第六話 重複時間のパラドクス
「え…」
「まあ一人で行動する場合のみだけどね〜」
「…つまりどういう?」
「体感時間が伸びる。共通の時間を送る人が数人いれば本来の時間とそんなに変わらないけど」
「えーフラムさん、つまり固まって行動したほうがいいと」
「そゆこと。飲み込みが早くていいね、霧雨君」
僕と藍咲さんの二人だったから体験時間が伸びて何分か話すことになったっていうことか。
これ一人だったら体感時間何分になるんだ…?
「あ、十字路だ。でも灰原たちはいないと」
「十字路ですね。別働隊がいたんですか」
「はい。同僚の教師と生徒たちが向こうに行っています。一刻も早く時空の乱れのことについて話さなくては」
「あなたたち、どこから来たの?」
「素性も何も、ただの調査員ですよ。異常な魔法反応を感知したので来たら迷い込んだだけの」
「でも、別の世界とか言ってませんでした?」
フラムちゃんの発言のおかげでややこしいことになりそうだ。というか金髪の青年、髪染めてるにしてはかなり勘がいい。
宇佐見さんがフラムちゃんを睨む。あははと笑って逃げようとした首根っこを掴まれ、ため息とともに諦めたように話し出した。
「私と宇佐見は彼の…菜花くんの世界からやってきた。要は異世界人。
ただ弁解のために言っておくけど、迷い込んだのは本当。来る予定はなかった。外に出してくれたらすぐに帰る」
「……到底信じられる話じゃないよねー」
「そうね。異世界人だなんて非常識な嘘を言うなら本当のことを言えばよかったのに」
大石さんに便乗してグリムさんはそう言うと、掌をこちらに向けた。何をするんだろうと思っていたら、空気が掌に吸い込まれていく。
「ちょっと!?」
「短い人生だったなぁ」
「お兄さん諦めるの早っ!」
その手がゆっくり降ろされた。金髪の青年…霧雨くんとか言ったか。彼がまあまあとグリムさんをなだめている。
「ありえないことが起きまくっているんです。今更異世界から人が来ようが気にしませんよ。あと、生存者を探すのが目的なのにそれを攻撃するっていうのはおかしくないですか」
「……そうね」
ものすごい怪しいものを見る目で見られている。ただ霧雨くんはそんなそぶりは一切見せず、こちらに手を差し出してきた。
「この世界へようこそ、菜花くん」
「……ありがとう、霧雨くん」
握手をし、ニヤリと笑って手を離す。綺麗な金色の目だった。コンタクトじゃない?
そういえばうちの母親も髪の毛に地毛で金が混じっているという話を聞いたことがある。
「ところで」
「ん?」
「その金髪は地毛ですか?」
「そうだよ。っと、マリア先生、来ました」
後ろを振り向くと、ぞろぞろと人が向こうからやってきた。グリムさんが声をかけると、かなり焦った様子でブレザーを着た女子が話し始め、奥からボロボロの青年が男に背負われながらやってきた。
その治療のためということで、グリムさんと大石さん、向こうからきた男子が青年を抱えて走っていく。
その姿が見えなくなってから、宇佐見さんやフラムちゃんと共に自分の漢字を言いながら自己紹介をする。
「じゃあ私たちもした方がいいよね」
「そうですね。じゃあお先どうぞ」
「言い出しっぺの法則?まあいいけど。
私はカンナヅキ クロ。生徒手帳渡すから漢字はそれで確認してね」
生徒手帳には顔写真と、『高等部一年 神無月 黒』と書いてある。神無月って言ったら陰暦の10月だったっけ。
……?なんかどっかでこの話した覚えが。
「神在月の、歴史館」
「……神在月家を知ってるの?」
「えっ」
「教えて!どこ!?」
ものすごい青ざめた顔で肩を掴まれて揺さぶられる。教えてと言われても、こっちの世界じゃなくて僕の世界にあるからどうしようも…
「ちょ、やめてあげて神無月さん。首がぐわんぐわんなってる」
「あ、っご、ごめん…」
「い、いえ…フラムちゃんありがとう」
視界がまだ定まらないし聞きたいことはあるけど、今は向こうにいた人の名前と顔を知りたい。
生徒手帳を宇佐見さんに渡して名前の確認をしてもらってから返却する。
「ありがとう。じゃあ次レイカちゃん」
「はい、生徒手帳です」
「ども」
金髪ツインテ少女から渡された生徒手帳には『中等部二年 霧雨 玲華』と書かれている。霧雨ってことは彼の妹か。
これも一度宇佐見さんに渡してから返却する。
にしても、金髪のツインテかつそこそこ長めで妹属性…ギャルゲのヒロインみたいだななんか。羨ましい。
「じゃあ次先生!」
「私もやるのか…
アーサー=グラストンベリー。社会科の教師をしている」
「…ALTとかじゃないんですか?」
「ALT?」
怪訝そうな顔で見られる。まさか世界が違うとALTもいないのか?
「えーっと、外国人の外部講師のことだったかと」
「正確には assistant language teacher…
外国語指導補助要員のことね」
「…外国語指導なぁ。私はあくまで社会科だ」
社会科で外国人の先生を雇用してるってことは私立の学校なのかな?
とか思っていたら宇佐見さんが後ろで大きなため息をついた。そしてフラムちゃんを呼び、何もない方向へ指を指す。
「メガネ貸して」
「はい」
「……あーあ、何してんのさ」
「返して。ちょっととっ捕まえてくる」
「了解」
宇佐見さんはさっき指差した方へ歩いていく。途中で腰から銃を取り出して構えた。
「光学迷彩早くときなさいよ」
光学迷彩。SFでよくある透明感の技術…でいいんだろうか。今もなくはないけど実用化に至らないとかネットの記事で見た覚えがある。
壁の一部が急に画質が悪くなったみたいにぼやけて、それが人型になった。それの手と思しき部分が腰に動いたかと思えば、バイザーを付けて黒い装甲を身に纏う奴が現れた。
「!?」
「義兄様!」
「玲華、後ろに!」
「面妖な…」
「あー、そっか。早く変身解除しないと怪しまれるよ」
黒い奴はがっくり肩を落として、今度はお腹…腰?にあった青く光る装甲をかちゃかちゃと動かした。
それで装甲が腕や胸のパーツに分かれて体から離れ、半透明になって消えていった。
出てきたのは宇佐見さんより少し背が低く、青のメッシュが入った肩まである赤髪を持つ女性だった。
「え…」
「面妖な」
「先生さっきからそれしか言ってないし」
「…あんなことができるんだ。いいな」
「さて、そろそろかな?」
「どうしたのフラムちゃん?」
「ん?なんでもない。ってか早く来なさいよ二人とも!」
呼ばれて宇佐見さんともう一人がやってきた。遠くからじゃ見えにくかったけど、めちゃくちゃ綺麗な金色の目を持っている。
「えっと、モリレイ ルリです。はい」
宇佐見さんやフラムちゃんが持っているのと同じ腕の機械からホログラムっぽいものが出てきた。
『特殊公安機動隊 守霊 瑠璃 大将』大将ってことは大佐より上の位になる……はず。
でもそんなそぶりは全く見られない。どういう…
「あと、一つ皆さんにお伝えしないといけないことがあって」
「…何?っていうか珍しいね、なんかおししとやかっていうか」
「それも関係してます」
そう言うと、守霊さんはさっきの機械をいじってホログラムでCG絵のようなものを映し出した。
「現在この空間は二つに分裂していて、皆さん微妙に違う行動をしています。
時空の歪みやら色々と発生しているんじゃないですか?」
「ご名答。でも瑠璃、なんでそれに気づいたの?」
「非常事態宣言トリプル4の発令」
「嘘でしょトリプル4!?」
「まああとこのせいで人格解離してるのもあります」
なんだろう。わかりそうでなんかよくわからない話が繰り広げられてる。誰か語句の説明をしてください僕含むここの全員多分把握してないぞ。
「簡単に言えば…隊員の生死が不明な状態かな。まあこの場合はちょっと違って、世界線が微妙にズレたにもかかわらず同じ世界線にいるっていうのが観測できなかったんでしょうけど」
説明されても内容がぶっ飛びすぎてて簡単なのかすらわからない。世界線とかの単語は一応わかるけど、説明されたことの何がまずいのかさっぱりだ。
「さらに噛み砕くと…そうだね。
お兄さん、メビウスの輪って知ってる?」
「メビウス…えーっと、裏が表になってまた表に帰ってくるインフィニティマークのやつ?」
「そうそう。あれがズレてるはずの世界線で起きてるって感じ。
本来別れるべき世界がなぜか裏と表に変化して、どんどんねじれて行ってる」
「…それは放っておくと何が起こるんですか、フラムさん」
「いい質問だね、霧雨くん。簡単なことだよ。この世界がねじ切れて消滅する」
未来人たち3人を除く全員の顔が青ざめる。逆に彼女らはものすごい落ち着いてるけどなんでそんな落ち着いていられるんだろう?
「解決法はいくつかあるからね。まあまずはこのジメッとしてるところから出てからだね。アーサーさん、案内してくれますか?」
「あ、ああ。こっちの道だ」
アーサーさんの先導でみんなぞろぞろと歩き始めた。みんな青ざめながら焦っているように見える。
ふと気になって後ろを見ると、さっきまで気配を消していたのかってくらい存在感が消えていた藍咲さんが、ブツブツと独り言をつぶやいていた。
「藍咲さん?」
「ふぇっ!?」
『ああ、少年。君には伝えておこうかな。うん』
「はい?」
『実はなんだけど、私、さっき女の人が言ってた裏の世界?の記憶あるっぽいんだよね』
「んな馬鹿な」
「それがね、なんとなく私も覚えてて、今答え合わせしてたんだ」
「…してその結果は」
『完全一致』
そんなことがあり得るんだろうか。というか解決法がわからないと記憶って戻らないんじゃないの?
いや。そうとは限らないか。強運というか、すごいなこの人たち…
『話しながら説明しよう。みんなあんな先に行っちゃってるよ…あれ、霧雨兄妹だけ残ったね』
「とりあえず行きましょう」
確かに前方で霧雨兄妹が止まって話し込んでいる。かなり真剣な顔つきだけど、一体何を?
「あ、菜花くん、ちょっと話したいんだけど」
「…別の世界の記憶があるとかやめてくださいよ」
「…」
「まじすか…」
お前らもか、という言葉をなんとか抑えて目を閉じる。僕の記憶を探ってみても、別の世界の記憶なんて何もない。
「とりあえず歩きながら話しましょう。まずは藍咲さんから。何があったんです、向こうでは」
「えっとね、あの人…瑠璃さん?は玲華ちゃんと一緒に来てた」
「…玲華さんの方では?」
「同じ。向こうでは戻る時から一緒だったけど、こっちじゃもちろん一緒になんて来てないし。
あとさんじゃなくてちゃんとかにしてほしいなー」
「了解、じゃあ玲華ちゃんと」
玲華ちゃんの話に霧雨くんは興味深そうな顔をして聞いていたけど、彼に記憶はあるんだろうか。
とか考えてたけど、かなり驚いた顔をしているから知らないとみて間違いないだろう。
「でも、なんで藍咲さんと玲華ちゃんだけ?特に二人で共通点ってあるのか僕わからないっすよ」
『人じゃない、とか』
「…は?」
『主に覚えてるのは私だし、玲華ちゃんは多分人じゃないでしょ?』
「…なんで気づいたんですか」
『ん?私が伝説の魔道具だってこと忘れてるでしょ』
「え、絶対嘘でしょあの言い方」
『ひどいなあ霧雨くん』
にしても、人間じゃないってどういうことだ?僕の目には金髪金目なところしか変なところはないんだけど、それは霧雨くんも一緒。何か違いが…?
「玲華、どうする?」
「…言ってもいいよ。そんな秘密にしてるわけでもないし」
「僕からしたら秘密にするべきだと思うんだけど」
「ま、まあ、そこら辺寛容なのかも…よ?」
「藍咲さんそれ本気で言ってます?」
「ごめんフォローしようとした」
まあ、こっちの世界だと僕らの世界ほどイジメがなかったりするんだとしたら秘密にする必要はないな。まあ、もしそんな世界があるならかなり異常だけど。
「私は妖怪、猫又。その頃の年齢もカウントしたら33とかそのくらい。意外と大人よ」
「うわお」
「…妹なの?」
「まあ一応猫又になってからは13年くらいって言ってたし、なんか姉ってするには幼く見えたから」
『なるほど』
「ねえねえ、ツインテールなのは尻尾モチーフ?」
「当たりです!」
年齢が上の妹ってのは不思議な感じがする。まあ霧雨くんのいう理由は尤もだから仕方ないんだろうけど。まあ、会話からして姉っていうのは違うな。
「ってことは血縁じゃないわけだ」
「うん」
「あれ、じゃあなんで金色の髪の毛に?」
「ああ、それね…」
「言っていい?」
「う、まあ仕方ない」
霧雨くんの顔が微妙に歪み、目がちょっと右往左往する。人に話しにくいなんかあるなこの感じだと。
「あー、別に話さなくても。今回の異変とは全く関係ないし。むしろ今は異変について話さないと」
「あ、そうですね」
「要するに、妖怪の力で異変に感づいたと」
「簡単に言えばそうなります」
「じゃあサクラさんは?」
『ん?私は伝説の魔道具だから』
説明になってない。っていうか胡散臭すぎて信用できないというのを自覚できないのか?
『えー?そうかなー』
「っていうか、見てるもの一緒なんですか?」
「多分あってると思います。なら答えあわせしましょうか」
『あ、そうね。そうしよっか』
「まあその前に階段があるんだけどね」
「話に夢中で全然気づかんかった…」
少し先に上に登る階段があり、一番後ろにいた神無月さんと思しき人が駆け上がっていったのが見えた。
「上に行っても状況が変わるとは思えないんだけどなぁ」
「ま、まあまあ菜花くん…とりあえず上がろう?」
「そっすね、行きますか。ちなみに長さはどのくらい」
「3、4階分」
「うわめんどくさっ…」
『へえ、少年は面倒臭がりなんだ』
「すいませんね面倒臭がりで、まあ仕方ないし行きましょうか」
幸いにも一段一段の高さはそこまで高くない。とはいえ3階とか4階分上がるのは骨が折れる。
少し上…だいたい2階くらい上のところに宇佐見さんたち一行が見える。時空の歪みとか大丈夫なんだろうか。
「ん?止まった…よね、先生たち」
「え?本当だ、玲華なんでわかったの?」
「生気が失せた」
『…嘘でしょ』
「あ、死んだわけじゃないから安心してください」
『よかった』
よく見ると確かに止まっている。というか全く動いていない。
「…なんか、嫌な予感しません?」
『同感だな。なにかおかしい』
「早く追いついたほうがいいかもだね。行こう!」
霧雨くんがそう言って階段を駆け上がっていく。少し遅れて僕も駆け上がり、霧雨くんを追い越した。そしてそのスピードのまま宇佐見さんらに追いつくと、ノイズのようなものが走って消えてしまった。
「な!?」
「え!?」
『…とりあえず上に行こう。そのあと考えればいい』
「ねえ、私たちが消えたっていう可能性は?」
「…ありそうですね、義兄様、離れないで行動しない?」
「そうだね。菜花くん」
「了解」
少し降りて女子陣を待ち、あともう少しであろう階段を登る。そして行き止まりが見えてきた。
「ここだ。開くよ」
「お願いします」
「義兄様、手伝う」
「いや、大丈夫だよ」
扉を開き、霧雨くんがその先へ行く。続いて玲華ちゃんが進んでいった。扉から首を出して周囲を見回すと、学校のような場所の階段下みたいな場所だった。
『少年、早く行ってくれない?』
「あ、すみません」
サクラさんに急かされて扉から出る。左を見ると霧雨くんたちが手招きをしていた。
「あ、すいません。藍咲さんも」
「あ、うん」
藍咲さんを連れて霧雨くんたちのところまで行くと、やっぱり学校だった。
「うわお…なんて非常識な」
「私たちの学校にもあったりして」
「あってたまりますか」
と、どこからか時計の針が進んでいるような音がそこそこ大きな音で鳴り始める。
「!?」
「ん?どうしたの菜花くん」
「…時計の音が。結構大きい」
「え、全然聞こえないけど」
「…え?」
「私聞こえませんけど」
「僕も」
『私聞こえるよ。結構大きい』
サクラさんに聞こえて玲華ちゃんに聞こえてない?猫の聴覚は人よりいいはず。じゃあなんで…
「まさか、音じゃない?」
『む、なるほど』
「え、どういうこと?」
「いや…ん?なんだろうこの感じ…いッ!?」
目に知らない光景が映し出される。一瞬でそれは終わり、頭がぐらっと揺れた。藍咲さんが支えてくれる。
「だ、大丈夫?」
「ええ、まあ」
とっさに冷静を装って深呼吸する。霧雨くんを見るが、頭に手は当てていてもこんな風にはなっていない。何が違うんだ…
「…とりあえず、何がきっかけかはわからないけど別の世界の記憶は入ってきた」
「うん、僕も」
「じゃあとりあえず宇佐見さんら探しません?」
「そうだね、そうしよう」
とはいえ、窓から見た感じこの学校めちゃめちゃ広そうだ。探すの苦労しそうだなぁ…