第伍話 加減乗除によるビヘイビア
「10分経ったら引き返して状況報告しよう」
「おう、了解」
そう言って義兄様と大石さん、マリア先生が反対方向に歩いていった。向こうは松明があって明るいけど
「それじゃあこっちも行きますか」
「神無月さんちょっと?」
「まあまあ灰原くん。松明は前行って」
「さらっと追い討ち!?」
「灰原、牢屋を一個一個確認する感じで行ってくれ」
「アーサー先生、こっちの気持ちわかって言ってます?」
なんか、向こうは比較的静かなんだろうけどこっち騒がしい面々が集まった感じがする。
灰原先輩は弄られキャラだし、神無月さんはどこか抜けててお話し好きそうで、アーサー先生は授業中も関係ない話をするので有名…
そして悲しきかな、全員ボケ。ツッコミ私1人。
「玲華、置いていかれるぞ」
「え、いや待って皆さん速い!」
「玲華ちゃん置いてくよー」
「神無月さん松明より前にいかないでください邪魔!」
「ああ、もう…」
小走りで追いつき、牢屋を一個一個確認する。灰原先輩は通ってきた道にある松明に火を移してくれているみたいで、ちょっと遅れても真っ暗なんでことにはならなそう。
牢屋の中には特に人がいた痕跡も匂いもない。苔とか生えてる。
「うーん、人がいた形跡はないね」
「神無月さんまじめに探してます?」
「酷いな玲華ちゃん、探してるよ」
「灰原、ちょっとゆっくり」
「注文が多い…」
「何か言ったか?」
「いえなにも」
そういえば、なんでこのメンバーなんだろう。私も灰原先輩もコンビで強くなるタイプ。戦力を分割しちゃうのはあんまり得策じゃないような気がするんだけど…
「ええいジメジメする!」
「湿気が多いねー、なんか気分悪くなってくるよ」
「…俺奥に着くまで一体どのくらい松明掲げてりゃいいんすか」
「湿気払いも兼ねて確かめてみるか?」
「是非」
「《風刃跡残 ウインド スラッシュ》」
アーサー先生が手刀を横に振ると、それが一陣の風になり牢屋の暗闇へ吸い込まれる。
少し遠くで少し高い音でなにかが当たる音がした。
「…聞こえないな」
「え、いつまで俺これ持ってればいいの」
「玲華ちゃん、どうだった?」
「少し遠かったけど聞こえました。必ず行き止まりはあります」
「よし。そうと決まればパッパと奥まで見て一旦戻ろう。そろそろ3分経つし急がないとマリア先生たちを待たせる羽目になる」
「了解です、先生」
灰原先輩が松明を少し振って歩き出した。後についていきながら牢屋のチェックを欠かさず歩く。
暫く歩くと灰原先輩が止まった。奥をみると銀色の重そうな扉がある。先輩がノックして音を鳴らす。
「先生の魔法で当たったのはこの扉かな?」
「はい」
「これに当たったのか…っと、開く時間はなさそうだな。走って戻ろう」
「ちょ」
「玲華ちゃん、乗って」
「え、いや」
「そっちの方が速いから。ね?」
「…お願いします!」
しゃがんでいた神無月さんの背中に乗る。前ではアーサー先生、灰原先輩が走っていた。神無月さんも走り出す。そして前を走る先輩との差をどんどん詰めていく。
「速っ!?」
「ふふふ、まだまだぁ!」
「なんの負けるか!」
「先生!?」
先生が猛ダッシュで走って距離を開く。それを詰めようと2人が走る…
「あ、義兄様見えた!止まって!」
「え、あ、先生!」
十字路の中央で止まり、全員息が切れて床に四つん這いになった。義兄様たちがそれを見てなにがあったのか聞いてくる。
「いや、なんか帰りでみんな猛ダッシュしてただけ」
「…どうしたんすか先生。そして灰原」
「なんか、興が、乗った、ていうか」
「バカだろ」
「返す、言葉も」
「ああもういいから黙って疲れを取る!」
義兄様の後ろから大石先輩が灰原先輩のところに向かっていく。ふと燃えかすの匂いがしたと思ったら、彼女が背中に誰かをおぶっているのに気がついた。スカートにカーディガン…制服?
「大石先輩、その人」
「見つけたの。寝かせてあげたいんだけど…」
『ほんとごめーん』
「いいのいいの。困った時はお互い様」
背中の女子学生はぐったり寝ているのに声が聞こえる。一体どうなってるんだろう?
『私は伝説の』
「サクラさん。寝ている彼女の魔道具だって」
『ちょ』
「それ、あなたが原因じゃないんですか?えっと、サクラさん」
『…まっさかー!それはないでしょ。私そんな高レベルの魔法使えないし。私龍の骨でできてるだけだから』
色々とツッコミを入れたいけど、大石先輩に背負われてる女子学生の体調が心配だし、早く寝かしてあげないと。
「牢屋の中とかにしかベッドないし…どうする?」
「ん、ぁ…」
「!?起きた!」
「あ、え?」
「降ろす?」
「お、お願いします」
大石先輩が背中から降ろし、フラフラする女子学生を支える。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、大丈夫ですか?」
「えっと、はい…」
フラフラしてるけど顔が赤いわけでもないし、逆に青ざめてもいない。足や腕に何か怪我もなさそうだし、呼吸が苦しい様子もなく思う。
「属性麻痺による昏睡…?」
「ああ、可能性あるね。それは思いつかなかった。さすが玲華」
「ありがと義兄様。えっと、慣れない魔法とか使いました?」
「ふぇ」
『あ、うん。使ってた』
「やっぱり…」
「ちょ、サクラ」
属性麻痺の昏睡ならまだ足や手にだるさが残っていてもおかしくはない。動き周るのは避けた方が得策。
「え、ボクここに1人残されるの?」
『それは勘弁してほしいなぁ』
「ですよね…大石先輩」
「ん?また背負っていけばいい?」
「あ、いやボク普通に歩く」
「ダメです。最悪壊死します」
「ヒエッ」
軽く話した感じ、無理をしやすい人なんじゃないかと仮定してかなり過激な脅しをかける。そうすると背負われることを容認してくれた。
ただ立ったり座ったりは問題なさそうだったから、大石先輩に見てもらって私はさっきから言いたかったことを全員に聞く。
「っていうかみんななんで一言も言わないの」
「え?いや偶には任せようかなって」
「私たちは非常事態時のマニュアル確認を」
「装備の確認してた」
「話してくれてもいいじゃん…」
義兄様の時はみんな話しかけるのになんで私の時は話してくれないの…ひどくない?
「いやなんか…お兄さんよりしっかりしてる感じがしたから」
「まあ、翔魔よか安心できるな」
「…そう言われると悪い気はしない」
「うーん、この信頼の薄さね」
私は悪い気しないけど義兄様にダメージが入ったっぽい。たしかに義兄様って肝心なところでポカしたり焦って台無しになったりすることが多いような気がする。
「ま、まあまあ…」
「いつものことだからいいけどさ。んじゃあ灰原、お互い情報交換しとこう」
「おうよ」
義兄様たちは奥にあった扉を開いて中からこの人を助け出したらしい。となるとこっちにもいる可能性がある。
「組み分けは変えなくてもいいか。とりあえずそっちにアーサー先生がいらっしゃるなら扉開くのは問題ないと思うし」
「多分。まあなんかあったらぶっ壊せばいいだろ?」
「中の人には十分注意しろよ」
「あたぼうよ」
そういえば、さっきの女子高生っぽい人の名前を聞いてなかった。大石先輩の触診も済んだっぽいし聞こう。
「あの」
「ふぁいっ!?」
「そんな驚かなくても…」
『ごめんね、ヨヒラ結構ビビりなんだ』
「あ、いえ。私、霧雨 玲華って言います。お名前教えてくれませんか?」
「あ、ボクはアイサキ ヨヒラって言います。上のカチュームはサクラって言って、魔道具らしいです」
「アイサキさん…」
「あ、漢字これね」
ポケットから紙を取り出して書いてくれた。藍咲 八葩って書くみたい。私も貸してもらって自分の漢字を書く。
『綺麗な漢字だね。玲瓏たる華か』
「ありがとうございます、サクラさん。義兄様につけてもらった名前で、気に入ってるんです」
『君のお兄さんは素晴らしい感性を持ってるんだ。いいね』
サクラさんは表情が見えないけど、なんだか笑ってるように声が響く。
「玲華ちゃん、そろそろ行かない?」
「あ、はい。ちょっと待ってくださいね神無月さん」
「藍咲さん、行きましょう」
「あ、はい。またね、霧雨さん」
「玲華で大丈夫ですよ。それじゃあ、また!」
神無月さんのいる方へ走って行って振り返ると、向こうの奥から何か音が聞こえたような気がした。ただあのメンバーなら何かあっても大丈夫だろう。
「また松明は僕だろうから持ってきたよ」
「あ、ごめんなさいお願いします。先輩」
ため息を吐きながら先輩が松明を持って気だるそうに先を歩く。アーサー先生はその後を楽しそうな顔をして歩き始め、神無月さんは神妙な面持ちで後を追う。
結局誰も一言も喋らずに奥まで来た。先生と先輩が頑張って開こうとしているけど、全然開かない。
「鍵がかかってるとかじゃないんですか?」
「いや、それはないな。この感触だと錆びついて動かないって感じだ」
「どれじゃあ吹き飛ばしますか」
「神無月さん待って早い」
「え?でもそっちの方が手っ取り早くない?」
「人命救助が最優先です」
「この扉開かない限りどうしようもないじゃない」
「…とりあえず蹴る練習をやめてください」
思いっきり蹴り壊そうとするのはどうかと思います神無月さん。でも言ってることは正しい。この扉が開かない限りどうしようもないのは確かにそうだし。
「滑りを良くするか溶かすか…いやどっちみち素材がわからない限りできないな」
「美沙がいたら蹴り飛ばしてたんだと思うけどこれ蹴り壊すしかないと思うぞ」
「焦るな灰原。もう少し考えたら何か出るかもだ」
「とはいえ先生…となりの牢屋の壁壊した方が効率いいんじゃないですか?」
その発言にみんな黙った。当の本人は疑問符を浮かべながらキョロキョロと周囲の人を見回している。そして出たのはため息だった。
「急になんすかもう」
「いや、牢屋を蹴り壊すよりも破壊力あるものが来て固まった」
「似てきたなー美沙に」
「なんか…はちゃめちゃだなって」
「そうか?そうでもないと思うんだけど」
まあ、扉を破壊できずとも牢屋の壁を壊すっていう第2目標ができたのは強い。
奇想天外な発想をして驚かれる役割は大石先輩なんだけど…
「どれ、なんならやってみるか?」
「案外あっさり行ったりして」
「そうあってくれるといいな」
先生が牢屋の中に入り、壁を正拳突きした。それだけで壊れるわけはない。
「先生,それは流石に無理が…先生?」
「抜けない」
「嘘でしょ」
先生の前腕が壁にめり込んで抜けなくなっている。全員で引っ張り出そうとしても抜けない。
「何やってるんですか…」
「いや、すまん」
「玲華ちゃん離れて」
「え?あ、はい!」
私が牢屋から出ると、神無月さんは先生と灰原先輩に目を閉じるよう指示した。2人が目を閉じたことを確認して、神無月さんは長く息を吐く。
そして正拳突き。当たった途端に壁に大きな亀裂が入った。さらに彼女はクルリと回って後ろ蹴りを打ち込む。
なんで男性陣に目を閉じさせたのか分かった。一応見えなかったけど、角度によってはスカートの中が見えかねない。
「はい。一丁上がり」
「開けても?」
「どうぞ」
「…おお、粉々だ」
「うわ、うわあ…」
牢屋の中に誰もいないのが救いだった。誰かいたら大変なことになっていたかもしれない。
「さて、ん?」
「どうかしたんですか?」
「いや、まさか」
「ん?何っ!?」
反対側の牢屋には十字架にはりつけられた中学生くらいの青年がいた。出血や打撲痕も多く、かなりひどい…
「灰原」
「トラップらしきものはないですけど、何をする気ですか?」
「《幻影揺剣 フェイクソード》」
魔法で精製した剣でこっち側の牢屋の格子を叩き切った。そして青年の牢屋に近づいていく。
「止まりなさい」
「む」
「ゆっくり武器を置き、戻って」
いつのまにか開いていた扉から女性の声がする。ただ姿は見えない。どこから…
「…犯人は現場に戻るとはよく言ったものですね」
「犯人?何の話だ」
「………嘘は言っていない?」
見えない女性と先生の見えない攻防が始まった。先生の額には汗が走り、女性の声にあった疑問の色は濃くなっていく。
そしてしばらくの静寂の後、先生の近くの空間が歪み、青いメッシュが入った肩まである黒髪の女性が現れた。その手にはナイフが握られている。
「「!?」」
「無礼をお詫びいたします。この青年を拷問した輩と勘違いしました」
「いえ、こちらも誤解を招くような物を使ったので何も言えませんよ」
そういえは、神無月さんだけ女性が急に出てきたのに驚かなかったけど何か知ってたとかあるのかな
ちょっと聞きたかったけど、すぐ青年を回収することになって聞けなかった。
「意識は…なさそうね」
「出血多量…か?」
「でしょうね。手には太い釘が2本づつ刺さっていますし、腹部がいくつも切り裂かれていることから血の収集でしょうか」
「血?大規模魔法にでも使うつもり?」
「わかりません。ただこんな空間が出来たことと関係がある可能性はあります」
なんだかよくわからない会話をしている。とりあえずそれは一旦無視するとして、この青年を治療できる場所まで連れて行かないと。
「そうね。戻りましょう」
「道中の哨戒はお任せを」
そう言うと女性は消えてしまった。ただよく聞くと走る音がかなり小さいけど聞こえる。現代まで残ってる忍者なのかな
十字路のところまで歩いて戻ると、義兄様たちは先に着いているようだった。
「前方に数人いるようです」
「霧雨達だろう。この距離まで近くなったなら哨戒も十分だ」
「了解しました。ただまだこのままにしておきます」
「わかった」
ガヤガヤと話し声が聞こえる。義兄様達じゃない声も聞こえるから、また何人か助けたんだろう。
「お疲れ様。って!?」
「怪我人です。マリア先生!」
「ここで!?保健室まで連れて行かないとこんな怪我は治せないわ」
「俺行きますよ。美沙」
「行く」
「わかった。アーサー先生、これから3人で保健室に籠ります」
「後のことはご安心を。あ、そっちじゃなくてあっちですよ道」
「あっ、ありがとうございます。じゃあ急ぐよ!」
「「はい!」」
3人が走って出口につながる道へ走っていった。そしてさっきから微妙に気になってた後ろの3人は?
「宇佐見 蓮華といいます。調査をしていたら巻き込まれまして」
「フラム=マリオネット。同じく調査員でーす」
「えっと、一般人の菜花 戒杜です。変なことに巻き込まれて今絶賛混乱中です」
自分の漢字を言いながら自己紹介する3人。それぞれ義兄様達が助け出したのかな?他の牢屋に入っていた集団のような疲れとかは見えないけど…
と、透明化していた女性が急に現れた。
「大佐に大尉!?」
「その声、ルリ?」
「あれ、ルリってこっち担当だったっ」
「はい」
どうやら2人と透明になるの女性は面識があったらしい。ただ青年の方は頭に?を浮かべている。
そして何度か大きく深呼吸して、口を開く。
「あの」
「ん?」
「ここ地下ですよね」
「うん」
「そろそろ新鮮な空気を吸いたいんですけど…いつぐらいに出れます?」
「あー…ちょっと待っててね」
菜花さんと話していた神無月さんがこっちに来て、いつ上に戻るかを先生方と話し始めた。ところどころ聞いた単語から推測して、もうすぐにでも戻ろうという話になっているっぽい。
「すぐ戻る事になりました。みんなそれで大丈夫…よね。うん」
異論は上がらない。このジメッとした閉所から出られるならみんな文句はないだろう。
アーサー先生を先頭にして、帰りの道へと足を進ませた。最後に生存者がいないか音で確認したけど、何も聞き取れなかった。
くるりと振り返ってみんなのいる方を見る。義兄様と菜花さんだけがこっちを見ている…?いや、菜花さんはガラス玉のような目でこの道のずっと奥を見ていた。
そういえばこの奥は見てなかったような…
「玲華」
「あ、はーい!」
でも生存者はいなさそうだし、放っておいても大丈夫だろう。




