第四話 秘匿のマジック
螺旋階段を何分降りているんだろうか。時計を見るのも煩わしい。前の少女は疲れた様子を見せることはなく、変わらず降りていく。
本がぎっしり詰まった本棚の壁紙には飽き飽きしてきた。あの彼は地下書庫と言っていたけど、これじゃ階段しかない謎の空間だ。
本当に書庫なんてどこにあるんだ?取りに行ったり本を書庫に入れたりする場合はどうやっていくんだろう。
そんなこんな考えながら壁に触れながら階段を降りていっていたけど、ふと今まで感じなかった壁の凸凹を感じてフッと振り返る。
この壁紙のところだけ本がない。でも何かできるわけでもなさそうかな?
「お兄さん!」
「どしたの急に」
「やっっっっっと、踊り場みたいなのがある!」
それを聞いてすぐに駆け下りる。ちょうど本がなかったところから一回りしたくらいのところに踊り場があった。
椅子やランプ付きの机、本棚があり、これが上にあったならちょっとした読書ならできそうなスペース担っている。
そしてその机の上に一冊、赤い本が置いてあった。題名を見ても何も書かれておらず、ペラペラとめくっても白紙のまま。
「なんだろ、メモ用紙とか?」
「ん?……白紙の本?メモ用紙にしては豪華すぎない?」
「あ、そっか……うーん、じゃあなんで白紙なんだ?」
手元を覗き込もうと背伸びする少女のために本を渡してあげる。彼女も僕と同じようにパラパラとめくっていたけど、やっぱりわからなかったようで、こっちに返してきた。
そういえばさっきの本棚に一冊分隙間があったな。これはあそこの本だろうか。
「あとさお兄さん、ここに豪華な扉があるんだけど」
「あるね。でもどうせ鍵かかってるでしょ?」
「ご明察。いくら押し引きしても開く気配はありませーん」
…ちょうど、真下か。ゲームとかだとこれ入れたら空いたりとかするよな。なんて。まぁ、そんなことは無かったとしても、ただ本を戻したいい人になるだけだ。物は試しでやってみよう。
「ちょ、お兄さーん?」
「やってみたいことがあって」
階段を登り、さっきの一冊だけ本がない場所をよく観察する。携帯のライトで照らして見ると、中心に1本モールドが入っているのがわかった。
もしかして、本当にもしかするのか?
本をぐっと押し込む。すると壁から本の下あたりにレールのようなものが生えてきた。危うく腹ぶつけるとこだった。危ない。
そこに本を置き、レールの尻を壁の方へ押す。すると壁の中に収納され、ガチャンというあからさまに鍵が開けたような音がして、重い木製の扉っぽいものが開くギギギギという音がした
…何だこのトンデモからくり装置。これ作った人マジで半端ないな。
「おにーさん開いた!すごいよ!」
そんなにすごいものがあったのかと駆け足気味に下に降りる。
閉まっていた扉は完全に開かれていた。
そしてその先には大きな舞台があった。
「劇場…?うわ、シャンデリアでかっ」
「歴史館っていうのはこういうことなのかな?」
「えーと、つまり?」
「本だけじゃなくて、文化、芸術も記録する…だから、歴史館」
「ああ、なるほど」
観客席は3階席まであり、1階席はちょうど上の歴史館の広さと同じくらいか?とにかく普通の劇場と同じかなんなら大きいかもしれない。
上には豪華で大きなシャンデリアがある。ここでオペラ座の怪人をやったら…揺れるだけじゃなく本当に落ちそうだな。
少女は一目散に舞台上に上がり、1人でダンスを踊り始めた。現代の服装でやるにはミスマッチな優雅な踊りだけど、とてもよく似合っている。
それにぼーっと見惚れていると、急にシャンデリアや周りの照明が消え、代わりに舞台がライトで照らされた。ビックリして周囲を見回す。しかし誰も人影は見つからない。
そして舞台を確認するとまさかの演出に彼女はニヤリと笑い、怯えもせず歌いながら踊りを変えた。
まぁ、危害が加えられた訳でもないしいっか。裏に誰か素敵な人がいたんだろう。
「粋な演出ね」
「!?」
さっきまで誰もいなかった。ちゃんと確認したはずなのに、どこからともなくスーツを着た女性が現れた。あぁもう、スポットライトといいこの人といい、さっきから一体なんなんだ!
「あぁ、驚かせてごめんなさい。怪しい者じゃないわ。まぁ、とにかく座ったら?」
「えっ…あ、はい」
女性と通路を挟んだ反対の席に座り、舞台の上を見た。少女の歌と踊りは場所も相まってとても幻想的で、美しい。
歌い終わり、お辞儀したところで拍手が鳴る。隣の女性のものだろう。僕も賛辞を込めて割れんばかりの拍手を送る。
「流石ねフラム」
「……げ」
女性が声をかけると、少女は思いっきり嫌な顔をした。どうやら顔見知りではあるようだ。
でもどうやって?さっきまで忘れていたけどここは地下。同じ階段を通ってきたのなら足音くらい聞こえても良かったんじゃ?
「どうやって来たのよレンゲ」
「エレベーターに決まってるじゃない。階段使うなんて馬鹿ね」
「あったんかい……」
脱力する少女を支えて女性に注意を払う。
メガネに男性もののスーツ、そして黒いブーツ?を履いている。髪は肩より長い。そして僕より少し身長が低めだから…168cmとかだろうか。
「それで?なんであなたはここにいるのかしら」
「調査。もうとっくに仕事は2日前に終わらせてるよ」
「それは確認済みよ。余暇活動で何をするかまで制限する気は無いけど…過去に跳ぶのはどうかと思ってつけて来たの」
「随分おヒマなことですね、大佐殿?」
話についていけない。というか過去に跳ぶとか言ってたけどどういうこっちゃ。一般人がここにいることを忘れてないかこの2人。
「あ、説明すっかり忘れてた。お兄さん、この人はね」
「いいわ。自分で説明する。私の名前はウサミ レンゲ。あ、漢字はね。ちょっとまって」
そう言うと女性…ウサミさんは腕時計をこちらに見せてきた。普通の時計とはかけ離れた不思議な形のものだ。
そしてウサミさんがその縁に触れる。すると、半透明の板のようなものが円形パーツから飛び出た。
飛び出て来た板には、顔写真と共に『特殊公安機動隊 宇佐見 蓮華 大佐』の文字。何やら映し出されてるけど、これはホログラムだろうか。
いやそうじゃないだろ。それ以前に。
「な…」
「な…?」
「なんじゃこりゃぁぁ!!!」
「ほらー、やっぱり混乱してるじゃない!それはまだこの時代にはないのよ?もう。だから私が一から説明してあげようと思ったのに」
「え、いや、変な形の腕時計だなとは思ってたけど!なんかガシャンて!うぃーんて!」
「うっ、それは確かに。でも、あなたにだけは言われたくないのも確かよフラム。いいわ、とりあえず上に上がりましょう。エレベーターまで案内するからついて来て」
「はいはい。行くよお兄さんー。混乱はわかるけど今は蓮華についていくからねー」
「え、あ、ちょっと!」
置いていかれそうになって慌ててついていく。宇佐見さんは舞台に登り、左の舞台袖に迷いなく歩いていった。でも、本当にこんなところにエレベーターなんてあるんだろうか。あるなら1階のどこに繋がってるんだ?
「……本当にあった」
「こんなことで嘘ついてなんの得があるのかしら」
「ハイ。疑ってすみませんでした」
「うん。蓮華ちょっと怖いからマフィアに見えなくも」
「フラム?」
「はーい黙りまーす」
宇佐見さんがボタンを押すと、鉄網が開いて中に入れるようになった。中は広いけど簡素な作りになっていて、人が入る用というよりは貨物用と言った感じか。
「ほら早く乗って」
「あ、ごめんなさい」
乗り込むと扉が閉まり、ゆっくりと動き出した。かなり階段を降りて来たけど、どのくらい早く着くんだろう。
「さて、そこそこかかるから説明するわ」
「お願いします。訳わかんないので」
「だよねー。急に特殊公安機動隊なんて言われてもわかんないだろうし」
「この時代に合わせていうなら…警察や自衛隊に準ずる組織よ」
「えーと、この時代って言葉とか、あとそのなんかサイバーなビックリ腕時計のデザインからしても、まるでほかの時代を知ってるかのような感じですが」
「うん。私たちは今よりずっと先の時代、2306年から来た…」
「紛れもない未来人ってこと」
「…なんてこった」
ですよね。やっぱりそんなこと言い出しますよねー…ってありえないだろ!擬似的に未来に跳ぶことはできても過去に跳ぶなんてことができてたまるか。それこそアカシックレコードの存在証明レベルで頭おかしい話じゃなかったっけか。
「いや、まぁそれは置いておくとして。私“たち”?」
「そ。私の名前はフラム=マリオネット。はい」
少女も宇佐見さんと同じ時計をつけていた。その円形パーツからさっきと同じホログラムが現れ、顔写真と『特殊公安機動隊 フラム=マリオネット 大尉』と名前が書いてある。
「あー……23歳!?」
「乙女の年齢に口出しするのは良くないぞ」
「あ、はい」
「まあ詳しい説明は省くけれど、とにかくあなたが犯罪者って訳じゃないから安心して」
「はあ…」
とりあえず一安心。でも仮に未来人だと信じるとして、ただの一般人にここまで未来のことについて話していいのか?なんか怪しいような…?
なんて思っていたらエレベーターのベルが鳴り、扉が開いた。
「まっくら!」
携帯を取りだし、ライト機能をオンにして先を照らす。一瞬見えた時計には17:30と書いてあった。
「物置…?」
「扉は左」
「ども」
ライトで左を照らすとたしかに扉があった。宇佐見さんが迷いなく扉を開くと、オレンジ色の暖かい光が真っ暗の部屋に差し込んでくる。
扉から出ると、1階と同じ構造の部屋があった。そしてエレベーターがあったのは大階段下のちょっとしたスペースだったらしい。
「ああ、最初から使えばよかった…」
「最初はわからなかったから。仕方ない」
「そもそも下に行くという考えが間違いだと思うのだけど」
ため息と共に目を落とすと、目の前のカーペットに本が一冊落ちていた。拾い上げて題名を見る。
「『ポケットサイズの物語』…?」
「え、なにそれ」
「いや、ここに落ちてた」
「そんなの、私が入った時にはなかったわ」
宇佐見さんは怪訝そうな顔をした。裏表紙を見ると、二匹の龍が丸く互いの尾を噛み合っている。ウロボロスの2匹版のような感じか。
片方は白黒で描かれた骸骨の龍。もう片方は虹色の鱗の生きてる龍だ。骨の龍の胸には赤い石、虹の龍の瞳には青い石。そして中心には透明なガラス玉が嵌めこまれていた。光が反射して綺麗。
「そういえば、上の大時計がズレてたのってあなたの仕業?フラム」
「え、なにそれ」
「2階の大時計。あなたくらいしかズラしそうな人いないじゃない」
「知らないよ?」
「大時計?」
「……まさか、私たち以外の?」
「急ぐよ」
「え?え?」
急に2人が大階段を走って登りだした。急いで後を追う。彼女たちは部屋の一角…いつのまにかかかっているハシゴの前で止まった。
「困ったね…介入できないなんて」
「ええ。でもこの先を確かめない限りどうしようも…」
「……なんでこっち見るんですか」
「お願いできないかなー、なんて」
「…まあちょっと気になるんで行く自体は構いませんが」
『ポケットサイズの物語』を少女に渡し、軋むハシゴを急いで登る。すると机と椅子がある小さな部屋と直結していた。埃がすごい。
「とりあえず窓…ん?」
窓の下側に赤褐色の絵の具のようなものがこびりついていた。それに違和感を感じて部屋をもっとよく観察する。
出入り口はあのハシゴのみ。窓は接着されていて開閉不可能。誰かがいた形跡は机の上の本や自由帳のようなものしかない。
「してこの本は一体」
一番上にあった本を開くと、だいたい幼稚園生くらいの幼げな女の子が写っていた。成長記録のようなものかな?
背景がこの部屋と全く一緒だから、ここで撮られたものと見て良さそうだ。ただ、名前がどこにも書いていない。
パラパラとめくってみても…
「あ、なんか落ちた」
ハラリと落ちた画用紙を広いあげる。それはクレヨンで描かれた絵だ。黒髪の父親らしき人物と、白髪の母親らしき人物。その間にいる黒髪の女の子。きっとこの子がこの写真集の被写体だろう。
写真集の適当なページに挟もうと、最後の方のページを開く。そしてそこに写っていた悪意をまじまじとみてしまった。
女の子の身体中に痣がある。そして逃げようとしているのか、窓を必死に外そうとしている。指先からは赤い血が流れていて……
窓にあった赤褐色の何かはこの女の子の血だったのか。そしてここはそんなものが掃除もされず放置されていた…
そこに画用紙を挟むのは憚られた。写真集を置き、自由帳を開く。そこには女の子が書いたであろう文字の羅列があった。
書いてあるのは『助けて』の羅列。
そんなところに幸せそうな絵を挟むのもどこか抵抗があり、仕方なく裏返しして机の上に置いた。そして画用紙の裏側には赤褐色の何かがべっとりと付着していることに気がつく。
何も言えなかった。何も言わずに表にし、置き直す。何がこの部屋で行われてたんだ?ゆっくりハシゴを降りて2人の前に立った。
「大丈夫?お兄さん」
「顔色が優れないようだけど…何があったの?」
「その…子供の…虐待の、写真と、殴り書きが」
「……そう」
「この件、早く申請もらって調査しよ、蓮華。そうじゃないと報われない」
「そうね。後他になにかいじらなかった?」
「……いえ、特にいじった覚えはありませんけど」
「やっぱりね、蓮華、一度先生に報告した方が」
「いえ、この程度ならまだ大丈夫なはず」
何の話をしているんだろう?聞くと手招きされて神社があるところまで連れてこられ、唖然とした。神社は何処かに消えていて、なぜか岩のようなものでできた洞窟の入り口が代わりに配置されている。
「…いろんなことが起こりすぎだ今日。物語だったら絶対1日に組み込んじゃいけない量だよ」
「何もない退屈な日常よりはいいと思うのだけど」
「そうそう。こんな機会滅多にないんだし、せっかくだから寄ってこー!」
「それとこれとは繋がらないような気が…」
「はーい文句言わなーい、お姉さんたちと一緒に行くよー」
ズルズルと洞窟の中に引っ張られる。でも出口が見えるくらいの場所で急に止まったフラム…ちゃん?さん?
「ちゃんでいいよ」
「あ、はい。ってかどうして止まった」
「行き止まり。でもなんだろこれ」
そこには鳥居が中にある円が彫ってあり、どこか魔法陣のようにも見える。そう伝えると、急に携帯のアラームのような音が鳴った。
「先生!?」
『何処をほっつき歩いているのかと思ったら!今すぐその世界線から離脱しなさい!』
「え誰」
「私たちの上司みたいな人。んで何?何かあったの?」
『特異世界666と第99調査建造物の世界線距離が0に限りなく近づき始めてきた。このままだと飲み込まれる!』
宇佐見さんよりも歳上の女性の声は焦っているようにも聞こえた。そして何の気なしに魔法陣を見ると、綺麗な円形だったのがぐにゃりと曲がっている。
「逃げても意味ないわ。ここはその第99調査建造物」
『なんでそうタイミングバッチリなの!?』
「お兄さん、捕まって」
「え?」
「いいから、早く!」
「あっはい」
少女の手を掴むと、宇佐見さんの方へ連れていかれた。フッと魔法陣の方を見ると、すっかり消えている。なんだ……?
「…えーっと、何が起きるんで?」
「ごくたまにある神隠しの元凶の一つよ。時空の乱れによるx軸のズレといえば分かりやすいかしら」
「えーっと…」
「お兄さんさ、テーブルクロス引きってやったことある?」
「まあ、何回か」
「テーブルクロス引きって、瓶とかを布の上に置いて、それを勢いよく引いて瓶だけをその場に残すでしょ?
今蓮華の言ったx軸のズレっていうのは、だいたいそれと同じ感じの現象なの。グラフの表現だからちょっとわかりにくいかもだけど。
えーと、取り敢えず時間をy軸、平行世界をx軸と仮定するね。で、人のいる位置を…そうだな、例えば(0,0)だったとする」
軸の名前に色々言いたいことはあったけど、黙って頷く。
「時空定数っていうのが大幅に乱れると、特定の箇所でグラフに歪みが生じて、x軸の0と1の区別がつかなくなってしまうのね?。
そしてそこから急に歪みが治った際に、0と1に区別がつかなくなってた時の数値が戻らずズレたままになっちゃうの。その結果、(0,0)から(1,0)に変わってしまう」
「…平行世界との境目がなくなる?」
「そういうこと。まあ、私たちもこれに巻き込まれるのは初めてなんだけどね…」
なんだろう、一気に不安になってきた。最後の一言で全部恐怖に早変わり。
「んで、それが今起きようとしていると」
「しかもすぐね。残りカウントは」
『17!』
宇佐見さんがフラムちゃんと僕の手を握った。3人で円を作ったのは何の意味が?
「離れ離れにならないため。これならみんな同じところに飛べる」
「なるほど」
「時空の揺れはかなり酔いやすいと聞くわ。気をつけられるものではないから覚悟して」
『到達まで8、7、6…』
数字が減っていくごとに洞窟の景色がどんどん歪んでいく。そして平行感覚もなくなっていき、キーンという耳障りな音も鳴り始めた。
『4、3』
「しっかり掴まっててね、お兄さん」
『2、1』
ーーー zero ーーー
ーーー The story in pocket ーーー
冷たくて薄暗い。
ジットリ濡れた石畳の上で私は目を覚ました。
ポチャン、ポチャンと水の滴る音が響いている。
ここはどこだろう。何故私はこんな所にいる?
そうだ。確か帰り途中に、誰かに後ろから襲われて…
ぼんやりしながら起き上がると、頭が妙に軽い。
慌てて触れると、幼い頃から伸ばしていたはずの髪がバッサリと切られていた。どうして。何が目的でそんなことを?
落ち着こうと深呼吸して、周りを見回してみる。
なるほど、どうやらここは牢屋らしい。
光は鉄格子の端、右端の壁の金具に掛けられている松明の明かりだけ。頑張れば手が届くかもしれない。
いざとなったら火を自分のカーディガンにつけて暖を取ろうと思ったけど、残念ながらそこまで長くは保たなそうだ。
これを持ってきた人間の気配はない。ということは照明として使い、回収せずに立ち去ったか。
そう言えば、さっき深呼吸した時に水の香りと一緒に濃い油の匂いがした。牢屋の中をくまなく見ると、壁伝いに何かの古い配管がいくつか通っていた。もし油がそこから漏れてるとしたら、それを使えば火を保てるかも。
そう思って改めて見渡したその視界の隅。部屋の端に、何か大きな塊が見える。あれは…人!?
慌てて駆け寄る。まさか私以外にも誰かいるなんて。あぁ、なんで気が付かなかったんだろう。私と同じで気を失ってるからか…?
「大丈夫ですか!?返…事、を…」
体が、とてつもなく固くて、肌が冷たい。
揺さぶっていた私の手の力が抜けてしまうと、『それ』はゴロンと仰向けにひっくり返る。
ジットリ濡れた長い髪が膝に張り付いて、私は後退った。
後ろに灯った松明が、無配慮に真実を照らし出していく。
淡い桜色のセーラー服、プリーツのスカート、小指側が鉛色に汚れた青白い手…
そうだ。私は帰り道、何者かに襲われた。
でもその後、どうなった?
一体私はあの時、あの後、何をされた?
頭痛と共に記憶が一瞬通りすがる。
『すまんな。だが無駄にはしない。たとえ偽物であろうと』
そもそも、私は今日カーディガンなんて着てただろうか。髪もこんなに短くは無かった。切られたかと思ってたけど、そしたらこんなに綺麗に揃っているはずはないもんなぁ。
嗚呼。全て思い出した。
そして全てを理解した。
私が一体何をされたのか。何をするべきか。
それから、大きな秘密を背負わせばならなくなったことを。
目の前で動かなくなっている、見慣れた塊。
それは紛れもなく私の死体だった。




