二話
訊かれたことにはすべて素直に答えた。素直に答えすぎてかえって疑心を抱かせてしまったみたいだったが。
横になりながらぼんやりと山崎は思い返す。
それでも信じてくれたからか、きちんと裏がとれたからか、始めに放り込まれたところよりかは数段快適なこの部屋に連れてこられたのだろう。
とはいっても、始めの場所がどのようなところであったのかを詳しくは知らない。手枷、足枷はもちろん目隠しまでされては充分に状況を把握しえなかった。ひたすら冷たくて硬い壁と床とが記憶に残っている。それはここと変わりないが、飯などの扱いが悪かった。
この部屋に入れられたときは手枷だけになって、思わずほっと一息ついたものだった。
ドアが開いた際に照らされた室内を眺めると、壁や床に日焼けをしていない部分がいくつかある。ここは山崎のために急遽繕った部屋のように見えた。
――短く、ブザーがなる。
それは入室の合図、ノックのようなものだ。
不審に思って山崎はドアのほうを見遣る。一日二回の食事の、二回目はとっくにすんでいる。用を頼んだ覚えもない。
いつもきまってそろりと開くドアが勢いよく半分以上動いた。それだけでも急なまぶしさに顔を歪めて目を細める始末なのに、天井の電灯まで光を発せられては、ぎゅっと目をつむるしかない。眉間にツンと刺激が走った。
「――バカ! いっきに開けるな。いきなり突っ込んできたらどうする」
目を瞬かせているあいだに、男の声が入って来た。
「大丈夫だよ。こなかったじゃないか」
また男の声がした。さきほどのより高い、どこかで耳にしたことがあるような……。
「きたら、の話しをしている。心構えからしてなっていないんだ、お前は。いいか、そんなんだから」
「はいはい、ひとさまの前で説教始めないよ、帆波くん」
怒り口調の男を遮って、今度は年配らしき人物の声が現れる。こちらも男のようだ。
ようやく光に目が慣れて見えてきたのは数えた数のとおり、三人の男。
この部屋で初めての訪問客のうちの一人は、知った顔だった。だが――。
山崎は何かを言おうとしたけれど、ひどく声がかすれてほとんど音にならなかった。
ふんわりと微笑いながら年若の男が横たわる山崎のもとに歩み寄り、しゃがみこむ。
「こんばんは。お元気……とは聞けないサマですね」
同じ局の研究員だった。同じラボの後輩だった。なじみとなるにはあまりに短い期間だったが、職場でよく聞いていた声が、柔和な顔が、真実ここにある。
「……死んだんじゃ、ないのか……」
近頃ろくに使っていなかった喉は発声法を忘れたわけではないようだ。
目の前の若者はきょとんとしたのち、ああ、と合点がいったようにうなづいた。
「誤った情報をつかんでしまったんですね。――未遂です。このとおり、ピンピンしてます」
「……そうか」
安心したのでもなく、悔しがったのでもなく、山崎はとても複雑な心境になった。
「生きていたのか……」
「残念だったな」
男が言う。若者の斜後ろに立って、何がそんなに気に食わないのか、さきほどから山崎を睨みつけている。年の頃は四十かそこらといったところで、すらりと伸びた足のわりにかっちりとスーツを着こなしているさまは、下から見上げるとそこそこ迫力があった。
「こいつは無事だ。貴様らの目的も果たせずに終わったな」
言われて、山崎はしばしのあいだ考えこんだ。
「俺の目的?」
問われた理由がわからなかったのか、男は怪訝な顔をする。
「今更とぼける気か」
「とぼけるもなにも、俺は佐伯に何かしようなんざ考えていない」
「勝重の犬がよく言う」
山崎の眉間がかすかに寄った。
「確かに、『アダム』の別名と同じ名前のやつがラボに入ってきたことも、そいつを調べた結果も勝重に教えたのは俺だ。だけどな、俺とあいつを一緒にするなよ」
「違うと?」
「違う。だいいち勝重の目的だって詳しくは知らない。アダムや創世プロジェクトの正確な情報をつかめば、悪神の六つ柱の連中を脅せていいようにできると、そう聞いていただけだ。どういいようにするのか、いいようにしてどうするのかまでは知らない。本人に聞け」
「――本当によくしゃべる。クマシロさんが言っていたとおり」
男は眉間にしわを寄せたまま器用に笑みを浮かべていた。そこに蔑みが含まれていると山崎は見て取った。
「養父のことも義兄弟のことも簡単に口を割ったという話も納得がいく」
「あいつらを父とも兄弟とも思ったことはない。仲間でもない。百歩譲って、義兄弟たちに対しては同病相憐れむところがないではないが」
「勝重に養ってもらった恩や義理は感じないのか。たいした輩のようだな」
山崎の頬がぴくりと動いた。左の口角があがっている。スーツの男と話すうち、顔が、表情というものを思い出してきた。
「恩だの義理だの……そんなものとっくに捨てたさ。あのクソやろうが俺の母に手を出していたと知ったときからな」
のっそりと山崎は身体を起こした。再び壁に背中をあずけて、わざと男に皮肉な微笑が見えるよう顔をあげる。
「あんたも味わってみたらどうだ。気持ち悪くてヘドが出るぜ」