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悪殺し  作者: 皆口 光成
1/28

悪殺し-壹-

ーー1ーー




夜の街。

路地裏にて。



会社勤めの帰り、はたはこれからが本業の者達が集い賑わう声がどこか遠くに感じる。

人っ子ひとりもいないこの空間を見てここは人から忘れられた世界なのではないかと思ってしまう。

事実、ここの衛生面は人の管理が届いておらず辺りを見回せば誰が捨てた物かのゴミなどが見受けられる。

光なんて空に浮かぶ月明かりだけが今は頼りだ。それでもあの月が隠れればここは完全に暗黒世界と化す。

その暗黒世界を遠くに光る街の光は建物と建物の隙間から覗き込み、こちらの、暗黒の世界を見ているかのようだ。



だがこのような言葉を聞いたことはないだろうか?



“深淵を覗き込む時、深淵もまた汝を覗いているのだ。”



その世界に広がるものはたとえ何も見えなかったとしても何も無いわけではない。

必ずそこには何かがこちらを見ているのだ。

ただ、見えないだけで。




ーー2ーー




「ハァッ、ハァッ」



灯りもない暗闇の中一つの走る音だけが路地裏に響く。



「ハァッ!、ハァッ!」



細い道の中、足元のゴミも気にせずほぼ全力疾走で駆けていくその様は必死と言えよう。



「ハァッ!!、ハァッ!!」



息が荒く、短く、もはや呼吸の仕方まで忘れてしまったのではと思う頃にその足音は止まった。

単純に行き止まりだったからだ。



「…………ッ!!?」



一度足を止めたことによるものかその男は忘れかけていた呼吸を行なった。しかし急激な吐き気がまず襲い掛かる。



「ゲホッ、オホッ、オエェ……」



しばらく後に落ち着いた男はふらつく体を支えるために壁に手をつく。



と同時に。



僕は現れた(・・・・・)



「こんばんわ」



急に後ろから声を掛けられた男はまるで心臓が止まったかのように肩が激しく波打つように驚いた。

恐怖によるものか声を掛けてもこちらを振り向かない。

否、振り向けない。



「そしてさよなら」



次に僕が言った言葉と共に。



ドスッ。



僕はその男に針を刺した。

針というにはあまりにも長すぎる黒い針を。




ーー3ーー




-数十分前-


そこは廃墟が立ち並ぶ区域であった。



人の管理がされておらず荒れに荒れ、撤去するにもコストが掛かり過ぎるためという理由で放置された建物たち。

人の目が届きにくいということもあり当然そこはならず者達の巣窟となった。



自分たちの縄張りを好き勝手にするそのならず者達は街で悪さをする度にここに来る。

それは警察から逃げるためでもあり、また仲間に自分の戦利品、武勇伝を自慢するためでもあった。

その行なった悪事の数々はどれもこれも自分勝手で我儘で、陰湿で卑怯で悪質であり。



“悪”を感じた。



なので僕が現れた。



そのならず者達の住処とする廃墟の玄関から。

堂々と。



「あん?んだてめえは?」


「ここがどこか分かってんのか?」


「死にたくないなら金目の物置いてけや」


「てかなんだその格好全身黒で気味悪ーな」


「なんとか言えやコラ」



いきなりの訪問者である僕に対してならず者達は好き勝手に言ってくる。

そんなならず者達に対して僕は。



「こんばんわ」



そして笑顔で、満面の笑みで。



「そしてさよなら」



ドドドドドドドドッ!!



針を刺した。



突然のことに呆気にとられる者に一本。


怒りに身を任せてくる者に一本。


逃げる者に一本。


怒って叫ぶ者に一本。


何をするでもなくただこちらを見ているだけだった者に一本。


その場にいた全員に針を刺した。



さっきまでの怒号が嘘かのように静まり、その場には僕と針が刺さったまま動かなくなったならず者達だけとなった。



否、違う。

その場にもう一人いる。



「すいやせーん。頼まれたもの買ってきまし…」



おそらく仲間の一人であろうその男はその惨状を見た途端一瞬固まり。

中央にいる僕を見たかと思えば。



「う、うわぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」



絶叫した後走り去った。



僕はそれを見て「あーあ、せっかく買ってきたものが勿体無い……」と投げ捨てられた買ってきたものの心配をしていた。




ーー4ーー




そして時は今に戻る。



針を刺された男は廃墟にいたならず者達同様に動けないでいた。

しかし死んではいない。死なせてはいない。殺していない。


僕が殺すのは“悪”のみだからだ。



「………ま…え………」



ふと、針を刺された男から声が。


体は動かずとも口は微かに動くようで、震えながらもこちらに話しかけてきた。



「なに…………も……ん…………あ………?」


「ただの通りすがりですよ」



肩をすくませながらに僕は言った。



「ふざ……け……!!!」



バカにされてると思ったのか怒りが声に滲み出る。しかしそれでも体は動かない。動かせない。



「さて、そろそろ時間も時間ですし殺させていただきますね」


「…………ッ!!?」



僕の淡々とした殺意に恐怖したのか何やら呻く。しかしどうにもならない。どうにも出来ない。



「やめ……こんあ……………ただで…………ってんのあ!?」


「…えーと。『やめろ。こんなことしてただで済むと思ってんのか?』ですかね?」



一度訳してから。



「それはあなた達のことでしょう。あんなことしておいて自分達にはなんのお咎めも無いとでも本気で思ってたんですか?」


「……ッ!!あぁらって………!!!」


「『だからって』?だからなんです?まさか罪には相応の罰が下るなんて子どもみたいなこと言いませんよね?あるわけないでしょそんなもの。いつだって罪には理不尽な罰が下るものなんですよ」



そう言って僕は右手を指を鳴らす形にとる。

これが合図になるからだ。



「そして今宵あなた達が犯した罪に罰が下るんです。僕という理不尽な罰があなた達悪人にね」


「うる……ェ。だっらら………」



針は刺されて喋ることもままならないはずなのに。

その男が発するその言葉だけはハッキリと声に出てきた。



「だったらテメェは人殺しだクソッタレがぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


「それは違う」



パチンッ。


右の指が鳴ったと同時に。


ブシャアッ。


と何かが弾ける音が。



見れば先ほどまで黒い針だけが刺さっていた男の身体中からさらに細い黒い針が飛び出ていた。



ドサッ、と男がその場に崩れ落ちる。



意識は、無い。


死んでは、いない。


でも殺した。



灯りもない路地裏に夜の空から雲に隠れていた月明かりが差し込む。

それがちょうど男のところまで達すると、男の身体中から飛び出た針が僕が刺した針もろとも黒い霧状になって霧散した。



あれほど身体中串刺しであったというのに傷一つ付いていない。それもそのはず。

僕が刺したのは“悪”であってその男そのものではないのだから。

故に僕はならず者達含めこの男も殺してはいない。



“悪”のみを殺した。



「人殺しではない、“悪殺し”だ」



もう誰も聞く者はいないというのにそれでも誰かに訴えたい想いを月に向かって言葉に乗せる。

月は聞くだけでまた雲に隠れてしまった。



悪殺し-貳-は10/4の12時に掲載します。

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