第五話 波乱曲折のトランプ
「痛っ!」
「大丈夫!?今ものすごい音が鳴ったけど」
「いだいでず…」
「お兄さん災難だね、大丈夫?」
真っ暗な中でゆっくり立ち上がる。手を繋いでくれてなかったらちょっとやばかったかもしれない。誰もいないかもしれないところにひとりぼっちっていうのは精神的にめちゃくちゃ辛いしね…
「フラム、一旦手離すわ。ライト起動する」
「はーい」
「ライト?のばっ!?」
「あ、ごめんなさい出力間違えた」
「おおぉぉおおおぁぁぁ」
「うわー、本当に災難だね…」
さっきまでとは真逆に目の前が真っ白になった。反射で思わず仰け反ってしまい、また後頭部をぶつける。触っても濡れた感じはないから血は流れていないようだ。ただおっきなたんこぶが2個できるのは必至。
というか僕何に頭ぶつけたんだ?多分飛び出てる硬い石か何かなんだろうけど、あまりにも痛い。
「蓮華、そのまま上。そうそう」
「…壁に自然発生する鉱石なんていうのは見たことないわね。周囲を見てみても廊下って感じはしないし」
宇佐見さんの眼鏡から何やら光が出ている。光源が眼鏡についているとはいえ光度や照らす範囲は普通の懐中電灯程度。そりゃこっち向いてたら真っ白になるわ…
未来の技術に関心しながら光の動きに合わせて周囲を見てみると、全体的に石で出来ていて、そこかしこに黒っぽい汚れがついてるのも気になった…
あと鉱石みたいなものが所々から生えていて、ものすごい硬い。ぶつけたのはこれか…?
しばらく周囲を見回したあと、どこだか確かめるため場所を変えることになった。
「…にしても菜花くん」
「はい?」
「普通もっと慌てたりしない?さっきまでいた世界と全く違う異世界よここ」
「確かに。環境適応能力が高いよねお兄さん」
「うーん、そうでもないと思いますよ?単にパラレルワールド系の小説を読み漁ってて慣れたんじゃないですかね」
「そうなの?私最初に時間転移した時、きっちり資料頭に入れてたにも関わらずものすごい混乱したけど」
歩きながら聞かれたことに答える。事前情報なくこんなことになったら大慌てして色々やらかす自信はあるけど、今回は事前情報はあるし心強い仲間はいるわであまり危機を感じない。
そういえば、この人たちはどうやって時間を移動しているんだろう。
「ん?それは言えないなぁ」
「そうね。重大なタイムパラドックスの原因になりかねないわ」
「…並行世界に分かれるとかではなく?」
「ええ。エベレットの多世界解釈ではそうなるのかもしれないけど、あいにく私たちはそんな単純な存在ではない」
「へえ?」
「まあ、機会があったら話すわ。ちょうど扉が見つかったし、この話は一度中断」
ライトで照らされた方を見ると、大きな銀色の扉があった。なぜか真ん中が膨らんでいる。
「向こう側から押されたのかな?」
「そのようね。切れるかしら」
「まあ、見たところ鉄っぽいしいけんじゃない?」
「鉄が切れるとは」
「融切。融かしながら切るナイフがあるの」
「……未来の技術ってすごいっすね」
宇佐見さんは背中に手を回して腰のベルトにあったナイフを抜き、扉をまるでチーズを切るかのように簡単に融かし切ってしまった。扉の反対側から光が入ってくる。
「うわ、うわぁ」
「あ、充電切れた。使い勝手悪いわね」
「いや、人一人通れる隙間できてるし十分でしょ…なんでそう蓮華は完全に破壊しないと気が済まないの?」
「さあ?」
「さあって……」
「あのー、なんか焦げ臭くないですか?」
扉の奥から焼け焦げたようなにおいが漂ってくる。ただ、宇佐見さんは先に扉の向こうへ行ってしまっていた。
「ん?あほんとだ。蓮華、そっち大丈夫そう?」
「ええ。菜花くんの言ってる通り燃えカスがあるわ」
フラムちゃんが扉の隙間から入っていき、僕も続く。通るときに扉の厚みを見たけど、親指の太さくらいある。こんなものを融かしてたんならそりゃ充電も切れるでしょ。
「松明…それに灰?」
「えぇ、なにかを燃やしてたのは確実ね。しかもかなり徹底的に。結構まだ焦げ臭いから、つい最近のことだとは思うんだけど。」
焦げ臭かった原因と思しき灰の山。周囲の壁は煤で真っ黒になっている。宇佐見さんとフラムちゃんは牢屋の中に入って色々と調べ始めた。
「…骨?」
「え?」
灰を見ながら急にフラムちゃんが恐ろしいことを口走った。そんなことはないと否定しようとすると、彼女に先を越される。
「ほら、見て。この白い欠片。灰の中にいっぱい入ってるんだけど、これ細かく砕かれた骨じゃないかな」
「……いやいや、牢屋の中で生き物燃やしますか普通」
「普通じゃなかったんじゃない?こんな所で腐っても困るし、衛生状態を保つのには良い手段よね。
ま、調理して食べなかった事から非食用、骨の量から推定1,5m前後、こんな所に閉じ込められそうな生き物と言えば…」
「ちょっとフラム。それ以上は不謹慎よ」
「はーい」
「…そもそもここはどこなんですかね。地上なのか地下なのかすらわかんない」
「衛星時計が機能していないところをみると衛星がない世界だっていうのは辛うじてわかるけれど。
松明なんて超前時代的なものを使っていることから、科学技術が発達していない、またはそれが行き届いていない世界」
「へえ」
「もう1つあるよ…」
「!フラム、静かに」
フラムちゃんがそう言うと、宇佐見さんはメガネのライトを消し、牢屋の中から僕の左にある扉に銃を構えた。フラムちゃんが反対側でしゃがみ、僕も中に入って宇佐見さんのところで屈んで耳をすませる。すると、小さく声と足音が聞こえてきた。
「ここの構造って左右対称なのかな」
「間違いないと思うよ?牢屋って基本そんな感じじゃないかしら」
「にしてもマリア先生、どうやってあの扉を破壊しますか」
「手加減なしの魔法でいきますよ」
「はい」
「あ、あのっ、ボク普通に歩けますから!大丈夫です!」
『ノンノーン。無理はダメだよヨヒラ。一応ぶっ倒れてたんだから負ぶわれときなさいな』
「そうですよヨヒラさん。大船乗った気持ちで構えてて下さい」
「オオイシさん、それなんか違くない?」
「すみません。ありがとうございます…」
足音が近づいてくる。一体宇佐見さんたちはどうするつもりなんだろう。いくらここが見えにくいとはいえ、通り過ぎられたら普通に見つかると思うんだけど。
「オオイシさんに出来なかったのを僕ができるほど甘くないと思うんですけど」
「まあまあ、ほら、そろそろだから準備して」
「ちょ、準備させるのか引っ張るのかどっちかにしてくれませんか先生!?」
牢屋の前を男女集団が通り過ぎる。金髪のやつがいたり1人おぶわれてたりしてるカオスな集団だ。
その集団が通り過ぎ、前の扉を調べている時にスッと後ろを通ってバレないように移動する。
「もう1つの可能性。魔法が発達した世界」
「「「「!?」」」」
「ちょ、フラム」
「フラムちゃん!?」
「あれ?ウソ、口に出してた!?」
ここまでよかったのにまさか解説でバレるとは…言いたくなる気持ちはわかるけど、せめてもう少し待って欲しかった。
「何者ですか」
向こうの黒髪の女性が敵意マシマシで問いかけてくる。おそらく教師だろうけど、さっきまでの声と全然違う。思わず後ずさるところを、宇佐見さんが手を握る力を強めた事で気がついた。
「別の場所から、偶然ここに迷い込んだ者です」
「ここは学校の敷地内。そして周囲からここに入ることはできないはずです」
「へえ、でも私らも意図して入ろうとしたわけじゃないんだけどなぁ」
見える。この2人と1人の間の空気にものすごいプレッシャーがかかっているのが見える。
そして女性の後ろにいる女子に負ぶわれている女の子の顔に妙な既視感を覚えた。
「……ん?」
「どうしたのお兄さん」
「なんかどっかで…?」
「え嘘でしょ」
「宇佐見さん、照らしてくれますか」
「了解」
暗くて良く見えなかった彼女の像が、パッと色彩を持つ。
赤いアンダーリムの眼鏡。夢も含めれば、見るのは三回目だ。
「えーと、そこの負ぶわれてる女子」
「ふぁいっ!」
「神石高校の生徒…ですよね」
「ふぁい!…ってあれっ、何で知ってるの!?」
「やっぱり」
「本当に何で!?あ、校章!いや、今おんぶされてるから隠れてるし…へ!?」
「ちょ、ヨヒラさん。あんまり動くと落ちる!」
「…えー、菜花くん?どういうことか説明してくれないかしら」
「あ、はい。えっと、僕にもよく分からないんですが…。
そこの背負われてる女子、今日の下校時見かけたんですよ。制服からしても、彼女は僕の高校の生徒です」
「えー、つまり…同じ学校の同級生?」
「まぁ、はい」
「えぇぇぇ!そこの方、同級生だったんですか!?そう言えば逆光でなんも見えないけど、フォルムがうちの制服なようなっ」
「あ、照らしっぱなしだったわね。ごめんなさい。消すわ」
夢で見た云々の話はせず、ただ事実だけを言う。宇佐見さんは納得してくれたようだけど、フラムちゃんは何か小難しい顔をしている。
と言うか、ネタバレとは言われてたけど、これ事前情報なかったら詰んでないかなオーエンさん…。
ネタバレ少女が呟いたのが聞こえ、振り返る。
「え、でもここって…」
『うん。君の世界とは別の…魔法の世界さ』
「だよね、じゃあなんで…?」
マイクに通したかのような微妙にくぐもった声が聞こえた。あれ、でもネタバレ少女から聞こえたような…
『えー、とりあえず。内1人は身分も分かった上、全員敵意はなさそうですよ?みなさん』
「…まあ、敵意がないなら構える必要はありませんね」
「わかってくれて良かったよ」
「ではまずこちらの名前から明かしましょう。
私が宇佐見 蓮華。こっちの女児がフラム=マリオネット。そしてこの少年が菜花 戒杜くんです」
宇佐見さんが手首につけた機械を触り、名前の漢字を出しながら説明してくれた。
「私はマリア=グリム。この魔法学校の講師です。そして」
「私が大きい石に美しい沙!大石 美沙!」
「えー、霧雨にジャンプの跳ぶに魔法の魔。霧雨 翔魔」
「ふぇ、えっと!藍が咲くに八にハナビラで、藍咲 ヨヒラです!」
『でー、私は太古の昔より受け継がれし伝説のまどーぐ。サクラちゃんだよ。漢字は乙女の秘密だよ。いぇい』
いや最後の自己紹介だけ妙にやる気ないな。何だまどーぐって。というか。
そして。八に花びらでどうヨヒラと読めば?
と思ったらフラムちゃんが端末で漢字を出してくれた。"八葩"でヨヒラって読むのか。
あとさらっと人数一人追加されてたけどサクラちゃんどこだよ。向こうにいるの4人のはずなんだけど…。
『ふっふっふ。私を探しているんだね?どこから話しかけてるかわからないと言った様子だなぁ…。良く見よ。八葩の頭の上を』
言われた通り3人で注目すると、頭にあの夢の時には無かった白いカチューシャのようなものが見えた。
それについたピンク色の蛍みたいなのが綺麗に光っている。
『見つかったか。これが私だ。そう、私は命の宿りし伝説の魔道具なのであーる。お高いよ』
「お高いの!?」
「だから八葩さん!」
「ごめんなさいっ」
「……魔法の世界ってのは嘘じゃないっぽいようで」
「あはは、私も流石に魔法の世界には来たことなかったな。驚きだ」
「ええ。天鳥船は来れるかしら」
「天鳥船って日本神話の?」
天鳥船。確か古事記に現れる船の神様だったはずだが。
「そう。その神の名前を借りた時空を駆ける船があるの」
「へえ…」
「っていうか、天鳥船なんてよく知ってるねお兄さん。高校生でこの神様の名前知ってる人少ないと思うんだけど」
いくら未来になってもそういう神頼みをするというのは変わらないのかな?
道案内をした神様だから船にはぴったりの神様だろう。住吉三神とかもいるけど。
「前に古事記と日本書紀を読んだことがあってそれでね」
「うへー、よく読もうと思ったね」
「神様好きだから」
『はー、そりゃ物好きだなぁ』
「えーっと、今後どうするか話し合いませんか」
「珍しく先生が仕切ろうとしてるー」
「美沙さんは黙っててください。あと暴れて落ちるので藍咲さんも」
「えー!」
「すみませんん」
と、そんなごたごたを眺めていれば金髪の少年…霧雨くんがこちらを見ているのに気がついた。敵意…というよりは単純に頭の中で色々と考えているんだろう。もし敵意だったらちょっと悲しい。さっきも言ったように敵じゃないし何もしてないのに…
そう思っていれば、彼が真面目な顔でふっと口を開いた。
「宇佐見さん、あなた方の目的はなんですか?」
「外に出ることです」
「わかりました。私たちはこの場にいる人を助け出すのが目的です。そこで提案なのですが」
「手伝って欲しいんでしょ?」
「はい。おこがましいことは承知しているのですが…」
毎度毎度フラムちゃんが発言する時はハラハラする。もう少し言い方をちゃんとしてくれるとこっちのハラハラがなくなるんだけど。
っていうか20超えてるならそのくらいちゃんとしてほしい。
「いえ、構いません。フラム、菜花くん、大丈夫?」
「いえーす」
「大丈夫です」
「それじゃあ決定で。よろしくお願いします。宇佐見さん、マリオネットさん、菜花さん」
「フラムでいいよー」
「さんつけなくていいですよ」
うーん。仲間が増えたのはいいけど、僕にとってはとてつもなく肩身が狭く感じるようになってしまった。
未来人2人、魔法使い3人、同級生1人、なんかよくわからない魔導具だかが1…個?人?
どっちにしても、ファンタジーxSFのクロスオーバーものの中に何の能力もない一般市民が紛れ込んでいる状況な訳で。なんかお荷物感がすごいなぁ。
「なんか、お兄さん災難だね」
「僕30分前には歴史館にいたはずなんだけどなぁ…」
「まあここまで来たら戻れないんだし、VRとでも思えばいいんじゃないかな」
「こんな惨めな思いをするVRがあってたまるか」
「…それもそうだね。そういえば、そっちの藍咲ちゃんはどうなの?菜花くんの同級生なんでしょ。だったら、魔法使えないんじゃない?」
はっ、確かに。そうなると彼女も僕の同類なのでは?
惨めな思いを分かち合えるだけでも正直有難…
「えーっと、ボクはどうなんでしょう…ってちゃん!?」
「恐らく、使えるとは思いますよ。体内から魔力を感じますし」
「えっ、そうなんですか!?」
『おお。流石先生。まぁ、使えたとしても普通の人に比べれば弱いだろうけどね。…で、君。もしや使えないのかい?』
「つらい」
せめて僕にも魔法とかの力があればよかったのに…くそぅモブキャラにもほどがある。せめてなんか使いたかった。
「あ、そだ。蓮華!」
「なに?」
「今使ってない旧式のコンテンダーもってなかったっけ」
「ええ。それがどうしたの?」
「貸してあげない?」
「…ああ。貸すっていうかあげてもいいのよね。キャッチしてね」
「え、あちょ!」
投げられた銃を掴む。手にずっしりと感じる鉄の重さと無機質な冷たさ。コンテンダーっていうのは何か知らなかいけど、形状で一発でわかった。
人を殺すために独自の技術を使って作られた人類の叡智の結晶、拳銃。
「これはトンプソン・アンコールと言って、コンテンダーの後継機。まあ改造はもちろんしてあるけれど」
「えげつない、をつけ忘れてるよ」
「はいはい。で、ここをこうすると…折れるようになってて、弾を1発づつ排莢して装填する」
「…実用性は」
「まあロマン銃だからそんなにない。これの強みは様々な弾丸を撃つ事ができるところ。鳥から象まで撃ち殺せるの」
「そんなに!?」
「反動が強いんだけど、そこは現代の…未来の技術で反動をかなり小さくできてるから安心して。ただしっかり持ってないと銃が手からすっぽ抜けるからそこは気をつけて」
そう言って弾を何発か渡してくれた。色々と頭の中でぐるぐる思考が回転しているのを無視して制服のポケットに銃本体と一緒に突っ込んでおく。
やろうと思えば誰でも殺せる。なのに、自分の手には引き金を引いた無機質な感触しか残らない。改めてそんなモノが自分の手にあることを恐ろしく感じる。
自分の命を自分で守ることは大切だ。でも、そのために人を殺すのは…
『おーい少年、大丈夫かー』
「え、あ」
気がついたらだいぶ集団から離れていた。そしておんぶから降りたらしい藍咲さんが、こちらに来て僕を心配そうに覗き込んでくる。
「よかった。みんな先行っちゃってますよ」
『にしても、銃ねえ』
「なにか?」
『いいや?それ、本当に人を殺せるんでしょ。持った感想はどうかなと思って』
「…少なくとも、いい気分ではないですよ」
『ちょっと…試してみたくならない?』
ポケットから銃を取り出し、教えてもらった手順で折り開き、戻す。
ガチャガチャという音や触り心地はかなりいい。それこそいじっていたくはある。けど
「試し撃ちしたいとは思いません。構造は気になりますけど」
『何もできなかった少年が、今や人を一撃で殺せる力を手に入れたんだよ?物語の主人公みたいに』
「ちょっとサクラ!」
「ああ、最近流行りの異世界最強系ですか」
「え。菜花くん、アニメとか見るんですか?」
「いや、アニメはそうでも無いですけど、ラノベは読みますね」
「成程。ボク、逆にラノベは読まないからなぁ」
少し心が和らいだ。自分の世界じゃないところに迷い込んで、かつホラゲーみたいな雰囲気だから気分悪くなってたところに現実の話ができる人がいるっていうのはとても心強い。
ポケットに銃を戻してしばらく沈黙が続き、そろそろ耐えられないと思ってきたところで藍咲さんはボソッと本音を漏らした。
「…実はね。ちょっと不安だったんです」
『え、私いるのに?』
「あぁごめん。でもほら、サクラはあくまで音声でしか接してこないじゃん。最初は霧雨くん達もいなかったし、君が狂ったボクの幻聴だと言われてしまえば、ある意味それで終わりだからさ。そしたら、ボクだけ取り残されちゃうんじゃないかって感じがして」
「僕の方がマシですね。来た時には宇佐見さんらが一緒にいたからそういう孤独は感じなかった」
「はい。でも、今はもう1人じゃない。勿論、サクラも居るしね!」
『…そうだよ。サクラちゃんはちゃんといるぞー。君の幻聴なんかじゃ、ないよ』
僕にとって宇佐見さんたちがいたのが救いだったように、彼女にとっては霧雨くん達やサクラさんが救いだったんだろう。
にしても、まさか夢の中でネタバレされた人と夢みたいな別の世界で会うことになるなんて思わなかった。
『っていうか2人とも』
「はい?」
「なに?」
『敬語とれば?』
「…僕こっちの方が慣れてるんですよ」
『へえ、じゃあそっちはいいとして、八葩』
「え、あ、いや、いいん…ですか?」
「僕は構いませんよ」
『だってさ、仲良くなりたい言ってたし、よろしく少年』
「ちょっとサクラ!?ばらさないでよ!」
自由奔放なサクラさんと、それに振り回される藍咲さん。なかなかいいコンビに見える。
「さて、それじゃあ行きましょうか」
「え、あ、うん!菜花くん!」
宇佐見さんたちが行った方向へ急ぐ。ちょっと話し込んだからどこまで離れているかわからないのが痛いけど、そんなズカズカ進んでもいないだろう。
と思って走っていると、予想外に早く宇佐見さんたちが見えた。
「ん?あれお兄さん」
「ごめん、考え事しててはぐれた」
「ん?…あ、大丈夫大丈夫。ちなみに聞くけど、何分くらい話してたの?」
宇佐見さんはハッとなにかを思いついた顔をしてフラムちゃんを見た。
「え?大体3分くらいだと思うけど?」
「……なんとなく想像できてたけど酷くズレてるな」
「え?」
「私、ちょっと離れてた君たちのこときっちり見てたけど、本当に一瞬目をそらしただけでありえない距離まで後退してた」
その一言でみんながこっちを見た。でもそんな一瞬で話せる内容じゃないし、1分は必ず経っている。
フラムちゃんは、厳しい顔をして重い口を開く。
「つまりはこの近辺の時間の概念が歪んでる。
離れて行動すると時の迷路に迷い込んで出られなくなるよ」