第 Ⅱ 話 捻転した序章
静かにカードを引き、いつでも使えるように構えておく。
「む」
しかし魔獣たちがこっちに来る様子はなく、反対方向に走って行った。
ということは私はバレていないと見ていいだろう。そして他の誰かが私と同じように聞いていて、そちらがバレたと考えるのが妥当か。
ここで見殺しにしたら神無に顔向けできない。
路地から走り出て適当に引いたトランプを前に投げ、自動音声が流れるとともに発動する。
『lozenge Ⅹ 』
「な!?そこにも!」
《クロス ライジング》
「うぉっ!」
私と同じ紫色のローブを着た男と残っていた魔獣たちに連続して稲妻が走り、爆発音のようななにかが弾ける音がした。
それと同時に走り出し、さっきの魔獣たちが走った方向へと走る。だが、このままだと追いつかない!
するとカードが自動で排出され、音声と共にカードが弾けて私の体に吸収される。
『club Ⅲ 』
《マイティ シークエンス》
「おお!?」
身体能力向上とそれに伴う各器官の機能向上。それがこの魔法に記録された魔法の能力だ。
自動発動したのは驚いたが、都合がいいからよしとしよう。
club Ⅲ のお陰で一瞬で魔獣達に追いつき、勢い余って追い越してしまった。
その前に少年が走っていたが、その子も追い越した辺りで止まる。
「離れるなよ!」
そう言って腰を落とし、カードホルダーに触れた。すると自動でカードが排出され、空中に固定されると同時に自動音声が流れ出し、背中と右腕に魔法陣が展開。
『spade Ⅲ』
『club Ⅲ』
『club A』
『lozenge A』
『heart A』
《フルハウス ブレイクカウンター》
二つの魔法陣が回転し、どんどん空気を充填し始めた。
すると違和感を覚えたのか魔獣達がこちらに襲いかかってきた。充填が不完全だが、やるしかない。
「えっ」
魔獣が私を押しつぶそうとしてきたが、そいつの左顔面を反動つけて右手で思いっきりぶん殴った。
ぐちゃっとした感触と共に手が頭にめり込む。ここ以外にチャンスはない。決めさせてもらおう。
左手で右腕を抑え、右腕に充填した圧縮空気を一点放出する。その勢いは凄まじく、脳を突き抜け他の魔獣の体を貫通して建物を1棟ほど破壊した。
だが、不思議なことに魔獣はまだ生きている。そしてまずい。眼窩から手が抜けない。
頭蓋骨を破壊するため、背中の陣の圧縮空気を放出するのと同時に、思いっきり下に叩きつけるかのように手を落とす。
首が落ちるのと同時に手がズルリと抜けた。
奥の魔獣はのたうちまわっていて襲ってこようともしない。だがいつ襲ってくるかわからない以上、早く離れた方がいいだろう。
振り向いて腰を抜かしていた少年に右手を伸ばすと、彼は明らかに嫌悪を示した。
それでやっと自分の右手が真っ赤になっていることに気がつく。差し出す手を左手に変え、そのまま少年を引っ張り上げた。
「すまん。上に移動する」
「へ?上?上って うにょぁぁあ!」
腰を抱えて屋根の上まで跳ぶと、少年は物凄く素っ頓狂な声を上げた。逆にこっちがびっくりするんだが…
…しばらく彼と屋根の上を歩いているととあることに気がついた。命の危機に関してあまりにも無知すぎる。一般常識が欠けているとしか思えない。一体この子はどんな環境で育ったんだ?
そう考えながら歩いていると、下の道の先に紫ローブの男が見えた。しかも魔獣を3体引き連れている。これは間違いない!
「待て」
屈め、のジェスチャーを青年にすると、屈まずとも体制を低くしてくれたようだ。一応通じたっぽい。
ちょうどその時、男は町役場の中に入った。確かあそこは…
「チィッ!」
あの男が入っていった場所、第3シェルターの入り口があった建物だ!
『spade Q』
《ネクサス セイバー》
『heart Ⅴ』
《ホーリー レイ》
魔法弾を剣の形にして男と魔獣たちの上空に展開し、そこから一気に降り注がせる。
屈んでいた少年の腰を抱え飛び降りると、丁度着弾した頃合いだった。
club Ⅲ …先程の身体強化を発動させて町役場まで全速力で走る。だが剣の雨の中で男は静かに佇んでいた。急ブレーキをかけ、男と正対する。
「…話が違う」
「なんのことだ?」
男は憎々しげな表情でこっちを睨みつけてきた。心外だ。我々は多分無関係だと思うんだが。
「…悔しいが、逃げさせてもらう。ロード スカーレット、貴様の世界は我々のリソースにさせてもらう」
『spade Ⅳ』
《バインド コレクター》
「あいたっ!」
また自動でカードが射出され、驚いて少年を離してしまった。
相手を縛り付けられたのはいいとして、どうしよう。
すると男の姿は溶けるように揺らいでいく。ハッとしたのも束の間、彼の姿はそのまま無言で消えてしまった。
クソッ、逃げられたか…。
何はともあれ魔法を解除。先程落としてしまった青年を起き上がらせ、柱に寄りかからせる。
「おーい、大丈夫か。すまんな、落として」
そう声をかける。回復魔法をかけてやりたいところだが、回復系統の魔法を登録してある花札を持ってきていない。どうしようか。
と、少年は声を出そうと必死に口を動かした。しかし、声が全く出ていない。というか、空気すら出ていない。
…なにかおかしい。
そう思ったところで気がつく。少年の体が、透けている?
「な!?」
そう気づいた途端、少年の姿は消えてしまった。周囲を見回すが、どこかから魔法をかけられた痕跡はない。
もう一度少年が倒れていたところを見ると、何かが落ちているのを見つけた。
懐かしい魔法陣が彫られている…鍵だろうか。でも
「ノア…いや、でも、なぜ!?」
「EQC1BZAQ1」
「––––チィ!殲滅が先か!」
男の連れていた魔獣が戻ってきたようだ。思い出に浸っている時間はない。少し迷ったが急いで鍵を拾い、ローブの内ポケットに入れる。
そして屋根の上まで跳び、街のどこからでも見え、かつ一番目立ちそうな場所を探す。
「あの建物が一番高そうだな。あれは確か…博物館だったか」
旧王城の城壁跡が残されている博物館。街の中心部にあり、坂の上にあるためかなり目立つ。
あそこに市内全域にいる魔族を集め、一網打尽にできれば早めに終わらないだろうか。
そうと決まれば話は早い。
『spade J』
『club J』
『heart J』
『lozenge J』
『club Ⅴ』
《ネクスト フォーカード》
各ジャックは基本能力の底上げ、クラブVはホーリー ウイング…空中浮遊の魔法だ。
組み合わせることで各ジャックにクラブVの飛行性能を上昇させた。
発動した直後、耳をふわっとした感触が覆う。そして、そこから透明の物体…薄く延ばされた魔煌石という魔術媒体が目を覆った。
翼の裏に下向きの魔法陣が3対展開し、周囲の空気が圧縮されながら吸い込まれる。
地面を蹴るのと同時に、圧縮された空気が魔法陣から解き放たれた。その勢いで離陸する。
直後に足裏に姿勢制御用の小さな魔法陣を出す。それの出力を細かく変えながら博物館へのてっぺんへと一直線に飛んでいく。
10秒もせずに博物館はかなり近くなってきた。出力を弱くしていく。そして、着陸。
この魔法の欠点は2つある。
一つは制御が非常に面倒で、かつ失敗したら即死する可能性があること。
もう一つがものすごい目立つことだ。
たった10秒とはいえ目立つものは目立つ。ぞろぞろと周辺に魔獣が集まり始めた。
結構大量になるまで待ち、トランプカードを引く。
『spade Ⅶ』
『spade Ⅷ』
『spade Ⅸ』
『spade Ⅹ』
『spade J』
《スパーダ=ストレート・フラッシュ》
空を埋めつくすほどの大量の魔法陣が現れ、そこから大量の魔煌石が台風や竜巻の如く回転しながら落ちる。
そしてそれに当たったものは深層心理に万物に対する恐怖を深く刻み込まれていく。スペードⅧの効果だ。
それのおかげか魔獣たちは混乱し周囲の同種を襲い始める。
10秒と経たずに維持できなくなって魔法を解除するが、下は酷い有様になっていた。
魔煌石に当たって倒れたものが多いが、殺し合いで死んだ個体もいるようだ。
だが、それでも倒れなかった個体が真下にいた。確認してみると、他のものよりも巨大な個体があと4体。
「ちとキツイな」
ここまで連続でカードを使ったのは久しぶりすぎて消耗がひどい。早めに決着つけないと負けるな。
地面に飛び降りると、カードホルダーからまた勝手にカードが飛び出し、水色のホログラムのようになって私の足元に広がった。
『heart Ⅶ』
《グラヴィティ レイヤー》
そのホログラムごと地面に着地すると、4体の魔獣からそれぞれ骨や肉が潰れる音がする。
しかし、彼らは憎々しげにこちらを睨みつけてきた。
「さて、すまんが早めに終わらせてしまおう」
『heart A』
『heart Ⅲ』
『heart Ⅳ』
『heart Ⅵ』
『heart Ⅸ』
《ハート フラッシュ》
カードから強烈な光が発せられた。魔獣の目がくらむ。
そしてカードが1枚落ちたかと思うと、そこから地面が凍っていき、魔獣たちの足から体全体も凍りついた。
そして凍化現象が心臓に到着したあたりでその心臓と全く同じものが私の前に現れる。
「…すまん、本当は一体一体戦いたかったんだが、私の限界だ」
サバイバルナイフをベルトの後ろから取り出し、並べられた心臓を搔き切る。すると魔獣たちは口から血を吹き、バタリと地面に倒れた。
適当なレンガの壁まで跳んで座り、大きくため息を吐く。久々の本格戦闘、しかもカードを使いまくったせいでもう疲労困憊だ。
…あとは地下シェルターから市民を避難させればいいだけ。それは壁の向こうにいた警察に任せよう。
しかし、残敵や逃げ遅れた人がいるかもしれない。そういうのは、あらかじめ探しておいておこう。
『lozenge Q』
《ネクサス ベル》
音の響く地域に生物がいると反響する鐘を鳴らしたが、音は返ってこない。地下シェルター以外に残っているものはいないようだ。
「……真昼間に誰もいない街、か」
周囲には破壊された建物と血の跡。そして死骸の山…
80年も前のあの光景を思い出す。街一つ壊したあの日を–––
「…帰るか」
道に降りて歩いていると、魔獣の死体だけでなく人や魔族の死体もチラホラとある。
目を開いている死体は目を閉ざしてやり、家族が近くにいたのならば手を繋がせた。
それは何を意味するでもないし慰めになるわけではない。
ただ、やりたかったからやる。それだけだった。
市内に4つあるシェルターを回って市民の無事を確認する。あとは警察のための道の確保か。
歩きながら障害物を最低限どかしていき、ようやく隔離壁の門にたどり着いた。もう太陽は少し傾き始めていて、結構時間がかかったのかと自分でも驚く。
ノックして名前を告げると、急いで開けてくれた。
「大丈夫でしたか!?」
「中の様子は?」
「魔獣は8割以上絶対に殺しました。そのの死体は道の端に。シェルターにいる市民は無事でした。あとは警察の仕事です」
「そうですか…ありがとうございます。報酬は既に馬車の方に用意させていただきました。停車するところは自由に指示してくださって構いませんので」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、お先に失礼します」
「ご足労おかけし、大変申し訳ございませんでした。ありがとうございました」
「いえ、仕事ですから」
市長から離れ魔法で作ったローブや翼を消し、いつもの私服に戻って馬車を探す。
すると、少し遠くに家近くの馬車停まで来たものと全く同じタイプが停めてあった。
そこにいた青年がこちらを見て手を挙げる。
「バルツェ=スペリオル様。こちらでございます!」
「あ、はい。では、ハキレ町郵便局前にお願いします」
「了解しました」
報酬を確認すると、なんか色々とオプションがついてきていた。米俵にサツマイモの山、栗の山…
今日は炊き込みご飯だな。とか悠長に考えている場合ではない。これどう持って帰ればいいんだ。
悩んでいたら家の場所を聞かれ、荷物が多いからと親切にも家まで送ってくれた。角を曲がるまでは見届け、見えなくなったところで玄関の戸を開く。
「ただいま」
「おかえんなさーい!」
パタパタと神無が駆け寄って抱きしめられた。そして頭がガツンと当たる。
「いだっ!」
「いてっ」
お互い目を合わせて、面白くなって笑い出した。そして笑いが収まってから報酬を家の中に入れる。
「…今日は炊き込みご飯かな」
「…なんで思考も似てくるかねぇ」
「え、だってこの具材じゃ炊き込みご飯しかないじゃん」
「まあ、そうだな」
「あと今日は私が作るからね」
「了解。それじゃあ晩御飯できるまでちょっと地下に入ってる」
「了解!」
地下に降り、汚れた服を自作の自動洗濯機にぽいぽいっと投げ込む。
あくびしながら寝巻きに着替えようと箪笥を開けた。
「あれ?」
寝間着がない。下着は着てるが、これで上に行くってのもなぁ…
そこにちょうどよく神無がやってきた。
「先生、ちょっといい?」
「ん?どうした」
「お肉屋さんが来たんだけど、どうすればいいの?」
「肉屋ぁ?んかあったかな。とりあえずすぐ行くと伝えてくれ。あ!あと、寝巻き持ってきてくれないか」
「了か…ああ、忘れたのね、了解」
1分と経たずに持ってきてくれたが、なぜか五年前に大和国で着ていた和服兼寝巻きだった。
いや、まあ、身体は子供の体のまま成長してないから着れるし、着心地いいから悪くはないんだが。少しびっくりした。
着替えて1階に上がり、戸を開く。そこには、私の2倍はありそうな背に、筋肉隆々な体を持つ男が立っていた。
「よお、ケイト。すまんな待たせて」
「バルツェさん、どうも。やはりまだ戻れていないんですね」
「ああ。まだ解決策がなくてな…っと、そういえば今日はなんだ?肉屋を畳むわけじゃないだろ?」
こいつの名前はケイト=カレウ。旧魔王軍のなかでもかなりの変人で、軍を辞めてから『カレウ精肉店』として隣街で肉屋を開店している。
そしてこんな外見だが、主として敬語を使う礼儀正しい人物だ。
「それはもちろん。ただ、少し気になることがあるんです」
「気になること、ってなんですか?」
神無がお茶を出しながらそう問いかける。
「うん。実はね、最近猪と熊の肉が仕入れにくくなっててさ」
「猪と、熊か」
さっき殲滅した魔獣化した獣の話を軽くすると、ケイトは服のポケットから折りたたまれた紙を渡してきた。
「仕入れた肉にとんでもないものが」
「…長くなりそうだな。入って座れ」
「わかりました。お邪魔します」
「えーっと、ケイトさん、この紙は?」
「うん。これはね、毒物検査表ってやつなんだ。人や魔族にとってとってはいけない成分が混じってないか調査して、それをまとめてある」
ケイトの説明を聞き流しながら分析表を読むと、どこかで見た覚えがある物質名が目に入った。
「……旧魔王軍の毒物だったか?これ」
「はい。人や魔族が食べても問題ない程度ではありますが、自然に生成されるものではないことも事実です」
「…すまんが神無、夕ご飯一人分追加できるか?」
「ん。わかった」
「…さて、ケイト。今日私が受けた依頼について話す。もしかしたらこの件、我々だけじゃ対処できないかもしらん」
次回
至当の糸世
2019年6月8日(土)
公開予定




