夜のお店ですわ
いつもより長めです。
「だるいですわ」
「出だしが同じだと」
いつも通りシュエリアの部屋で過ごす午後、日も落ち始める頃にシュエリアが最近聞いたような発言をし始めた。
「微妙に違いますわよ。この前は『だりぃですわ』と言ったんだもの」
「そうだったか」
いや、その差は正直大したことないと思うが。
「それで? 何がだるいんだ」
俺が聞くのを待ってたのか、シュエリアは待ってましたと言わんばかりに答えた。
「今日がバーの初勤務なんですわ」
「なるほど、それでだるいのか」
以前シュエリアと言ったバーの店員、結局メンツは入れ替わらずみっちり接客の研修をすることとなったわけだが、ちゃんと上手く行ったのだろうか。
「ってことでユウキも来て欲しいですわ」
「どういう訳かは分らんが、そうだな暇だし行くか」
とは言え行って何するかって話だけど。
「一緒にトモリとか連れてくといいと思いますわ」
「そうだな、一人で行くのもなんだし。かといって流石にアイネを連れて行くのは絵面がマズいしな」
それにトモリさんならお酒強い方だし、他の連中と行くよりは問題も少ないだろう。
ってことで久しぶり? にトモリさんと一緒に二人で出掛ける感じになったのだが。
「トモリさん、一体どうしたって言うんですか……」
「はい~?」
トモリさんが何故かとてもサキュバス感のある露出のやたら多い格好をしてらっしゃった。
いつもの露出の少ない華やかな和服ではなく真っ黒の露出の多いドレス。どういう事だ。
「トモリさんのアイデンティティが……」
「へん~ですか~」
「いえ、正直すこぶる似合ってます」
しかしいつもあれだけ和服着てる人が何故急にという感は否めない。
「どうしたんです、本当に」
「いえ~せっかく~の~夜デ~ト~ですから~」
「そ、そうですか」
そうか、トモリさん的にはこれデートなのか。
いや、まあ男女二人でバーに行くんだし、間違ってもないか。
「それ~に~露出が多~いと~催淫しやす~いので~」
「俺に何する気なんですか……」
思いっきりいかがわしいことしようとしているとしか思えないんだが、大丈夫かな。俺生きて帰れるかな。
「れっつ~ご~?」
「……そうですね、とりあえず行きましょうか」
そんなわけでトモリさんと二人きりでバーに向かう事になった。
デートなのでいいかな、と思い、サラッとトモリさんの手を握ってみたのだが嫌がられる様子もなく、むしろ恋人つなぎで返されてちょっとビックリした。
「というか、無茶苦茶見られますね」
「ほ~よう~でしょう~か~」
ほーよう……抱擁……? あぁ、保養か。
「まあ確かに目の保養ではありますね」
トモリさんはかなりの美人だし、スタイルも抜群なので道行く男性が必ずトモリさんをガン見していく。
「催淫使ってないですよね?」
「……もちろん」
「怪しさしかねぇな」
妙に間があったし、急に口調戻ったし。
「むしろ~ゆっく~んは~なんで~効かないの~でしょう~」
「月並みな回答としては、もう魅了されてるからかと」
「……刺していいですか?」
「照れ隠しに怖いこと言わないでくださいよ……」
にしてもトモリさんも照れ隠しとかするんだな。割と女の子らしいところ初めて見た気がしないでもない。
「いえ、淫魔としてのプライドが傷ついたので」
「思ってたより怖い理由だった」
全然照れ隠しとか可愛いものじゃなかった。
「あぁでも、刺すのはゆっ君の方ですね。オスですし」
「流れるように下ネタぶち込むなぁ」
「淫魔ですから」
絶対違うと思うけど、正直シュエリアとか辺りの悪い影響な気がするけど。
ていうかいつの間にか素で喋り続けてるな、トモリさん。疲れないのかな。
「トモリさんって普通に話してる時って気を張ってるんですよね? 疲れませんか」
「いえまあ、基本的にはこちらが素ですから。お酒が入ったり気分が高揚すると魔王時代のキャラが出ちゃったりしますが……そもそも魔王を演じていた緊張の反動が間延びなので」
「なら今は敢えて間延びした口調である必要って無いんじゃないですか?」
「……そん~なこと~ないかと~?」
「急に戻りましたね」
「キャラ~付けはだ~いじ~かと~」
「でも結構話し難いですよね」
「そうで~すね~なので~、メイン回は会話量も増えるのでこちらで行こうかと」
「魔王とは思えないありがたい配慮だ」
やはり天然とは言え、魔王とは言え、それでも一番気遣いは出来る人だ。
「ところでゆっ君」
「なんでしょう」
「刺していいですか?」
「なんでまた……」
「いえ、まだ返事をもらってないので」
「おおぅ……」
そこで天然発揮しなくていいんだけどな……微妙にズレてる。
「良くないですよ」
「そうですか、残念です。私が〇〇〇を生やしてゆっ君の〇〇〇を刺すのも駄目ですか?」
「急に伏字マックスの下ネタ挟むの止めてください」
夜にこの人と出かけたのが失敗だったんじゃないかと既に思い始めてるよ俺。
なんか深夜テンションみたいになってるし。
「そしてそんな下らない話をしている間にも到着する程近場な事にビックリする俺であった」
「あら、本当に近いですね」
この前は転移したから場所が分からなかったが、こんな近場だったんだな、このバー。
「それでは早速、行きましょうか」
俺はトモリさんの手を引き、店内に入った。
店内は相変わらずの中二感漂う装いで、この前来た時に比べ薄暗い。
落ち着いた雰囲気と若干の怪しさの漂う印象になっていた。
「よく来たな我が眷属よ! 今宵は我の振舞う酒に酔い、存分に闇に溺れるがよいぞ!」
「接客の研修したはずなのに中二病のまま行くのかコイツ」
いや、まあそういうスタイルの店ってことになったんだし、良いんだろうけど……。
「それでは眷属よ、今宵貴様の進むべき道を示してやろう!」
「はいはい、席に案内してくれんのね」
という事で、ちょっと面倒な子に案内されて店内の端っ子の方のソファに通された。
「それでは我はこの設定のまま接客を続けるのが語彙的に辛いから失礼する!」
「おう、語学学習頑張って」
「ツッコミ放棄ですね」
正直中二病って話し難そうだなって思う。なんかそれっぽい語彙とか知らないとキャラブレるしほんのりそれっぽいこと言うだけだとキャラ薄そうだし。
「で、接客は誰が……いや、お前は来るな」
「何でですの」
「いつも通りになるからだよ!」
中二の子が去った辺りからこっちをチラチラ見ているシュエリアに牽制をしておいた。
俺ら三人で飲んでたら宅飲みと大差ない。
「せっかくだから別の……吸血鬼の子は?」
「ルミア? あの子は今別の客に酌したりトークしたりしてますわ」
「ふむ……あの人狼の子は」
「ジーナも手が空いてないですわ」
「じゃあ誰なら手が空いてるんだ」
「わたくしかルンルンですわね」
「……ならルンルンで」
「両方ですわね」
「いやルンルンだけで」
「ルンルンが酌してわたくしと飲みたいと。仕方ないですわねぇ」
「人の話聞かねぇなコイツ……」
もういいけどさ、コイツに来るよう言われた段階で、こうなる気はしてたし。
シュエリアは俺の左横、俺の右隣にトモリさんと本当にいつも通りの状態になってしまった。
「っていうか暇なのかお前。確かお前の主な用途って客引きだろ?」
「用途って言い方が気になるけれど、わたくし目当てで来た客もいますわよ。金盗って、もとい金取って帰しただけですわ」
「オイ」
なんか今凄く酷い言い間違えをしてなかったかコイツ。
「誤解ですわ。ただちょっと市販のお酒をメーカーの希望小売価格より高めに売って帰しただけですわ」
「せめて店内で飲ませてやれよ……」
「そこがわたくしらしくて良いって悦んでましたわよ?」
「なんだろう、色々心配になる話だな」
コイツ大丈夫だろうか、その内厄介な異性に付きまとわれたりしないかな。
最悪刺されたりしそうだが……いや、シュエリアならそういう刃傷沙汰は色んな意味で問題無さそうだけど……うーん。
「それにしても、トモリは素敵な衣装ですわね?」
「まあゆっ君とのデートですから」
「しかも普通に喋るんですのね」
「まあゆっ君とのデートですから」
「……なんでやたら勝ち誇った顔でデートを強調して連呼するのか聞いてもいいかしら」
「仕事中の奥さんの前で旦那さんを連れて堂々とデートと言い放つのが中々に爽快でつい」
「……トモリって結構黒いですわよね」
「えぇ、髪もドレスも真っ黒ですよ」
「腹もですわ」
「あらあら」
トモリさんってたまにこういう恐ろしい真似するけど、この人は本当に何がしたんだろうか……シュエリアが若干頬引きつってるのが怖い。
「というかルンルンは?」
「ん、トモリの横に居るでしょう」
「え」
右隣のトモリさんの奥に、確かに誰かが座っている、が。
「……え? ルンルン?」
「…………」
衣装がこの前と違うからだろうか……それとも髪型……? 魔女帽子はしてないのは間違いないが、パッと見で誰だか分らなかった。
「魔女帽子は店内だと邪魔だからさせてないから、見慣れなかったみたいですわね」
「あ、あぁ」
結構帽子を深く被ってたからわからなかったが、結構愛嬌のある顔をしているんだな。
目がクリっと大きくてまつ毛も長いし、顔は小顔で色白だけど頬がほんのり紅いのが可愛らしい。
「何ガン見してんですの?」
「いやいやいや。ガン見してないって。ただほら、結構いいデザインだと思っただけで」
「デザインて……要するに容姿が好みだったわけですわね」
「いや、好みって言うのとは違う気がするが……」
異性の好みという意味では俺はもっと美形の方が好みだし。
「それにしてもあまり話さないのですね」
「そうですね。まあチャットでしか話せないわけですからね」
そう言う意味では酌専と言うのは適材適所か?
『筆談もできますよっ☆ミ』
「え、ああ。なるほど……?」
なんか急にスケッチブックに書かれた字を見せられたのだが、しかし。筆談だと凄く疲れそうな上に時間掛からないか?
「チャットを打って見せて接客と言うのはどうだろう」
『業務用のアカウントならありますよ(*^-^*)』
「思ったより頑張ってるな」
そういう事なら彼女の負担を減らす意味でもそのアカウントを登録しておくか。
「ん、これ……なのか?」
なんか見た感じ業務用って感じしないんだけど。
『結城さんには業務用じゃなくてもいいかな……なんて(/ω\)』
「これが横文字の小説じゃなかったら困る表現だな」
「何処にツッコんでるんですの」
「ルンちゃんはゆっ君と仲良しになりたいんですか?」
『(/ω\)』
「いやホント、これ、えぇ……」
いいのかこんなことで。縦書きの小説なら(照)とかになるんだろうか。
「でもまあこれで話はしやすいですわね?」
「これを話しやすいと言うかは別として、まあ筆談よりはな」
とりあえず顔文字だけでも止めてもらえないかな……改行入ったら悲惨だし。
「さて、とりあえずせっかくこういう店に来たんだし、酒だよな」
「カクテルがおススメですわね」
「カクテルか……どういうのがあるんだ?」
『お店のオリジナルカクテルとか結構人気ですよ!』
「なるほど、じゃあそれを――トモリさんはどうしますか」
「度数の強いお酒を」
「じゃあちょっと取って来るから、お喋りでもして待ってると良いですわ」
そう言ってシュエリアは席を立つと、意外な事にバーテンダーをやっているお涼さんのところに行った。
「お涼さんがバーテンなのか……」
なんというか、バーテンというよりはスナックのママって感じがする。
「凄い手捌きですね」
「あれを手捌きと言うのか……?」
どう見てもポルターガイストって感じだが……アレで作られたカクテル……ちょっと怖いと思ってしまうのは幽霊差別だろうか。
「そして思ったより周りの客がアレを受け入れているのがビックリだ」
『皆さん最初は驚かれますけど、何故か嬉しそうなんですよ!』
「まあそういう人種だからな……」
それが幽霊だろうが吸血鬼だろうが、驚きはしても何だかんだ喜んじゃうのがアニメや漫画好きなオタクの性な気がする。
そりゃ血生臭い危険な生き物なら恐怖もするだろうが相手が美人なら文句なしだ。
「一般の方が来たら騒ぎになりそうですが……」
「確かに。うっかりただの酒場気分で入ったら大変だな」
「そういう客にはトリックってことにしてるから大丈夫ですわよ」
そう言ってシュエリアは酒を持って戻って来た。
「お前こういう時は必ず人数分だよな」
「駄目なんですの?」
「むしろ何でいいと思ったのか」
「お客さん、一杯貰っていいかしら」
「店間違えてない?」
それはバーじゃなくてキャバクラではないだろうか。
「しゃあないですわね。仕事無いから飲もうかと思ったけどいいですわ。ユウキに飲ませて楽しむから」
「何を楽しむ気かは知らんが、飲まないのは助かる」
別にこれが酒じゃないならいいんだ。コイツがこういう奴だって知ってるし。
ただ酒は本当に面倒だから飲ませたくない。こんな場所でデレデレされてくっ付かれたら居心地悪すぎる。
「それで、カクテルって何にしたんだ」
「ふふん、これがオリジナルカクテル『ナザリ〇ク』ですわ」
「全然オリジナルじゃねぇ! 思いっきりパクリじゃねぇか!!」
「現実にこんなカクテルないですわよ」
「そういう問題と違う!」
思いっきりオーバー〇ードのパクリだ。コラボ企画でも無いのにやったらアウト過ぎる。
「冗談ですわ。まあ内容は明記しないとして、ただ何となくわたくしっぽい色合いのカクテルですわ」
「透き通るような若草色のカクテル……何入ってんだ」
「だから明記できないですわ。何で作ったなんて下手に言って実際には出来ないなんて話になったら面倒でしょう」
「……いや別にそこまで気にする奴はいない気がするが」
まあいいか、とりあえず俺のはシュエリア色(?)のカクテル。多分緑茶とか入ってそう。
それで他は――
「私のこれはなんでしょう。透き通る透明なお酒ですね……とても強いアルコール臭がしますけど」
「スピリ〇スですわね」
「またか! お前何かにつけてこれ飲ませようとするな?!」
何でこの馬鹿はこう……。
「流石にトモリさんでもこれは駄目だろ」
「度数が強いのでアリですね」
「ありなんだ」
ま、まあトモリさんなら魔王感強くなる程度で済むだろうし、別に対応に困らないからいいけれども、美味しく飲めるだろうか。大丈夫か?
『私なんて匂いだけで酔っちゃいそうですよ……』
「ま、まあそうだよな。ていうかシュエリアがもってきたルンルン用のお酒って……お酒? あれ?」
なんだろう、心なしか茶に見えるのだが。
『あまりお酒強くないので、ごめんなさい。ノンアルコールのウーロンハイなんです』
「それはウーロン茶では」
つまり酒飲むのは俺とトモリさんだけか……普通だな。
「シュエリアが自分用に持ってきてしまったのは何だったんだ?」
「これですの? こっちもオリジナルカクテルで『ユウキ』ですわね」
「……一応聞くけど名前の由来は」
「ユウキと言っても遊生の方では無くて結城の方ですわよ」
「それで?」
「わたくしを始め、アイネとかアシェとかに好きなお酒とか、お酒に混ぜたい物とかを聞いて一種類ずつ混ぜてみたものですわ」
「何ていう冒険心……ちなみに何入ってんだこれ」
なんというか、見た目からは何を混ぜたか全く想像つかないし、味の想像なんてもっと無理だ。妙に甘辛いようなアルコール臭はするが……。
「わたくしは普通にビールですわ」
「ビール」
コイツがビールを飲んでるのはあんまり見た記憶が無いのだが……。
「面白そうだからか……」
「ですわ」
言い当てられて、何故か嬉しそうにドヤ顔するシュエリア。阿保過ぎる。
「アイネは何を?」
「甘くて白い、ピニャコラーダですわ」
「ふむ……アシェは」
「ワインですわ」
「……不安感しかねぇ」
もう既にビール、甘い酒、ワインと来た。なんで酒以外で割るって言うか、混ぜる発想が無いんだ。
「トモリさんにも聞いたんですよね……トモリさんは何を?」
「アルコールを」
「……ふぅ」
これ、本当に飲み物だよね。大丈夫だよね?
「それで、義姉さんは?」
「コーラですわ」
「急に普通」
義姉さんが最も無難に安全な飲み物を混ぜてくれてて凄く助かっ……いや助かっては無いな、手遅れ感がある。でも少しだけ安心はした。
「まあ……とりあえず飲んでみるか」
俺は最初に苦手や嫌いを済ませる性分なので、とりあえずごちゃ混ぜの『ユウキ』から飲んでみることにした。
「ん……甘……苦……? 辛くて……渋い……口に広がる香りも微妙に心が不安定になりそうな……そして微妙にシュワシュワする」
端的に言って美味くは無い。正直全部単品で飲むべきとすら思う。
『美味しくなかったですか?』
「うーん……まあ、そうだな。今後これは封印した方が良い」
「普通の客にそんなもの出さないですわ」
「そんなものと口走るようなもんを夫に飲ませんな」
客の方が俺よりよっぽど扱いが良いって何だ。いや、いいけどさ。お客は大事にすべきだ。
「ふふふ、代わりに飲んでも構いませんよ?」
「そしてトモリさんはその酒を瓶で飲み干すの早いですね。飲みたいのならどうぞ」
「いえ、全然飲みたくは無いのですが、ゆっ君が困っていそうだったので」
「このアルコール好きの魔王が嫌がる辺り本当に救いが無いな」
この酒を造った人達に非常に申し訳ないのでちゃんと飲みきるが、こういう冒涜はよろしくないので今後本当に封印して欲しいと思う。
「とは言いつつ代わりに飲んでくれるトモリさんはやっぱり優しいですね」
「酒は飲んでも飲まれるなと言いますからね」
「いや、こういう時に使う言葉じゃない気が……」
それって酒に酔って自分を見失ってはいけないとかそういう意味では。
「酒は飲むもの。飲んでなお自らを律してこその酒。飲まないのは敵前逃亡にも等しいという意味ですよね」
「どういう曲解したらそうなるんですか……」
それだと酒場に来ただけで四面楚歌じゃないか。
『ところでシュエリアさんの方はどうですか?』
「わたくしですの?」
「あぁ、この酒の事だろ。飲んでみるか……」
俺は自分用にと持ってこられた若草色の酒を口に含んだ。
「……ほのかな渋みと爽やかな香り……これ緑茶割りの酒か?」
「ですわね。アルコールは適当に透明感のあるのを選んでるはずですわ」
「なるほど、思ったより悪くは無いが」
「何か問題でもあったのでしょうか?」
うーん、問題という程ではないのだが。
「色こそシュエリアっぽいけどこの爽やかさといい口当たりといい、シュエリアらしさは無いな」
「つまりわたくしは爽やかさに欠けて口当たりの悪い、とっつきにくい奴だと」
「流石シュエリア、理解が早い」
「よーし殴りますわ」
そう言って裾をまくる素振りをして拳を構えるシュエリアをルンルンが止めに入る。
『待ってください! 暴力は駄目ですよ!!』
「酒と暴力はセットが相場ですわ」
『そんな相場聞いたことないです?!』
「ゆっ君はMなので喜ぶから止めなくて大丈夫ですよ」
「トモリさんからまさかの追撃だと」
トモリさん、まさか酔って来たのか。魔王か、だから止めないのか……?
「むしろ私がゆっ君に座りたいくらいです」
「むしろの意味がわからないです。今殴られるかどうかの話では」
「そうなんですか? てっきりゆっ君を楽しませる方法の話かと」
「どうしてそうなる……!」
どう考えても殴られても楽しくは無い!
「でも座られたら嬉しくないですか?」
「え……? それは……あれ、そうかもしれない」
「でしょう? ですから……失礼しますね」
そう言って、トモリさんは俺の膝の上に座り始めた。
「トモリさん、思ってたのと違います」
「駄目ですよゆっ君。人目がある店内で四つん這いで椅子に成りたいなんて」
「言ってないです」
「でも顔に書いてありますわよ」
「馬鹿な。顔に出るくらいなら体が先に動くわ」
「欲望に素直過ぎますわね」
だからギリギリ我慢出来てるはずだ。
『まあ思っていたのと違うと言ってしまった段階で予測は付いてしまいますよね』
「中々の推理力だ」
「というか、重くないんですの、それ」
ふむ。まあ言われてみれば……。
「…………胸の分重いかも」
「ド直球のセクハラですわね」
「いやまて! 違う!! 重くないってことをだな――」
俺が何とか失言の弁明をしようとすると、トモリさんが何故か俺の頭に胸を乗せて来た。
「重いですか?」
「……重量感のある魅力的な胸です」
「よかったです」
「え、良いんですのそれ」
どうやらトモリさんには意図が伝わっていたようだ。
下手に軽いなんて言ったらまたトモリさんのサキュバスとしてのプライドを傷つけかねないと思い、何とか良い感じに言おうと思ったら、セクハラおやじのような発言が出てしまっただけだったのだが、よかった。トモリさんがわかってくれて。
「ところでトモリさん、いつまでこの状態なのでしょうか」
「いえ、なんだか乗せてみたら肩が楽になったので、このままでもいいかなぁと」
「な、なるほど?」
すげぇツッコミ難い理由で困ってしまう。いや、もうその手の……下的な話は今更な気もするが、セクハラになりかねない。
「って言うかトモリは胸に無重力化魔法使ってますわよね」
「……何のことですか?」
「乗せたいだけですわよね? ユウキに当てたいだけでしょう」
「…………そんなまさか」
「ならわたくしが持ってあげてもいいですわよ?」
「……むぅ」
どうやらトモリさんは俺にくっ付きたかっただけらしい。意外と可愛いところがあるな。
「仕方ないですね。帰りにホテルでくっ付きます」
「あん? 何言ってんですの?」
「お酒とホテルはセットが相場かと?」
「そんな相場……ぐっ……妥当ですわね」
「認めちゃうのかよ」
ツッコミがなってないぞ。
これだと俺、いつもより露出多いサキュバスの魔王にホテルへ連れ込まれてしまうんですが。
そういや催淫が使いやすいとかなんとか……。
「もしかしてトモリさん、最初からそのつもりですか」
「むしろ誘っておいてその気じゃ無かったんですか?」
「うぐっ……」
確かに、よく考えたら他の誰も誘わずにバーに連れ出しておいて、何もする気無かったですよってのはなんか受けてくれた女性にも失礼な気がしてきた。
「シュエリア、どうしたらいい」
「あんた本当に困ると案外あっさりわたくしを頼りますわよね」
「本当に困ってるのわかってるなら助けてくれ」
「いつもはトモリとかの方が頼れるって言うのに……?」
「悪かった! 正直いつもはふざけてるけど一番最後に頼りになるのはシュエリアだよ!」
「……まあ、わたくしってそうですわよね」
「ギリギリまでピンチのゆっ君を見て楽しんでるタイプですよね」
「何かしら、このタイミングでトモリに言われると煽られてる気がしますわ」
いやまあ、ピンチかと言われればそんなことはない、と思う。
実際トモリさんだって結城家の一員なわけで、それなりの交際をしているし。
とは言え酔ったトモリさんの相手は正直怖い。酔ってないトモリさんなら手加減してくれそうだが、酔ったトモリさんは分らない。最悪精力ギリギリまで吸われたりしかねない。
「トモリ、マジで連れてくんですの?」
「はい」
「……じゃわたくしも行きますわ」
「うん?!」
どうしてそうなった? なんで二対一になった?!
「それなら死なない程度には出来ますわね?」
「そういう……問題か?」
「本当は一対一が良かったのですが……」
「それは酒抜きでして欲しいですわね。ユウキも心配してますわ」
「……わかりました。そうします」
「よ、良かった……?」
これで俺の身の安全は保障された……のか?
「さてそれじゃあ、そろそろお帰りですわね?」
「え? お、おお?」
いやしかし、まだ酒も大して飲んでないが……。
「あんまり飲ませて潰れても使えないですからね」
「トモリさん、言い方が……」
「あんまり飲ませて不能になっても使えないですからね」
「そこじゃねぇ! そこの言い方じゃねぇ!!」
クソ……大丈夫かな俺。この人とシュエリア相手にして生き残れるだろうか。
そう思いながら会計に向かうと、ルンルンが対応してくれた。
『それではお会計ですが――一万と三千円になります』
「……え?」
なんだそれ、高くないか……?
「えっと、何でこんな高額に?」
「あぁそれ、スピ〇タスで二千、ユウキの飲んだ酒で二千、わたくしの『指名料』で六千、ルンルンの指名で三千、計一万三千ですわよ」
「指名料って……キャバかよ……」
って言うかルンルンは分るが、シュエリアは勝手に来ただけだろ……そしてコイツの指名料たっけぇなオイ。
「これはホテルは無しかな」
「んなもんわたくしが出しますわ。さあさあ、アフターですわよー」
「言い方が……」
ここ、バーだよな。
「まあ冗談は置いといて、ホテルはいかないとトモリの機嫌が悪くなるから行っとくべきですわ」
そう言われて俺はトモリさんの様子を見たが、真顔でこっちを見つめていた。
いつものおっとりした表情ではなく、魔王感のある圧全快の鋭い目つきによる真顔がシンプルに怖い。
「い、行きましょうか」
「楽しみです」
という事で、シュエリアの初勤務のこの日は何故かシュエリア同伴でホテル行きとなり終わった。
ちなみにその日俺は夜通し彼女らに付き合わされたが、後日これが義姉さんにバレてシュエリアは仕事を放ってホテル行きしたことをしこたま怒られ、結局数ヶ月後にはバーの責任者はお涼さんに移ったそうだ。
ご読了ありがとうございました!
感想、評価、ブックマーク等頂けますと励みになります!!
次回更新は来週金曜日18:00を予定しております。




