第 Ⅴ 話 変幻と不変
『まずがバルツェさんがお手本を』
『いや待て、私もこの状態始めてなんだが』
「ってもどうやって」
『私にお任せを。背中の赤い宝石を押し込んでください』
左腕につけている腕輪にドッキングしている八咫さんの背中を見る。そこには確かに赤い宝石がついていた。それをぐっと押し込む。
すると視界が一瞬真っ黒くなり、パッと明るくなると、円卓に私と先生、もう一人、少女が座っていた。
『いつの間に…』
『私はさっきからここにいた』
『ここは特殊電脳空間、時鏡界。ここでは情報交換や身体を使う人を選ぶことができます』
『えーっと、貴女は?』
黒い服を着た、白い髪の小さな女の子。でも私、この子と会ったことあったような気がする…
『やだな神無さん、八咫ですよ八咫。鳥の姿よりこっちの方が意思疎通しやすいだろうなと』
『なるほど。ありがたい限りだ』
『順応はやっ』
『まあこういう不可思議なことに関しては慣れてるからな』
『さすが先生…』
『で、私が出るのか』
『はい』
『どうするんだ?』
先生が八咫さんと話しているとき、ゆっくりと円卓の縁が周っていく。すると私の前にあった赤い矢印が移動していき、八咫さんの方へ、先生の方へ行った。
『この矢印が体の制御を司ります。ということですバルツェさん、その矢印をポチッと、お願いします』
『押し込めばいいのな?』
『はい』
『えっと、私そうなった場合どこに…?』
『すぐわかりますよ』
先生がちょっと警戒しながら矢印を押し込んだ。すると先生の椅子が下がっていき、先生が見えなくなった。同時に円卓の中央から半透明の板が出てきて、私の体が写る。
『うわ、すごい』
『でしょ?彼のお手並みを拝見させてもらおうかな』
なんだか先生と話すときとは印象が違うような気がする。先生といるときは見た目通りちょっと幼めな感じで、今はもっと大人なような。
正面にいる私を見る。この中に先生がいると思うとなんだか不思議な感覚がする。
『頑張って、先生』
ーーー
「ん、なるほど」
「…印象が変わった?」
「よくも神無にこんなものを見せつけてくれたな教育に悪い」
「芸術を罵倒するか貴様」
「ああ。これは芸術ではなくただの残りカスの集まりだろうよ」
刀を抜き、芸術と呼ばれた物へ向ける。その瞬間鬼のような形相でこちらを見る男からものすごい殺気を感じた。
「貴様!」
「やる気か?」
『男から強烈な魔法反応です!』
『先生、私の体は先生と違うからね?可動域とか気にしてね?』
「わかってるさ。とにかくこいつをぶっ飛ばす」
刀を男に向けて構える。だがそれすら見えてないようで、女の死体の集合体を見て満足そうに笑った。
『どうするの?先生』
『殺しはやめてくださいね。この体は神無さんのものです』
「…罪を憎んで人を憎まず、か」
『一番いいのはこの結界壊してこいつの化けの皮剥がす事ですね』
結界か。妙に変な感じがするのはそのためとみて間違いはないだろう。ドアが開かなかったのはその結界の影響か。だったら話は早い。
「是非もなし。多少負担をかけるぞ、神無」
『うん。大丈夫』
刀を男の方へ向けなおす。男はそれだけで後ずさりしたが、別にそれが目的ではない。ニヤリと笑い、結界を斜め下に切り裂く。
「な!?」
「馬鹿め」
「させるか!んぐぁっ!?」
「さよならだ。帰らせていただくぞ」
切り裂かれた跡から空間にヒビが入り、砕け散る。男にもヒビが入り、同じように砕け散った。
部屋にはまだ死体の集合体が残っている。ドンという音と共に倒れ、後ろにあった扉からファリスが飛び出てきた。
「開いた!」
「馬鹿正直に開けようとしてたのかお前」
「…え?」
こちらをまじまじと見てくるファリス。その目は驚きに満ちていた。
『バルツェさん、この体は神無さんなんですが…』
「あ」
『先生…』
すっかり忘れていた。神無が私みたいに喋り出したらそりゃ驚いてガン見するわ。うっかりしてたな…
「神無ちゃんの声と姿で君の物言いはかなり異質だよ」
「すまん。だがまあとりあえず出れたから解除しよう」
そう言って左手首にいる八咫を外そうとしたが、取れない。一度深呼吸して力いっぱい取ろうとしたが、そもそも神無の力が私よりないからか取れない。
『無駄な抵抗はやめたほうがいいですよ?』
「このままでいろってか」
『何が起きるかわかりませんからねぇ』
『まあ、とりあえずお願い、先生』
「…是非もなし」
ため息と共に咳払いをし、神無の発言と言いかたを思い出す。
「それじゃ、行きましょうか」
「…中身バルツェだよね?」
「うむ。そうだが何か?」
「いや…なんでもない」
ものすごい気まずそうな目で見られる。別にそう気にすることもないとは思うんだが…
『にしてもアレは一体?』
『確かに、気になる』
「芸術品とか言ってたが…あとで調べる必要がありそうだな」
「ん、どうしたの…ああ、今はバルツェだったっけ」
「ああ。ってか露骨に対応変えるな」
「いや、なんか…ねえ?」
「…わかったよじゃあ変える」
「あ、いやそこまでは」
八咫の宝石を押し込む。すると視界が一瞬で暗くなり、椅子が上に上がっていく。
『私のターンは終了だ。神無、任せる』
『え、ちょっと』
『ではバルツェさん、矢印を回して神無さんの方へ』
『うむ』
矢印が移動していき、神無のところで止まる。神無はため息をついて八咫と名乗る子供を見るが、ニヤニヤ笑って取り合おうとしていない。
『もう…行けばいいんでしょ行けば』
『おっねがいしまーす!』
『頼む』
神無は矢印を押し込み、椅子がどんどん下がっていく。神無の姿が見えなくなると、八咫とやらはため息をついた。
『さて、この状態についての解説をしましょうか』
『頼む』
八咫は立ち上がると、机の中心から神無がつけてる腕輪が出てきた。八咫の鳥状態がくっついている。
『私の力を限定的に解放し、神無さんに貼り付けた状態です。本来はあなたは必要ないんですが…若干不具合がありまして』
『ふむ?』
『もう少し大人になったら制御できるようになるんですが、今の状態だと魔法を放った場合に暴走しかねないんです』
『だから私を巻き込んだと?』
『はい。あなたと神無さんは割と近いので、融合変身させちゃえと』
腕輪を色々な方向から見てみると、殆どのパーツが八咫の羽根に隠れている。これ使えるんだろうか?
『あ、隠れてるところは力の制限をしている所です。私の判断で発動させるか否かを決定させてもらってます』
『ふむ…ちなみに使ったらどうなる?』
『最悪自壊ですね。今は一つの体に私含め3人の意識がある、ものすごい不安定な状態なので』
…おそらくだが、この機会の本来の目的は変身やら融合変身じゃない。そもそも側面にある紙人形のレリーフは大和の神術とか陰陽術の類だったはずで、それに変化や融合の術があるなんてのは聞いたことがない。
しかし、八咫という名前や変形途中にできた鳥居のような止まり木。なぜおやっさんは大和のものを?
『先代…スカーレット王は大和と何か関係があったのか?』
『さあ?まあしかし、この性格は大和出身の知り合いに似せたようですけど』
『そうか…』
『何か気になることでも?』
『…いや、神無は大和出身でな。縁の巡り合わせかと思っただけさ』
画面には神無とファリスが走って城から出るところが写っていた。そして次に写ったのは、ところどころが溶け落ちている大量の人形兵士。
『これは…酷いな。地獄絵図でもこんな酷くないぞ』
『作戦を練った方がいいでしょう。体は擬似人格で動かしますので一度神無さんを呼び戻しましょうか』
ーーー
『神無、一度こっちに戻ってくれ。3人で話し合う。その間の対応は八咫が擬似人格とやらでなんとかしてくれるそうだ』
「あ、わかった」
宝石を押し込み、時鏡界へ。私の体のなかっていうのが信じられないくらい変な光景。でも不思議と安心する…
『状況だけで判断しよう。私とファリス、王城にいる兵士をかき集めてもあの大軍に対抗できるかはわからん。明らかに劣勢だ』
『そこで、この三位一体状態をうまく使おうかなと思うのですが』
『巨大魔法でも打つの?』
『うまく使ったところでなぁ…劣勢には変わらない。そもそも対1万で使える魔法なんざ私もファリスも不可能だ』
術者の技量と魔法の練度は同じ。つまり、強大な魔法を技量が足りない術者が行使した場合、めちゃめちゃなリバウンドが発生する。
先生にどのくらいの規模の魔法を出せるのか聞いたことがあるけど、せいぜい200が限界だと言っていた。それを思い出すと、1万なんてのがどれほど恐ろしい数字なのかよくわかる。
『ねえねえ、だったら手数を増やせばいいんじゃないの?』
『……八咫、3人同時で表層に出せたりしないか?』
『できなくはないですけど、メインを担う人にかなり負担がかかりますが…』
『私が行く。そしていい案を思いついた。補助は王城にいる数十人で済むだろう』
先生はニヤリと笑い、私たちの前に顔写真のようなものを出してきた。
『こいつらに協力を頼め。何、見つけるのに時間はかからないだろうよ』
ーーー
ファリスさんに八咫さんから投影された写真を見せて片っ端から頼んだけど……この作戦がうまく行くとはお世辞にも思えない。途中で誰かが倒れたらこの作戦は失敗する。
『まあ神無さんが倒れなければなんとかなりますよ』
『うー、とは言っても…』
周囲を見回す。写真通りの人が集結してくれていた。でも一人だけ写真にない人がいる…
と、視線に気がついてファリスさんがその人を手招きして読んだ。
「紹介しよう。ナカトミ ホムラさん。大和から来られた旅人だそうだ。一度手合わせしたらかなり強かったからね。呼ばせてもらった」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
黒髪黒目のクールなお姉さんが頭を90度まで下げてお辞儀してきた。慌てて私も頭を下げる。
相手が頭を上げたであろう音がしてから私も頭をあげる。
「…バルツェの案だろうね。一人500体を倒すなんて非常識なのは」
「あ、あはは…ごめんなさい」
「まあ、ここにいるみんなバルツェの部下だし、そんくらいの無茶は承知だろう」
確かに誰もこの作戦に異議を唱えなかった。それどころか、頼んだら呆れながらも笑って受諾してくれた。
『まあ、こいつらみんな慣れてるからな』
『バルツェさんの部下ってそんな無茶ばっかだったから出世してるんですね…』
「スパルタにもほどがあるよ先生」
あははと笑う先生の声が頭に響く。冗談じゃない。というか、私そんなスパルタ教育受けた覚えはないけど…
「流石に気を使ったんじゃない?バルツェも小さな女の子にはそんなガツガツできなかっただろうし」
「…先生が」
なんか意外に思える。でも確かに思いっきり叱られたことはないような…
『……よけいなお世話だファリスめ』
『まあ、記録のバルツェさんよりも甘くなってる感じはしますね』
『………わからなかったんだよ。教え方が。
っと、そろそろ作戦開始時刻だ。神無!』
ファリスさんと集まってくれた人を見る。男女どっちもいて、みんな強そう。サーベルを持ってる人魔導剣士のような男性もいれば、身長と同じくらいの砲を持って来た女性もいる。
「では!作戦通りお願いします!」
「「応!」」
みんな走って立ち向かっていく。先生の部下だって言ってたし、このくらいの修羅場はいくつも潜ってきたんだろう。
「我々もバルツェの言った位置に」
「了解しました」
「はい!」
ファリスさんがブラックホールを発生させた。3人で手を繋いでそれを通る。すると先生所定の位置にすぐついた。敵の50mくらい前、他の人たちは10mくらい後ろでそれぞれの武装を確認していた。
『神無、渡してくれ』
『あ、じゃあ一回戻るね』
『神無さん、宝石を右に回してください』
『え、あ、はい』
八咫さんの言う通り、背中の宝石を右に回す。すると時鏡界に入るのと同じ感覚がした。
ーーー
神無が宝石を回したのと同時に私の椅子が下がり、体の指揮権が私に移った。こんな便利な方法があるならさっさと教えればいいものを…
呆れながら後ろを向き、昔の部下たちの顔を見る。腑抜けた顔をしているものもいて、カチンときた。
「聞け!私の優秀な部下たちよ!」
「「!?」」
「ちょ、まさか君」
「士気上げは重要だろう。作戦立案者もいるということを教えておこうと思ってな」
「…ま、めんどくさいことになるのは君だからいいけどさ」
「私はここにいる。私の前で簡単に膝をついてくれるなよ?そしたら蹴り飛ばすからな」
「「お、応!」」
「…これでよし」
士気上げというか脅迫まがいかもしれないが、腑抜けた感じで戦われても困る。久々に本気の部下たちの戦いも見たい。
『では神無さん、バルツェさん、手筈通りに』
『はい!』
「応」
刀を抜き、人形兵士を睨み付ける。そして八咫に教えてもらった通りの文言を言う。
『『「第一拘束解放!」』』