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第二話 異界のヒーロー

「ふぃー、極楽極楽」


 お風呂というのは不思議なものだ。湯船に浸かりながらそう思う。そもお風呂とは、日本では禊が発展して、外国でも払い清めのために作られた〜というのをどこかの本で読んだ覚えがある。


 風呂は命の洗濯。と言った人がどこかにいたそうだけど、歴史から考えて確かにその通りだった。肉体精神両方にとってお風呂は重要な癒しになっていることは明らかな事実だ。リラックスしてほぐれてきた脳みそでさっき見た道のことを考える。


「しっかしまあ、あの道はなんなのかねぇ」


 独り言と共にお湯に深く浸かる。どれだけ僕の脳細胞が活性化していても、そもそも情報がなさすぎるから考えても意味がない。


「…やっぱり、これ以上考えても堂々巡りかな〜」


 それこそ、『マップに映らない道』みたいな投稿をテレビにして、取材してもらうのはどうだろうか。それなら確実に調べられるし、こっちも楽だ。

 …いや。そもそも採用されるかわからないし、もしあの道が幽霊の通り道かなんかで常人には見えない〜なんてことだったら赤っ恥をかくことになる。

 別に僕が恥を晒してもさして問題はないけども、テレビ局の人に迷惑か。


「やっぱり自分で確かめに行くのが一番だよな」


 もう5年以上前の話だけど、よく家のルールを破って、街を歩き回りながら頭の中で地図を作っていた。

 その頃の探検心はまだ残っているようで、やる気がどんどん高まっていく。

 しかもあの道は地図に映らないとかいう不可思議現象も起きてるし、誘ってるんじゃないかってくらい御誂え向きだ。


「よし!決めた!」


 こういうのは早め早めに決めておいたほうがいい。

 両頬をバシバシと叩き、湯船から立ち上がる。明日あの道に向かうことにして、眠くなってきたしお風呂から上がったら寝よう。



ーー security checkpoint of dream ーー


「–––やあ、いらっしゃい」

「…」

「っと、仕方ない」


 パン パン


 眠かった頭が急に覚醒し、周囲の状況を把握し始めた。

 壁や床、天井は白で統一されていて、正面には図書館によくあるカウンター、その左右には絵が彫られている扉がある。後ろを振り向くと、なんの装飾もされていない扉があった。


「…ん?うん!?」


 周りの壁が白いからか、扉やカウンターが浮いて見え、浮世離れした感じを醸し出している。


 ざっと記憶を巡ってみたが、11時ぴったりくらいにベッドに入って寝たところまでしかない。攫われた…にしては拘束もされていないし、そもそも意識が戻った時にしっかり立っていたからありえないだろう。


「やあ、起きたかい?

 もっとも、夢の中で起きたかと問うのもどうかと思うけどね」

「…はい?」


 カウンターからひょこっと顔だけ出したのは、赤いアンダーリムの眼鏡をかけた、見たことない少女だった。顔や声質から見て、僕とそう変わらない歳だろう。すぐに彼女はカウンターに立つと、一息ついて微笑んできた。


「ああ、まだ寝ぼけているのかな。安心してくれ。別に攫ってきたわけではないから」

「は、はあ」


 服装は……制服。神石高校の制服を着ている。見たことないはずだけど、ひょっとしたら僕が忘れているだけだろうか。

 自分の格好は寝る時に着ていた和服のまま。相手は正装でこっちは寝間着っていうのが若干気になるけども、それはこの際無視しよう。


「ここは、一体」


 散々聞くことを考えたが、出た質問は当たり障りのないものになった。それに対して彼女は少し悩んだそぶりを見せる。


「うーん、なんて言えばいいのかなぁ…

 あえて言うのならば、『どこでもない場所』かな」

「どこでもない場所?」

「そう。まあだいたい察してるだろうけど、ここは夢の中。その中でも、夢に入る前の保安検査場みたいな感じかな」

「保安検査場」


 察してませんでした。いや。現実離れしているなぁとはぼーっと思ってたけど、まさか夢の中とは。

 そして保安検査場という例えはどうなんだろうか。もう一度周囲を見回したけど、荷物を置いたりするスペースはなく、金属探知機のようなゲートもない。


「ほら、夢の中って、服も違うし持ってる物も違うでしょ?すごい場合は自分だって変わってるし」

「まあ、そうですね」


 …何を言いたいんだろうか。いまいち意図が読み取れない。ただ、なんとなく意味は理解できた。

 ここは、飛行機()に入る前のチェックをする場所。そういう意味で保安検査場と言ったんじゃないか。


「うん、そういうこと。理解が早くて助かるよ」


 …何か、違和感を感じる。少女に対して、言葉にできない違和感が広がっていく。件の彼女は「ああそうだ」と言いながら、カウンターにまた潜った。

 かと思うと数秒もせずに戻ってきて、カウンターの上にいかにも古そうな鍵を置いて、懐かしそうに微笑んだ。


「持っていってくれないかな。どっちに行くにしろ、彼にとって必要だからね」

「彼?」

「ん、なんでもない。

 さて、唐突で悪いんだけど、左右どっちかの扉に入ってくれないかな」

「…奇をてらって後ろは」

「それ普通に起きちゃいますね」

「あっはい」


 ここまで来て夢も見ずに帰るのは流石に勿体なさすぎる。遠慮なく選ばせていただこう。


 左の扉には、魔女帽子を被った猫と日本家屋のような建物が彫ってあった。西洋の魔女と、日本の家。ミスマッチなようで案外いい味を出している。


 右の扉には、閉じられている本とトランプカードが5枚…10、J、Q、K、Aが彫ってあった。この並びはロイヤルストレートフラッシュだったっけか。うん。嫌いじゃない。


 少し気になって後ろの扉を見ると、スカイツリーや自由の女神、地球儀や人工衛星が彫られていた。なんの関係性もない…


 絵柄で決めようと思ってたけども、後ろの扉を見るにそんなに関係してなさそうな気がしてきた。カウンターに置かれた鍵を見ると、右の扉の雰囲気に似ているように感じた。


「…それじゃあ、右に」

「了解です」


 カウンターに置いてあった鍵を受け取り、握りしめる。彼女はどこかから鍵束を取り出し、右の扉の鍵を開けた。

 扉の先には、ボロボロの街が広がっていた。もう夢だからなんでもありだな。


「さあ、どうぞ」

「…ありがとうございます。最後に一個聞いても?」

「いいよ」

「あなたの名前は?」

「…さあ?知らない。私は、君が出会った、あるいは出会う人の形をとっているだけだからね。口調とかは似せてるけど、それこそ本物とは違うのさ」


 そう、彼女は寂しそうに笑った。どこでもない場所にいる、誰でもない人間(unknown)。だから違和感を感じたのか?


「はあ…」

「こんな人なんて滅多に来ない所に珍しく来てくれた君へ、ちょっとしたネタバレをね。

 ん、君。早くしないと閉じちゃうよ」

「え?あ、どうもありがとう!ミセス オーエン!」

Own(オーエン)…クリスティの『そして誰もいなくなった』か。結構失礼だな君!?

 まあ嫌いじゃないからいいけどさ」


ーーー who is unknown ーーー


 少年は扉の向こう…紅い英雄に会いに行った。

 …にしても、かなり久しぶりに人と話したせいでテンションが上がって変なことを口走ってしまった。

 ため息をついて扉を開けた鍵に触れると、口が勝手に動いて言葉を紡いだ。


「頑張れよ、少年」


 それはこの体の持ち主が彼に送った最大の賛辞。誰に気がつかれることがなくても、それは彼の力になるだろう。


ーーー another world ≠ dream ーーー


 中に入ってすぐに扉がしまった音がした。そして周囲が暗闇に包まれる。10秒ほどその状態が続いたが、唐突に体に違和感が発生した。


 和服の帯の締め付けが急に緩くなり、裸足だったはずの足には靴下の感触が現れる。下を見ようと首を動かすと、その周りに固い感触があるのがわかった。

 首元や上半身を触って確かめると、ワイシャツか?その上にはスーツのようなものも着ている。さらに足には靴まで。


「あの人が言ってたのはこういうことか…?いや、にしても気持ち悪いなこの感覚」


 そして靴の履かせ方が微妙に雑なのはなんなんだ。

 イラっときた気持ちを抑えながらつま先を地面にコンコンと打つ。

 その直後、さっきまで真っ暗だった空間に足元から亀裂が現れ、どんどんそれは大きくなっていく。さらに、亀裂の隙間から風が吹き始めた。

 その風が亀裂の入った暗闇をちょっとづつ後ろに運んでいって、景色がパーツごとに晴れていく。

 見えてきた風景は、さっき見た扉の奥とほとんど同じ廃墟まみれだ。ゴーストタウン、というんだったっけ。遠くには大きな山が見える。


「おお…すごいな」


 感覚もあるし、現実世界の記憶もある。でもこんなファンタジーな状況なのに、どれだけジャンプしても空は飛べないし魔法を使えそうな気配すらない。夢の癖に…なんて少しがっかりしながら自分の服装を見ると、神石高校の制服だった。

 いつも内ポケットに入れている扇子もあり、前ポケットの中にある生徒手帳の中身すらある。恐ろしい再現度にゾッとした。


「EQC1BZAQ」

「!?」


 急に聞いたこともないおぞましい声が聞こえてきた。こっちに近づいてくるのと同時に腐臭が漂ってくる。

 酷い悪臭から逃げる場所はないかと周囲を見回すと、右手に路地が見えた。行き止まりでないことを願いながら入ると、幸いにも道は続いていた。


 ホッとしながら路地の真ん中辺りで鼻を摘んでしゃがむ。しばらくすると腐臭は無くなったけど、路地の出口から誰かの話し声が聞こえてきた。


「やはり知性が足らないか。奴らの研究を流用するなんて、一体誰が…む」


 知性?奴ら?一体なんの話だ?

 話が理解できなすぎて頭が追いつかない。もっと聞こうと、ジリジリと出口に寄っていき、相手の姿を見ようと顔を出す。すると、運悪くそいつはこっちを見た。


「FO^O、」

「0T。A940T。」

「…うるさいぞ、獣ども」


(あっぶねぇぇえぇぇ!)


 …多分、今向こうにいた、紫色の裾長コートを着ている短髪の男と目があった。急いで隠れたけども、完全に目があった。

 男はさっきとは打って変わり、随分楽しそうな声色で何かに問いかけた。


「ほう?おい魔獣共、どうやら盗み聞きしている餌がいるそうだが…どうする?」


 やばいやばいやばいやばいやばいやばい!!

 路地をダッシュで戻り、さっきまでいた道に出た。急いで大きな山がある方へ走る。


 少しの間をおいて大量の足音が追ってきた。

 夢の中で死んだら起きる?それとも、なにかしら別のことで死ぬ?どちらにしろ逃げなきゃまずい!


 後ろで誰かの声が聞こえ、爆発音が聞こえた気がしたが、足音の方が大きい。でも、その中にものすごい速さで追ってくる足音があった。

 あ、死んだ

 そう思った瞬間、異常に早い足音は僕を追い越した。風で髪が揺れる。驚いて目を開くと、翼のある少年が少し前で背中を向いて立っていた。



ーーー another hero ーーー


「離れるなよ!」


 少年は振り向いてそう言うと腰を落とし、息を短く吐いた。それと同時に腰から何かが飛び出し、貼り付いたかのように固まった。


『spade Ⅲ』

『club Ⅲ』

『club A』

『lozenge A』

『heart A』


 トランプカードの種類と番号が、妙に機械的な女性の声で聞こえてきた。ここからは微妙に角度の関係で絵柄が見えないけど、トランプカードだったらしい。

 少年はその声を聞き、ゆっくりと目を開いた。紅い虹彩が、正面の怪物を写しだしている。その所作はとても美しく、完成された演舞のようにも見えた。


「フルハウス ブレイクカウンター」


 厨二な単語が女性の声で羅列され、少年はニヤリと笑う。すると、彼の背中から複雑な魔法陣のようなものが現れ、さらに同じようなものが右腕に貫通するような形で現れた。


「えっ」


 その両方が回転して、少年の髪を舞い上がらせる。マントがあればものすごいカッコいいんだけど、ちょっと残念。


 少年はかなりの力を込めて右の拳を握りしめる。それに呼応して右腕の魔法陣がとてつもないスピードで回転し始めた。

 怪物はもう少年の目の前に迫っていたけれど、彼は左顔面に落ち着いて右ストレートを入れる。


 さらに右腕を左手で抑えると、右腕の魔法陣の回転が停止すると同時に、少年の体が弾き飛ばされたかのように前後に揺れる。少年は得意げに笑うと、左手で怪物の顔面を押した。でも右手は動かない。


 少年の笑顔がどんどん固まっていく。少年はとうとうキレたのか、腕を思いっきり下に叩きつけるかのように落とした。それと同時に怪物の頭も落ち、少年の手は楽々抜け、彼は安堵の表情を見せる。


 何かに挟まってたのだろうか。だとしたら…

 怪物の頭を見ると、左目が空洞になっている。まさか、あの穴に手が入ってたのか?

 …こわっ


 彼はこっちを見て同じ手を伸ばしてきた。僕は一瞬体を強張らせたが、それで自分の右手が血塗れだということに気がついてくれたらしく、左手で腕を掴まれ、ぐいっと引っ張られた。


「すまん。上に移動する」

「へ?上?上って うにょぁぁあ!」


 彼は左手で僕の腰を抱え、近くの屋根まで跳んだ。変な声が出るくらい速い。Gがかかる。

 着地と同時に屋根が軋んだ。それで着地の衝撃を思い知る。少年はさっきまでいた通路を見下ろし、周囲の状況を確認してから下ろしてくれた。


「大丈夫か?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 その声にはさっきのような恐ろしさはない。紅い目も子供を心配する親のような目になっている。意外に思いまじまじと少年を見る。

 身長はそんなに大きくない。小学校5年か6年の身長だろうか。よくこんな腕で僕を抱き上げられたなと思うほど腕も細い。

 だが、それ以上に目を惹くのは、背中にドラゴンの翼みたいなのが生えていることだろう。コスプレにしては邪魔だろうし、一体あれはなんだろうか。


 少年は何かを言おうと口を開いたが、周囲を見回して言うのをやめてしまった。そうやられるとものすごく気になる。


「安全地帯まで案内する。着いてきてくれ」

「あ、はい」


 本当は何を言おうとしたのかは定かではないけど、この状況でそれを聞くほど呑気な性格ではない。

 少年は先に屋根の上を歩き始めた。それをおとなしく追いかけながら周囲の風景を見る。


 屋根の色は青く、壁は白色。昨日のテレビで見たパリの建物によく似ている外観をしていた。目の前と左には大きな山があり、上には雪が積もっている。かなり綺麗だ。


 下を見ると、さっきのような大きい怪物が歩き回っていた。肉屋のようなところに群がる奴らもいれば、なぜか道の真ん中に…

 と、急に目と口を手で塞がれた。いつのまにか右手も洗っていてくれたようだ。


「静かに。下を見るのは構わないが、あまりああいうのを凝視するな。見て見ぬ振りをするのが一番だ」


 耳元でそう言われ、手を外された。少年はそこを一瞥した時、一瞬とても悲しそうな顔をしていた。すぐに表情を厳格なものに直し、「行くぞ」と彼は先に進んでいった。



ーー


 しばらく屋根の上を歩いていると、急に少年が止まった。その先を見ようとすると、手で制止される。


「待て」


 さらに少年は手の平を地面に向け、何度か下におろして上げる行為を繰り返した。かがめ、みたいなニュアンスに見えたからとりあえず体制を低くする。

 少年の肩越しにちらっと見ると、さっきの男が目の前の建物に入っていった。


「チィッ!」


 少年は舌打ちをすると、右手を横に振った。すると、ほんの少しの風と共に、空中に、さっきの陣が左右に5個づつ現れる。

 それが少し光ったかと思うと、稲妻を発生させながら、球のようなものを連続して放った。それらは全て外れたけど、地面がえぐられているところを見るとかなりの威力だろう。


 あれがなんなのかを聞こうと少年の方を向いたが、ガシッと腰を抱えられる。さらに飛び降りやがった。

 着地とほとんど同時に彼は正面をむいた。Gで気持ち悪くなりながら僕も周囲を見回すが、さっきまでうじゃうじゃいた怪物もいなくなっている。

 そして入ったと思った男が、ものすごい微妙な顔をしながら出てきた。


「…話が違う」

「なんのことだ?」


 男は憎々しげな表情でこっちを睨みつけてきた。正直僕はまったくもって無関係だと思うんだが。そして僕はいつになったら降ろしてもらえるんだろう?そろそろこっぱずかしくなってきた。


「…悔しいが、逃げさせてもらう。ロード スカーレット、貴様の世界は我々のリソースにさせてもらう」

「バインド!」

「あいたっ!」


 急に落とされて、思いっきり顎を打つ。かなり痛い…

 さらに目がチカチカして、うまく視界が定まらない。


「おーい、大丈夫か。すまんな落として。

ヒーリング Ω…打撲痕はもしかしたら残るかもしれないけど、痛みは引くだろう」


 声は聞こえる。だが、どうしても目が開かない。返答しようとしても、声が出ない。


「な!?」


 彼は驚いたような声を上げた。それと同時に、どこかから聞き慣れたアラームが聞こえてきた。


ーーー come back from fiction…? ーーー

次回


伏せられたワールド


2019年 5月25日(土)


公開予定

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