悪殺し-拾貳-
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どうってことはない。単純な話だ。
能力向上、才能の開花というのは脳の機能を一部麻痺させ、ブレーキを壊しているだけだ。
能力向上というのもただ単に脳が負担を掛けないようにしていたブレーキが無い状態であり、実際感覚が無いだけで体の内側はボロボロになっている。
才能の開花というのも同様、脳が覚醒して使用者が今までに無いくらいにハイになっただけで才能なんて開花すらしていない。その後来るはずのものを前借りしてるだけのもの。
要はただの思い過ごし。勘違い。
『薬』に能力向上も才能の開花の効果はない。
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「大体あなた達が取り扱っているという時点で察しはついていましたよ。ここユニアドは能力才能至上主義みたいなところありますからね。日々ここでは互いの能力、才能がある者同士の比べ合いが起こってますし、才能が無い者にとっては尚更でしょう」
「その劣等感を抱える人たちをあなた達は狙った。最初は怪しんでいたでしょうがさぞ魅力的に見えていたことでしょうに。まさに夢の代物」
「ですが夢は夢。いつかは終わるもの。永遠に続く夢はありはしない。その効果は一時的なもので一度切れると強い倦怠感、脱力感、さらに強い依存性もあり、これは既存の違法薬物と酷似している」
「最悪死に直結しかねないことに僕の役割上手を出すわけには行けませんし、そもそも僕の目的はたった一つ」
「“悪”の抹殺。“悪”の根絶。つまりあなた達を皆殺しにすることこそが僕の役割なんですよ」
「だって僕は“悪殺し”なのだから」
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「……さっきからゴチャゴチャとワケ分からねぇこと抜かしてるけどよ………」
ガシガシ、と黒服のリーダーは頭を掻いて。
「交渉は決裂、でいいんだな?」
「えぇ」
即答した。
「僕の目的はあくまで“悪”を殺すことですからね。他のことは正直どうでもいいです」
「あっそ」
今度はお返しなのか即答された。
これから殺されるのだというのに随分と落ち着いている。
諦め故かはたまたは。
「さて、随分と話し込んでしまいましたしそろそろ始めましょうか」
パンッ、と手を合わせ僕は話にひと段落ついた合図のように打ち鳴らした。
そしてその合わせた両手のひらを開けると、そこには黒い杭のようなものが挟まっていた。
その杭は両手を離せば話すほどに長くなり、肩幅まで到達すると杭の幅が狭まり、やがて手を大きく離した時には大きな黒い針となっていた。
「“悪”殺しを」
それを手に取り、早速まずはあの黒服のリーダーの男から殺そうとした時。
「……この世界に入って長いけどよ」
黒服のリーダーは語り出す。
「俺たちみたいなあぶれ者ってのは基本会話は最小限、ほとんど言葉なんて交わさないのが常なんだよ」
「…………?」
「その理由は簡単さ。いつどこで誰に命を狙われてもおかしくないことばかりしてるからな。もしかしたら楽しく談笑した相手が次の瞬間自分を殺しに来るなんて無い話ではない」
一体何のことだ、と言おうとしたところで。
周りにいた、それこそ今までに遠巻きに見ていたはずの黒服の部下達がいつの間にか僕を囲うように陣形を張っていた。
「だから思わなかったか?」
黒服のリーダーが左手を上げ。
「今こうしてお前と喋っているのもただの時間稼ぎだってことによ」
スッ、と上げた手を振り下ろす合図をすると。
ババババババババババババババッ!!!
周りの部下の黒服達が一斉に射撃してきた。
「ッ!?」
銃で蜂の巣にされた僕は為すすべもなく、身体中の至る所に穴が空いた。
いくら僕でもこれだけの銃弾を浴びればたちまちやられ……る訳がない。
さっきも言った通り僕に銃は効かない。
銃どころか物理的なダメージを負うことは叶わない。
負ったところでその跡はすぐに塞がり、綺麗さっぱり元どおりになる。こんなことしても意味が無い。
せいぜい最後の悪あがきなのだろう。
止まない銃弾の雨を一身に浴びながら、僕は先ほど出した黒い針に手を伸ばす。
すると黒い針は枝分かれをするように細い黒い枝を出したかと思えば途端にそれは根元から離れた。
離れた枝は徐々に形を整えていき、やがてそれは今離れた黒い針より少し短く細い黒い針となった。
それを数本。
指と指の間に挟み、一度腕を×字に構えを取った後に、八方へと飛ばす。
「がっ!?」
「ぐっ!?」
「ぎっ!」
「ぎゃっ!?」
「ぐおっ!?」
「ぐあっ!」
「えぐっ!」
「おぼっ!?」
それぞれの方向にいた黒服達から短く悲鳴が漏れる。
刺さったことを確認した後は。
パチンッ。
と、乾いた音を指で鳴らす。
ブシャシャシャシャシャシャシャシャッッッッ!!!!
直後何かが弾け散るような炸裂音が聞こえたかと思えば。
「……………………」
あれだけ喧しく響いていた銃撃音はパタリと止まっていた。
激しい乱射の後、硝煙が辺りを占めていたので晴れるのを待つ。
「…………?」
おかしい。
いくらなんでも静かすぎる。
さっき確認した人数から考えて今僕が殺した数を差し引いてもまだ何人かはいるはずだ。
なのに黒服のリーダー含めてその他まで話し声もしないなんて一体どういうことだ?
今起きてる不可解なことに僕の疑問は煙と共に晴れることになった。
いないのだ。そのままの通り。
その場にいたのは僕が殺した数人のみでその他はまるで煙と一緒に消えてなくなってしまったかのように姿を消していた。
いや、あえて文学的に言う必要はない。
逃げたのだ。
悪殺し-拾參-は10/15の12時掲載します。