思い出さないように…
女は失恋すると髪を切るという古くからの言い回しがある。
その言葉をきくと、思い出とともに捨てるためだとか、イメチェンすることで気持ちも入れかえるだとか、そんな前向きな意味を連想するけれど、私はそうではないと思う。
「桜井さんですね。今日はどうされますか?」
「カットお願いします。お任せで、ばっさり切っちゃってください」
「了解です!」
──ただ、怖いだけなんだ。
自分の髪を鏡で見るたびに、彼のくれた褒め言葉とか、私の髪を撫でる優しい手とか、全てを鮮明に思い出してしまうことが。
どうしようもなく辛いのに、思い出だけはいつもキラキラと輝いていて、それが私を余計辛くさせる。
「こんなに長いのに切っちゃっていいんですか?」
私の髪は背中が隠れるくらいある。彼が「黒髪ロングが好き」と言っていたから────
(何思い出してんだろう…)
「いいんです、イメチェンしたくて」
「イメチェンですか、いいですね!もしかして、彼氏でもできちゃったりしたんですか?」
愛想の良い笑顔で人のよさそうな美容師さんが、そう聞いてくる。
「あー…えっと、そんなとこです」
逆だなんて言えば、気まずい空気になるのが目に見えている。
少し心は苦しかったけれど、一生懸命笑顔を作った。
「じゃあ、うんとかわいくしてあげますね。任せてください!」