第壱話 天下多事の開始地点
魔法学校に通う高校生、霧雨翔魔とその義理の妹の玲華。
魔法を勉強しながらの仲睦まじい兄妹生活は、とある綻びを暴いてしまったせいで儚く崩れ去る。
自身の存在意義を問いかけられた兄妹は、異体同心のままでいられるのか。
彼らの絆が今、問われる。
日常と非日常の境界線なんて存在しない。
魔法を使う兄妹の絆は、隠された世界を暴き出す。
「……うるさい」
うるさい目覚ましが鳴り、それを左手で止め、時間を見る。5時半…寒くて動きたくなくなってくるし、そろそろ起きる時間を早くしてもいいかもしれない。
すー すー
…義妹に抱きつかれている。更に、反対の腕に柔らかいものが押し付けられている。この際何かは考えないようにしよう。
でもそのせいで寝ぼけていた頭が一気に覚醒した。左手で恐る恐る布団を捲ると、思いっきり腕がホールドされていた。
「…そりゃ、柔らかいわけだ」
まだ脚まで絡められていないだけいい方。酷い時はお腹に抱きつかれて抱き枕にされているから、それよりはまだマシに思える。
でも、少し困った。朝ごはんを作らなければいけないのに、ここまでがっちり固められていると抜くときに起こしてしまいそうだ。
「あ、あれ使ってみるか」
枕の上に手を伸ばして魔導書を取った。体勢的に無理があるせいか寝起きだからか、元々重い本がより重く感じる。
数ページ開いた目次の『干渉魔法』という項目に触れると、自動でその魔法類の目次に飛ぶ。
その中にあった『拘束魔法』と書いてあるところに触れると、またそのページまで自動でペラペラとめくってくれた。
「よし。この程度なら詠唱なしでもいけるな」
そのページを弾くと、文字の一つ一つが浮かび上がり、12の文字が空に浮かんだ。
魔導書を閉じると、表紙の真ん中にあるひし形の宝石から時計盤のような魔法陣が浮かび、浮かんでいた12の文字が数字の位置に移動していく。
移動し終わった後、表紙の四つ角にある魔法発動に重要な4大属性の宝石がキラキラ輝き始めた。
「《縛使拘束》」
起こさないようにこっそりと発動させると、魔法陣の時計の針がぐるぐる回り始め、魔力で編み上げられた鎖が生成された。
材質の硬度は調節可能なようだから、とりあえず最大まで柔らかくし、ホールドされている腕をゆっくり、慎重に離す。
起こさないか心配だったけど、大丈夫だったらしい。僕の腕の代わりにぬいぐるみを差し込み、彼女の腕を元の位置に戻す。
布団から出て、思いっきり伸びをした。少し眠い頭で今日の予定をざっと確認して、昨日ハンガーラックに掛けておいた制服を、ハンガーごと持って襖を開く。
「…少し肌寒いかな」
季節は秋の終わり。寝間着は和服の着流しだから、そろそろ下に何か着こむかしなきゃ寒くて布団から出れなくなってきそうだ。今日中に防寒下着を箪笥から引っ張り出してくることにしよう。
居間の襖を開け、電気をつける。朝ごはんの用意の大半は昨日の夜にしてあるから、彼女が起きる頃にはもうできているだろう。
ーーー
「おはよ…」
「眠そうだね、先に顔洗ってきたら?」
「面倒」
「あっはい」
ハンガーにかかった女子用の制服を持って、反対の手で眠そうに目をこすりながら居間に来た少女。彼女は、さっき腕に抱きついてきていた義理の妹で唯一の家族、霧雨 玲華だ。
少し細めな体格で、僕と同じ金髪金目をしている。金色に関しては二人とも幼少期の頃の事故でこんな色になってしまったらしいけど、詳しいことは知らない。
「ああ、義兄様。自分でよそうよそう」
「え?ああ、うん。はい」
「ありがと」
義兄様と、彼女は僕をそう呼ぶ。義理のお兄様。そういう意味合いらしいけど、正直なところ距離を感じないわけではない。ただ、昔から玲華はこんな感じだからもう慣れてしまった。
彼女が言うには直せないらしいし、僕も無理に直させようとはしなかい。その代わりという形で繰り広げてくるスキンシップが多くなったのが最近の悩みの種だ。
「はい。しゃもじありがと」
「ああ、はいはい。とりあえず食べようか」
「ん」
机に朝ごはんを配膳し、玲華の正面の座布団に座る。手を合わせ、小さく和歌を詠み、玲華と目を合わせて
「「いただきます」」
今日の献立は、白ごはん、昨日残ったじゃがいもとわかめのお味噌汁、人参を細切りにしてマスタードをかけたちょっとしたサラダっぽいもの、そして今日のお弁当の唐揚げ。
いささか寂しいけど、僕も玲華もそんなに食べる方ではないし、運動部でもないから妥協している。
「なんか、ごめんね」
「ん?いきなり何?」
「いや、もうちょっと早く学会の制度に気がつけば良かったなと。そうしたらもう少し生活楽になったのになって」
僕らは魔法学会という組織に入っていて、そこで魔法研究を発表するとその成果に応じてお金が支払われる。
前までは学会に入らずに発表していたからお金がもらえなかったのだが、そこの理事の1人である、僕らの通っている学校の校長先生がそれに気がついて加入させてくれた。
それにより、今まで僕らが発表していた魔法研究が学会に丸ごと認められ、まるごと1500万が手に入った。そして、研究補助費という名目で生活費が支払われることになったのだ。
それまではバイトでやりくりしていたが、これによってかなり生活が楽になって、時間を勉強に使えるようになった。
「んー…別に餓死するほどじゃなかったからいいんじゃない?っていうか今更?」
「まあ、ちょっと思い出しちゃったからさ」
「ふーん……話は変わるんだけどさ」
「ん?」
「今日の さ、高等部特別入試ってあるじゃない?」
「あ、今日だっけ」
「うん。成績優秀者が受けられる特別試験。私、受けるの」
「…え?受けるの?」
僕ら兄妹が通っている東京都国立総合魔法学校は、初等部〜大学院まである総合学校。ほとんど普通の学校と同じだが、特徴が複数ある。それが、校名にもある通り魔法学科の最新設備があることや、玲華の言っている特別試験における飛び級だ。
そしてその飛び級とは、各クラスのトップが受ける権利を得られるもの。合格者は年に1人とかなり狭き門。それを玲華は受けるらしい。
「受験費用は?まさか、校長先生に頼んだとか」
「してないよ!ちゃんと3万円自分で用意した!」
「…親のハンコは?」
「……それは〜、そのぉ〜」
僕らには両親がいない。だからこういう書類はとても面倒な手続きが必要なんだが、この反応は校長先生を頼ったんだろう。
「…はぁ、校長先生の名前を借りたなら、絶対受かりなよ」
「なんでバレたの…義兄様の近くにいないとファミリアじゃないしね」
「…別に、盟約も立ててないし、使い魔じゃなくて普通に生きていいんだよ?」
「自分の意思でそうしてるからいいの。ごちそうさまでした」
「…ん、ならいいよ。お粗末さまです」
食器に水を張り、まずは制服に着替える。脱いだ着物を畳み、居間にある箪笥の中に入れた。
ワイシャツの腕を捲り、お茶碗を洗う。その間に玲華には洗濯機の水圧調整をやってもらって、分担作業で効率上げを目指す。
「義兄様ー!洗濯やっとこっかー!」
「おねがーい!」
ちょうど洗い終わった時に脱衣所から聞こえてきた声に返事をして、お弁当の配膳に移る。
箱の中にご飯を入れ、隅の方に沢庵を数個いれておく。キャベツの千切りの上に唐揚げを置き、卵焼きをいくつか入れた。
「よし。まあこんなものかな」
「義兄様ー、髪梳かしてー」
「ああはいはいちょっと待ってて!」
玲華が制服に着替え、顔だけ襖から出して頼んできた。玲華は髪を梳かせと言っているけど、実際は髪のセットもしてという甘え。
うちから出て独立、ないし結婚とでもなったらどうなるのか。若干、いやだいぶ不安だ。
「はい、おまたせ」
「お願いします」
「仕りました」
肩甲骨あたりまで伸びている金色の髪。このまま学校に行ってもいいと思うのに、頑なにツインテールで行きたがる。
「猫の毛みたい」
「え、今更?」
「うん。なんとなく思って」
「ふーん…」
玲華はあまり興味なさげに歯を磨いている。これが学校では優良者だというのだから驚きだ。
家での雰囲気を全く出さず、八面玲瓏に徹しているんだろう。それはそれで生きにくそうだけど、玲華なりの考えがそこにあるなら、尊重するべきか。
「はい、終了」
「…ん。ばっちし」
「じゃあそろそろ出ようか」
「そうね、義兄様」
1、2階両方ともの戸締りを確認し、忘れ物のチェックもしてから玄関の鍵をかける。玄関横にある自転車に不調がないことを確認。
「全て問題なし。行こう」
「はい。義兄様」
ーーー determined rule ーーー
「それじゃ、頑張れ」
「もちろん。絶対合格してそっちに行くからね」
「期待してるよ」
玲華が自分の教室に行ったのを見送り、僕も自分の教室へ行こうと階段へ足を向けたとき、背中を思いっきり叩かれた。勢いで体勢が崩れかけたのを踏ん張って振り返る。すると、意地悪に笑う上級生がそこに立っていた。
「よお、翔魔!」
「いたた…槇島先輩!」
「ああ、悪りぃ悪りぃ」
そう言いながら僕の背中をさするのは、2年の槇島 咲先輩。生徒会、演劇、茶道、花道、剣道部のトップ。完璧超人とかいう通り名がある化け物。
普段は優雅な人なのに、僕ら兄妹に対してだけは、女性というか兄貴のように接してくる。
「悪いじゃないですよ…」
「まあまあ。そういえば、玲は今日受験だっけ?」
「なんで知ってるんですか!?僕ですら教えられてなかったのに」
「…まあ、気持ちもわかるかもしらんな」
「ええ!?」
カカカと槇島先輩は笑い、僕の両肩に手を置いてぐわんぐわん揺さぶってきた。周りの生徒がこちらをチラチラと見てくるのが視界に入るが、だんだん酔ってくる。
「やめ、やめ、ストップ!」
「ま、大丈夫さ。いいか翔。お姫様ってのはいっつも守られる立場にいると思っているかもしれないけどな?
玲はそんなタイプじゃないのはわかりきってるだろ?」
「…まあ」
「親離れみたいなもんさ。義理とはいえ兄だろ?どーんと構えとけ。じゃあな〜」
「はあ…」
いつものことながら、あの人が考えていることを考えるのは難しいし、時に怖く思えることもある。
でも、それは全く知らない人に対する恐怖ではなく、お互い仲が良くなっても存在するミステリアスさなんだろう。
あるいはただからかってるだけなのかもしれない。というか絶対そうだ。
「霧雨、おはよう」
「ああ、灰原か。おはよう」
「大変だったな」
「見てたなら止めろよ…」
先輩と入れ替わりで僕に挨拶をしてきたのは、同じ学年で同じ組の灰原 凱亜。座学はオール五をキープしているという秀才。ただ、体育はからきし駄目なのも有名だ。
周囲を常に気にかけ、僕みたいなみんなとズレている者にも積極的に話しかける中間管理職のような男子でもある。かわいそう。
「大石さんは?」
「部活。陸上だから今日は朝練だとさ」
「体育会系はそういうところすごいね」
「それを勉強で生かしてくれればなぁ…」
「まあまあ。不真面目じゃないだけマシだと思おう?」
「そうだな…」
そんな話をしながら一年生の教室がある4階まで階段を上っていき、廊下を少し歩くと5組の教室についた。
「翔魔!」
「はいっ!? あ、マリア先生」
「おはようございます。先生」
教室の黒板横にあるコルクボードに、プリントを刺している女性が僕の名前を呼んだ。
この人は、マリア・グリム先生。僕らの担任で、担当教科は魔法技術。29歳の若さながら『世界の技能者500』に選ばれる天才である。
「2人ともおはよう。霧雨、荷物置いたら少しいい?」
「あ、はい」
先生に呼ばれる問題なんてあっただろうか。何か問題を起こしている訳では…1個を除いてない。
じかもその1個は個人でなく全体の責任になるから、僕だけが受けるなんて理不尽はないから、その件ではないだろう。
何のことについて呼ばれたのか考えながら、急いで荷物を自分の机の上に置いて先生の元へ。
「ん?先生、机が1つ多いような気がするのですが」
「ああ、その件で霧雨くんを呼んだの」
「…ああ、なるほど。霧雨、頑張れ」
「え?あ、うん」
「じゃあこっちへ」
「はい」
灰原はわかったようだけど、僕は何が何だかわからない。先生に連れられるまま階段を下り、入ったのは職員室だった。しかもその中の面会室のような場所へ入らされる。
ソファーには見慣れない女子が1人、居心地悪そうにこちらを見ている。とりあえず会釈をすると、向こうもそれに応じてくれた。
先生は僕に座るように促したため、僕は女子の正面にあるソファーに座る。
「霧雨、この子は神無月 黒さん。1年5組に入る転入生だ」
「この時期に転入生ですか」
「まあ、少し事情があってね」
「はあ…特に突っ込むなと」
そうボケると、即座に先生は突っ込んでくれた。
「そんな学校の闇じゃないんだから…個人情報なだけよ」
「あはは、わかってますよ。神無月さん、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。えーっと」
「霧雨です。霧雨 翔魔」
「霧雨くんですね。覚えておきます」
彼女…神無月さんと握手する。
そのタイミングでチラッと近くで容姿を見ると、目がオレンジがかった茶色をしていて、黒い髪はポニーテールにしている。髪をおろしたら肩並みの長さだろう。
座っているから正確な身長はわからないけれど、目線が玲華と同じか少し高いくらいだろうから…157cmくらいだろうか。
先生は時計を確認して小さく「あっ」と言ったかと思えば、いつのまにか入ってきた扉に戻っていた。
「では霧雨。学校内を少し紹介していってくれないか?授業に間に合うように」
「了解しました」
「私は職員会議があるからこれで」
足早に先生は入ってきた扉から出ていった。残された僕らはしばらく黙っていたけども、そうしていても仕方がない。
「では、行きましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
面会室を出て、廊下へ。どこからどう説明しようか一瞬で考え、授業開始までの時間を確認する。かかりそうな時間は約15分。これなら主要なところを説明したらちょうど終わりそうだ。
ーーーーー
3階の職員室前からスタートし、正面にある校長室、その隣の図書室を通過して3年生の教室をざっと説明し、2階に下って2年の教室、家庭科室、調理室、技術室、化学室、生物室、物理室を巡り、エレベーターで4階へ。
視聴覚室、美術室、書道室、音楽室を通って1年の教室に。
1年5組に着く前に時計を見ると、授業まで残り2分。マリア先生はすでに教室にいて、ちょうど転校生のことを話しているところだった。
ノックして教室に入ると、生徒全員の視線がこっちに集まり、微妙な落胆と共に外された。少しムッとしたが、今日の主役は彼女だし、仕方ない。
「戻りました」
「お、ありがとう、霧雨。神無月さん、入ってくれ」
「はい」
神無月さんに全員の視線が集まるが、そんなものを物ともせずに彼女は教卓の横に立った。
「神無月 黒です。どうぞよろしくお願いします」
拍手の中で神無月さんが席につくと、先生は10分だけ自由時間を設定してくれた。その時間でクラスのみんなは彼女のところへ集まっていく。
だが、灰原とその彼女の大石さんがこっちに来て話しかけてきた。
「霧雨」
「ん?」
「魔法が使えん」
この学校は、限られた場所以外での魔法は基本的に禁止されている。ただ、それを制限付きで解除する魔法を先先代の生徒会長が編み出したらしく、僕らはそれをローテーションで使って魔法を使えるようにしている。
「えーっと、今日の担当は?」
「確かA組の河合、森だったはず」
「あ、2人から伝言」
大石さんが話に入ってきた。確か2人とも陸上部だったか。こういう時に人脈は大事と再認識させられる。
「そういえば、2人とも陸上部だったか。聞かせてくれ、美沙」
「はーい。えっとね、魔法の構造に変化があったから侵入して対策作らないとまずいって」
「…」
「ありがとう。だが、どうする霧雨」
「…うーん、とりあえず今日は無理やりねじ込むよ。本格対策は明日以降って事で」
「手伝う?」
「お願い」
別に好き勝手弄りたいわけじゃないし、後々面倒事にならないように、生徒の魔法使用可能範囲をちょこっと伸ばすくらいにする。大石さんの手伝いもあり、早めに終わった。
「…とりあえずこんな感じかな」
「《精神感応 β》」
テレパシーの上位魔法を灰原が唱えた。一瞬ノイズが走ったような音が脳内にして、彼との思念通話のチャンネルが開く。
『あー、あー、聞こえてる?』
『感度良好。妨害も盗聴もなさそうだ』
『とりあえず良さそうかな?』
「あ、テレパス?私も入る!《テレパス イオタ》!」
介入、侵入を意味する ι の記号を使い、大石さんが乱入してきた。でも思念空間にほつれや乱れは見られない。
『やっほー』
『というか、美沙が入ったら魔法の意味がないな。解除』
「ちょ、凱亜!」
「まあまあ」
頰を膨らませる大石さんを僕が抑えている横で、灰原は神無月さんをじっと見て、何も言わずにため息を1つ吐いた。失礼だな。
魔法が使えなくなったことと、転校生がやってきたこと。因果関係があるのかはわからないけど、確かめてみる価値はありそうだ。
次回
第弐話 偽物兄妹の万死一生
2019年5/11(土)更新予定