0話 勇者の話
勇者
それは神様からのお告げを受け、世界に災いをもたらす魔王を倒す人々の希望の象徴。
勇者として生を受けた青年アレンは、その卓越した剣技と魔法の才能によって世界各地で悪さを働く魔王の手下を倒し、
仲間と共に魔王の住む城を目指して旅をしていました。
長い長い旅路、海や山、様々な仕掛けのあるダンジョンを抜け、ついに勇者一行は魔王の城にたどり着きました。
玉座の間で待っていた魔王は強大で、勇者の力を以てしても勝つことは難しく、戦いは三日三晩続けられました。
長く苦しい戦いが続きましたが、魔王が油断をした一瞬を付き、勇者アレンとその仲間たちの技を受け魔王は倒されました。
「…魔王が倒され、世界中の魔物達が大人しくなり、世界で人々は幸せに暮らしました。」
薄暗いランプの光に照される本を読む女性、僕の母親のマイアはそう締めくくり手元の絵本を閉じた。
閉じられた手元の絵本の表紙には、勇者アレンの絵と「勇者アレンの冒険」の文字が印刷されている。
「さぁ、もう寝なさいタテニカ。母さんは仕事に行ってくるから大人しく寝ているのよ。」
そういって母さんは僕の髪を一度撫でた後、ベッドから離れて仕事用の道具を準備していた。
僕の母さんは、他の家の人と違って夜に仕事に行き
朝僕が起きる頃に帰ってくる。
どうして母さんは他の家の人と違って夜にお仕事をするの?
と一度聞いたことがあるが、悲しそうな目をする母親に気まずくなり、答えを聞く前にベッドに潜ってしまった。
「母さん、いい子にしてるよ。行ってらっしゃい。」
僕はそう声をかけ、ベッドに一枚だけ掛けられた刷りきれた毛布にくるまった。
昔から使い続けている毛布でボロボロではあったが、ほんのりと母さんの匂いのする毛布は安心して僕を眠らせてくれる。
まぶたを閉じ、ゆっくりと寝息をたて始めた頃、母さんは一言「ごめんなさい、タテニカ」と掠れるように呟きながらドアを閉めていった。
頬に光るものが少し見えたのは気のせいではなかったと思う。
なぜ泣いているのだろう?
疑問に思った僕だったが、心地よい微睡みの前には抗えず、暗闇に身を任せて眠りについたのだった。