芸人冥利な気がして悪くないですわね?」
「え、そうか?」
「あん?」
「いやマジでシュエリアさん芸人の鏡だなぁ!」
シュエリアがそれで納得してくれるんだったら、そういう事にしておこう。うん。
「それにしてもトモリ、バレンタインデーは一ヵ月以上先ですわよ? 気が早いですわね」
「思いっきりブーメラン投げるじゃん」
コイツの頭どうなってんだろう。阿保なのは間違いないが。
「いえ~凝ったもの~を~作ろうか~と~」
「それで練習か。本当に真面目ですね」
「清楚系淫魔で真面目な魔王とかエロ漫画にしたら清楚系ドSビ〇チギャルってところですわね」
「何故エロにした。ってか魔王ってギャルなのか?」
「ヤンキーとかレディースにしようかと思ったけれど、それで清楚って何か違うような気がしてこういう表現にしてみましたわ?」
「いやいや、そういう荒くれの中に非現実的な清楚キャラがいるのが創作物だろ」
「一理ありますわね……」
「あの~何の~話~を~?」
「「あっ」」
トモリさんに止められるまでボケ続けてどうすんだ俺ら。チョコはどうした。
「ちなみにトモリさんは何を作るんですか?」
「チョコ~を~?」
「あ、いえ。そうではなくてですね。チョコで、何をという意味で」
「あ~。和菓子~を~」
「お~、いいですね、和菓子」
しかし和菓子ってえらく難しいイメージあるんだけど、大丈夫なのか?
「これ~を~?」
「うん?」
トモリさんが冷蔵庫に向かうとコレ、と言った物を何かゴソゴソとやり始めた。
「試作~品~です~」
「これ……試作品?」
出て来たのは……なんていうか、すげぇお菓子だった。
なんていうのこれ、えっと、あ、アレだ。
「姫路城……いや、おかしくねぇ?!」
「あら~?」
これってお菓子にするモチーフか?! え、これ渡されて誰が食べるんだ?! 絶対食えないだろこんな芸術品!!
「チョコだけ~に~ディティ~ルが~ちょこっと~甘い~?」
「そうじゃなくて! モチーフがそもそも変!」
「美しい~かと~?」
「美しいけども! 食べる側が気後れするから!!」
「お菓子~ですが~?」
「お菓子だからだよ!!」
お菓子にここまで気合入れられたら引くわ。
「溶けたら~ほぼチョコ~ですが~?」
「ほぼ? チョコじゃない部分があるんですか」
「後付け~の~瓦がウエハ~ス~で~こっちが~――」
「すげぇな! 気合入り過ぎですよ?!」
「あらぁ~ゆっ君は~食べませんか~?」
「食べれないですよ……食べたい気持ちより勿体ない気持ちが遥かに凌駕してます……」
「あらぁ~なら~溶かします~」
「いや勿体ないんでせめて写真に残していいですか?」
「あら~どうぞ~?」
「じゃあトモリさんも一緒に……よしっ」
記念に一枚撮ると、トモリさんはすぐにチョコを細切れにして溶かしてしまった。
ってかこの人の今のナイフ捌き凄かったな。刀だけじゃないんだな。
「何かこのまま型に流したチョコを作ったら負けな気がしますわね?」
「い、いや、トモリさんの真似されたら食いにくいんだって」
「大丈夫ですわ、つい食べたくなるチョコにしますわ」
「ま、マジか?」
まあそこまで言うなら、と思い、俺は黙って見ていることにした。
「トモリさんは、次はどうしますか?」
「無難に~行こうかと~?」
「そうですか」
ならハート形とかかな。鉄板だし。
「にしても、他の……アイネとかアシェは作るんだろうか」
「まあアイネは間違いなく作りますわよ。兄さま大好きっ子でしょうあれ」
「ま、まあそうかもな。アシェは……」
「先程~お話しし~たら~部屋に~籠りまし~た~?」
「変なもん作ってたりしねぇだろうな……」
チョコじゃなくて変な薬とか持ってきそうで嫌だな……。
まあ、バレンタイン全然先なんだけど。
「凝ったものを作るってなると時間掛かるわけだけど、俺としては完成品を見てビックリしたいわけで。ここで見てるのも何だか変な感じだな」
「凄いですわね。この場で完成品を見たいだけだからここに居たくないとか言い出せるのある意味勇者ですわよ」
「そこまでは言ってないけどさ。途中経過見て想像ついちゃったらなんか嫌じゃん?」
「まあ、そうですわね……かといってユウキ一人で場が持つんですの?」
「なんの場持たせるんだよ……」
別に普通に部屋で適当に時間潰してたっていいと思うんだけどな。
「まあじゃあ、話しながら作業でもしますわ」
「いや集中しろよ……凝ったの作るんだろ?」
「最悪魔法でちょちょいのちょいですわ」
「それ俺に暴露しちゃ駄目なやつだからな?」
これではチョコを貰っても魔法で適当にやったのかなとか、そんな考えたくもないことを考えてしまいかねない。
「それが嫌なら見張ってることですわね」
「なんと、うまく誘導されてしまったぞ。お前天才かよ」
「天才ですわ」
わかってたけど全然謙遜しねぇなコイツ。いいけど。本当に天才だから。
「とは言え、溶かす、固めるの作業は時間掛かると困るから魔法でやってしまうのだけれど」
「まあそれくらいはいいだろ。魔法で実物ぽんと出してるわけでもないし」
「ですわよね」
ちょっとした時短くらいはいいだろう。うん。
「で、その寸胴は何だ」
「これを削って作る気ですわ」
「なるほど?」
削って成形ね、木彫りのクマかな。
「ここをこうして」
「を、曲線が美しい」
「ちょいちょいっと」
「まるで魔法のようなテクニックが」
「それで最後にしゅっしゅっと」
「繊細なタッチが完成度を引き上げて……」
シュエリアの作業はこれも結構手早く。流石にトモリさんのような異次元のナイフ捌きとは行かないが、それでも器用なエルフらしい素晴らしい完成度の……これは……?
「シュエリアさんや、これは何かなぁ」
「うん? わたくしですわね?」
「俺が食べたくなるようなチョコとは?」
「え、ユウキが世界イチ食べたい物。結城シュエリアですわ?」
「お前はっ倒すぞ」
なんでコイツここまで自信過剰なんだ。馬鹿だろ。
「そんな、こんな場所でトモリも見ているのに現実のわたくしが食べたいと?」
「押し倒すんじゃねぇよ。張り倒すんだよ。なんでこんな美しい物食わなきゃいけないんだよ。食いにくいわ」
「どっちの話ですの?」
「どっちもだよ。って言うかチョコとは言えシュエリアをバリバリ食えるわけないだろ」
「性的な食事はするのに?」
「するけども!! お前ホント止まんねぇな?!」
何でそこら辺恥じらいも無く言えるんだろう。凄いぞ俺の嫁。
「はぁ……できれば人形は止めてくれ」
「そうですの……? うぅん。難しいですわねぇ」
「レパートリー死んでんのかよ。お前の中の食欲が出る物って好きな異性なわけ?」
「失礼ですわね、ビーフシチュー一択ですわ」
「どっちにしろレパートリー死んでるじゃん」
一択とか。てかチョコでビーフシチューとか……うーん?
「それでトモリさんは、作り直しどうなりました……か……」
「あっ……あら~」
トモリさんの方を見るとトモリさんの手元にトモリさんが見えた。
「あの、トモリさん……それ……」
「食べたく~なる~かと~?」
「シュエリアと同レベルの思考ですよ……」
「グサッ……」
トモリさん、余程ショックだったのか、胸に手を当ててそのまま両膝ついてしまった。
「わたくしと同レベルって言われてその反応。わたくしなんだと思われてんですの」
「小学生レベルの下ネタ生成生物……」
「トモリ、その口調で言われたらシンプルにムカつきますわよ」
「って言うかイマドキの小学生ってこのレベルの下ネタ言うのか?」
「イマドキなら中学生までには童貞卒業かと……」
「マジでっ?!」
「流されんじゃねぇですわ。そんなの一部のやんちゃな親持ちだけですわ」
「そ、そうか……?」
って言うかなんでコイツ等異世界人なのにこの世界の小学生の事情に詳しい感じなんだ。
「作り直します……はぁ」
「なんかここまで落ち込まれると悪いことした気分になりますわね?」
「まあ頭悪いことはしてるけどな」
「うまいですっ」
「上手くねぇですわよ!」
「このチョコ美味しいですっ」
「なんかこのボケ前に聞いたことある気がしますわ?!」
「というかそれ以前にいつの間に来たんだアイネ」
「にゃっ?」
いつの間にか俺の横でシュエリアが溶かしたチョコを舐めてたアイネに話しかけると、ほっぺたにチョコを付けた顔で首をかしげて上目遣いだった。なんだこの可愛い生物。
「うんと、なんだか兄さまの匂いが厨房からしてきたので来てみましたっ」
「チョコの匂いとかでは無いんですのね」
「? 兄さまの匂いならまだしも、チョコの匂いで釣られることなんてありませんがっ?」
「来ていきなりチョコ舐めてた奴が何言ってんですの……」
余りに説得力の無いアイネの言動に呆れるシュエリアだったが、アイネとしてはなにやら言い分がある様子で、ぷんぷんしていた。
「シュエリアさんっ。来ていきなり兄を舐めまわす妹と、チョコを舐めてほっぺに付いちゃう妹どっちが可愛いかなんて明白じゃないですかっ!」
「アイネ、あざといの出てますわよ」
できれば後半の方は訊きたくなかった。ほっぺに付いてるのはわざとかな? いやいやまさか。ははは。
「それで、シュエリアさんは何をしていたんですか? チョコを塗りたくって兄さまに舐めてもらうプレイですかっ?」
「なんでそのあどけない少女の顔からアブノーマルプレイの発想が一番に出て来るんですの? 違いますわよ。バレンタインの予行練習ですわ」
「つまり練習にかこつけて兄さまに受けの良いチョコを模索中という事ですかっ?」
「ほんとアイネって勘はいいのに忖度は出来ない子ですわねぇ?!」
「にゃにゃっ?」
あー、つまりこれは、そういうことか。
シュエリア的には直接訊き難い俺の好みを、練習と言う体で色々チョコを作っては俺に見せて、どういうのを喜ぶというか、反応が良いのかを見ていたと。なるほど……?
「シュエリア、そこまで気にしなくても俺は普通にシュエリアから何かしてもらえたらそれだけで嬉しいが」
「え、よくそんな嘘サラッと付けますわね?」
「えっ、嘘じゃないが……」
なんで嘘だと思われた? なぜに?
「じゃあユウキ、わたくしが仮に、普通にユウキの為になることをしたら、どう思うんですの?」
「え? 普通に……?」
それは、つまり。
「いつも通りボケてんなぁと」
「阿保なんですの?! 普通にって言いましたわよね?!」
「だから普通に、ボケてんだろ?」
「阿保ッ!! 普通に! シンプルな混じりけなしに真面目に真っ当な行動ですわ!」
「それは流石に病気か陰謀を疑う」
「ほらっ!! ほーらっ!! やっぱりわたくしが普通にしてたらまともに喜ばないですわ!!」
「あ。あー……なるほど……」
こういわれると確かに、コイツが普通にバレンタインでハート形チョコなんて持ってきたら、何かしらかの形で疑ってしまう。間違いない。
「だから、ほら……ユウキが素直に好意を受け取れるように……」
「あ、うん……なんか苦労を掛けてすまん」
そもそもコイツの日頃の態度の所為でもあるんだけど、とは言え人の好意を素直に受け取れない俺にももちろん問題があるわけで。
「ま、まあいいですわ。さて、それじゃあもうしばらく、付き合ってもらいますわよ?」
「お、おう。任せとけ」
という訳で俺はこの後、数時間にわたってシュエリアのチョコ制作を見物し、シュエリアがあの手この手で俺を納得させようとする度にツッコみ。
結果的に気持ちは十分伝わったからもうハート形でよくね? ということで決着したのであった。
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