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五話

「――それが?」

 と、あまりにそっけなく平然とした佐伯の物言いに、思わず山崎は唖然とした。

「それが……だと?」

「ええ。それがどうかしましたか。人間が人間を創るのは、そんなに驚くようなことでも責められるようなことでもないと思いますが。現に数多あまたの人間がこうして存在しているように、あなたに両親がいるように」

「産むのと創るのとは違う」

「どう違うんです」

「それはお前が一番よく知っているだろ」

「さあ、僕は知りません。知っているのは、産むのと創るのとに違いがないことだけ」

「嘘をつけ。じゃあなぜおまえは外で暮らしている、わざわざ偽の親を用意してまで。せっかくここまで育ったホムンクルスを、カミサマらがそう簡単に外に出すとは思えんが」

「ホムンクルスだって人間ですよ。他の人たちと同じように暮らすことに……」

「お前は自分の生に疑問を抱いている」

 佐伯の言葉を遮って言う。

「お前は自分がホムンクルスだといつ知った。いつ人間の通常の誕生と異なっていると理解した。――お前はそのときショックを受けたはずだ。なんせ自分は人間だと思っていたんだからな、他の人たちと同じ」

 佐伯は薄ら笑った。

「……ずいぶんと穿うがった見方だ」

「あながちはずれてもいまい。己の生と存在価値を守るため、お前はカミサマらのもとから離れようとしたんだ」

 困ったように佐伯は肩をすくめる。

「散文的ですね。仮に、もしそうだったとして、なんですか。山崎さんは僕を憐れに思ってプロジェクトに反対しているんですか。結構な同情心だこと」

「それもあるだろうが、俺は、人間の生命の尊厳のために反対している。ホムンクルスは人間の敵と言ってもいい。自由自在に人間が創生されるようになったら、人は簡単に殺されてしまう。より優秀な者をと望み、出来の悪いやつや弱者は排除される。人口政策にも当然でばってくるだろうな」

「というと?」

「この空中都市という狭い空間と有限の資源の中で人類が生き延びるには、人口問題は重要だ。出産をいっさい禁止し、子供――ホムンクルスは国から支給。そうして人口を徹底的に調整、管理する」

 いたって真剣に語る山崎に向かって、佐伯はおおいに呆れたように軽く笑った。それは嘲笑の表情に似ていた。

「たくましい想像力ですねぇ。でも、想像の域を出ません。それではコストも手間もかかりすぎます。山崎さんのそれは、一種の恐怖症ですよ。フランケンシュタイン・コンプレックスと言うんでしたっけ? まあ、山崎さんは創造主ではないですけど」

 それから、と声のトーンを落として言う。

「その、ホムンクルスという呼び方、やめてもらえませんか。気分が悪い」

 鼻先でふっと山崎は笑う。

「アダム、と呼ばれるほうが好きか」

 佐伯は険のあるある目付きを向けた。山崎は思わず顔をそらす。どきりとした。彼に似合わぬ表情だったから。

 傷ついただろうか。わかっていて吐いた悪口あっこうだが、予想外の反応に戸惑う。余裕の笑みで、ひらりとかわすとばかり思っていたのだが。

 様子をうかがうように視線を元に戻すと、佐伯のほうが身体ごとずらして山崎に顔を向けないようにしていた。

「……僕は、山崎さんの恐怖症に付き合うほど心が広くないのですが。人間を創生する技術があれば、人を救うことだってできます」

「できるだろうけど」

「臓器移植だってより簡単にできるし、重症の怪我や病気になったときにも自分のスペアの身体として使える。不老長寿にだってつながっていますよ」

「佐伯……それは、自分のことを言っているんだぞ。悲しくならないのか」

 佐伯はきゅっと唇を結ぶ。

「誰かを生かすために、殺す命を生んではダメだ。創られた人間とはいえ、俺はそこに命があるのは認めている」

「……さっきのは、もののたとえです。そんなつもりで言ったんじゃない。それに、僕は人間です。そんなものにはならない。悲しくなんてならない」

 佐伯はこちらを見ようとしないし、傍らに控えている男にも背を向け続けている。

「スペアだの、そんなものだの、ひどい言いぐさだ。矛盾しているしな。お前は自分は人間だと言うのに、同じように誕生したスペアは人間じゃないと言うのか。創生の技術で生まれたものは人間でないと」

「――違う――」

 ついにはひたいに手をそえて横顔さえも隠した。

「お前が自分のことを正当化しようとするのもわからなくはないが、それは自己否定に他ならないんだよ」

「だから、僕は――」

「これが人間創生の弊害だ」

 彼を痛ましく思って山崎の顔が歪む。

「人間の命の尊厳と創られたものの命の尊厳、その両方がおとしめられるんだ。どちらも幸せになれずに終わる。なら俺は、人間の命の尊厳を守らせてもらう。これは俺のエゴだ。アダムがこれ以上創生されないことを願うばかりだ。お前のためにもな」

「……何を偉そうに」

 佐伯が呟く。その声は若干震えていた。

「生命維持局で人体実験を行っていたあなたに、命の尊厳について説かれる覚えはありません」

「それは……」と山崎は口籠くちごもる。

「それは、いいんだ。人のための研究なんだ。殺してなんかいない、死にゆく命を有効活用して将来誰かの助けに――誰かを生かせるよう、努力しているだけだ」

「言葉遊びをしているんじゃないんですよ」

 冷たい口調に驚いて山崎は一瞬息がつまった。

「なんだかんだ並べ立てているけれど、結局あなたは自分の倫理基準でものを言い、あたかもそれが人道や正義にかなった思想だと、ひとに押しつけているに過ぎないんですよ」

 まくしたてるように彼は続けて言う。

「そもそも、だいいち、現在の人口政策だってどうなんです。優秀な者を望む? 出来の悪い者や弱者を排除? そんなのもうあるでしょう。都市内をよく見てくださいよ。子供を持てる数がそうだ。無権籍者という例をあげるまでもなく、金や権力のある者ほど多く子供が持てるが、弱者になるぼど限られてくる。あなたの実家と養家を思い出して比べてみたらどうです。――住めるエリアだってそうだ。強者ほどエリアを自由に選べる。これらを世に問う前に、実施する可能性すら語られていないプロジェクトに対して妄想をもとに批判しますか」

 顔も身体もそむけられたままなせいで、山崎はどこか自分に言われている気がしなかった。

「いずれは――」

 そうなる。アダム・プロジェクトが人口政策のテーブルにつくようになる――と反論しようとしたが、彼は山崎の発言を待たない。

「あなたのような薄っぺらい正義感と偽善を振り回すやからが一番人間の尊厳を貶めるんだ。創られたものが人間であったら、それは人間でしょう? 僕とあなたのいったいどこに違いがあると言うんです。ねえ、どこですか」

 山崎は口を開くことができなかった。

「誕生の仕方が少し異なるだけで、何も変わらないはずだ。何も変わらないはずなのに、違うって――、いったいどこに、何が」

「侑祁」

 いままで黙していた男が呼ぶ。

「そんな話はどうでもいいだろう。時間の無駄だ」

 途端に彼は振り向いた。立ち上がって、男を睨む。

 立った勢いで押された椅子が傾いて、ガンと重く鈍い音を鳴らして倒れた。

 柔らかい雰囲気で飄々とした彼がどうしたのだろうと、さきほどからずっと頭の片隅でぼんやり思っていた山崎はここへきて、ああ、と納得した。

(それはそうだろう。無理もない)

 彼は必死なのだ、自分の存在を守ろうと。

 この空中都市で――いや、地球で、宇宙で、彼は真に孤独なニンゲンなのだから。

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