初ライブ
夕陽が沈んで暗くなったあたりで【冬の白花亭】に着いた。
「あらお帰りなさい」
木戸を開けてすぐにリーヴォリさんに迎えられた。
さっと店内をチェックすると4つあるテーブルのうち二組が食事をしてる。ほろ酔いの鉱夫のおっさん三人組と女子ふたり組だ。女子は20代半ば、コスプレイヤーみたいな格好だ。
「リーヴォリさん、今夜はよろしくお願いします」
「ええ、よろしくね。今晩は繁盛しているから、がんばって」
おれたちは店の奥、キッチンの横の壁際に立った。
灯富と成風をセンターにしていざ横並びになってみると、かなり狭いと感じた。
すぐ目の前にテーブルがあり、おっさんと女子がこっちをみてる。店主のリーヴォリさんも、空いてる椅子に座って聴く体勢になってくれてる。
いまこの場にいる人たち、それがこの世界に来てはじめての観客だ。
(うぐ……緊張するな)
ライブでもこんなに緊張したことないかも。ふと隣に視線をやると、みんなもいつもより表情がかたかった。
おれはいちど深呼吸をして、ニコッ!と笑顔をつくる。
「はじめまして!サンドオブロックです!」
大きすぎず小さすぎず、爽やかな挨拶をする。それから目の前の観客ひとりひとりと目を合わせた。
「こちらで歌わせてもらうのは初めてなのですが、よろしくお願いします」
「「「 お願いします! 」」」
アメリカでも知らない街へ行って営業してた。そのときも同じく緊張したけど、こうやって声を出したら場の空気を受け入れられたんだよね。
みんなもそれを思い出してくれたのか、声を出したら呼吸が落ち着いたみたいだ。微笑む余裕もできたかな。
「兄ちゃんたちの誰が唄うんだ?」
「はい!全員で歌います」
「4人でか!めずらしいな」
おっさんがジョッキ片手に、でも興味をもってくれた。
用意した曲は売れたやつだし自信がある。だから微笑みを返せた。
「リュートとかなんか無いのかい」
パンをスープに浸けてた女子も、こっちに体をむけて足を組んだ。
(よし!)
注目は充分に集められたな。
灯富に目配せをして、前を向く。
「はい、今夜はアカペラで」
タン、タン、タン、
灯富がつま先でリードした。そして、低くてもよく通る声で歌詞をなぞり始める。
一曲目“love you”は恋人が好きで好きでたまらないって曲だ。ゆったりしたAメロBメロはメンバーが代わる代わる担当し、サビは全員でハモり後半にミヤのラップが入り、最後は感傷的に。
およそ4分の曲だが、おれは内心焦りでいっぱいだった。
(観客の顔がしぶい……!)
おっさんは腕を組んで厳しい顔。女子が首を振ってるのも見えた。
成風の甘い声がさいごの「愛してる」と歌い上げて終わった。
「………」
「………」
拍手もない。ただ無言が流れてた。
(めっっちゃキツイ……!)
が、聞かねばなるまい。この予想を遥かに超える冷え切った原因を知らなきゃダメだ。
「あ、りがとうございました……あの、いかがでしたでしょうか」
オーディションを思い出す。リズムにも乗らず、淡々と評価をする審査員と寸分変わらないプレッシャーだ。
腕を組んでたおっさんが口を開いた。
「あー、なんだ。おまえたちはなんの歌を唄ってんだ?」
「え?」
「女房にでも逃げられたのか?ならこんなとこで唄ってねーで手紙でも書けよ」
「食堂で好きだ好きだ言っても仕方ねーだろ」
え、いや歌詞だから現実の話じゃないし、いや作詞家の実話かもしれないけど。ちょっと何を言われてるかわからない……
「変なメロディーね、なんだか喋ってるみたいで速くて途中が気持ち悪かったわ」
「速い……ですか」
ラップの部分かな。それとも全体の……?
メロディーが変ってどういうことだろ。
「そう、ですか。貴重なご意見ありがとうございます」
「ありがとうございました……」
衝撃すぎてぐるぐる考えてたら灯富が締めてくれてた。
「全員で合わせんのはうまかったな!まあ頑張れよ!」
おっさんが応援してくれた。けど、そのまま仲間たちと食事を続けるためにこちらに背を向けたので、つぎの曲を聴く気はないんだろう。
リーヴォリさんが茫然としてるおれたちの元へやってきた。
「大丈夫…? 今日はもう帰りますか?」
気遣ってくれてるけど、もう帰りなさいってことだよね。
「はい、今日はありがとうございました。あの、また来ても良いですか……?」
厚かましいとはわかってても、収入源は確保しなきゃいけないんだ。リーヴォリさんに申し訳ないが、懇願するように聞いてしまった。
「ええ、またいらっしゃい」
リーヴォリさんの優しさに甘え、おれたちは情けない気持ちですごすごと宿に帰るしかなかった。
まだ夜も早い時間だったが、落ち込みまくったおれたちは宿について早々に各部屋に戻った。
おれは灯富と同室だから、ふたりきりなんだけど灯富も険しい顔してる。反省とか不甲斐なさとか、きっと色んなことを考えてる顔だ。
「……ちょっと出てくる」
「ああ」
ひとりになりたいし、してやりたい。
おれは宿の外へでて、でも行く宛もないから雑貨屋へ足を進めた。
ちょと暗くなった……反省。たぶんここがいちばん暗いです。
ブクマ、感想、評価ありがとうございます(^ν^)!