第 Ⅰ 話 呪縛の英雄
魔王政権の重鎮だった、魔族のバルツェ=スペリオル。とある呪いで子供の姿になり、引退後に田舎でスローライフを送っていた。
その中で急に感じ始めた左腕の異変。10年間もの記憶の不自然な欠落。彼の失われた記憶には一体何が描かれている?
一人ぼっちの寂しい彼は、ユメの欠片と共にどんな結果を導き出すのか。
日常と非日常の境界線に意味はなくなった。
兄妹の絆で暴いた結末に価値はない。
英雄は、己を殺して救いを願う
偶に、昔の夢を見る。
学生時代や、第四次種族大戦、世界を駆け回った頃…
懐かしさと同時に、必ず夢に出てくる一言がある。
「私はあなたを、呪います」
そう言われたのはいつだったか。何をしたかも、どんな話の成り行きでそうなったかも覚えていない。ただハッキリと覚えているのは、こう言われたことだけ。
その後の結末は同じだ。そう言われて私は涙を流し、その者に背を向けて歩いていく。先が見えない暗闇を歩いて行くと、30年前に買った家の前に着いた。
強風ではないが、着ているローブをはためかせるくらいには強い、心地のいい風が吹いている。
天を見上げると、小さな雲がポツンと一個、青空のキャンバスに描かれていた。さっき言われた言葉とは正反対の、澄んだ空。
「せーんせい!」
「…」
後ろから教え子に呼ばれて振り返る。都会の喧騒は聞こえない、自然が多い土地を山ごと買ったのは良い買い物だったとつくづく思う。
お陰でこうして、昔の自分じゃ想像できなかったような平穏な生活ができている。
「…見せてやりたかったな」
くるりと反転し、家に戻る。休息も重要だが、あまり長く休みすぎると昔のことを思い出してしま–––
「また、私を置いていくの?」
「––え」
さっきまで「先生」と呼んできていた教え子が、悲しそうな目でこちらを見つめる。
「そう、なら」
「–––」
「私はあなたを、呪います」
泣きそうな笑顔で、私は彼女に呪われた。
ーーーーー
ジリリリー
ジリリリー
電話の鳴る音で目が覚めた。懐かしい夢かと思ったが、どうやら悪夢だったようだ。
寝ぼけ眼で電話機を取ろうと手を伸ばす。
そこで、伸ばした手が子供の手になっていることに気がついた。
さっきまで大人の手だったのに…!?とびっくりして頭を巡らすと、もう十何年前からこんな体になっていたことをやっと思い出した。あの夢ではずっと大人の姿だったから忘れていた。
足に力が入りにくかったため、這って電話機まで行き、受話器を取る。
「はい、もしもし。スペリオルですが」
『ああ、よかった繋がった!』
「えっと、どちら様で」
『市長のテリーです、急で申し訳ないのですが、依頼したい仕事がありまして』
「ああ、貴方ですか。して内容は」
『ここで話すのは少し…1時間後に市役所まで来れますか』
「えぇっと…はい。可能です」
『ではお願いします。それでは、1時間後に』
ガチャリと電話が切れ、電話交換手に戻された。あくびを噛み殺しながら電話交換手と事務会話をする。
『掛け直しますか?』
「いや、構わない。ありがとう」
『了解しました。またのご利用をお待ちしております』
電話が切れ、北壁のそばに置いてある置き時計を見上げると、もう10時を回っていた。昨日は特に徹夜をしていたわけでもない。単純に寝すぎたか。そりゃあ足にも力が入らないわけだ。
同じく北壁に置いてあるワードローブを開き、外行き用の動きやすい服を選んで、ハンガーごと持って自室から出る。
朝ごはんの用意をするため、自室がある2階からキッチンのある1階に下りようとしたが、階段を下りる途中からなぜか既にいい匂いが漂ってきていた。何事かと、急いで1階に降りる。
「あ、先生おはよー」
「…帰ってくるなら手紙くらい寄越しなさい」
キッチンには見慣れた少女が見慣れないエプロン姿で立っていた。香ばしいパンの匂いが食欲をそそる。
「えー?おっかしいな。ちゃんと手紙は送ったはずなんだけど」
「届いてないな。で、今日はなんで帰ってきたんだ?」
「えーっとね、机の上のカバンの中に書類入ってるから読んで」
リビングの長机の上に何枚かあるプリントの内、1枚だけ落書きされていない物があった。彼女が言っているのはこれだろう。
それには、国立ギルド マルセガリ区分中等学校と書かれていた。
「『夏休みのお知らせ』?クルセさんもまた妙なことを始めたな」
「希望者だけだけどね。私は希望したよ」
机の上にはバッグも置いてある。ため息を吐きながらも片そうとバッグを持つと、予想以上に重くて落としてしまった。
「重っ」
書類が周囲に散乱する。1枚1枚回収してバッグに入れ直そうとしたところで、バックの中に一枚だけ残っている紙を見つけた。
状況から見て一番下に押し込めてあったらしい。隠していたのか?
子供が隠しそうなものが書かれていて、学校は親に見せたいと思っているもの…成績表か。
そっと開くと、1年 カンナ=スペリオルと彼女の名前が書かれていて、計12教科の成績が書いてあった。
本名はカンナではなく、神無。私が5年ほど前にある国から保護した巫女の少女。
現在はマルセガリという村のギルド内学校で寮に入りながら勉強している。
その書類提出の時に、神無が漢字でなくアルファベットで名前を書いたからカンナになってしまった。
成績表を見ると、一部分はよくできて一部分はダメダメという、ある意味典型的な成績だ。
「魔法技術と知識が5か」
「んな!?あ!勝手に見ないでよ先生!隠してたのに!」
「そのくせ算術が2ってお前…」
「う…」
それしか2以下がないのは素直に褒めるべきところだろう。この国の言語に触れたのが5年前だということを考えると、言語で3を取っているのはなかなかの進歩と言えるのではないだろうか。
この国、アンゲリア連合王国は、大西洋に存在する島国だ。立憲二君主制という特殊な君主制を取っている。
魔王と人王二人が王として互いを制限し合うような形を取り、さらにそれを議会が制限するという制度だ。
さらに、内政担当は人王、外政担当は魔王という風に政治も分けており、総合的に異質な国である。
「ま、よくやった。次は魔法技術と知識くらいなら少し疎かになっても大丈夫だろ」
「その分算術をやれと」
「そういうことだ。あ、そっち手伝うか?」
「むー…ううん、もうできるからいいよ」
神無は冷蔵庫から瓶詰めのジャムを取り出し、カウンターに置いた。それを机に置き直した。
「これもお願い」と次にカウンターに置かれた皿には、トーストの上にベーコンエッグが乗っている。なぜか私の分はトーストが1枚多い。
「ここまでしっかりとした朝食は久しぶりだ」
そうフッと漏らすと、ものすごく神無に睨まれた。蛇に睨まれた蛙…ではないが、かなり眼光鋭い。
「また朝食抜いてたの?」
「…パン1枚で済ませることが多かったってだけだ」
「ふーん…まあ、夏休みの間、朝ごはんは私が作るから」
怒ったように鼻を鳴らし、エプロンを脱ぐ神無。確かに最近はあまり食べれていなかったが、別に食べていないわけじゃない。
そう言おうかとも思ったが、地雷を踏みぬきかねないな。やめておこう。
パンを食べながら時間を見ると、約束の時間まであと45分ほどあった。だいたい馬車で15分ほどで役所には着き、馬車亭までは5、6分で行ける。
「神無、10分後に家から出るから買い物とかよろしく。買い物用の財布は私の机の引き出しの中に入ってるから」
「はーい」
トーストを一枚咥えて一旦自室に戻り、財布を机の引き出しの中に入れる。そして、依頼はされたがなんの依頼かわからないため、魔獣退治と暴徒鎮圧の2種類の装備をバッグに詰め込み、準備完了。
「っていうか、行儀がわるい!」
「ん?」
リビングに荷物をおき、椅子に座ってベーコンエッグトーストを食べていると、唐突に神無が指を突きつけてきた。
「なんだいきなり」
「トースト加えて2階行かないでよ、落ち着いて食べればいいじゃん」
「…すまん、今後注意する」
「素直」
「実際座って食べればよかったからな。急ぐ必要はなかった」
パンを起き、紅茶を飲む。そして何も乗っていないトーストにジャムを塗って、食べる。
「ジャムなんていつぶりだろう…」
「私が学校行ってから全く食べてないでしょ」
「多分」
「もう…なんでそう自分の健康に気を使わないの?」
「いや、なんか限界を試してみたくなるというか」
「…………襲うよ?」
「わかった私が悪かった」
神無が今まで以上に真剣な声音でそう言ってきた。というか、学校に行ってから少し大人になったように感じる。
親離れ、とは少し違うかもしれないが、親が感じるという寂しさはこういうことなのかもしれない。
食べ終わった皿を、台所に張ってあった水の中に入れて、バッグを持ち、玄関へ。
すると、神無がパタパタとついてきた。見送りなんていつぶりだろうか。
「それじゃ、行ってきます」
「ん!行ってらっしゃい」
ーーー usual life ーーー
家から一番近くの馬車亭に行くと、きっちりしたスーツを身につけた男と、役所所属の馬車がいた。周りの人はざわついている。
周囲を見回していた男は、私の方を見たかと思えばこちらに近づいて来る。一瞬逃げようかとも思ったが、先に声をかけられてしまった。
「お待ちください」
「…はい?」
「バルツェ=スペリオル殿でございますよね」
「‥ええ。まあ」
「送迎でございます」
「…わざわざどうもありがとうございます」
周りの人にジロジロ見られながら馬車に乗ることなんてこれからないだろうなぁ
とか思いながら馬車に揺られること約10分。いつもの時間より早いのは途中で降りる人や乗る人がいないからだろうが、この馬車自体もかなり優秀な性能だからなのだろう。
「到着しました。すぐ5階の市長室に行ってください」
「わかりました」
男と別れ、市庁舎の中に。いつもならそんなにうるさくない庁舎内が、今日に限ってざわついていた。
これはどっちもの用意をしてきておいて正解だったかもしれない。かなり大事になりそうだ。
昇降機を使って5階へ登り、久方ぶりに市長室へ。ノックをすると、落ち着いた声で「入ってください」と言われた。
「失礼します」
市長室はいたって一般的。周囲には本がぎっしりと詰まった本棚があり、正面には机、その前には低めのガラス机と正対するソファーが置いてある。
「朝から急に呼び出して申し訳ない。どうぞ、お座りになってください」
「ありがとうございます。して本日の依頼はなんでしょうか」
お言葉に甘えて座ると、市長は椅子でなく私の前に座った。少し苦い顔をしているのは、それだけ頭を悩ます内容の依頼ということか。
「その説明のため、この地図を見てください」
市長はそう言い、ガラス机を2回小突いた。するとソファー前のテーブルが光り出し、地図が空間に投影される。その地図の北はレガリア山という活火山だが、そこと隣接しているヒレボという町が赤く光った。
「突如、大量の巨大猪と巨大熊がレガリア山から襲来し、ヒレボ町が襲撃されました。現在は緊急措置として、町民は地下シェルターに退避させ、町そのものを隔離しています」
野生動物の移動にしては大掛かりすぎるな。となると意図的な物である可能性が高いが、それを一人でこなすのは無謀だ。
となると組織的犯罪の可能性がある。ただ、この街にそれをするだけのものがあるのか?
「謎が多いですね」
「ええ…」
おそらく、その殲滅と退避の援護が今回の依頼の大まかな流れだろう。だが、この時期に巨大な獣が現れるなんていう事例は聞いたことがない。
「そこで依頼したいのが、その巨大生物の殲滅、町民の救出です」
「なるほど、もちろん引き受けさせていただきます」
「ありがとうございます。ですが、一つお願いがあるのです」
より真剣な顔で市長はこちらを見た。そして、思ってもみないことを頼んできた。
「貴方の昔の地位…侯爵の爵位を使って欲しいのです」
「ほう?それはなぜ」
「ご存知だとは思いますが、規定数以上の魔物の殺傷は禁止されています。さらに、巨大個体の討伐は一度ギルドに通し、狩人を雇わなければいけません」
この国では、王令で一市区町村で殺傷していい魔物の量は決められている。かなり珍しいし、他の国では無理な話だが、現魔王の多方面から勝ち取った信頼の証だと、制定から15年ほど経った今でも多くの王が学びに来る。
そして私の地位、侯爵 ロード スカーレット。この国にいる人の王、魔族の王両王から、かなり前…私が魔王直属機関、魔導士庁の部下だった時に賜った爵位だが、それ故にその爵位を使う機会がない。
政界に出たい奴らからしたら喉から手が出るほど欲しい代物だろうが、私別にどうでもいいしなぁ…
いや、ビザを取りやすくなるのはありがたいな。
市長の「ギルドに通す」云々は新ギルド法によるものだ。これは議会令の一つで、対巨大生物に関しては必ずギルドに討伐依頼を立てなければいけないというものだ。これによって破産する狩人もいなくなったらしい。
「ありがとうございます!」
…昔は感謝されるようなことはなかった。魔王政権の外交使節時代では、感謝よりも貶し、罵りの方が多かった。
今はもう隠居して、依頼請負人みたいな仕事をしているが、昔よりも充実している。
改めて、市長からの依頼はこうだ。
突如襲ってきた巨大な獣の殲滅と調査。そして殲滅後に退避する市民の安全確保、警察の動く道を作ること。
報酬は10万N。1回の依頼にしてはかなり高額だが、命をかける以上は当然かもしれない。
市長とともに昇降機で1階まで下りると、各職員が市長を出迎えにきていた。彼らと話している市長に挨拶を言う。
「では、失礼します」
「いえ、私も向かいます」
「へ?」
予想外の返答すぎて拍子抜けしてしまったが。流石に止めなきゃいけないだろう。
「危険なことはわかっていらっしゃいますよね?」
「はい」
「死にますよ?」
「そんなヘマはしないでしょう?」
「…当たり前です」
結局押し切られ、同じ馬車に乗ることになった。いいのかこれ…
ーーー
市長同伴で馬車に揺られること15分。ヒレボ町との隔離壁に辿り着いた。時たま壁が揺れている。
そしてその壁の門前には警察団が待機していたが、彼らは我々の馬車に気がつくと、スッと身を引いてくれ、通してくれた。
「では、幸運を」
「どうも。すぐに終わらせてきます」
市長は頷くと警察団に話しかけ始めた。ジェスチャーからして門を開けと言っているんだろうが…
「わかりました。開門します」
「いや、開けなくていい。私が戻るまで待機しててくれ」
一瞬、警察団がぽかんとしてざわめき始めた。周りの警察にジロジロと見られている。
「いや、我々も行かせてもらう。冒険者のようにギルド報酬で生活してる君みたいなちびっこじゃあ不安だからな」
明らかに下に見ているような態度だ。鼻で笑う音も聞こえ、完全に外見容姿だけで判断していやがる。
そもそも、こんな場を任されるんだからそれなりの強さがあることくらいは察せるだろう…
「…それはこれを見て言えるのかな?」
「は?」
警官達の目の前で変化するのは些か気がひけるが…仕方あるまい。
腰にかけていたカードホルダーからトランプカードを5枚引き、空中に叩きつけるように展開する。
『spade J』
『club J』
『heart J』
『lozenge J』
『lozenge Ⅸ』
すると、カードホルダーから自動音声が流れ出して、カードがそれぞれ発光しだした。
これこそが、私を侯爵にした長年の研究成果…媒体魔法の中でも難度が高い、記録魔法の一種。
その名も想録魔法。魔法の才がなくてものし上がった私の努力を見せてやる!
「《ヒドゥンアピアー フォーカード》」
また自動音声が流れ、魔法が発動する。
私の体から枯れ木が折れるような音がしながら、普段は隠れている魔族の証が実体化していく。
10秒と経たずに、私の背中からドラゴンの翼に似たものが生えてきた。そこから紫色のローブが被さり、翼だけが外に出る。
警官たちは顔を青くし、後ずさりしていった。…当たり前だ。こんな姿の者はもう本の中でしか出てこない。
「な…」
「子供の姿だと侮るなよ。人族」
ーーー hero was made by people ーーー
あの姿になってから警官はただのイエスマンになってしまった。そんなに怖いだろうか。
子供扱いにちょっとムカついたからなってやったが、子供には「カッコいい!」と好評だったりするんだが。
少し不満に思いながらも飛行魔法を使って隔離壁内に入ると、そこはもう地獄絵図だった。
形を残している建物は全体の3割にも満たず、大きな八百屋や魚屋があった周辺は特にひどく荒らされている。
そして同時に集合住宅も荒らされ方がひどい。山から降りてきたにしては明らかに異質だ。
「巨大生物とやらが地下シェルターの入り口に気がつかなきゃいいが…む?」
地面に降り立つと、かなり酷い腐臭が鼻に入ってきた。豚肉が腐ったような、とにかく生理的嫌悪を抱く匂いだ。
戦場には多く出たが、ここのように異質な現場に行ったことはないから経験は役に立たない。ぶっつけ本番というやつか。
と、ゴソゴソと何かを漁るような音がした。息を潜めて20mほどかがんで歩くと、そこには謎の男と5匹の獣がいた。
「FO^O、」
「0T。A940T。」
「…うるさいぞ、獣ども」
言語…だろうか。発音に規則性があるように感じるからおそらく言語なんだろうが、それをしきりに交わしていた獣らは、謎の男の一言で静かになった。
どうやらあの獣らは、命令を聞く知能、そして謎の人物が自分たちより上とも理解しているようだ。
もしそれが自己進化だとしたらかなりの大発見だが、十中八九あの人物のせいだろう。ここでその研究成果が失われるのは惜しいが、この街に危害を加えたのは重罪だ。
すると、男はニヤリと笑って獣たちに、さぞ楽しそうに話しかけた。
「ほう?おい魔獣共、どうやら盗み聞きしている餌がいるそうだが…どうする?」
次回
捻転した序章
2019年5/18(土)
公開予定




