バイトと対策
指定された場所に行くと二人の女の子がいた。
水を張った盥を囲んでじゃぶじゃぶと洗濯してるようだ。
「お仕事中すみません、今日から洗濯係になったヨルといいます」
小走りで近づいてお辞儀をすると、女の子たちはおれをみて満面の笑みを浮かべた。
「ああよかった!増員してくれたのね!」
「初日で辞めちゃう人が多くて困ってたの!」
こっちこっちと強めに腕を引かれて盥のまえにしゃがみこむと、大量の洗濯物が目の前に積まれた。
「石鹸で揉み洗いしてね。三回すすいだらあっちのロープに干すの」
「お水はあそこに流して、そこの井戸でくんでくるのよ。もうすぐ第二波がくるから頑張ろうね!」
「え、は、はい」
勢いに押されて返事をすると、それからはひたすら洗濯。ベッドシーツとか騎士の着てる練習着とかが多いな。ナプキンとかもあるけど、盥に入る量は限られてるのに洗濯物の量が圧倒的に多い。
洗って絞って干して。その間にも盥を持ち上げて水の入れ替えをして、としてるうちに宣言された通り「これも頼むよ」と追加の洗濯物が届けられる。
(やってもやっても終わらない……!)
これは辞める子もでてくるだろうよ。おれをいれて三人しかいないし、あんなにこやかに迎え入れてくれて女の子たちももはや無言で仕事をしてる。
おれも無心で布を擦ること数時間。
「おわりー!」
「お疲れさまー!」
最後のシャツをロープにかけたら、ふたりから声をかけられた。おれの使ってた盥を片してくれたみたいだ。
「ありがとうございますっ、お疲れ様でした!」
「ヨルちゃんだっけ。大変だったでしょう、続けられそう……?」
茶色い髪の子が心配そうに聞いてくる。
洗濯係って名称の予想をこえるハードさだったもんね。
でもまだ太陽も高くて、午前中に終わる仕事なのは間違いない。
「はいっ、明日もよろしくお願いします」
「よかったー」
「よろしくね!私はチェルシーよ」
ピンク髪の子はチェルシーちゃんで、茶色い髪の子はステイシーちゃん。この町の生まれの幼馴染だそうだ。
ここは兵士宿舎で、遠征にきた兵士がくる以外は無人で、都度求人が募集される。短期で実入りがよく、騎士と知り合えると人気だけど仕事はキツイから出入りは多いらしい。責任者のおばさんは町長の奥さんがやってる。
お互いに自己紹介をし終わって、責任者に報告に行ったらお金を手渡された。しっかり5ガルをもらえた………うーん、感動。これで今日も宿に泊まれるぞ!
宿舎前でのふたりと別れて宿へ戻る途中、宿の影でくしゃみをして男に戻っておく。服装も元に着直して体を触ってチェック。よしよし、異常ないね。
受付の人にきくと外へ出たらしいので、町へでてキョロキョロしてるとよく知った声が聞こえた。
「ヤオさーん!こっちっすー!」
ぶんぶん手を振ってる。屋台の前にみんながいて、おれが戻るのを待っててくれたようだ。
あの屋台は初日にお世話になったところだ。
おばさんにあのときの礼をいうといいのよって言ってもらえた。
いちばん安いパンを買って、森の入り口に移動。地べたに座ってブランチをとりながら話し合いをすることに。
「灯富さんから事情はききました!お疲れ様っす!」
「おう、朝いなくてごめんな。でも資金ゲットできたからこれからは少し余裕はできそうだよ」
「大丈夫だったのか? 怪我とかするような仕事じゃ……」
口々に心配してくれるのが照れくさい。
おれは仕事内容は誤魔化しつつ安全てことを伝えた。
灯富たちはお願いしたとおり情報を集めてくれてた。
「よっし。じゃあ、遅くなったけど反省会をしよっか」
昨夜の惨憺たる結果に向き合うのはツライけどやらなきゃいけないもんな。
うむ。とパンをもぐつきながら初めた話し合いは灯富が口火を切ってくれた。
「どうやらこの世界の歌は存在価値が違うらしい。娯楽というよりニュースペーパーの役割をしてる」
「え、お姫様がどうのって童話じゃないの?」
「近くの国の実話だそうだ」
マジかよ。
そういうことだから愛の歌は受けが悪かったのか。新聞でもなきゃスキャンダルでもない、ただの個人的な話だと思われて引かれた可能性……。
「あとなんつーか、根本のテンポが違そうっすね」
「なんかズレる……たぶん鼓動の速さが違う?みたいです」
「うん?拍の話じゃなく?」
「4ビートでも8ビートでも違和感あるって言われました。でもちょっとだけ遅くしたら「それは良い」って言われたのでリズム感は同じ……?」
誰かに聞かせたのかな。言ってる成風もいまいち言葉にはしづらいようだけど、多分その感覚はあってる。
「曲を遅くして、歌詞を取材したら良いのかな」
「ああ。それで最近の変わったことも聞き回ったら騎士団が来てるらしくてな。目的はドラゴン退治らしい」
「お、おお、なかなか現実味がないな」
ドラゴンがいるのはこの世界じゃふつうなんだな、オーケー、受け止めてこう。
「正確には調査だそうだが、英雄譚はどの世代にも受ける」
「つーことで、古い話だけど昔の英雄調べたっす! “夢追い”に被せてイケそうなんで、歌詞を変えてみようかってとこまで話し合いました!」
「今夜、リベンジしたいです」
落ち込んでるかと思った仲間たちは、おれよりぜんぜん前向きだった。