美容師さんと
その言葉を聞いて、はっとした。
私はこれまで、自分のためにおしゃれをしたことがあっただろうか。
彼が好きだと言ってくれた髪型をして、彼が似合うと言ってくれたスカートをはいて、彼が、濃いメイクは嫌いだと言ったからいつしかリップだけしか塗らないようになって。
その時、ぱっと目に同い年くらいの女性が映った。
(わ、髪色きれい…!)
明るく透明感のある茶色で、これまで私が全くやろうと思ったことのなかった、色。
「どんな色にしますか?」
「えっと…」
私もああいうの、やってみたい。けど、やっぱり少し勇気がない…
「お、挑戦してみますか?オレンジブラウン」
「オレンジブラウンって?」
耳慣れない言葉に驚き聞き返すと、美容師さんは意味ありげに笑って視線を動かした。
「あの女性の髪の色ですよ」
(!)
「テレパシーでも使えるんですか?」
「あははっ、さっき桜井さん目で追ってましたよ?」
「恥ずかしい…じゃあ、オレンジブラウンでお願いします」
「かしこまりました!」
美容師さんの方を向いたときに、ネームプレートに【北川】と書いてあるのが目に映った。
北川さんって言うんだ。
ほとんど鏡越しでしか見てなかったけれど、きちんと見てみるとなかなかにきれいな顔立ちをしている。年はおそらく30前後だと思われるが、美容師だということもあってか、清潔感がある。