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四話

「――俺が殺してやってもよかったんだけどな」

 山崎はどこかあさってのほうを向きながら言う。彼の心を知る者にとってはナンセンスな虚勢に聞こえただろう言葉だ。

「あのクソやろうには、あんたらに捕まって殺されるほうがお似合いだろうよ。耳にタコができるぐらい、いつも恨み言を聞かされてたぜ、あんたらのお仲間に入れてもらえなかったってな」

 スーツの男からの返答はない。見ると、睨んではいなかったが、かわりに冷やかな視線が送られていた。

「哀れな男だよ、あいつは。ずっと俺の憎悪にも気づかずに、いい手駒てごまだと思って信頼してやがったんだからな。あんたらもあんな金と権力欲の塊のうるさいハエを駆除できる口実ができて助かっただろ」

「……余計な世話だ」

「本当か? ずっと邪魔だと思っていたが、消すのにも何か理由が欲しかったんだろ?」

「なんの話しだ」

「今更とぼける気か。創世プロジェクトとやらで何をたくらんでいるのかは知らねえが、しょせんあんたらも勝重と同じ下衆げすどもだ」

「……なんだと」

 男の眉根がかるく寄る。

「――違うと?」

 己の吐いた台詞せりふが拾われているのに勘づいて男は怒りをおもてに表した。

「貴様!」

 言うが早いか、山崎の胸倉をつかんだ。しゃがんでいた若者は立って男をよける。

「やめなよ、帆波くん。本当にきみは短気なんだから」

 仲裁を買って出たのは年配らしき声だった。

 訪問客のひとり。部屋に入るなりベッドに腰かけて、静かに状況を見守っていた。

「あんな嫌みを言ったんじゃ、そりゃあ進くんだって怒るよ」

 穏やかな口調とは似つかわしくない格好の男だ。輝かんばかりの金髪、ショッキングピンクに豹柄のシャツ、ラメの入った紺色のズボン。

 チカチカする目をこらえて男をくいいるように見、やはり、と思う。

「ほら、放してあげなよ。拘束されて無抵抗なひとを殴る気なの?」

 胸倉をつかむ男は露骨に渋い顔をしてギロリと山崎を睨みつけてから、手を放した。

 ――やはり、年くったような声はこいつか。

 山崎は金髪の男を凝視する。

 声の印象と容姿がどうにも合致しない。男の容姿は声よりも二十は若く見えた。へたしたらもっとかもしれない。丸みをおびた眉に、かるくまがった鷲鼻、唇は薄く、端正な輪郭がまた年齢の判断を困難にした。

 目が合うと、金髪の男は微笑んだ。

「なにも僕たちは冷やかしに来たわけでも、帆波くんのように嫌みを言うために来たわけでもないんだよ。侑祁がきみに話したいことがあるんだって」

 そうだよ、と若者は同意して言う。

「カミヤマばっかり喋っててずるいよ」

 非難された男はそっぽを向いた。

「でさ、ジンボ。ちょっとだけ山崎さんと二人になりたいんだけど」

「いいよ。ごゆっくり、どうぞ」

 金髪の男はすんなりと受け入れて、ベッドから腰を上げる。

「カンダも、お願い」

 若者は天井に向かって声をかける。そこには小さな半球形の機器が取り付けられていた。監視カメラだろう。天井からの返事はない。

「きいてあげなよ」

 金髪の男が言ってようやく、わかった、と返ってきた。

「カミヤマぁ……」

 ただひとり、言外に退出の意を知るも、呼ばれた男は頑としてきかなかった。

 それで若者のほうがあきらめた。


 部屋の中央にあった椅子を近くに持ってきて腰をおろしてから、佐伯は切り出した。

「まず、間違いから正しときましょうか」

「……間違い?」

「カミヤマ、教えてあげてよ」

「どうして俺が」

 脚の長い椅子に座っていても首をかるく反って見上げるかたちになる佐伯に、スーツの男はしかめっつらをくれる。

「いいじゃないか。僕が説明することじゃない」

「俺が説明することでもないと思わんか?」

「いいから、早く」

 言われて、男は憮然とした顔を見せるが、結局しぶしぶこたえた。

「間違いは二つ。一つはプロジェクト名。正しくは『アダム・プロジェクト』だ。我々に創世しようという目論見はさらさらない。曲解や邪推、言いがかりによって創世プロジェクトなどと呼ばれているに過ぎん。――もうひとつはチーム名。そんなものはない。悪神の六つ柱、神域の六人、なんと称されていようが関係はない」

「と、いうことです」

 佐伯がしめた。

「――僕の話しは以上です。あとはジンボがいるときにします。お次は山崎さんがどうぞ。聞きたいことがあるのでしょう?」

「……なに?」

「盗聴器をしかけてまで、何をそんなに聞きたかったんです?」

「お前も嫌みか」

「やだなぁ、違いますよ」

 佐伯は苦笑する。

「話すことはすべて話した」

「らしいですね。でも、聞きたいことは聞けてないでしょ」

 言われてみれば、そうかもしれない。山崎は少しのあいだ考えた。

「……なぜ、死のうとした?」

 勝重や盗聴器から詳しい情報を得る前に拘束されてしまったから、知らないことだった。

さとるが、ひとりで死ぬのは寂しいと言ったから」

「サトル? 檜山惺か」

「そう」

「どこで」

「ラボ内で」

 だからか。勝重が盗聴器のデータを送れと言ってきたのは。盗聴器はラボにしか設置していない。

 急にひどい肩の痛みを覚えて山崎は顔をしかめた。もたれていた壁から身体がいつの間にかずり落ちていたので、身をよじって元の位置に戻す。小さく息を吐いてから再び佐伯に視線を向けた。

「大丈夫ですか?」

 そう言って佐伯は柔らかに微笑む。

 思わず「大丈夫だ」と笑顔で返してしまいそうになる、彼のそんな表情を山崎はわりと好いていた。理由は不明だが、心地よいものと感じていた。

 それは他の者にとってもそうなのかもしれない。でなければあの気難しい女がこの短期間で彼に心を許すはずがない、と山崎は思う。

「……なあ」

「はい?」

「お前が本当に、アダムなのか?」

 無駄な質問だと自分でも理解している。彼がアダムでなかったら、山崎が拘束されている訳と今の状況の説明は困難を極める。

「信じられません?」

「そうでなかったらいいな、と。お前じゃなくても、アダムがいるという話は偽りだと」

「僕は、僕がアダムだと聞かされています。誕生からのデータを許された範囲で見せてもらったこともあります。けど、それらが真実であると断定することや、真偽を確かめることは僕にはできません」

 ――だが。

「否定することはできるか?」

 彼はただ見つめ返す。

 そうか、と山崎は悲痛な面持ちで呟いた。

「アダムは本当にいたんだな。……本当に、お前らは一から人間を創りやがったんだな。一から、全て人工で……!」

 それが創世プロジェクト、もといアダム・プロジェクトの第一章であると山崎は把握している。アダムを創り出した技術を今後どう利用するのかは未知だ。

 しかしながら、山崎に嫌悪感を抱かせるのにはその第一章だけで充分だった。

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