悪殺し-拾參-
ーー41ーー
「いいかぁ!各自それぞれ別々に動けぇ!必ずひと塊りに動くんじゃねぇぞぉ!奴の格好の的になるからなぁ!!」
「り、リーダー!『薬』は!?」
「全部持っていくに決まってんだろーがぁ!持てるだけ持って詰めるだけ詰めていけぇ!」
「はい!」
「そ、それとリーダー!“アレ”はどうしやすか?」
「“アレ”ぇ?なんだそりゃ?なんのことだ?」
「リーダーが今日はお得意様用にと……」
「あぁ、“アレ”か」
「はい、大分かさみますしここで捨てましょうか……?」
「大事な商品だ。“アレ”も持ってこい」
ーー42ーー
【ユニアド沿岸部】
海に囲まれたユニアドは今は学園都市として発展しているがその昔は商業都市として栄えていた。
そのため港湾都市としても栄え、港町もそれなりに発展していた。
それも今は昔。
かつての栄光もどこへ行ったか、全てのものが必ず衰退し滅びるようにかつて栄えた港町も今は誰も近づかない廃墟として佇んでいた。
そこに一台の黒塗りの車が停まった。
「…なんだ?まだ他の奴らは来てねぇのか?」
「…そのようです」
黒塗りの車から降りたのは黒服のリーダーとその部下の二人。
「まぁいい。今のうちに倉庫から船を出す準備をしておけ。そのうち来るだろう」
「はい」
黒服のリーダーの指示に従い、部下の一人は廃れて使われなくなった倉庫の方へ走り出す。
黒服のリーダーはというと他の者達が来るのを待つためかそのまま車に背中をもたれかかり、タバコを吸いだした。
フィーッ、と煙を一吐きすると。
ブオォ、とまた別の車が。
「遅ぇぞ」
「すいません」
そんなやりとりをして。
「向こうで船出してこい」
「はい」
吸ってたタバコで倉庫の方を指し、部下に指示を出す。
そのタバコが中頃まで短くなり出した時。
「……遅過ぎだろアイツら」
黒服のリーダーはイライラしながらに吸い殻を地面に落とす。
そしてタバコがさらに短くなり、小指の先ほどまでになった頃。
「……チッ」
舌打ち後、グシャッと吸っていたタバコの火を握りしめて消し、端末で連絡を取り始めた。
「……………………」
しかし出なかった。
「……………………」
次も。
「……………………」
次も。
「……………………」
その次も。
誰も電話に出ることはなかった。
「……ッ!!クソッ!!どいつもこいつも使えねぇな!!」
「まぁ、そう言わないであげてくださいよ。彼らも彼らなりの事情があって出られないだけかもしれないんですから」
そう言って僕は荒ぶる黒服のリーダーにタバコを差し出した。
それを手に取り口に咥え、火を点け、煙を吐き出す時に。
ようやく黒服のリーダーは僕の存在を認識した。
ーー43ーー
彼らを見つけるのにそれほど労は掛からなかった。
僕は“悪殺し”。“悪”を殺す者。
殺すべき対象はこの目でハッキリと視える。
そうなればあとは簡単だ。ビルからビルへ跳躍しながら移動を始め、途中地上で見かける黒い“悪”の瘴気を発見次第片っ端から検問するかのように殺していくだけだ。
はーい、ちょっと君止まってねー。
あー、“悪”の標準値越えちゃってるねー。
悪いけど殺すね?
みたいな感じで。
ついでに殺す際に他の者達がどこへ向かっているのかも聞き出しながら。
中には全然関係無い別の“悪”も紛れ込んでいたが。
まぁ、それはそれとして。
ともあれ僕は一足先へこの廃れた港町にたどり着いたという訳だ。
ーー44ーー
「テ……メェ!いつの間に!?」
「さぁ、いつからでしょうね?」
シラを切りつつ、手に灰皿を持つ。
「あぁ、ちなみに他の部下なら来ませんよ。みんな僕が殺したので」
ダァンッ!と銃声が一つ。
「いやはや、やはり速いですね。あの状態から撃つ態勢までのモーションに無駄がない。いくら僕でも初見では見抜けない速さです」
まぁ当たっても効かないんですけどね、と一言足しておきながら、持っていた灰皿をヒラヒラと見せびらかすように扇ぐ。
見るとほぼ真ん中に先程撃ち込まれた銃弾が刺さっていた。
「………ッ!!?こんの化け物がぁっ!」
ダンッ、ダンッ、ダンッ、とさらに数発撃ち込まれるも、その弾全てを僕は片手に持った灰皿でいなして軌道を変えて躱した。
その光景を見て黒服のリーダーも信じられないとばかりに口を開けたままになっていた。
咥えていたタバコが落ちる。
ダァンッ!
また別の方向からの銃声。どうやらこちらの銃撃音で異変を察知した部下達が戻って来たようだ。
「離れろ!」
部下数人が壁になるように並び、僕と黒服のリーダーを隔てるように間に立った。
全員がこちらに銃を向けてくる。
「だから僕にそれは効きませんって……」
若干呆れながらに僕は今まで防ぐのに使っていた灰皿をまるで飽きたオモチャかのように捨てた。
そして僕は言う。
「そろそろこのお遊びにも幕引きといきましょう」
ブオンッ、と今度はさっきのような大袈裟な演出も無く、予備動作無しで黒い針を出した。
それを手に持ちいくつかさらに小さい針を出し、棒手裏剣の千本のように右手の指の間に挟んでいく。
それを大きく左肩まで溜めを作って投げようとした時。
「待った」
と、黒服のリーダーが右手を前に出し制した。
それを見て辟易としながらにまさか、と思いながらも。
「命乞いですか?」
と、僕はもはや遠回しなことを言わず直接的に言った。
「いや、そうじゃない。だが降参する」
はて。
この男は何を言っているのだろうか。
「…一応言いますが僕の目的が何かは理解してますか?」
「あぁ、俺たちの皆殺し、だろ?」
語弊はあるが概ね合っている。
だが分かっているならばなおのこと。
「ならば降参とはどういうことです?僕に大人しく殺されるということですか?」
僕のその言葉に黒服達の緊張が高まるのを感じた。
まるで一言でも間違えたら殺す、と言われたかのように。
何度も言っておくが僕は“悪殺し”。“悪”を殺す者。
その目的は“悪”の断絶のみでそれだけを動機にしている。
つまり正直金とか栄誉とか興味が無い。いや、意味が無い。
“悪殺し”である僕に金も栄誉も言ってしまえば“悪”の元になりかねない代物だからだ。
“悪”を殺す者が“悪”になる。
笑い事では済まない。
そこまで分かっているのかどうかは分からないが今目の前にいる“悪”はあろうことか命乞いをしようとしている。
いや、「降参」と言ったのだ。
意味が分からない。
別に今ここで降参しようとしなかろうと殺すことに変わりないのに。
ルートが違うだけで最終的には同じ結末を迎えるだけなのに。
結果なんて変わらないのに。
何がしたいというのだ。
「まぁ、聞いてくれや」
しかし目の前の“悪”は懲りることなく話を続ける。
「この世界に入って長いんだが、お前みたいなヤツは初めてだ。何をやっても死なない。話の交渉も通じない。今までに例を見たことがない特例中の特例よ」
いや、言うなら異例の方か?と口ずさむ。
「ハッキリ言って俺たちがお前に勝つことが出来ねぇことぁ、よく分かっている。銃も効かん、頭を撃たれても死なん、撒いてもすぐに追いつかれる、お手上げだぜ」
その“悪”は肩をすくめて右手のひらを夜空に向けた。
「だから今から言うことは命乞いとかじゃなく、先人として、年寄りの先行く者としての遺言みたいなものだぁ。後学のために聞いといてくれや」
この時、僕は油断していたのだろう。
いや、油断していた。
その“悪”が左手で何かしていることに気づかなかったことに。ではなく。
話が長い時は別のことのために時間稼ぎをするためだと言うことを教えられたのに気づかなかったことに。ではなく。
黒服のリーダーの“悪”の瘴気が先程よりも濃くなっていることに気づかなかったことに。でもなく。
もっと前から気づくべきだった。
思えばあの時、保健室の時から。
“悪”を纏ったあの生徒が彼女の前に現れた時から。
「おっと?動くなよ。お前は効かないかもしれないがこの娘にはこの銃一つで簡単に殺せるからな」
果たしてそこには。
黒塗りの後部座席から現れた手足を縛られ、口をガムテープで封じられた女子校生。
栗色の長髪に眼鏡を掛けた委員長然とした。
サヤさんがそこにいた。
悪殺し-拾肆-は10/16の12時に掲載します。