第八十話:『王女の部屋のドアの外側につけられた鈴』
※ちょっと物悲しめなお話。
「最近冷え込んできましたね」
『季節感を重視している貴方のために、この空間の気温も変化させていますからね』
「嬉しい限りです。でも室内なのに氷点下を下回っているのはどういうことなのでしょうか」
『匙加減が難しいのですよ。絶対零度下でも超新星爆発の中でも平気ですから私』
「なるほど。では俺が調整しましょう。あれ、気温調整機能がロックされてる」
『私の干渉直後なので、他者は変更できないのですよ。女神セキュリティというやつです』
「なるほど。では暖房器具を」
『氷漬けですよ』
「そんな次元の寒さなんですか」
『むしろ貴方は何故凍っていないのでしょうか』
「とりあえず命を燃やして体温を上げていますので」
『そういう仕組できましたっけ。でも体力がみるみる削れていますね。凍死するよりかは長持ちしそうですが』
「とりあえず暖を取らないといけませんね」
『こちらに大きく、暖かそうな布団があります』
「おお、ありがたい」
『さあ、どうぞ。一緒に包まりましょう』
「おっと発作中だぞ、これは」
※女神様は十の倍数話にデレる発作が起きます。
『自然な流れで捕まえようと思ったのですが、ダメでしたか』
「不自然な環境極まりないですよ。そういえば発作中は力の加減が雑になるんでしたね」
『ではとりあえず布団だけどうぞ』
「ありゃ、あっさりと。暖かや暖かや」
『さぁ、貴方は布団にくるまり暖を取れている。かたや目の前に肩やへそを出したファッションの女神がいます』
「罪悪感に訴えかけてきた。でも女神様絶対零度でも平気だって言っていませんでしたか?」
『防寒機能をオフにしました。なかなか寒いですね』
「無茶をなさりおる。仕方ありませんね。大きい布団ですし、そこまでくっつく必要もないでしょうし……お隣どうぞ」
『わぁい』
「でも防寒機能はオンにしてくださいよ。万が一風邪を引かれると、俺のせいになって正気になった女神様にギルティされますので」
『されるでしょうね。まあ控えめに戻しておきましょう』
「なんといいますか、女神様の発作もそれなりに耐性ついてきていませんかね」
『貴方が適度に受け入れつつあるからでしょうね。いっそのこと肌と肌で温め合うくらいしてくれれば嬉しいのですが』
「そういうのを勘弁して欲しいって気持ちを受け入れてもらえているので、こちらも寛容になっていると言いますか。まあその後の女神様のお仕置きに慣れてきたとも言えます」
※発作時の女神様の誘いに乗ると、不敬罪でお仕置きが待っています。
『前回は下半身キャタピラでしたね。いえ、キャタピラ化は貴方自身が選んだ選択ですが』
※第七十一話参照。
「ちなみに今くらいだと後のお仕置きってどんな感じですかね」
『次の転生まで貴方の部屋をサウナにしておく感じでしょうかね』
「まあそれくらいなら。心頭滅却すれば火もまた涼しと言いますし」
『あと二十四時間アウフグースするロボを設置します』
※タオル等であおぐ行為。熱波が一気にきて汗がぶあーなります。
「水分多めにとらなきゃ」
『……こういう時間も悪くはないですが、少々風情が足りませんね』
「背景が凍った室内ですからね。雪でも降ればマシなんでしょうけど」
『降らせてみますか、てい』
「吹雪になりましたね。風情を感じるというか風をダイレクトに感じますね」
『加減が難しいのですよ。おや、震えていますね。もう少しくっついても良いのですよ』
「うぐ……これはいつもの誘惑とは違った魅力が……」
『体温程度で誘惑されて悔しくないのですか』
「その体温が死活問題の状態ならば誘惑されて然るべきと思うのですが」
『ほらほら、私の体温は今四十度くらいありますよ』
「それ人間なら高熱ですよ」
『加減が難しいのですよ』
「実際少し顔も赤いですし」
『……先程防寒機能をオフにしたので、その反動とかですかね』
「もう、無理しないでくださいよ。よいしょっと」
『おや、布団から脱出して死ぬ気ですか?』
「転生の時間ですよ。目安箱は……凍っているけど腕は突っ込めるな。ガチゴソっと」
『中に入っている紙まで凍ってそうですね』
「でも中は結構暖かいですね。冬眠中のフォークドゥレクラがいるからですかね」
※第四十四話参照。無敵のリス。
『そういえば存在を忘れていましたね。私が発作中の時は隠れていますからね』
「野生の勘というやつですかね。俺よりも早く気付けるのは少し羨ましいところです。ええと、ラズベルさんより、『王女の部屋のドアの外側につけられた鈴』ですね。そそくさそそくさ」
『戻ってきた。数秒でもあっという間に体温が失われていますね』
「おかげですっかり眠くなってきましたよ」
『……仕方ありませんね』
「おや、吹雪が止んだ。それに気温もこころなしか戻っていますね」
『調整はできませんが、オフにはできますので。凍死体相手では発作を紛らわすこともできませんから』
「では――」
『ただし、向こうの世界の転生の受け入れ準備が終わるまでの間、布団から出ないことが条件です』
「……まあ、それくらいでしたら」
◇
「ただいま戻りまし――」
『冷房スイッチオン』
「一瞬で極寒地帯に。冷房で吹雪は吹かないんですよ」
『今回は布団だけではなく、おでんもありますよ』
「おでん……味をしめてますね。どうせ全日サウナコースですし……諦めますか。いそいそ」
『わぁい』
「でも冷静に考えると、布団に入らなくてもこのおでんの鍋に抱きつけば良いのでは」
『ぐつぐつに煮えたぎっていますけど、膝に抱いてみますか?』
「コンロから離れているはずなのに」
『保温性のある鍋を用意したら、常時沸騰させる鍋になりまして。最大値を考えれば、加減できた方なのですよ』
「本気ならば具材ごと蒸発しそうですからね」
『ではおでんでもつつきながら報告を聞きましょうか。王女の部屋のドアの外側につけられた鈴でしたか』
「はい。今回はメルヘリヤ王国の王女、メミリアの部屋のドアの外側に付けられた鈴に転生してきました。なんで外側なんでしょうね。ウインドウチャイムって内側につけるものですよね。内側だったらずっと眼福だったものを」
『それはその通りなのですが、お城の部屋の扉ですし。どちらかといえば呼び鈴のようなものなのでは』
「なるほど。そして口に大根がねじ込まふふ」
『私ばかりが食べるわけにもいかないでしょう。さあ続きをどうぞ』
「メミリアは十四になったばかりの王女です。箱入り娘として育てられたので、色々と世間知らずなところもあり、性格としては……不思議な子でしたね」
『いわゆる不思議ちゃん的な感じでしょうか』
「そうですね。俺が設置された時も『まぁ、素敵な鈴さん。これからよろしくね』と挨拶されました」
『なるほど。なかなか個性的ですね』
「ええ。あと『すごくたくさんの生を歩んできたのね、ぜひお話を聞かせてもらいたいわ』とも」
『初手で貴方の存在を看破しているじゃないですか。何者なのですか』
「メルヘリヤ王国は代々、創造主から与えられた『星願の杖』と呼ばれる願いを叶える杖を護り続けている国でして。そして杖を扱えるのはメルヘリヤ王家の血を継ぐ女性だけなのです」
『ふむ。随分と壮大なスケールのアーティファクトが存在していますね』
「はい。世界に大きな問題が起きた時、メルヘリヤ王家の血を継ぐ女性が星願の杖を使い、その問題を解決するようにと託されたとか」
『創造主によっては世界の運営を人間任せにすることもそれなりにありますからね。最終手段的な救済措置として用意したといった感じでしょうか』
「そうですね。その杖はどのような願い事をも叶える反面、使用者の命を奪うといった代償も要求してきますから」
『そう簡単には使えないようにしてありますか』
「そういった経緯でメミリアも星願の杖を扱える唯一の存在として、メルヘリヤ王国に大切に保護されていました」
『唯一ですか王族でも女性はそれなりにいると思いますが』
「メルヘリヤの王族は神からの呪いを受けており、星願の杖を扱える女性は一人しか存在できないのだとか。そして十年ほど前に世界的な大飢饉が発生し、メミリアの母親はその問題を解決するために星願の杖を使用し、命を落としたそうです。そして次の使用者として杖を託されたのがメミリアというわけです」
『背負うものが大きそうですが、そういう立場なら周囲からも大切に扱われたのではないでしょうか』
「それがそうでもなくて。星願の杖を扱える者が存在しなくなった場合には、新たに王族の女性に杖の使用権が渡る仕組みなのです」
『突発的な病気や事故対策ですかね。……つまり、その王女が死ねば次は問題なく補充できると』
「はい。なので私欲で星願の杖を使おうとメミリアを誘拐しようとする者や、権力を手にするために暗殺を企てる王族もいました」
『そういった相手がいることを理解しているのならば、色々と見る目は養われていそうですね』
「ええ、俺も求婚されましたよ」
『見る目ないですね。鈴ですよね、貴方』
「なんでも『貴方には私を利用しようという気持ちが少しも感じられない。単純な好意だけを向けられるのなんて、お父様とお母様以来なの』とか」
『わりと見る目ありそう。でも鈴ですよね、貴方』
「俺も言いましたよ。そしたら『あら、人は富や権力に心を奪われるのだから、鈴に心を奪われても良いじゃない?』と返されましたね」
『わりと捻くれていますね』
「まあでも俺は少女を愛でても結婚したいとは思いませんでしたからね。とりあえず『君がもっと大きくなったらね』と濁しましたね」
『そういうところは日本人の習慣が残っていますよね』
「発育は女神様よりも良かったんですがね。あ、こんにゃくあつひ」
『からしもたっぷり塗ってありますよ』
「まあそんなわけで俺はメミリアに気に入られ、彼女の退屈を凌ぐ話し相手となったところから物語は始まります」
『退屈凌ぎですか。ほとんど外出はできなかったのでしょうね』
「ええ。彼女の部屋の内部には複数の小部屋が用意されており、部屋から出なくても生活は容易でした。俺が彼女に会えるのは食事や着替えが運び込まれる時だけでしたね」
『箱入りと言うよりは隔離に近いですね』
「父親以外信用できる人間がいませんでしたからね。食事を運び込んだりするのも、父親が魔法で洗脳した人でしたし」
『それでは話し相手にもなりませんね』
「はい。なので彼女は俺の話をとても楽しそうに聞いていましたよ」
『やはり今までの転生の話などでしょうか』
「そうですね。ただ俺の生涯というよりは、その世界であった変わった話とかを主体にしていましたね。こんにゃくゼリー斬とか、川柳ヒップホップとか」
※第三十三話、第三十九話。
『そのへんは誰でも食いつきそうですね』
「あとミュルポッヘチョクチョンとか特に食いついていましたね」
※第十五話参照。
『食いつくでしょうね。あれは人間の本能に響きますから』
「紅鮭師匠や田中さん、山田といった人達の話も楽しそうに聞いていました」
『個性しかない連中ですからね』
「でも女神様の話をした時はちょっとそっけない感じでしたね」
『そうですか。思っていたよりも本気だったようですね』
「やっぱり星願の杖を創った創造主とかを嫌っていたせいですかね」
『その線もありそうではありますが。自分の境遇には不満を持っていたようですね』
「そんなわけで、割と普通に受け入れられた感じではありますが、元々俺を設置したのはメミリアの父、メルヘリヤ王国の王様です。俺が設置されてから間もない頃に現れ、『調子は良さそうだな』と語りかけてきます」
『王も貴方のことを知っていた感じですか』
「『おかげさまで』と応えると、『鈴が……喋っ――』と驚愕していましたね」
『ただ鈴に話しかけただけの可愛いおっさんでしたか』
「ただすぐに『ま、まあ魔法の鈴なのだから、意思を持つくらいはあるのか……』と納得したようです」
『おや、貴方は魔法の鈴だったのですか』
「はい。王様の説明によると、俺は悪しき存在がメミリアに近づけないようにするための魔除けなんだそうです。使い魔とか、呪いといった類のものが寄ってくると、勝手に鳴り、撃退するとか」
『なるほど。それで扉の外に設置されていたのですね』
「扉越しにメミリアが『素敵な贈り物をありがとう、お父様』とお礼を言い、王様も『仲良くなれたのか。なるほど、それならば喋る鈴というのも悪くない』と満足そうでしたね」
『娘想いではあるのですね』
「ただ俺が求婚された話をすると『えっ、いや鈴だよな、お前』と返されましたね」
『それが正常な判断ですよ』
「しかし『ま、まあ娘が良からぬ男に誘惑される心配がないと思えば……一時の思い出となるか……』と受け入れられてしまいまして」
『合理主義的ですね』
「俺が性別的に男だと言っても、『いや、鈴じゃん……。まあ娘をよろしく頼む』と流されましたね」
『それが正常な判断ですよ』
「そんなわけで親公認の関係となりまひ――あふい、ちくわの中にからしがどっぷり」
『貴方の箸が止まっていましたので』
「まあ実際に俺の体に効果はあったようですね。なんか使い魔っぽいのとかが部屋に接近すると、体が勝手になり始め、妙な魔力波を放って怯ませていましたから」
『貴方の行為ではなく、自動的に発動する感じなのですか』
「ええ、おかげでメミリアに『良い音色ね』と言われた時にはちょっと恥ずかしかったですね」
『自発的な行動には羞恥心なんて微塵もないくせに、妙なところでナイーブですね』
「ただちょっと効果が弱いなと思ったので、怯んだ隙にレモン汁で刻んでやりましたよ」
※主人公は忍法でレモン汁とオリーブオイルを放てます。
『今回はオリーブオイルではないのですね』
「レモン汁だと自身のサビも落とせますからね。おかげで毎日ピカピカでしたよ」
『廊下がレモン汁だらけになってそうですね』
「乾燥していたので、すぐに乾きましたよ。メイドさん達も、廊下が柑橘系の匂いがすると好評でした」
『そういう点ではオリーブオイルよりも優秀そうですね』
「臨機応変に使ってこそ力は活きますからね」
『臨機応変の選択肢がレモン汁とオリーブオイルだけなんですよね』
「ですが俺が設置されたのにはそれなりの理由があったようです。先代の星願の杖の使用者、メミリアの母の願いにより世界の飢饉が救われたことで、世の中は大分平和になっていたそうで」
『それだけを聞くと、必要もなさそうですが』
「メミリア曰く『人は満たされると、もっと満たされようとする生き物。お母様に助けられて裕福になったことで、今度は星願の杖の力を自分のものにしようと思う人が増えたの』と」
『なるほど。人の業というやつですね』
「そんなわけで、使い魔どころか誘拐犯や暗殺者も結構やってきてましたね」
『レモン汁だけでも追い払えそうではありますがね』
「レモン汁でバラバラにすると床が汚れちゃいますからね」
『レモン汁でバラバラにするという行為がそもそもどうかと思いますが』
「なのでこの拳で黙らせてやりましたよ。りんりんと」
『それはただ自分の体が揺れて鳴った音ですね』
「メミリアに喜ばれてちょっと恥ずかしかったです」
『恥ずべきところはもっと他にあるでしょうに。セキュリティは万全そうですね。窓からの侵入者などはなかったのでしょうか』
「メミリアの部屋は地下深くにありましたからね。彼女は外の景色すら見たことがなかったのです」
『……それは少し可哀想ですね』
「ええ。俺もある日、外の世界に興味はないのかと尋ねたことがあります」
『それでなんと?』
「メミリアは『お母様の救った世界、興味はあるわ。でも外に出て私を、星願の杖を欲しがる人達を見てしまえば嫌いになってしまうと思うの。だから出たいとは思わないの。私はお父様やお母様、そして私のいるこの世界を好きなままでいたいの』と笑顔で答えました」
『賢い子なのですね』
「ええ。でも俺がなんか嫌だったので、メミリアに外の世界を見せる方法を考えました」
『おや、積極的ですね』
「俺は紳士な執事に転生していた田中さん、廊下の熊の彫刻に咥えられている紅鮭の彫刻に転生していた紅鮭師匠に協力を求めます」
『田中はさておき、紅鮭も無生物の回数増えてきましたよね。紅鮭ではありますが。それで、どのような方法を取ったのでしょうか?』
「紅鮭師匠を鳥に咥えさせて空を飛ばし、田中さんが紅鮭師匠の視界をジャックしてメミリアの部屋にある水晶にその光景を映し出すといった方法です」
『紅鮭の負担がえぐいですね』
「空から見る大地、川の中を流れる様など、メミリアにとっては初めて見る光景ばかりでしたからね。とても喜んでくれましたよ」
『紅鮭川に落とされてませんか』
「ただ川を流れる紅鮭にばかりピントがあっていたのが不服だったようで」
『紅鮭もブレませんね』
「最後は海の底まで流れ着き、鯨に飲まれて消えちゃいましたね」
『彫刻になっても食われて終わるのですか。不憫ですね』
「いえ、紅鮭師匠曰く『彫刻になってみたのは良かったが、寿命設定をしていなくて数百年ほどこのままだったので助かった』と」
『貴方が転生してくる数百年前から彫刻をやっていたのですか』
「俺や田中さんが気づいた時には半分意識が虚空の中に溶け込んでいましたからね」
『無限転生者の死因にありそうですね。そういえば執事の田中ならば王女に対して私欲を持たないので、世話役にはピッタリなのでは?』
「それがですね、田中さん曰く『私には恋人と再会したいという願いがあります。自力で成し遂げるつもりですが、誘惑には惹かれてしまうことになるので』と」
『貴方に願いはなかったのですか?』
「どれも自力で叶えるつもりでしかないですし」
『それもそうですね。しかし田中と紅鮭の協力は上手く行ったようですが、貴方は何をしていたのですか』
「俺はほら、ボディガードの仕事がありましたから。世界中からくるので、ほぼ日課でしたよ」
『ほぼ日課のように誘拐犯や暗殺者が訪れるって、城のセキュリティはどうなっているのですか』
「それが、ほとんど自由に入れるようになっていたそうです」
『どうしてまた』
「そうしないと、世界中の国が侵攻してきかねないからだとか。国に害を成さないことを条件に、自由に地下の試練を受けて良いといったスタンスです。世界にとっては『願いの叶う杖と王女が手に入る地下ダンジョン』くらいの感覚でしたね」
『傍迷惑もいいところですね』
「なので王様は田中さんに警護をお願いしており、それでも大変だからという理由で田中さんの推薦で俺を設置したのだとか」
『よく貴方が転生してくるってわかりましたね』
「田中さん曰く『なんか適当に物を置いておけば、肋骨君ならきっと転生してくるでしょう』とのこと」
『否定できない。しかも田中は世界の創造主とも平然と繋がりを持ちますからね。貴方の次の転生先を調べ、誘導した可能性もありそうです』
※田中さんは世界のバランスを上手に調整してくれる異世界デバッガーとして、初心者創造主達に絶大な人気があります。
「実は仕事が大幅に軽減したお礼としておでんの具材セットを貰ったので、お土産で持ってきたんですよね」
『被っちゃいましたか。対価も払うあたりちゃんとしていますよね。どうせ足りないでしょうから投入しておきましょう』
「汁が鍋から溢れそう。そんなこんなで、部屋を護りながらメミリアの話し相手になる。時折喜ばせるイベントを実行する。そんな日々を一年ほど続けました」
『……転機は訪れたわけですね』
「はい。ある日王様が大怪我を負った状態でメミリアの元を訪れました」
『負傷していたのですか』
「メミリアの部屋へと繋がる地下には誰でも潜入できる。だからこそ、王国には危害を加えない。そんな暗黙の了解を破り、王様を人質にメミリアを外に引きずり出そうと考えた者達の仕業でした」
『手段を選ばなくなってきたと』
「幸い田中さんが迅速に救出してくれたおかげで、一命は取り留めたようなのですが、それなりに酷い目に遭わされたようでして。王様は扉越しにメミリアに謝りました」
『謝ったのですか』
「『すまない、メミリア。私は亡き妻が護った世界、そして彼女が残してくれたお前を愛していたかった。だがもうお前と同じように世界を愛することができない』と」
『……人の愚かさをその身で体験したわけですからね』
「『それでも私はお前を愛し続ける。お前だけを愛し続ける。だから私は世界を敵に回すことにした。すまない、私はきっともう長くは生きられないだろう……』と涙ながらに語りました」
『王女を護るために、本気で戦う決断をしたのですか』
「はい。王様は城だけに留まらず、国境すら厳戒な警備を敷きました。世界からすれば、王様がメミリアを、星願の杖を独占しようとしたとみなしたわけです。間もなくして多くの国が侵攻を始めました」
『そうしない方が結果として国も世界も平和ではあったのに、娘だけを優先しようとしたわけですね』
「一国家と世界との戦いです。戦況は圧倒的に不利でした。数日としない内に田中さんが部屋の前へと訪れ、俺とメミリアに語りかけました。『この国はもう間もなく滅びます。私は国王様と共に戦い続けます。メミリアさん、貴方は彼と星願の杖を持ち逃げてください。この願いは貴方だけのものです。それが国王様の最期の願いです』と星願の杖を扉の前に立て掛けて」
『田中でもどうにもならない時があるのですね』
「田中さんはその世界で最強クラスですけど、その世界の規模に合わせていますからね。彼が去った後には、夥しい血の跡が残っていましたよ」
『……それで、王女は外に出たのですか?』
「はい。初めて自分の意思で扉を開け、星願の杖を手に取り、初めて俺に触りました」
『触れるのも初めてだったのですか』
「メミリアは『なんだ、こんなに簡単なことだったのね』と言いながら俺を扉から取り外し、自分の髪飾りへと付けます」
『概念死は大丈夫ですか?』
「物だったので辛うじて」
『辛うじてなのもどうかと思いますが』
「メミリアは現状を理解していながらも、鼻歌交じりで地下を登っていきます。『貴方と一緒に歩いてみたかったの。私の高鳴る鼓動と、貴方の揺れる音、入り混じってとっても心地良いわ』と微笑みながら」
『上では地獄のような状況でしょうに』
「ええ。彼女が地上……城の塀から世界を見下ろした時、街は焼け、城は多くの兵によって囲まれていました」
『かつてみた光景とはかけ離れていたでしょうね』
「メミリアは少しだけ悲しそうな顔をしましたが、またすぐに笑顔となり、塀の上へと登り、星願の杖を掲げ、願いました。『星願の杖よ、私の願いを貴方に伝えます。どうか貴方を不要とする世界にしてください』と」
『それは……』
「星願の杖は輝きだし、世界中に届く優しい音色を奏でながら、砕け散っていきました。世界に星願の杖が存在しなくなったことを理解させながら」
『……』
「星願の杖が消滅したことを悟った人々は争いの手を止めました。その静寂を聞き、メミリアはゆっくりと崩れ落ちます。俺は咄嗟に手を出し、彼女を受け止めながら地面へと着地しました。普段概念死ばかりしている俺だからこそ、メミリアが似た状態……もう助からないことはすぐにわかりました」
『願いを叶える対価は命でしたね』
「メミリアは笑いながら言いました。『貴方に触れたい。貴方と一緒に外を歩きたい。貴方に触れられたい。一度にいっぱい願いが叶っちゃった』と」
『他愛のない願いですが……そうですね。彼女にとって願いを叶える行為は命を掛ける行為。願うことすら避けようとしていたのでしょうね』
「俺は何も言わず彼女の頭を撫でて、言葉を待つことにしました。するとメミリアは心地よさそうに『もう一つ願いができちゃった。最期までこうしていてくれる?』と。俺は少しだけ体を揺らし、彼女が好きだった鈴の音で応えました」
『……満たされてはいたのでしょうね』
「ええ。とても安らかに眠っていきましたよ。まあ俺の方が納得しなかったのでその後はちょっと創造主さんのところに挨拶に行きましたが」
『行ったのですか』
「創造主さんの方でもメミリアの一生を哀れに思ったのか、彼女の魂を同じ世界で転生させ、今度は自由に生きられるようにと約束をしてくれました」
『話の分かる相手でしたか』
「そうですね。出会い頭に殴ったのはやり過ぎでしたね。ごめんなさいしましたよ」
『手がないはずの鈴なのに手が早いですね』
「――彼女は最期まで幸せそうでした。愛した世界を護り、僅かな願いを叶え、満たされたまま……だったのですが……。でもやっぱりもっと俺にできることがあったんじゃないかなって、複雑な気持ちです」
『納得できずに終わる。そういう人生もありますよ。ですが当人が満たされていたのですから、貴方が納得できないのは貴方自身のエゴです。もっと貴方に向けられた感謝の気持ちを大切になさい。感謝を向ける相手が落ち込んでいては、その感謝が曇るでしょう』
「……そうですね」
『よく頑張りましたね。私手製のおでんが報酬です』
「はい……この餅巾着……からしが目に染みますね」
『餅の代わりにからしの塊を仕込んでおきましたからね』
「そりゃ染みますね……。女神様はこっちのお土産の方をメインに食べていますね」
『私が作った分は貴方に食べさせるためですから。お土産の方は私に向けたものでしょうし、私が食べるのが筋かと』
「なるほど」
『しかし田中のチョイスした具材は美味しいですね。どこのメーカーですかね……おや、手紙が……私宛て?』
あの人が愛した女神様へ。
初めまして。私のことはあの人から聞いているのでしょうから、前置きは省かせていただきます。
私は同じ世界で転生することとなり、その転生の儀に田中さんに立ち会っていただけることとなりまして、こうして田中さん経由でご連絡させて頂きました。
本当ならあの人への想いを綴った言葉を手紙にしたかったのですが、きっと手紙では足りないだろうし、何より私の想いをあの人以外に知られるのは恥ずかしいので、あの人の愛した貴方に手紙を送ろうと思いました。
あの人にはもう感謝の言葉も伝えたし、最期の願いも叶えてもらいましたから、これ以上は贅沢ですし。
貴方のお話をあの人から聞いた時、貴方は私と似ているなと思いました。あの人が私を喜ばせようとしている行為、その必死さ、それらが全て貴方にも向けられていると思うとちょっと嫉妬します。でもそれはお互い様ですからね。
私は本当に幸せな人生でした。あの人や他人から見れば、世間を知らないまま死んだ可哀想な王女なのでしょうけれど、私は私の知る私だけの世界の中でこれ以上にないほどに満ち足りたまま最期を迎えられたのです。その上、新たな人生をもう一度やり直せるというのだから、言うことはありません。……やっぱり嘘です。できればあの人にもう一度傍にいてほしかったです。
創造主さんは私に王女としての記憶を残すか、残さないかの選択を与えてくれましたが、私の答えはもう決まっています。とりあえずは幸せに生きてみせますので、あの人のことはよろしくお願い致します。きっと私のことで思うところがあると思いますので。どうです?羨ましいでしょう?
……ええと、貴方には願いはありますか?ないのであれば、ぜひ願いを抱いてください。
私には願いがありました。あの人はそれを全て叶えてくれました。
あの人には想う相手のことを幸せにしてくれる力があります。きっと貴方の願いも叶えます。どんな願いであっても、あの人はそのために全てを捧げるでしょう。
なので、ぜひあの人に願いを託してあげてください。きっとそれがあの人の願いなのでしょうから。
『願い……ですか』
「手紙にはなんと?」
『私宛の助言です。おでんの具材の仕入先とか、参考になりましたね』
「それはなによりです」
『……冷えますね。私からの細やかな願いですが、もう少しくっついても?罰は重くなるでしょうが』
「えぇ……。まぁ……そうですね。少しくらいなら」
『……なるほど。本当ですね』
「?」
女神デレ度が増しているのでストーリーも負けじと頑張ったら、中々のボリューミーに。




