第三話 伏せられたワールド
「…へえ。そんなことが」
「そうなんです。それで気になったんですけど、今みたいな感じで夢とか覚えてます?」
お昼休みに生徒会室を開け、今朝の夢の話を岩上くんと不知河くんに話すと、興味深そうに話を聞いてくれた。
「うーん…僕はないなぁ」
「ですよね」
「私も同じく」
「うん。なんとなく察しはついてました」
不知河くんならまだしも、岩上くんはこんなファンタジー系の夢は見るまい。
思い返せば思い返すほど思うようになったのは、夢の中じゃ気がつかなかったディテールの完成度。
夢の中で見た景色なんて細部はあんまり思い出せないことが大半だけど、今回の夢は違った。むしろ新しい発見すらある。僕の脳機能が拡張でもしたんだろうか。だとしたら有難い限りだ。
あまりにも緻密なその世界は、正にファンタジー小説のワンシーン。小説化するのも面白いかもしれない。
僕に文才があればなぁ…
なんてご飯を食べながら考えていると、ふと机の上に置かれた資料が目に入った。ため息とともに愚痴が漏れる。
「あの無能ポケットなし猫ロボめ」
言い終わるのとほとんど同タイミングで生徒会室の扉が開いた。そしてホワイトボード越しに声をかけられる。
「菜花」
「ふぁいっっ!?」
青原先生の急な来訪に全員の肩がビクりと上がる。僕は僕で素っ頓狂な声を出してしまった。変な名前をつけていたのがとうとうバレたかと、冷や汗が背中を伝う。
「1年の役員にさ、明日の放課後印刷室に来るよう伝えといて」
「あ、はい」
今度こそ青原先生は出ていった。どうやら聞こえていなかった、あるいはここで追及することはやめておいてくれたらしい。
安堵のため息を漏らす。口は災いの元とは、昔の人はいいことを言ったもんだ。
「危なかったね…!」
「肝が冷えましたよ全く」
「社会的に死ぬかと思った」
流石に先生への悪口を職員室の前にある生徒会室で言うのはやめておこう。聞かれていたら一貫の終わりだ。
まあそもそも言わなきゃいい話ではあるんだけども。ただ言わないと先生の対応にストレスが溜まりまくって爆発してしまう。
「そういえばさ、さっき君が夢について聞いてきたことで思い出したんだけど」
「お、なんですなんです?」
「夢占いって知ってる?その本が図書室にあったからやってみたんだけど、面白いくらい当たったんだよね」
「ほう」
「夢占い?」
「岩上くんは多分全く縁がないだろうね」
夢占い、か。あまり期待できそうにないけど、一読しておくのもいいかもしれない。
今の時間は13時5分。お昼休みが終わるまであと10分あるし、5分休みも含めれば15分だ。図書室にあると言うのなら、どれ。
「すいません図書室行ってきます。不知河くん、鍵お願いしても?」
「いいよ!じゃあね!」
不知河くんに生徒会室の鍵を任せ、3階にある図書室に行く。
パソコンで蔵書を検索すると、部屋の端の方に夢関連の本があることがわかった。
そこに人いるの見たことないな。あんまり読む人いないのか。
真っ直ぐ棚に向かい、本を漁る。ペラペラと開いてみては戻し、開いては戻し…を繰り返していたら鐘が鳴ってしまった。
思ったような本は見つからない。夢占いの本は見つかったが、残念ながら有益な情報とは言えないな…
「収穫は無し。仕方ないかね」
急いで教室に戻って授業の用意をする。でも頭の中では夢の景色が延々とループしていた。
結局、授業が始まってもロクに集中できず、ただ早く終わらないかとイライラするだけの無駄な時間になってしまった。
放課後になり、掃除も終わらせて帰ろうとした時。
混みあった廊下の向こう。遠目に見える赤いアンダーリム、ショートカットの髪。ブレザーに青いネクタイ…
どこで見たかなんてのは思い出すまでもない。あの少年に会ったことで忘れていたけど、あの時いた彼女だ。
少しでも情報を得ようと遠くから見ると、下駄箱で靴に履き替え始めた。
「緑色か…」
この学校では、学年ごとに上履きの色が違う。緑は1年。つまり、僕と同学年ってことになる。
それならまあ、機会があればまた会うだろう。『ネタバレ』って言ってたってことはこれから積極的に関わるのかもしれないし。取り敢えず、このまま帰ろう。
なにせ疲れた。帰ってちょっと休憩したい。
その後、電車に乗って少し寝てしまった。電車を降り、自転車を漕いで家路を辿っていたけど、ふと僕の住んでいる東台羽市には市営の図書館があることを思い出した。
そしてその近くには、白ワンピースの少女に止められた横道もある。
「…見てくるか」
まずは横道から見に行って、帰り際に図書館に寄るとしよう。夕方だというのに引かない熱気の中で更に自転車を漕いで数分。謎の道の前に到着した。周囲を見ても少女はいない。
「よし」
舗装されていない道を、自転車を押しながら奥へ進む。まるで世界が変わったかのように道路の喧騒が遠ざかっていく。
しばらく周囲を見回しながら進んでいたが、大きな洋風の門が見えてきた。
家…にしては大きい。大きさで言ったら学校の門と同じ幅で、高さは2倍くらいはあるだろうか。とにかく大きい。
そしてその門の向こうには特徴的な形をしている建物があった。
白いレンガ造りの中央部分と、漆喰で作られたであろう日本屋敷の壁。ここだけで既に建築会社の頭を疑うくらい奇怪な建物なのに、中央部分の奥には歯車が3つめり込んでいる地球儀のようなものと、その台座のようなものが見える。天文台やプラネタリウムみたいだ。
風が吹くと地球儀っぽいものにめり込んだ歯車がゆっくり回転し、重厚な音を響かせる。
周囲は木や竹で囲まれていて、風でざわめく音が耳に心地いい。
門のどこかに表札がないかと探すと、代わりに銅板が引っ掛けてあった。
『神在月の歴史館』
その下には「慎ましく営業中」と書いてある木版もある。ただ門は閉まってるし…どっちなんだこれ。
…まあ、営業中と書いてあるということは入っていいんだろう。
「失礼しまーす」
全体重をかけて門を押すと、重々しい音がして門がだんだん開いていった。一息ついてから自転車を通行の邪魔にならないような場所に止め、門を閉める。
中央部分はここから見ると白と薄めのベージュのレンガが互い違いになっているのがわかり、横に伸びている漆喰の壁の色と微妙に違う。
左の漆喰の壁の左端には時計塔のようなものがあって、針は16時55分を指している。その周りにはなぜか砂時計が均等に、囲むように設置してあった。綺麗だけど意図がわからない。右の漆喰の壁の右端には同じ高さの塔があった。
門の外からは分からなかったけど、扉は両開きで、木製で重そうだ。深呼吸をして扉を開くと、軋む音と共にゆっくり開いていった。
「…お邪魔しまーす」
「いらっしゃい。見ない顔だね」
中にはメガネをかけて和服を着た青年が高い位置にあるカウンターに座っていた。
彼はそう言いながらメガネを外し、テンプルを帯に入れる。
「ここは神在月の歴史館。無名有名 老若男女 古今東西 様々な本を集めた…そうだね、図書館みたいなところだ」
「…へぇ」
そんなに大きくない室内に所狭しと本が積まれている。以前テレビで見た、イギリスのもっとも古い本屋に印象が似ているような気もするが、なんて名前だったっけか。
部屋は八角形。入ってきたのとその正面、そして左右の辺にそれぞれ扉があり、どれも違う模様が彫られている。
扉がない部分には本棚が置いてあり、中には本が隙間なく入れられていた。
背表紙には、『現代世界史』『現代日本史』という教科書類から、題名は省くけどもライトノベルが置いてある。
一個の棚に入れるにはバリエーションが多すぎる気がするんだけども。
「ああ。そこにあるのは人気の本だからね。雑多になるのも仕方ない」
「へえ…あ、一つ聞いていいですか」
「ん?なにかな?」
ここに着た目的のうち一つを聞くときがきた。昨日結構気になってたあの質問…
「このお店のあるところマップで出てこなかったんですけど、なんでですか?」
「ああ、マップ会社さんに消してもらってるのさ」
「…そんなことができるんですか」
「うん。昨今はプライバシーの侵害とか色々問題になってるからね」
青年はカウンターからスッと立ち上がった。僕より身長は高そうだ。スラッと伸びる手足はとてもカッコいい。
「…さて、ここの案内は必要かな?それとも自分で探検してみたいかい?」
「あ、うーん……」
探検したいところだけど、僕がこういうところで動くと物ぶっ壊したりしかねない。ここは素直にお願いした方がいいだろう。
「お願いしてもいいですか?」
「もちろん」
彼は後ろを向いてカウンター裏の扉の鍵を開けた。照明がないのか、扉の先は暗い。
「この扉から歴史館本館にいくことができる。着いてきて」
「はい」
カウンターの中に入り、扉の中に入る。人一人が結構ギリギリじゃなかろうか。そう思って歩く。
青年の肩越しに奥を見ると、少し先に何も装飾のない扉があった。
「足元、たまに本が落ちてるから気をつけて」
「え、うわっ!?」
「大丈夫?はい」
「ありがとうございます」
差し出された手を取って立ち上がる。ふっつーに危なかった。危うく本をふんずけてお尻に敷くところだった…
「この扉を越えた先が本館だ」
彼が扉を開くと、オレンジ系の色の光が暗い廊下に入ってきた。かなり眩しい。
「うわっ」
青年にひっついて扉の向こうへ足を伸ばす。本館は学校の体育館くらい大きく、壁が見えないほど大量の本棚が置いてあった。
天井を見ると、ステンドグラスと巨大な歯車がゆっくり回っている。とても幻想的で、美しい。
「こんな場所が身近にあったなんて…」
「気に入ってくれてよかったよ。ただ今はついてきてくれるかな?」
「あ、すみません」
彼について行って右に曲がると、そこには月桂冠のような模様が彫られた扉があり、その上には満開の桜が描かれた絵が飾られていた。
「ここは書庫。僕を呼んでくれれば入れるから、入りたい時は呼んでくれ」
「…ちなみに今入ることは?」
「ああ、構わないよ。えーっと、鍵鍵…」
開けてくれた扉から入ると、壁にずらっと本棚が並んでいた。そして少し先に螺旋階段がある。
手すりから下を覗いても最下層が見えない。どれだけ下があるんだ…
「なんだ、これ…」
「地下何階まであるかわからない、設計図にも存在してない書庫だ」
「え怖っ」
「まあそこそこ古いものだからね。ただの欠落だと思うけど…」
チラリと下を覗くその目には、覚悟とか決意とか、そういう類の雰囲気がある。
「この下がどうなっているのか、確かめたくはあるね」
彼はそう言うと扉まで戻っていった。慌ててついていく。彼は鍵を閉めると左手首の内側につけていた腕時計を見た。
「先に謝っとく、ごめん」
「へ?」
「今日はあと5分くらいしたら予約されてた方が来るんだ。もう少し早く終わると思ったんだけど…時間配分ミスだね」
「えーっと、それ僕がここにいてもいいんですか?」
「うん。それは問題ない」
「わか…りました。はい」
「面白いものがあるから2階に行くことをオススメするよ」
「ありがとうございます」
ごめんと言いながら彼は角を曲がって戻っていった。
忙しい時に来てしまったらしい。それでも館内を案内してくれた親切に感謝しよう。
予約してた人とかち合わせるのはなんか嫌だし、ここは彼の言っていた通り2階へ行くことにする。
階段を探すと、書庫とは反対側の左奥に、赤いレッドカーペットが敷かれていて、踊り場から二つに別れる大階段があった。
博物館にきた気分でそれを登ると、明らかに一つだけミスマッチな建造物があった。
「…神社?」
道によくある小さな分社のようなものではなく、本社を小さくしてここに置いたような感じだ。
お社の向こう側は溶岩石のようなものの山になっている。
更に、お社の周りは水が敷かれていて、そこに上からぽちゃんぽちゃんと水が落ちてきてる。
最近は雨が降っていない。水漏れでもないだろうから、これも演出の一つなんだろう。
図書館にしては奇怪な構造だけど、水滴の音を集中を促すBGMの一つと考えるなら良いかもしれない。
「気にはなるけどまずは本だな」
一旦お社は無視して、本棚の縁を触りながら歩いていく。面白そうな題名の本がたくさんあって飽きない。
もしかしたら、この中なら夢についての詳しい本があるかもしれない。幸いにも分類分けはされてるみたいだから、調べるの自体は早く終わりそうだ。
…と思っていたのだが
「ないかー」
そもそも夢関連の本がない。まだ2階しか見てないけど、体感ではここだけで学校の図書館を越えられるほどの蔵書量だ。
「ん?なんだこれ。The Dynamics of An Asteroid…小惑星の力学、でいいのかな」
床に落ちていた本を手に取った。題名からして天文学の本だろう。何の気なしに著者を見て、固まった。
「Prof.James Moriarty…ジェームズ・モリアーティー教授って、シャーロック・ホームズの?」
ペラペラと開いてみたが、翻訳はされておらず全編英語とかいう鬼畜仕様。すぐに読むのを諦めた。
棚に戻そうとしたが、近場の棚は満杯で入れる隙間がない。
仕方なく戻って探してみると、神社に面した棚にいくつか隙間があったためぶち込んでおく。
何もなかったことに落胆して階段を降りる最中、ふと
「あれ、モリアーティー教授って数学教授じゃなかったっけか」
そんなことを思った。だが今から階段を登るのは足がキツイ。やめておこう。
「なっ、このっ、とぅりゃあああ!」
大階段の踊り場に差し掛かったあたりで変な声が聞こえ始めた。何かと思って上から一階を見回すと、本棚の間でピョンピョン跳ねている薄黄色の帽子が見える。
階段を降りてその子がいた方へ向かうと、黄色基調の服を着た小学生くらいの少女が、本棚の上に手を伸ばして跳ねていた。
僕なら手が届きそうだし、流石にこのままスルーっていうのも酷いな。
そう思って近くに寄ってみると、少女はこちらを見た。
–––っ!?
一瞬だけだったが、とてつもない悪寒がした。まるですぐそばを得体の知れない怪物が通ったかのような、何か恐怖の真髄とでも言えるようなものを感じる。
背中に伝った冷や汗のせいでシャツが張り付き、何かにずっと触れられているような錯覚に陥った。
いや、もしかしたら、本当に?
「お兄さん、これ取ってくれない?届かなくてさ」
「ああ、いいよ」
突然話しかけられた。声を震えさせないようにするのが精一杯だ。こんな少女に怯えてるとなると情けなくて笑えてくるけど、アレは…
「はい、どうぞ」
「ありがとっ!」
明るい口調でそう礼を言ってくれた。でも、どこかよそよそしいというか、なぜだか妙に冷たい感じがする。
まるで、こうイントネーションをつければ人に悪印象を与えない。というのを理解して話しているかのような。
こんな少女がそんなことをしていると思うと少し不気味なのもあり、そのまま立ち去ろうとする。
「ああ、そうだお兄さん」
「ん?」
「これから地下に行くんだけど、着いてきてくれない?
あ、忙しいなら全然いいんだけど!」
「ん〜…」
さっきの目が脳裏に浮かぶ。そしてこのどこか冷たい話し方。気のせいならいいんだけど、気のせいじゃなかった場合何が起こるかわからない。
ただ、もし気のせいなら。ここで断るのはかなりひどいし印象が悪いだろう。一応生徒会役員だし、模範となる行動をする必要がある。
「…わかった。付き合うよ」
「やったー!ありがとー!」
少女はパァッと顔を輝かせ、クルクルと回りながら、少し先に走っていく。そしてこっちを振り向いて手招きしてきた。その先にあるのは地下の書庫。
「あんまり時間かからなきゃいいけどなぁ」
そう一言残し、不気味な少女の後をついていく。書庫の中に何があるか、彼より先に見せてもらうのもいいかもしれない。
可逆のボーダーライン編 次回
第五話 秘匿のマジック
2019年6月15日(土)
更新予定
ーー
6月1日(土)には
異体同心の魔導兄妹 編
第参話 義妹奪還の実践躬行
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