第七十九話:『殺伐とした場面に現れる混沌の塊』
「トリックオアトリート」
『ではお菓子を要求します』
「取られる側だった。せっかく狼人間の仮装をしたのに」
『元々犬っぽいのに仮装もあったものじゃないですけどね』
※第72話のあとがきにて主人公の全身イラストありますので、そちらをご参照ください。
「こちらお菓子です。でもせっかくなので仮装しましょうよ」
『ありがとうございます。地球人の観点から言えば、女神の格好がそもそも仮装みたいなものでは』
「女神様は女神が本業なのですから、他の姿をしなきゃですよ」
『あけあけ。では異世界転生斡旋の女神から、根絶の女神に仮装ということで』
「服の飾りが変わっただけじゃないですか」
『ポリポリ。昔の装飾品を装着しただけですからね』
「今と比べるとちょっと豪華ですね」
『ポリポリ。そうですね。昔は長髪だったり、翼があったりと、ごちゃごちゃしていましたから』
「そこは再現しないんですか?」
『ポリポリ。そこまで再現すると、一部の神々が誤解して緊急災害警報のラッパとか鳴らしかねませんからね』
「どれだけ恐れられていたんですか」
『ポリポリ。今も恐れられていますよ。だから他の神々との接点を意図的に造らされて、こうして遠目に監視されているわけですし』
「女神様の監視とは、羨ましいですね」
『ポリポリ。何重もの次元の壁越しで、おぼろげなシルエットを見るだけの、何をしているのかも把握できない作業ですよ』
「え、じゃあ今も監視とかってされているんですか?」
『ポリポリ。毎日家の前のガスメーターを確認されている程度の感覚ですし』
「外出しない限りはどうでも良さそうですね」
『ポリポリ。そういうことです。ただ最近では私への脅威度が増しているような傾向を感じますね』
「何かやらかしたんですか?」
『ポリポリ。目の前のナニカがやらかしてくれてますね。私の嫌がらせだと受け止めている神もいるようです』
「俺は一生懸命に生きているだけなのに」
『ポリポリ。貴方の生に込められた想いに興味を持つ神なんて数える程度ですよ』
「というかさっきから凄い勢いで食べますね、お菓子」
『ポリ……んぐ。この装飾品、エネルギー切れの状態でしたからね。久々に装着した癖で、私の力を少し吸わせてしまったのです。なのでお菓子でエネルギー補充です』
「充電式の装飾品だった。お菓子で補充できる程度なのですか」
『厳密には私の気力のようなものですから。お菓子を食べれば英気を養えます』
「ちなみにどれくらいのエネルギーが充填されたんです?」
『世界四つくらいは根絶できますかね』
「スティック菓子数箱でそのエネルギーって、コスパ良すぎじゃないですかね」
『所詮気力ですからね。その気になれば無尽蔵で出力できますよ。もっとも、今では何かを根絶したいなんて気分にならないので、このような対価が必要なわけなのですが』
「でもそんな物騒なエネルギーが充填されたら、うっかりそのへんに置いておけないのでは?」
『そうですね。向こう数年この空間の家電エネルギーにでも回しておきましょう』
「世界四つ根絶できるエネルギーを数年で使い切るのって、コスパ悪すぎませんかね」
『模様替えの時、世界ごと塗り替えていますからね。実質世界の消滅と再生ですよ』
「そんな規模でやってたんですか。あ、電源をオフにしていた目安箱からお題が飛び出してきた」
『おや、出力があり過ぎて全ての家電のスイッチが誤作動してしまっているようですね』
「過剰電力だと普通壊れません?」
『お題が飛び出してくるギミックについては触れませんよ』
「ビックリさせたかったのに……。ええと、ライカさんより『殺伐とした場面に現れる混沌の塊』ですね」
『ホラー回ですか』
「混沌の塊があってもハートフルな展開があっても良いと思いますよ」
『貴方が語るハートフル以上に胸を痛めるものはないと思いますよ』
◇
『やはりいつもの格好が一番ですね。部屋でゴロゴロするのに長髪や翼、ごてごてしい飾りは邪魔でしかないですし。……それにしても、軽く装着しただけで神気がここまで流れ込んでしまうとは。昔より何倍くらい強くなってしまっているんでしょうかね?』
「ただいま戻りましたー」
『おや、おかえりなさい。丁度いいところに帰ってきましたね。少し電気の無駄遣いをする知恵を出してください。エネルギーを充填し過ぎて、色々暴発しかかっていまして』
「取り外された装飾品が凄く神々しい光を放っていますね。電気の無駄遣いですか……除湿機で集めた水を加湿器に投入とか?」
『悪くないですね。ただ衛生面を考えて濾過器を経由させましょう』
「あとは今回の報告を、こちら特大プロジェクターで行わせてもらいましょう」
『電気消費高そうですね。殺伐とした場面に現れる混沌の塊でしたか』
「はい。こちら転生先の俺です」
『宙に浮かぶ何やらわけのわからない物体ですね』
「混沌の塊ですからね」
『以前の謎の物体Xとはどう違うのやら』
※第六十八話参照。
「普段は手足がなく、球体なところですかね」
『手足が生えてくることはわかりました』
「本来ならば殺伐とした空気があればどこにでも馳せ参じるつもりでしたが、いかんせん雪とかと違い、実体があるので世界に平等に顕現することができなかったんですよ」
※第二十九話参照。
『殺伐とするだけで必ず出現してくるのは、世界の創造主的にも困る結果になるでしょうね』
「はい。なので飛び切り殺伐とした感じの子の周辺に纏わりつき、殺伐とした空気になった時に飛び出すようにしました」
『一人に絞るのであれば寿命の観点でも大丈夫そうではありますね。ですが飛び切り殺伐とした感じの空気になるような人物ですか』
「それがこちら、ウダチという少女剣士でございます」
『おかっぱのボロを着た田舎娘といった格好の少女ですね。不釣り合いなボロボロの長刀が雰囲気を出していますね』
「ウダチは農民の子供でした。それがこうなったのはある日のこと、近場で起きた合戦から逃げ延びた侍、ドクソンをウダチの両親が匿まったのが始まりです」
『今回は戦国時代風テイストですかね』
「ウダチの両親は無欲な人で、ドクソンにも親切にしていたのですが、それが逆にドクソンに『自分を引き止めて、敵に引き渡そうとしているのでは』と疑いを持たせてしまったのです。ドクソンはウダチの両親を殺害し、逃亡したのです」
『人間同士の殺し合いを経験した者からすれば、人の親切は不気味に思うこともありそうですからね』
「はい。しかもそれだけでは飽き足らず、ドクソンは確実に村から逃げるために村に火を放ったのです。家を焼かれた村人達は『あんな侍を匿ったからだ』と死んだウダチの両親を責め、ウダチは村からも完全に孤立してしまいました」
『中々悲惨なプロローグですね』
「ウダチはドクソンへの復讐を決意し、合戦場から拾った刀で鍛錬を積み始めました」
『家族を失い、村からも爪弾き者扱い、生きるだけでも大変でしょうに』
「そうですね。ですがウダチには両親から教わった魚釣りと、山菜採りの知識がありましたから」
『野営する分にはなんとかなったと』
「ええ、食事は焼き魚に魚のアラ汁や煮付け、山菜のおひたしや漬物に和え物と質素なものでした」
『わりとしっかりしていますね』
「修行に明け暮れている時や、食事をしている時のウダチは集中していたり、比較的穏やかな精神状態だったりと、俺の出番はありませんでした」
『そうですね、修行中は一心不乱そうですし、食事の時は少女らしい顔で食べていますね』
「ですが他人と接触する時は、どうしても殺伐とした場面になってしまいまして」
『経緯からして人を信用できなくなっていても不思議ではありませんからね』
「俺が初めて現れたのはウダチが鍛錬を始めて間もない頃。彼女が剣を振っていると、村の若者達が現れました。彼らはウダチが復讐の為に鍛錬を積むことを馬鹿にしてきます」
『農民の娘が刀を振っているわけですからね』
「そんな彼らにウダチは塩対応な一言。売り言葉に買い言葉、場の空気は一気に殺伐とします」
『揶揄した相手に言い返されたら、若者としては面白くないでしょうからね』
「そこに現れる混沌の塊の俺」
『空気読めないヤツの登場の仕方ですね』
「若者たちは突如現れた俺を『虚空からこの世界のものとは思えない、混沌の塊のような化物が出た』とか言って逃げ出しました」
『コレ以上にない的確な分析ができていますね』
「ちなみにウダチは気を失っていました」
『少女に混沌の塊のような存在は刺激が強かったのでしょうね』
「俺はウダチの傍にそっと簡易的な鍛錬の仕方をまとめた巻物と、オリーブオイルの入ったボトルを置いて虚空へと帰ります」
『前者は良いとして、どうしてオリーブオイル』
「山菜料理と言ったらやっぱり天ぷらじゃないですか」
『それもそうですね?』
「サラダ油も出せなくはないのですが、品質がイマイチなんですよね」
※オリーブオイルでも天ぷらは作れるよ。でもちょっとコスト掛かるよ。
『どちらにせよ気絶した少女に、自らの体から出した油を提供するのはよろしくないですね』
「忍術で出しているわけですし、大丈夫とは思いますよ。ほら、忍者の水遁って別に自分の体内の水分を使っているわけでもないですし」
『あれは周囲の水分を集めたりしているのでは。まあそのへんを掘り下げても』
「ウダチは目覚めたあと、傍に置かれていた巻物を読み、その内容が強くなるために必要なものであることを理解してしまいます」
『わかりやすく書いてあげたのですね』
「そして正気度を少し減らします」
『どこかの邪神話系テーブルゲームになっていませんか』
「いやほら、俺ここの世界の言語を知らなかったので、巻物に強制的に理解できるような特殊加工を施しまして」
『理解してしまいますの部分に引っ掛かりを感じましたが、それが理由ですか』
「ですが巻物の甲斐もあり、ウダチはメキメキとその腕を上げていきます」
『素人でも強くなれる秘伝の書というのも、世界的にはオーパーツですよね』
「さらに食卓には魚や山菜の天ぷら、アヒージョまでもが並ぶようになりました」
『巻物にオリーブオイルを使ったレシピまで書いていませんかね』
「もちろん書いてありますよ」
『もちろんじゃない』
「鍛錬も大事ですけど、しっかりと美味しいご飯も食べないと強くはなれませんからね」
『否定しきれないこの複雑な気持ち』
「人と接する時には殺伐とした空気になっちゃうような子ですから、食事の時くらいは笑顔を取り戻してほしいなぁと思いつつの行動です」
『……まあ、気持ちは理解できなくはないですがね』
「ただあんまり美味しそうに食べるものだから、続巻からの内容の大半は料理レシピになっちゃいましたね」
『強くなる方法がオマケになりましたね。そして続巻からのということは、その後も姿はちょくちょく見せた感じですかね』
「はい。村人と遭遇した時もそうですけど、ふと一人の時とかに敵討ちのことを思い出した時などは、殺伐とした場になりやすかったので」
『憎しみを抱く度にすぐ横に混沌の塊が湧いては、おちおち復讐心を育てる余裕もないですね』
「五回目くらいまでは気を失っていましたけど、その後は『怒りや憎しみに囚われると、なんか美味しいご飯のレシピをくれる混沌の塊』くらいの認識になってきましたね」
『五回は気絶したのですね。ですがすっかりと餌付けされたようで』
「俺が出現することで、村人も必要以上にウダチに絡まなくなりましたからね。慣れたら便利なものですよ」
『村人との間の溝は深まるばかりでしょうがね』
「ただこう、一人でいる時に『……出てこい、私の憎しみ』とか呟いた時とかに出てやれなかったのは申し訳なかったですね」
『そこは聞かなかったフリをしてあげなさい』
「申し訳なかったので、次に出現した時に『あの時出てあげられなくてごめんね』と書き置きも」
『それは追い打ちなんですよ』
「ビリビリに破かれましたね」
『でしょうよ』
「ですがそれで俺と意思疎通ができることが判明したので、彼女が一人で鍛錬している際、殺伐とした空気になった時を利用して話しかけてきまして」
『意図的に殺伐とした空気にできているのか、そうなりやすいだけなのか』
「まあ後者ですかね。ウダチは俺に言いました。『どうして私に協力するのか』と」
『至極当然の質問ではありますよね。今回は別に誰かの付属品というわけでもないわけですし』
「俺は『君が復讐を望んでいるから』と答えました」
『復讐推奨派でしたか。普通だと復讐は何も生まれないとか言うでしょうに』
「ええ、俺の言葉を聞いたウダチも正気を失いながら『私の復讐を認めるのか』と返します」
『言語強制理解スキルの弊害が。元々そんなスキルでしたっけ』
「いえ、普段は普通に翻訳されるのですが、なんかこう直接脳に響くような感じのやつを選びまして」
『それは正気も削れますね』
「俺は言いました『復讐の先に何があるかはわからない。だけど復讐が失敗すれば何も残らない。それは可哀想だと思ったから』と」
『そうですね。復讐が失敗すれば当人には何も残りませんからね』
「俺もやりたいことはやってきた感じですからね」
『散々やってきましたからね』
「ウダチはそれで納得したのか、それ以上は何も言わずに鍛錬を再開しました」
『敵ではないと把握してもらえた形でしょうかね』
「一応『あの時出てあげられなくてごめんね』とも言いましたが、空のオリーブオイルのボトルを投げつけられました」
『そら投げるでしょうよ。そしてしっかり使い切っていると』
「俺は何も言わずボトルにオリーブオイルを補充して虚空へと消えていきます」
『絵面が酷い。ちなみに敵討ちの相手の居場所などはわかったのですか?』
「ええ。ウダチが鍛錬している間に、俺が調べておきましたから」
『抜かりないですね』
「近くの合戦場で戦い、その地元の農民を信用できないならその国に攻め込んできた侍ですからね」
『おや貴方にしては察しが良い』
「って川で釣り上げた紅鮭師匠が推理してくれました」
『そんなことだと思いました。いや、普通に紅鮭していますね紅鮭。言っていて変な気分になりますが』
「原点回帰ということで、たまに何の力も持たない紅鮭に転生していますからね、あの人」
『なにがそこまであの紅鮭を駆り立てるのか』
「俺はウダチと鍋を囲みながら、その話をすると、ウダチはついに復讐のために旅に出る決断をします。彼女と出会ってから季節が一巡した時の頃ですかね」
『そして流れるように食べましたね。農家の娘が復讐を始めるには随分と早いですが、貴方が関わっている割には遅めですよね』
「何度か手合わせを挑まれまして、その都度に『まだまだ全然足りない』と」
『自信がつかなかったわけですか。よくもまあ混沌の塊相手に手合わせを挑みましたね』
「なにせこちらは刀を使った経験も、刀になった経験もありますからね」
『切腹の経験は剣術には役に立たないと思いますが。こんにゃくゼリー斬とか教えてないでしょうね』
※第二十三話、第三十三話参照。
「伝授しようと思ったのですが、あれは派手な技ですし復讐向けじゃないかなと」
『それはそうですね。あの技は神でも感嘆しますし』
「道中に山賊などのならず者達と出くわすこともありましたが、強くなったウダチの敵ではありませんでしたね」
『ちなみにどれほど強くなったのですか?』
「人を斬った刀に血がつかない程度ですかね」
『完全に人外の域ですね』
「俺に至っては刀を使わずに斬ってましたよ。こう、混沌の体をうにょーんと刀の形にしながら」
『ただの人外ですね』
「今でもできますよ、ほらうにょーん」
『うわ、腕が肌色の刀に』
「でも流石に混沌の塊の時の方が変化させやすいですね」
『流石でなくても人間の体で腕を刀にするのはおかしいことだと理解しなさい』
「ならず者ではありましたが、人を斬ることにも抵抗を感じなかったウダチ。復讐する力は確かに身についたと実感を持ちながらも、ついに隣国でドクソンを見つけます」
『復讐の準備は万端といったところですか』
「そうですね。ドクソンの傍に幸せそうにしている妻と子供のいる光景を見なければ、でしたけど」
『おや。ややこしい展開になりましたね』
「ウダチも愚かではありません。ドクソンが自分の両親を殺し、村を焼き払ったのも、全ては何が何でも生き残るためにとった行動なのだと。故郷に置いてきた家族の元に帰るためだったのだと悟ったのです」
『貴方はよく悟れましたね』
「その光景を見て一旦逃げ出したウダチが愚痴っていましたから」
『もうちょっと察し良くなりましょうよ』
「ドクソンも自分を助けようとしたウダチの両親を殺し、村に火を放ったことを悔いていたようでした」
『必死だったとは言え、自分の犯した罪を誰よりも知っているのは己ですからね』
「ウダチは揺れます。今でもドクソンは殺したい。だけどそうしてしまえば、自分もまたドクソンと同じような立場になってしまう。自分と同じ境遇の少女を生み出してしまうのだと」
『混沌の塊は出現しないでしょうが、復讐の連鎖は続きそうですね』
「出現しても良かったんですけどね」
『良くないんですよ』
「葛藤し、何もできなくなったウダチ。そんな殺伐とした場に現れた俺も、その空気の重さにオリーブオイルのボトルを抱えて黙り込んでしまいました」
『絵面がシュールなんですよ』
「ウダチは俺にどうすれば良いのかを問いかけました。俺は言います『殺せなくなったのであれば、俺がドクソンを殺しても良い』と」
『……少女はなんと?』
「その選択すら悩んで言葉に詰まっていましたね。なので俺は言いました『ならドクソンと向き合え。答えは出るだろう』と」
『それで話に行ったと』
「はい。殺伐とした空気のままでしたので、俺もオリーブオイルのボトルを抱えながら同行しました」
『置いていきなさい』
「ウダチと再会したドクソンでしたが、彼はすっかりと変わった少女がウダチであることにすぐに気づきました」
『それだけ引きずっていたのですね』
「俺はそんな二人を物陰から覗いていました」
『少女の傍にいたら気になって仕方ないですからね』
「お互い事情を察した者同士の静かな対峙。オリーブオイルのボトルを握る手も強くなるというものです」
『置いておきなさい』
「ドクソンは刀を抜き、ウダチへと言います。『私の罪を否定するつもりはない。だが、その償いで命を差し出すことはできない。その復讐、付き合わせていただこう』と」
『侍らしい向き合い方ですね』
「手にオリーブオイルを握る緊張感でしたよ」
『ボトルからオリーブオイル溢れてますよ』
「そして死合が始まります。勝負の序盤はドクソンが優勢でした」
『手加減をしていたのでしょうか』
「はい。実力では圧倒的にウダチの方が上でしたが、彼女は本気で殺しにいこうとしていませんでしたからね。ですがそれに気づいたドクソンは指摘してきました。『何故手を抜く。私は死合を受けた。躊躇う必要などあるまい』と」
『相手も殺される覚悟で戦っているわけですからね』
「ですがウダチはその問い掛けには答えず、戦いは続きます。そしてついにドクソンの刀がウダチへと届きます」
『……ワザと負けたのですか』
「自らの血がドクソンの刀を伝い、ドクソンの手を汚していくのを見たウダチは静かに笑って言いました。『ああ、コレでいい。貴方が生きていれば、貴方の家族は幸せなままだ。だけど私に負い目を感じている貴方は、この先一生私のことを背負い続けることになる。私は貴方だけを苦しめられる。ざまぁみろ』と」
『家族のために生きなければならなかった者へ、更に罪を背負わせたわけですね。確かにそれなら少女が誰かの恨みを買うことはもうありませんね』
「崩れ落ちたウダチを苦々しく見つめ、ドクソンはその場を後にします。それを見届けた俺はピョコピョコとウダチの元へと寄ります」
『その擬音はいらないですね』
「ウダチは朦朧とした意識のまま、俺へと言葉を紡ぎます。『復讐は失敗したけど、残すことはできたよ。凄いでしょ。残すものも残せたし、とっても強くもなれた。美味しいご飯もいっぱい食べられたし……全然可哀想じゃないでしょ?』と」
『……貴方に憐れまれたことが嫌だったのですね』
「俺はただ静かに話を聞き、ウダチへとオリーブオイルを掛け続けていました」
『なにしてやがるんですか』
「えっ、治療ですけど。刀傷くらいオリーブオイルで治せますし」
『そういえばこの男、粉砕骨折をオリーブオイルで治していましたね。他人も治療できたのですか』
※第五十九話参照。
「俺は言いました。『復讐を求めた君は斬られて死んだ。これから何を求めて生きるかは、ゆっくりと考えると良いさ』と。俺の言葉を聞き、ウダチは久しぶりに少女のような顔で『どうしようかなぁ』と呟いていました」
『良い感じにまとまりそうですね。少女が全身オリーブオイルまみれでなければなお良かったのですが』
「その後ウダチは顔を隠し、名前も変えて世界を転々と渡り歩くようになりました。好きな食べ物を食べて、気まぐれで人助けをして、色々な幸せを手にしていきました」
『そうなると殺伐とした場面は訪れそうにないですね』
「そうですね。人助けの時も迷わず戦えばどんな相手も瞬殺でしたからね。心に余裕のできたウダチの元に俺が顕現することはできなくなりました」
『オリーブオイルの補充ができないのは不便だったでしょうけどね』
「そこは大丈夫ですよ。去る前にウダチの荷物の中に品種改良した雑草並に育つオリーブの種を忍ばせておいたので」
『外来種問題が起きませんかね、それ』
「お土産ですが、ウダチが自分で考えたオリーブオイルを使ったレシピ帳です。早速振る舞わせてもらいますよ」
『貴方の体から出たオリーブオイル以外でお願いしますね』
10月二度目の更新ギリギリセーフ……っ!
引っ越しは済みましたが、次々と買いたくなるものが出てくるのは辛いところ。