ぐったりの朝
この世界にきてから一ヶ月とすこし。
生活は十全ではないけど安定してきたしライブでも成果が目に見えてきた。
おれは部屋で朝日を待ちながらストレッチをしてふと呟いた。
「そろそろ新曲かなぁ」
「そうだな、楽器はまだないが、作り始めても、いいんじゃないか」
ベッドとベッドの間の床で腕立てをしてるのは灯富だ。
もとの世界では朝イチはジョギングに行ってたけど、ここに来てからは午前中の仕事として町中を走ってるから「朝は軽い筋トレに変えた」とか言ってた。
「朝から筋トレってお腹すかん?」
「朝食に豆を食えるからな、タンパク質が染み渡ってちょうどいい」
染み渡るんだ。
ここにきて灯富の筋肉がちょっと落ちた気もしてた。本人が納得のトレーニングできてるなら大丈夫なのかな。
息がすこし上がる程度で筋トレメニューを終えた灯富の朝の仕度を眺めながら、おれはおれで腰のストレッチを念入りにしておく。洗濯桶が地味に重いから予防しとかないと。
「それに筋肉がすこし減ってダンスがしやすくなった」
「ダンスが……!」
だから筋肉つけすぎんなってマネージャーも言ってたのに。ひらすら鍛えてたもんなぁ。あ、おれたちの本業はアイドルです。
ふたりとも支度をして一階のダイニングに行こう扉をあけたら、隣の部屋からミヤが飛び出してきた。
はっとおれたちに気づいたミヤの顔が悲壮だ。ただごとではない気配に緊張がはしる。
「ミヤ、どうした」
「な、成風熱あるんすっ」
「!?」
ミヤごしに開け放たれた扉から部屋をみるとベッドから起きようとする成風がみえた。が、動きが鈍いし表情もいつもよりぼんやりしてる。
「……みやち、大丈夫だから、オオゴトにしないで」
「起きんな」
「そうだよ寝てたほうがいいよっ」
おれは部屋に入って、上体を起こした成風の肩を支えてベッドに寝かせる。抵抗する力もないのかあっさり枕にしずむ顔が赤い。
「かなり熱いな」
「微熱です……起きられますから……」
「むり、寝てなさい」
微熱って熱さじゃない。やばいな、病院とかってどうしたらいいんだろ。
「夜尾、リーヴォリさんに聞いてくる」
灯富が一階にいるだろうリーヴォリさんのところに行くと、すぐにふたりで部屋にやってきた。リーヴォリさんはスタスタと成風の枕元にきて額に手を当てると眉を寄せた。
「……可哀想に。お医者様を呼んだほうがいいわ、場所をお教えしますから今からどなたか行ってきてくださいな。それからお水で冷やしてあげなくては」
「医者のところにはおれが行こう、どちらですか」
「み、水持ってくるっす!」
リーヴォリさんの指示を聞いて灯富が階段を駆け下りていった。ミヤはリーヴォリさんといっしょにタオルと水を用意しに物置へ。
「寒くないか?」
「大丈夫です……」
「熱はあがりきったんかね」
「……すみません」
残されたおれは成風の布団をかけ直してやり、登り始めた朝日が眩しくないよう窓のカーテンを調節してると成風の謝罪が聞こえてきた。
振り向くと成風は腕で顔を覆ってた。
「気にすんなよ、異常事態なのにいままで体調崩さなかったのが逆にキセキなんだから」
「…………」
グズ、と鼻をすする音がする。落ち込んでんのかもしれない、成風はマイペースだし、こんなに感情を顕にするのは珍しい。相当つらいのか。ベッドの横にすわって布団のうえからポンポンとたたく。
ミヤがもってきた水に濡らしたタオルを額に載せたり、リーヴォリさんが具のないスープを作ってきてくれた。
そうこうしてると、灯富が医者をつれて戻ってきた。
紫の肌に黄色い瞳の、女医さん、かな?
「病人はカレ?」
女医さんはサッサと成風のそばにくると、ジッと眺め、顔を触診した。
「痛いトコロは? 苦しいトコロと、変なもの食べていタラ言ってちょうだい」
「ないです……」
「ウン、だよね。アナタは過労ですよ、体と心が限界だっタノね。薬草とお香を処方します。祈祷はいらなさそう、お灸はスる?」
「え、え……?」
成風が戸惑って答えられないでいると、女医さんはおれたちを振り返った。
いや、おれもわからない……これがこの世界の医療なのかな、薬草って効くものなの? 漢方薬ってことなの。いやまずそもそもこの方はお医者さんで、ひ、人です??
「お、お灸ってなんすか?」
ミヤが聞いてくれた。そうそれ、それも気になる。
「お灸は即効性あるケド、高い。でも気持ちイイよ」
「たか……いらないで」
「やってください」
成風の言葉を遮っておれはお願いした。
この世界の常識がわからないし、この状況も理解できてない。でもリーヴォリさんをみたら、彼女を信頼してるのがわかったんだ。きっと最善の提案をしてくれてるんだろう。
なら高かろうがなんだろうが、成風が治るならそれがいちばんなんだ。
感想、ブクマ、評価ありがとうございます(^ν^)