第 Ⅲ 話 至当の糸世
すいません遅れました…
今後こういうことがないように頑張ります
私とケイトは神無の夕飯が出来上がるまでに話を大体まとめ上げ、魔王へ謁見しないといけないのではないかという結論に至った。
私が戦った魔物はおそらく人工生物。
だがケイトの言うようにそれと同じような特徴が家畜に見られたとなると、全生物に影響を及ぼし怪物化させる病気、もしくは感染症なんて可能性もある。
人や魔族に感染るのかはわからないが、出来るだけ早く魔王に報告しないと手遅れになりかねない。
「…人や魔族に感染した場合の効果が未知数なのが怖いところだ」
「そうですね。ですが、濃度の高い毒物を間違えた食べた魔物が死に、それから濃度がさらに高くなった毒素が発生。その死体を食べた魔物に感染ったと考えられますので、まだ可能性は低いかと」
「なるほど、まだ安心か」
「ええ。ですが我々以外も気がついて良いのでは…」
「お夕飯の準備できたよー!」
「この話はまた後でな」
「はい」
男二人で頭を悩ませていたところに、神無の元気な声が通っていく。そして台所から流れてきた夕飯の匂いが食欲をそそる。
私の前で紙を見て唸っていたケイトは、ふとカレンダーを見て、懐中時計を取り出して時間を見た。
「あ゛」
「…どうした」
「今日、娘が帰ってくるんでした」
「え、大変じゃないですか!」
「行け行け。魔王城報告も私がやっておく」
「すいませんお願いします!」
ケイトはバタバタと慌てて出て行った。
子供が帰ってくるのを忘れていたなんて、いかにもケイトらしいド忘れだな。いや、むしろ改善してるか。
台所を見ると、神無がお皿を持って悩んでいた。
「やれやれ、余った一人分はどうする?」
「僕が頂くよ」
「そうか、ならまあ……?」
「!?」
神無が素っ頓狂な顔をしてソファを見ている。私はため息をつき、ソファに座る男に不満をぶつけた。
「…ファリス、入ってくるなら玄関から、ノックして入ってこいと何回言えばわかるんだ」
「わざわざそうする理由がないからね。しかも君ならわかるだろ?僕だって」
「せ、せんせ!ドア…!ドアちゃんと鍵閉めたよね!?」
「私がわかっても分かってないやつがいるんだよここに」
このどこからともなく現れソファに腰掛けているのは、私の友人であるファリス=カレデウス。
そしてこいつこそが、第132代魔族王、別名黒違王。
先代が終わらせた戦争の犯罪人を裁き、人間王と共に治世を行う賢王だ。あと、うちの家に不法侵入してるが、泥棒じゃないし悪意もない。
その説明を神無にしてやると、ものすごく驚いた顔をしてファリスをまじまじと見つめた。
「いやあ、照れるねぇ」
「正当な評価だ」
「多少色眼鏡つけてくれてもいいじゃないか」
「断る。神無には正しい情報しか与えんようにしてるからな」
「…まるで親だね」
「親じゃなくとも、子供に何かを教える時の当たり前のことだろうが。で?食ってくのか?」
「うん。久し振りに普通の食事が食べたくなってさ」
嘘だな。飄々と笑うファリスの目はかなり真剣だ。どうやらなんかまずいことが起こったらしい。私らの話は後にした方が良さそうだな。
「それじゃあ神無」
「もう用意したよー」
「早いね、えーと、カンナちゃん?」
「はい。カンナ=スペリオルです」
「大和国から引き取ってきた弟子だ。性はスペリオルにしたが、一応養子ではない」
「なるほど」
そんなことを話していたら神無がソファ前のテーブルに配膳までしてくれていた。手を合わせて謝罪の意を見せると、ため息と共に台所まで戻っていく。
「よくできた子だね」
「ああ…かなりひどい境遇だったが、そこに預けられる前は上流階級の暮らしだったんだろう」
神無がエプロンを脱いで私の横に座ったため、「この話はまたいつか」と言い話を切り上げた。
今日の夕飯はカルボナーラ。私が全く教えなかったパスタ系か…私に成長を見せる、みたいな目的があってくれると嬉しいが、どうなんだろう。
「バレた?いやさ、先生の料理を超えたんだぞー!ってところを見せたくて」
「ほう、そう簡単に越されたとは思って欲しくないな。朝ごはんは覚悟しろ」
「カンナちゃん、こいつはかなり負けず嫌いだから気をつけた方がいいよ」
神無はブーブー不満を垂れていたが無視し、手を合わせる。
「んじゃいただこうかな」
「あ、ちょっと!?」
「じゃあ僕もいただきまーす」
「もー!いただきます!」
一人珍客が混じってはいるが、ご飯の時間はいつも楽しいものになる。
神無の珍道中や学校のこと、ファリスが魔王業務をどうサボっているのかとかを話していたら、かなり時間が経ってしまっていた。
「私はシャワー浴びたからいいが…ファリス、風呂入ってくか?」
「いや、僕は…あー、シャワーだけ借りれれば」
「神無は?」
「先生が帰ってくる前にシャワーだけ。湯船入りたかったけど、明日でいいやって思って」
「そうか。じゃあシャワー貸すから入って行け。どうせ泊まるだろ?」
「へいよ。そりゃもちろん」
そう言い残すと、ファリスは脱衣所へ入って行った。神無は寝巻きに着替えると言って自室に戻り、今居間には私一人だけ。
昨日までは当たり前のことだったのに、人が来てから少し感傷的になってしまったようだ。
「先生、王様出てきたらもう寝る?」
「そうだな。眠くなってきた」
「ん、了解。紅茶淹れる?」
「ん、そうだな…カモミールがあったと思うから、カモミールミルクティーを頼む」
「かしこまりました〜」
台所に行ってテキパキと準備をする神無。随分手慣れている。離れていたのは1年程度のはずなのに、いろんなところで成長が見て取れる。短期間でこれなら、きっと10年も経てば嫁の貰い手に困らないくらい…
「先生!」
「ん、ああ、なんだ?」
「カモミール二つあるんだけどどっち使えばいいの!?」
「…あー」
ジャーマンとローマンのどっちが果物系の匂いがするんだったか。確かジャーマンだったような。
ローマンはそもそも紅茶に向かなかったような気がする。それを伝えると、敬礼して台所に戻っていった。
「…まだまだ教えることは多そうだな」
ため息を吐き目を閉じるが、私の口は自然に綻んでいた。
ファリスが風呂場から出て来てちょっとしたら紅茶ができたようで、神無がソファの元まで運んできてくれる。
礼を言ってソーサーごと持ち上げ、ファリス、神無が持ち上げるのを待つ。
「では」
「ああ」
「お口に合うといいんだけど…」
神無が心配そうにこっちをチラチラ見てくる。そんなに心配せずともきっちり美味しいんだが…
「言葉にしないと伝わんないぞ」
「うるさいぞファリス」
「ひどいな助言してあげたのに」
「……美味しいよ」
神無の顔がパァっと明るくなり、ソーサーを置いて私の抱きついてきた。こういう甘えたがるところは相変わらずなのか。
「んで、泊まってくのか?」
「うん。王城はいまうるさいからね」
「大丈夫なんだろうな」
「問題はないよ。総裁がよくやってくれてるからね」
「なら一階の客室を使え。たまには寝心地悪いベッドで寝てみるといい」
「悪魔だなぁ」
ファリスはそう言って紅茶を飲み干すと、「んじゃ借りてく。おやすみー」と言って居間から出て行った。
「それじゃあ私らも寝ようか」
「うん」
居間やいろんな部屋の篝火を消し、二階に上がって自室に入る。背伸びをして篝火を消そうと机に登ると、扉が開く音がした。
「なんだ?神無」
「寒い!」
「なるほど」
そういえば部屋に熱を入れるのをすっかり忘れていた。どれ、付けに行くか。
「ここで寝る」
「…は?」
「ここで寝るの」
「あー…まぁ、構わんが、男の部屋にそんな無防備な格好で入るとだな」
「襲われる…って?」
私のベッドに座り、こちらに手を伸ばす神無の誘うような表情に、私はため息とともに立ち上がり逆に手を伸ばす。
「例えば、こんな風、にぃっ!?」
そして手刀で額を打つ。そして追加でデコピンを食らわす。額を抑えてベッドでのたうちまわる神無は5年前にそっくりだ。
「甘いな」
「いたた…手刀は酷いよ手刀は!」
「寒い中寝る覚悟があるんだな?」
「すみませんでした」
「よろしい」
ちょっと甘いかもしれないが、厳しくなりすぎるよりはこのあしらい方が妥当ではないだろうか。
明日の朝ファリスにでも聞いてみよう。あいつ一応2児の父親だし。
「寝るぞ」
「はーい」
また机に登って篝火を消し、掛け布団に入る。広めのベッドだが、子供2人が入るとちょっと狭い。
「先生、もう少し向こう行ける?」
「限界だ。これ以上行くと落ちる」
「ですよねー」
「文句があるなら自室に戻りなさい」
「うぇー…はーい。我慢しまーす」
「それでよし。私だって狭いんだから、おあいこだ」
「むー…まあいいや、おやすみ、先生」
「おやすみ、神無」
布団に入ってすぐに眠気が襲ってきた。自分ではあまり気がつかなかったが、どうやらかなり疲れていたらしい。
眠気が最高潮に達し、意識がふわりと浮かぶ。そして、落ちた。
ーーー Rest In Peace ーーー
赤く燃える雲、民家、山。その火種はゴミのように積まれた小さな身体だ。それは煌々と燃え上がり、“見慣れた街”を紅く照らす。
道には首が刈られていたり皮を剥がされたりした大人が倒れていた。中にはまだ生きている者もいるようで、うめき声が聞こえる。
ここはどこだろう。こんな、この世の地獄のようなところは一体どこだ?なぜ私はこんなところに?
“見慣れた街”を歩く。当てなんてあるはずはない。フラフラと彷徨っていると、目の前に小さな子供が飛び出してきた。
「大丈夫かい?」
自分はいやに落ち着いた口調で子供に話しかける。すると子供は後ろから迫る足音から逃げるように走り去っていった。
「いたぞ!あそこにも子供の魔族だ!」
「殺せ!」
声がした方を見ると、人間の兵隊が銃を構えていた。その先では男の子が女の子を庇っている。女の子の肌は緑がかっている。あの子は魔族だ。
しかし、守っている男の子に魔族の性質は見られない。どう見てもただの人間だった。
そんな同種の、しかも子供に向かって彼らは愉しそうに、そして容赦なく引き金を引いた。周囲に銃声が響く。男の子の体から紅い液体が噴き出て、女の子の体に降りかかる。
私は思わず少女の側へ走り出していた。だが、足が思うように動いてくれない。足を見ると、様々な人や魔族の手が掴んでいた。
「やめろ」
それでも走る。
「やめてくれ」
届かない
「やめろッ!」
足が出ない代わりに手を伸ばす。必死に伸ばす。お願いだから…
「やめろぉぉぉぉぉッ!!」
伸ばし切った指先。その先で女の子は呆気なく倒れ、男の子に寄り添った。
理解の未だ追いつかない、氷漬けになったような頭の中に笑い声が沢山響く。
“いいなぁ…そんな楽園みたいな場所に、住んでみたいなぁ”
誰かの声が聞こえる。うるさい笑い声を消す、尊い願いが。その声は微かだったけれども、動かなかった私の足の手を離していった。
無力に、悲しく積み重なる子供の死体。風に吹かれて大人の頭がゴロゴロと私の足元に転がってきた。
目がない。耳もない。様々な表情を映していたのであろう顔は、見るも無残に蹂躙されている。
それが、ゆっくりとこちらに、微笑みかけてきた。
その瞬間、私を構成していたいろんなものが壊れ、涙とともに自分に対して笑いがこみ上げてくる。
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!」
壊した。何もかも壊した。手が潰れたが憂うことはない。何もかも壊した。何も残らない。死体以外。
“nobody’s perfect だよ?あなたがそんなに苦しむ必要は…”
お前は、だれだ。
助けるべき人たちへ伸ばすための手が届かないんだぞ!
この地獄を、絶望を見てもなお、私になぜ話しかけてくる!
“……あなたがそうなったのにはわたしにも責任がある。でも、例えあなたがどれだけ絶望しようと、最後の希望を救わないといけない”
…無理だ。
誰も、救えない。
こんな無力じゃ救えない!
私のせいだ、私では、誰も。誰も…!
ーーー blood rain ーーー
「ん…」
夢を見た。
先生が苦しんでる夢。後ろから誰かが抱きしめていたけど、先生は立ち直れずに背を向け続けていた。
「…お水のも」
先生の部屋を出て台所に行き、水をグラスに入れて戻る。こんな夢を見るなんて、疲れてるんだろう。
そしてドアを開けたその時、先生の様子が明らかにおかしくなっていることに気がついた。
大きく開いた目。焦点の定まらないそこからは涙が流れ、声にならない声をあげている。
「先生?」
「…あ゛ぁあ、あ…ぁ゛ああ…!」
「先生!?先生、落ち着いて!大丈夫、大丈夫だから」
一瞬迷ったけど、先生を抱きしめた。それで改めて先生は子供の体であることを深く感じる。
普段のカッコイイ“先生”じゃなくて、今は私と同じかそれより歳が下の子にしか見えない。しかも震えている。
私に弟がいたらこんな感じなのかなとか思ってたら、先生が机に置いていた魔導書から変な文字が浮かび上がった。
『I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes』
「私は耳と目を閉じ、口をつぐんだ人間になろうと考えた?」
「J.D.サリンジャー、『ライ麦畑で捕まえて』の一文だったか」
「うぇっへ!?…先生、大丈夫?」
「抱きしめが強いから起きたわ」
何も無かったかのような表情でこっちを見る先生。いくら先生でも、あそこまで怯えてたのを一瞬で直すことはできない…と思う。
寝ぼけてたのかな?何にせよ、記憶ごとなくして元に戻ったらしい。良かった。
「う、ううん。なんでもないよ」
顔に笑顔を貼り付ける。引きつってないといいけど、先生はそういうところ聡いからバレるかもしれない。
「そうか。抱き枕にするのはいいが、もう少し優しくしてくれ。おやすみ」
「え、あ、うん…」
…寝てしまった。しばらく見てみたけど、特に異常は見られない。寝息も安定しているし、魔導書から出ていた文字も消えてしまった。
ウトウトしながら先生の髪の毛を優しく撫ででる。
「…おやすみなさい」
「……ん」
眠気に誘われるまま意識を落とす。その間際に見た先生の寝顔は幸せそうで、安心した。




