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悪殺し  作者: 皆口 光成
18/28

悪殺し-拾捌-


ーー58ーー




…………は?

今………あいつはなんと言ったんだ?



「元に戻せ」誰を?



「リーダーを」どの状態から?



今僕の目の前で壊れた人形のように横たわっている“アクモノ”のところから?


最早人智を超えた人外の化物から?


人に、人間に戻せと?



……………。



…………………そんなこと。



…………………そんなことが。



…………………そんなことが出来るんだったら!!



最初から!殺したりなんか!してない!



“アクモノ”も!“アクヨセ”も!“悪”も!

殺してなんかいない!

戻せるんだったら元に戻してる!



でも出来ないんだ!方法が無いんだ!探したんだ色々と!



でも見つからなかったんだ!!



だから殺すしかないんだ!殺す以外に方法が無いんだ!

悪殺し(・・・)()を殺すこと(・・・・・)しか出来ない(・・・・・・)



「おい聞ぃてんのかぁ!!?」



僕の心中など察することなく無情に響くその声に。



「出来ないんだよ!!」



僕はつい感情的になってしまった。



「一度人間が“悪”に飲まれて“アクモノ”になってしまったらもうどうすることも出来ない!!元に戻せないんだ!!僕には殺すことしか出来ないんだよ!!」


「テメェーの都合なんか知ったこっちゃねぇーんだよぉっ!!」



サヤさんの眉間に突き付けている銃の引き金に指を掛けて黒服の部下の語気は強くなる。

今にも撃ち出しかねない雰囲気だ。



「出来る出来ないじゃなくてやれって言ってんだよ!!じゃねーとこのガキ本気でぶち殺すぞ!!」


やってみろ(・・・・・)



その言葉に。

黒服の身体は自由を失ったかのように全身を強張らせた。



やってみろよ(・・・・・・)てめぇが撃つより(・・・・・・・・)先に俺がお前を(・・・・・・・)殺してやるからよ(・・・・・・・・)



それはもはや“悪”意よりも重い殺意を込めた言葉だった。



実際僕がいる地点から二人が乗ってる船までは距離があり、いくら足が速い僕でも到達まで少し時間が掛かる。



それでも。



そんなものは関係無いと思わせる言い方で黒服の部下は銃に掛けた指を動かすことが叶わなくなった。

そんなもの強がりやハッタリだと頭では分かっていたのだろうが。

それでも動くことは出来なかった。



「本当に……」



サヤさんに向けられた銃が下される。ひとまず危機は去った。



「本当に……………戻せないのか……?」



それはもうすがるような想いで聞いてきた。



真っ暗闇の中でようやく見つけた針ほどの小さな穴程の光を必死に追いかけているようなものだった。

唯一の救いに手で掻き集めるようなそんなどうしようもない気持ちで。



そんな人に僕は言わなくてはならないのだ。



その光は嘘だよ、と。



「えぇ、戻せません」



救いなんて無いよ、と。



「ありとあらゆる方法を模索して試してみましたが……どれも成功なんて程遠い失敗ばかりでした」


「そう……か」



カシャンッ、と持っていた銃が甲板の床に落ちた。

見ると黒服の部下は柵に寄りかかるようにして項垂れていた。

その姿は弱々しく、生気なんて感じられず。



「憧れ……だったんだよ」



つらつらと、黒服の部下は語り出した。



「こんなクソみたいな世界に入ってよ……騙し騙され人の道から外れたことだってやって毎日毎日自分が人間じゃなくなる感覚に苛まれて神経すり減らしてただ黙々と仕事をこなすだけの日々だったんだよ……」



潮風が強くなり、波も荒だて始める。



「でもリーダーはよ……こんなクソみたいな世界でもリーダーはリーダーだったんだよ……自分を殺さなきゃこなせないような内容もリーダーは自分を持ってこなしていた。あの人だけだったんだよ……自分を殺さずにいた人は……カッコよかったんだ……あんな風になりたいと思ったんだよ………」



暗闇に浮かぶ雲の海が流れていく。



「分かりますよ」



それは気休めではなく、本心からだった。



「僕も昔、似たようなことがありましたからね。その背中を追いかけて走っていたものですが………常に見え続ける背中ってのは無いものですね」



黒服の部下はもう何も言わなかった。

現実を受け入れようと必死なのか、それともまだ受け入れられない現実を否定しているのか。

ただ僕には何も出来ない。



僕は“悪殺し”。

“悪”を殺す者だ。



そんな僕が出来ることは精々、一刻も早くこの“アクモノ”を殺すことだけだ。

再び“アクモノ”が転がっている方を見やると果たして。



そこに“アクモノ”の姿は無かった。



「え………」



そんな時一瞬何故かこんな言葉が脳裏に浮かんだ。



‘こんな世界に入って長いけどよ’


‘思わなかったか?’


‘話が長い時、それは時間稼ぎのため(・・・・・・・)だってこと(・・・・・)をよ?’



「っ!!」



バッ!と僕は辺りを見回した。しかしどこにも“アクモノ”の姿は無い。

この状況で逃げたというのはおかしい。“アクモノ”はもはや知性も理性も無い本能のみで動く化物なのだから僕に敵わないと知っても“アクヨセ”の力には逆らえないはずだ。

つまり今奴は。



「サヤさん!!」



僕はサヤさんが乗る船に向かって叫んだ。その時。

船の上で黒く揺らめく存在が見えた。



「っ!やっぱり!」



その存在の確認が取れたと同時に僕は走り出し、予め針を出しておく。

そしてその黒い存在はゆっくりとサヤさん、“アクヨセ”の方───。



の近くにいた黒服の部下に接触した。



「しまっ……!?」



瞬間。



黒服の部下は黒い炎に全身を包まれ、取り込まれた。

黒服の部下に抵抗は無かった。



それは諦め故か、それとも───。



僕が船に乗り込んだ時に、果たしてそこにいた者は。



かつて黒服のリーダーだった者。


かつてその部下だった者。


そのどちら(・・・・・)でもない者(・・・・・)



首の後ろから一つ頭を生やしたような風貌を持つ。



“悪”がそこにいた。

“人”なんて、どこにもいなかった。




ーー59ーー




僕は見た。



船の上に立つ“アクモノ”を。


サヤさんの方に近づく“アクモノ”を。


そのすぐ側にいた黒服の部下に取り憑いたのを。


“悪”に飲まれる様を。


“アクモノ”が出来る様を。



何も出来なかった。

何もしてやれなかった。

油断していたんだ。失念していたんだ。

気を抜いていたんだ。



何が“悪殺し”だ。



僕が相手にしているのは人外の化物なんだぞ。

その人外な化物がどうして手足を失った程度で戦意を喪失したと思い込んだんだ?



アイツはずっと伺っていたんだ。僕から逃げ出す隙を。



サヤさんに、“アクヨセ”に近づく隙を。



それをみすみす与えてしまった。

被害を拡大してしまった。



“アクモノ”をもう一体出現させてしまった。

全て僕のミスだ。

あぁ、クソ。




ーー60ーー




ソレ(・・)から噴き出る“悪”はもはや瘴気というか塊のようなものだった。

それ自体に害は無いはずだというのに吸っただけで内側から食い破ろうとするかのように“悪”が暴れ回る感じがする。



これは二人分の“悪”意が重なったことによるものか。



実際無機物無感情なはずの船の甲板さえ奴が立っている部分から徐々に侵食を受けているように思われる。

その“アクモノ”はというと、その身体から湧き出る“悪”の瘴気による脅威を出しているというのに驚くほどに動かない。

動かないというか呆然としているようにも見える。

まだなりたてだから上手く動けないのか、とも思ったところで。



“アクモノ”の左腕が動き出した。



それは最初力なく開いていた手を頭上にまで掲げ、指を折り曲げ中に閉じ、握り拳を作ると。



ゴッ!



自分の顔を殴った。



かなりの勢いで殴ったのか顔は首から取れるのでは無いかと思う程に引き伸びた。

やがてまるで初めて痛みを知ったかのように自分の殴られた顔を殴った左手で押さえると。



『ーーーーーー!!』



突然首の後ろに生えているもう一つの首が声とも思えない声で喋り出した。



『ーーーーーー』



それに応じる殴られた方の“アクモノ”。



まさかあの二つ……それぞれ別々に自立してるのか?

つまりどちらかが主導権を握って二つの意識が別々に現れているのではなく二つの意識が対等に同時に一つの体に現れて動いているということだ。



こんなの化物でしか出来ない芸当だ……!



通常人格というのは言わば一つの魂を形成するのに重要な役割を持つ。

当然一個に魂は一つなので万が一別の魂、人格、意識が混在した場合は拒絶、隔離、もしくは吸収してどちらか一方になる。

一人に二つ以上が同時というのはそういう意味で不可能なのだ。どうしたって魂同士の共存は出来ない。



妥協か、殺し合いしかしないのだ。



なのに目の前にいる化物は違う。

コイツ達は二人で一つをその身で体現している。

精神と精神が混ざり合ってない。



拒絶もない。

隔離もない。

吸収だってされていない。



完全に独立した二つとなって一つの身に宿している。



“アクモノ”はしばらく自分の体をまるで動作確認するかのように振舞っていた。

獣のような手足を開き、閉じ、右腕を横薙ぎに一線、左腕で縦に一線し。

少し屈みその場に数度ジャンプし。

着地しその場でうずくまるようにまるまると。



「『…………ッッッ!!!!ーーーーーーーーーーー!!!!!!!』」



もはやその声は地獄の底から鳴り響く恍惚とした笑い声や天国から聞こえる絶望した悲鳴を織り交ぜたような、この世のものとは思えない音、声であった。



それは見る様によればどうしようもない現実にただただ歯向かう様な悲哀の怒号にも見えれば。

どんなに手を伸ばしても届かなかった理想に巧まずして手に入れたかの様な喜びの絶叫にも見えた。



ここまで長弁に語って事態が分かりにくい方のために言うならば。

“アクモノ”がパワーアップしたのだ。



若干二倍になって。



首の後ろに生えたもう一つの方も合わせるように絶叫を周りに響かせた。



「ぐっ!」



人間の耳で聞き取れないその声は脳髄をかき回すかの様に身体の奥部まで、精神までに“悪”を蝕ませるかのようであった。



「『ーーーーーー!!!』」



“悪”の声はまだ続く。


まだ続く。


続く。



ピシッ。



抑揚も無くかと言えば音程もバラバラかのような無音の金切り声の中で一つ、乾いた割れた音が聞こえた。



ピシッ、ピシピシピシッ!



その音は連鎖的に繋がり、次第に無音の絶叫の中に割り込んでくる。

その音がする方を見るとその音は絶叫する“アクモノ”の足元からであった。



ピシピシピシッ!



最初“アクモノ”が全身に力を入れて発することで足の握力に船の甲板が耐えきれなくなったのだと思った。が。

そうではなく。



「『ーーーーーー!!!!』」



ピシピシピシピシピシッ!



その音は明らかに“アクモノ”の絶叫に合わせて聞こえてきた。

まさか声、音が共鳴を起こしているのかと思ったが、見ると“アクモノ”の足元がまるで沼のように黒く広がっていた。



そこでようやく僕は気づいたのだ。



まさか、コイツ。いやコイツ達(・・・・・・)

船に“悪”を侵食させている?



気づいた途端僕は針を下、船に向かって突き刺し、指を鳴らす。

ブシャアッ!と何かが弾ける音が聞こえると同時に突然甲板の床が崩れ始めた。

やはり船に“悪”を侵食させていたようでその侵食された部分をたった今僕が殺し、消滅させたことで船が崩落を始めたようだ。



「…っ!サヤさん!」



そう言って僕はサヤさんの方を見ると彼女は横になって倒れていた。

動く様子も無い。



「サヤさん!?」



もしやどこか怪我でもと思いすぐ側に駆け寄る。

見た目どこも外傷の形跡はなかったのでただ気絶してるだけと分かり、ほんの少し安堵の息を漏らす。



ガパゴッ!



そうこうしているうちに船の崩落は進んでおり、今いる場所も今にも崩落が始まりそうであった。

慌ててサヤさんを抱え込み、跳躍にて空へ逃げる。

それと同時に床は崩れ、先程までいた場は既に空を切るだけで何も無かった。

そのまま尾をひく燕のように服の尾をたなびかせて飛んでいる途中で。



ヒュゴッ!



“アクモノ”がこちらに飛んでくるのが見えた。



あちらも跳躍による飛行でこちらに向かっており、まるで空中を泳ぐように手を前に掻くようにもがきながら迫ってきた。

そんなことしても意味はなく、むしろバランスが崩れて速度が落ちそうだが意外にも。

速度は落ちることなく却って速くなっているような気がした。



そのまま距離を詰め、その距離はわずか数メートルとまでになった。

避けようにもまだ飛んだ時の勢いが死んでおらず今しばらくは空中にいることを余儀なくされている。

迎撃しようにも現在サヤさんを抱えての飛行なので手が塞がっており針を投げることは叶わない。

なので。



トンッ。



と“アクモノ”の頭を足場にして方向転換を図る。



「!!?」



すると突然ガクッと体の勢いが殺され、バランスが崩れる感覚が襲ってきた。

何事かと後ろを見ると右足を“アクモノ”に掴まれていた。



かくいう“アクモノ”は後ろ向きで、いや首の後ろに生えてるもう一つがこちらを見据えてるから実質正面か?、左手で掴んでおりそのまま背後を向いたまま(いや正面か?分かりにくい)地面に叩きつけようと振りかぶる。



マズイ、僕だけならまだしも今はサヤさんを抱えたままだ。このままこの上空から地面に叩きつけられたらサヤさんが無事じゃ済まない。

僕の考えてることをそんなこと知らぬ存ぜぬと“アクモノ”は掴んだ僕の右足を振り降ろす。



……っ!やむを得ない!



上空から地面へ一直線に投げられ、僕の身体は亀裂がところどころに走る港に凄まじい轟音と共に叩きつけられた。

港にクレーターが生じる。



しかし僕の身体に打撃等のあらゆる物理攻撃は効かないのですぐさま僕は立ち上がり再び上空へ跳躍する。

そして投げつけられる前に手を離して(・・・・・)上空に置いておいたサヤさんが落下してきたのでこれをキャッチ。

なんとか危機を脱する。



……いや危機なのは変わりないか。



幸い“アクモノ”はさっきの跳躍の勢いを殺しきれずにどこか別のところへ落下したようだ。

今ならばサヤさんを安全な場所に避難することが出来る。

そうすれば僕も“悪殺し”として存分に戦うことが出来る。



“悪”を殺すことが出来る。



だが“アクモノ”の目的は“アクヨセ”、つまりサヤさんだ。

例えどこに避難させても隠しても“アクヨセ”に引き寄せられて“アクモノ”はやってくる。

どうあっても防衛戦は強いられるわけだ。



さりげなく胸に抱いてるサヤさんの顔を見る。



気絶して寝ているその表情は不安と恐怖が入り混じった顔をしていた。

いきなり訳のわからない状況に巻き込まれ、理解不能な正体不明の化物に襲われているのだ。そりゃ不安と恐怖も入り混じるだろう。



目を閉じ、先程の会話を思い出す。



「明日学校で会おうね」



それはどんな想いで言ったのかは分からない。

頭が混乱して咄嗟に出たのがその言葉なのか、はたまたは単純に突如襲った非日常に反抗しての日常的な会話をしただけなのか、それとも何か別の意図があってのことなのか。

考えたところで僕の中では答えは出てこない。

知るには本人に聞くしかないだろう。



そのためにも。



「約束……しましたからね」



そう言って僕は彼女を抱えたまま移動を開始した。

心なしかサヤさんの表情が柔らかくなった気がした。


悪殺し-拾玖-は10/21の12時に掲載します。

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