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一話

 生物学的に、本当の意味で、親がいないということに羨望したのを山崎進やまざきしんは覚えている。

 もし自分も「彼」のようであったら、家の事情に拘泥して決めた進路も、あまりに苦い青春時代も、今この身体を満たす虚無感も、すべて存在しない未来の出来事ですんだのではないだろうか。

 「彼」の出自に嫌悪感を抱く一方で、親のことに関するその一点においてだけは、羨ましく思ったのだった。


   *  *


 何度目かの寝返りをうち、何度目かの溜め息をこぼす。床に転がった山崎はその床の硬さで、長時間置いていた頭に起きた痛みに悩まされていた。

 ベッドがあるけれど、そこに寝転がるのにもんでいた。

 仕方なく起きあがり、壁際まで移動する。

 部屋は極端に家具が少ない。シングルサイズのベッドと小さくて脚の長いテーブルとそのテーブルに合わせた椅子――それがすべてであった。寄りかかって座る壁は余るほどあった。

 窓の下を選ぶ。別段理由はないが、あえて言うならばドアの真正面に位置していたからだ。

 億劫そうに腰をおろし、山崎はまたひとつ溜め息の数を増やす。

 この部屋を訪れる者は決まってそろりとドアを開ける。顔の半分をのぞかせて厳しく探るような目つきでうかがい、次にドアをゆっくりと開けていき真向いを見る頃はいくぶんその目もやわらいで、大きくドアを開けるに至ると始めよりもいくぶん厳しいものになる。そういった眼差しを向けられるのがうっとおしかった。

 それはこの部屋でおそらく一週間過ごして得たことだった。

 おそらく一週間、というのも、部屋には日時を報せる物がなく、唯一日光が入る窓もシャッターが下りて閉め切られていたため、食事を運んでくる給仕によって日時を把握していた。「おそらく」という単語がとれないのは何時間寝たかわからないから。寝ている間にもしかしたら食事をとばされたことがあるかもしれない。

 膝を立ててうなだれるようにして猫背になる。両手は股の間に置いた。こうするか、横になるかでしか楽な体勢がとれない。

 両手首を結びつけているかせが、四六時中つけているのにはあまりに重く、不自由さが身体的にも精神的にも歯痒かった。

 ぼうっと、暗闇に慣れた目で見るともなしに枷を見る。∞の形をした白い拘束具――親指の反対側の面に小さなタッチパネルがある。そこで開錠、施錠が操作できるのだろうが、手のひらを向かい合わせにして腕を固定されているため指先が動かせても届かない。

(いてぇ……)

 肩の凝りはひどい。手首の重さも慣れるどころか日々重さが増しているような気がするし、不快感は確実に積もっている。足に拘束具がないのが小さな救いだ。

(いつまでこうしてりゃいいんだ)

 拘束されて尋問を受けたときに洗いざらい答えた。何日も監禁されている理由がわからない。他にたいして役に立つとも思えないが。

(早く殺せばいいのに……)

 それどころか排泄がしたいと言えば下女らしき者――いつも同じ女で、給仕もこの女――が部屋を訪れて山崎に目隠しをし、部屋の外に連れ出して用を済ませてくれる。水が飲みたいと言えばすぐに飲ませてくれ、飯など何も言わなくても腹がすく頃に食わせてくれる。

 良い身分になったものだと、自嘲して心中で笑う。顔には出ない。

 たったおそらく一週間まともに動かしていないだけで顔はこわばってしまった。下女は必要なこと以外喋らないし、山崎からの言葉にはほとんど返答をしないので会話には発展しない。

 山崎のほうも誰かとの会話を望んでいるわけでも、情報を得たいわけでもないので表情筋の働きは自然少なくなった。

 手枷を見続けるのにもあきて、目を閉じる。

 しばらく瞑目めいもくして大きく息を吐いてから、横にゆっくりと倒れた。

 監禁され続けている理由はわからないが、今更抵抗する気も、もがく気もかない。納得やあきらめからくるものであろうけれど、山崎の場合はそれだけではなかった。


 着信音が鳴っていた。

 それで、山崎は目が覚めた。

 顔をしかめてベッドの頭のほうにある時計を確認すると、五時を少し回っていた。平日の起床時間より二時間も早い。

 音のもとは電話だった。発信者は養父。

 ますます顔をしかめ、不機嫌を隠さず電話口に出た。

 養父は怒鳴っていた気がする。目を閉じたまま、覚醒しきれていない頭で聞いていた。ただうるさいということは認識していた。

(――何をしていたんだ!)

 養父は叱責しっせきしたが、心当たりが浮かばなかったので、はあ、と生返事をした。

(――死んだぞ!)

 何が、と聞き返したが養父の声にかき消された。

(――自殺した!)

(――『アダム』が自殺した!)

 それでも数秒たってから、ようやく養父の話しが頭に入ってきた。

(……佐伯が……死んだ?)

(そう言っとるだろうが!)

(バカな。――なんで)

(それを知るためにお前にかけとるんじゃないのか!? 盗聴器を仕掛けたんじゃないのか!?)

 山崎はベッドから飛び起きた。盗聴の内容を確認するためベッドサイドの機器を触った。すぐには開けない。何重にもロックをかけておいたから。

(早くデータを送れ!)

 養父がやかましく急かした。

 ちょうど最後のロックが解除されるまであと数秒というときだった。複数の足音が響いた。

 寝室のドアを振り返ったら人がいっきに流れこんできた。ざっと十人はいた。

 誰もが暗めのスーツを着て、銃を手にしていた。言われなくても山崎は両手をあげた。今度は指示を受けてから慎重に床に伏せた。

 家のセキュリティー装置はその日、どれひとつ作動していなかった。


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