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七話

 山崎がしばし瞑目したのち、ぼんやりと宙を見つめていると、ジンボが言った。

「悪いけど、進退はあとでゆっくり考えてもらっていいかな。とにかくきみは僕のところに来て欲しいんだ。さっきも言ったとおり、カンダに泣きつかれてね、困ってるんだ」

「……好きにすればいい」

「ありがとう」

「――なあ」と山崎はあらためて声をかけた。

「あんたら、本物なのか?」

「本物?」

「ジンボと、カミヤマ」

 金髪の男、スーツの男、と順に視線で示す。

 ああ、と金髪の男が笑う。

「そういうときは、本人って聞くものじゃない? きみがアダム・プロジェクトの代表六人のことを言っているのなら、僕はジンボ本人だね」

 アダム・プロジェクトの代表はジンボ、カミヤマ、カンダ、クマシロ、カミキ、カミヤ――彼らを総称して「カミサマ」と呼ぶことも多い。姓にかけた単なる駄洒落だじゃれだ――の六人。

「帆波くんはカミヤマ洋の息子」

「ずいぶん若いんだな」

 ジンボを見ながら言う。

「僕? ――見た目はね。いろいろといじってるし、替えているから。若い頃の姿が好きなんだ。声も、いつか変えたいな」

「……おもてには絶対に顔を出さないと聞いたが」

 ジンボはきょとんとした。

「そうなの?」

 傍らのカミヤマに尋ねる。カミヤマのほうも、さあ、と肩をすくめた。

「ほとんどをエリア1で過ごしているからでは?」

「うん、それは一理あるかも。なにしろ僕は仕事熱心だからね」

「ふらふら遊びまわってばかりだと、カンダさんがぼやいてましたけど」

「休憩中なのがそう見えるだけー」

 姿と合わぬ声でカラカラと笑う。

 それから一拍おいて、「――じゃあ」と佐伯が言った。

「僕はそろそろ帰るよ。山崎さんのことは、とりあえず済んだし」

「そうかい。またね、侑祁」

「うん。ジンボも、今日はありがとう」

 そうして彼は山崎を一瞥いちべつしただけで部屋を去っていった。山崎のほうもかける言葉を探しきれなかったし、今後のことを頼んでくれた礼を言う気にもなれなかった。

 佐伯のあとを追おうとしたカミヤマが、途中できびすを返す。

 ツカツカとまっすぐ山崎に向かってくるので、山崎が何だろうかと思っていると、足を踏みつけられた。

 睨んで抗議すると、カミヤマは山崎の耳元に顔をもってきて、低めた声で言う。

「俺はお前を受け入れない。二度とあの子に近づくな」

 カミヤマはもちろん離れるときにがんを飛ばすのも忘れなかった。

 しかし、またもやドアまでの道の途中で立ち止まる。

 今度は何を言うつもりか。半ばうんざり気味に山崎は身構える。

 すると、ジンボがすっとカミヤマに寄った。

 ジンボは何事かをささやく。それは小さくて山崎のもとまでハッキリとは届かなかったが、そうしてやっと、カミヤマはドアの向こうに消えていった。

「――あの子、だって」

 含みのある言い方で、目だけでカミヤマを見送りながら、ジンボは山崎に声をかける。

「――僕たちも帰ろうか」

「今度はあんたのとこで監禁生活か……」

「監禁を解くために僕は来たんだけどな」

 困ったようにジンボは笑う。

「解いて、どうする。……俺は、何をすれば……」

「ルールの範囲内でなら、きみの思うようにしてくれて構わない」

 言われて、少しのあいだ考えた。

「……俺には、難しいな」

「何が?」

 ぽつりとこぼしたつぶやきを、ジンボが拾った。目をやると、彼は柔らかく笑んだ。

 ふと、どこか佐伯に似ている気がした。話し方や笑い方、笑うタイミングがそうかもしれない。

「自分の……思うようにすること」

「そうなの?」

 ――そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない、と山崎は迷う。今頃になってわからなくなってきた。どこからどこまでが、自分の思いに反しての行動だったのだろう、と。

 それをことこまかに説明するのも億劫おっくうだったし、久々に長く喋りすぎた。疲れが口を結んだままにした。

 こたえない山崎にジンボは優しく言う。

「存外、早くなじむさ。それに、本当に困り果てて立ちゆかなくなったら周りの人に相談すればいい。僕でもいいし、これから仲間になる人たちにでもいい。きみはひとりじゃないのだから」

 どう反応していいのかわからず、山崎は深く顔を伏せる。

「――カンダ、開錠して」

 五秒後にピピッと短い音が手元から鳴って、手枷が落ちた。輪の一部分がスライドして開き、手首の通れる隙間すきまをつくった。

 顔をあげないままの山崎に構わず、ジンボは身をひるがえす。

「行こうか。ついておいで、進くん」

 山崎は己の鼓動を認識した。それはいつもより少し速い。一度気にしだすとなかなか意識から離れなかった。

 ジンボの靴音が遠ざかっていく。

(考えなくてはいけないのに)

 やたらと鼓動が思考の邪魔をする。

 靴音はすでに小さい。

 解放された腕に妙な軽さを感じながら、山崎はのろのろと立ち上がった。顔をあげ、開きっぱなしになっているドアに目をやる。人影は見えない。

 この部屋――ひいてはこの家の主が出ていって欲しいと言っているから、あの男について行かねばと思っているのだろうか。

(違う)

 山崎は下唇をかむ。

 だから、

(一歩目が怖い)

 足が動く。初めは、探るように。

(きっと止まらなくなるから)

 二歩目は、つられて動く。

 そうして無性むしょうに泣きたくなった。こぼれるまではいかなかったが、目頭に熱いものがたまる。

 足は、開かれたドアに向かって、歩みを続けた。

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