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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
幕間 束の間の休息
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03 「地獄の雪合戦 3」

 静が前に飛び出したのは、宣言とほぼ同時だった。

 今度は呑気に真たちの出方を待つのではなく、彼女は自ら攻めに出たのである。


 前傾姿勢で足元の雪を蹴散らし飛沫を上げながら突っ込む様は、高速で動くブルドーザーか何かだ。あんなものに常人が立ち迎えるはずもない。


「怯むなよ、新堂。前に出る!」

「わかってますよ!」


 しかし、その常人でない者から密かに訓練を受けていたのもまた事実。麻希と進はもっとも難しい第一歩目を踏み出し、突っ込んで来る静かに正面からぶつかりに行った。


静姉あんたの性格なら二回目は突っ込んでくると思ってたよ!」


 真の読みの一つとして、二回目に静は自ら動くだろうという予想があった。

 一度目は真たちの仕掛ける攻撃を全て打ち砕き、自らの脅威を見せつける。それが圧倒的であればあるほどに、二回目に自ら動くことにより相手が感じる恐怖心は跳ね上がるのだ。


 相手に苦手意識を植え付け、精神的に有利な状況を作り上げる。単純な戦闘力でも勝っているというのに、そのやり方は徹底している。

 それが静の得意とする手であることを真は熟知していた。伊達に長年虐げられてきたわけではない。まったく恰好はつかないが、経験上の読みは見事に的中した。


「二人とも玉砕覚悟か。私は逃げろと教えたはずだが?」

「今は命の危険がないから別でしょう。あなたが自分で言ったんですよ。直接の暴力は禁止だと!」


 雪に足を取られながらも、持ち前の運動神経で麻希は走りながら雪玉を投げる体勢に入る。

 直接身体を触れることが許されないのなら、この場合悪いのは静だ。彼女は自ら課したルールにより、体当たりをしないために止まらざるを得ない。

 もっとも、静が止まらない可能性だってゼロではない。何かの間違いで接触すれば、容易く麻希の身体は先ほどの真のように吹っ飛ばされることだろう。


 しかし、麻希は静を信頼していた。たった数日間で静の人となりを解ったなどとは言えないが、彼女は間違いなく止まる。

 少なくとも、こちらがそう信頼している以上、彼女は行動する人だ。


「……はっ。まったく、そんな目で私を見るなよ」


 果たして、静は突進の勢いを緩めて右足を蹴り上げた。一回戦目で真の玉を防いだ時と同じである。

 鈍重な音を響かせ撒き散らされた雪は麻希に覆い被さり、彼女の身動きを封じた。


「少々懐かせすぎたかな。聞き分けの悪い子たちだ」


 そして、即座に静は右から飛来する雪玉に反応し、足を引き戻しながら右手でそれを受け止める。麻希の影から横に飛び出して接近した進が、雪玉を投げていたのである。


「残念だったな。踏み込みが甘い」

「……精進しますよ」


 進にとって絶好の隙に見えても、静からすれば対応は容易――だたそれだけのことだった。

 驚異の反応速度を見せつけた静は、キャッチした雪玉を進の額目がけて投げ返す。脳天から快音を響かせた進は、そのまま仰向けに倒れた。


「む――」


 危なげなく二人を凌いだ静であったが、そこで彼女は自分の異変に気付いた。

 今の攻防で麻希に対して足を、進に対しては手を使った。

 ほんの僅かのことである。突進からのブレーキによる一連の挙動は彼女にとって無茶な動きとまでは言わないが、体勢を硬直させるものだったのだ。

 その一瞬の隙を生み出すために、二人は捨て駒になったのである。


 静の数メートル前では、真が地面に両手を付けているところだった。彼は両手に霊気を込めて、己がイメージできる最大出力で暴発させる。

 姉が蹴り上げて行ったことを、彼は両手で行ったということである。噴火するように舞い上がった雪は静の身長を優に超え、視界を遮り迫る壁と化した。


「武器は雪だって言ったよな。だったら、玉じゃなくてもあたれば問題ないんだろ!」

「……やれやれ、どっちが無茶苦茶なんだか」


 しかし、静も散々雪を浴びせかける行為をしたわけだし否定はできないところだった。

 この場で霊気を放射、あるいは強化した拳で壁を粉砕することは容易いが、それでは直撃を防げても全てを避けきれはしないだろう。

 完璧な勝利を謳うのであれば、粉粒ほどの雪もこの身に受けることは許されない。


 ならば、と静は腰を深く落とし、両脚に力を込めた。自身の身体をバネのように限界まで折り畳み、最大の力で跳躍する。

 地面に穴を穿つ勢いで跳び上がった静の身体は、真が放った壁の上を行く。このまま彼女は真の目前へと落下し、着地と同時に雪を巻き上げようと思っていた、のだが――


「待ってましたッ!!」


 真の遥か上を行ったはずの静の更に上から、小気味よい声が落ちてくる。

 咄嗟に顔を上げた先には、小さな身体を懸命に仰け反らせ、両手に抱えた巨大な雪玉を振り上げている柄支がいた。


「なに……!?」


 これには流石の静も驚きを禁じ得なかった。霊気の扱いに長けているわけでもない柄支がどうしてこのような位置に、果ては両手に巨大な雪玉を持っているのか。

 理屈に合わないが故に、予想できない事態だった。


「遠慮はいりません! 先輩! ハナコ! ぶちかませッ!」

「――、あぁ……なるほど。そういうことか」


 地上で叫ぶ真の声を聞いて、静は即座に納得した。


「ハナコ、柄支に乗り移ったか」


 真は正にチーム全員の力を総動員して、勝ちにきたのだ。

 麻希と進を倒し、十分な迎撃態勢が取れないところへ正面からの範囲攻撃で回避を誘導する。彼にとっては雪の壁を静が跳躍して避けるところまでは計算していたことだった。

 そこへ、柄支がとどめの攻撃を放つ。彼女が最後の詰めになることは、静も予想はできないはずだと踏んでいた。

 何故なら、柄支が本来そこにいることはあり得ないからである。彼女本来の力では、逆立ちしたところで跳び上がることなどできはしない。


 だが、ハナコの力を使えば別だ。

 一時的にハナコは柄支の身体に入り込み、自身の霊気で柄支の身体を操る。肉体の強化はハナコと繋がった真がサポートする形を取った。これは接続の恩恵でもある接続者の思考のトレースの応用にあたる。

 そして、両手に振り被っている雪玉は、翼が作りかけていた雪だるまの片割れだった。


「静さん! ごめんなさいッ!!」


 かくして大跳躍を果たした柄支は、謝罪の声を共に両手を思い切り振り下ろした。


「やれやれ……しかし、簡単にやられるわけにはいかんな!」


 迫る大雪の玉を前にして、静は鷹の目の眼光を鋭くする。タイミングを合わせて繰り出された彼女の右拳が、カウンター気味に雪玉の中へとめり込んだ。


「うわぁっ!?」


 雪玉は容易く粉々に崩れ去り、その衝撃に柄支は姿勢を崩して身体をあらぬ方向へと投げ出してしまう。

 そこへ静の突き出した右手が伸ばされた。後頭部をがっしりと掴まれた柄支は、そのまま右手の主の胸元へと力強く引き寄せられる。


「着地の時のことも少しは気を配るべきだな。しっかりつかまっていなさい」


 柄支を抱きかかえたまま、静は髪をなびかせ片膝をついて着地した。そして、同時に手の平を地面へと打ち付けて霊気を放射し周囲の雪の表面をさらう。雪に埋もれかけた麻希と進の救助も兼ねてのことだった。

 静の胸から解放され、優しく地面に立たされた柄支は現実味を失った気分で、ややぼうっとした様子で勇ましい静の顔を見つめていた。


「ハナコ、もう勝負はついた。そろそろ柄支から出て行ってやったらどうだ?」

「あ! はい、そうでした!」


 ぽんと柄支の頭に手を置いて静が言うと、ハナコがその身体から飛び出すように姿を見せた。柄支も我を取り戻したように目を見開き、おろおろと視線をさまよわせ始める。


「あわわ、静さん、大丈夫でしたか?」

「あれだけ盛大に叫んでおいて今更それはないだろう。いい攻撃だったよ。ナイスファイトだ」


 全身についた雪を払いながら静はにかりと笑った。そして続けて前を向くと、同じように笑みを難しい顔で見つめている弟へと向ける。


「なかなか心躍ったぞ、真。及第点をくれてやる」

「そいつはどうも。けど、色々とヒントは出してたんだろうが。余裕ぶりやがって」


 一矢報いることに成功したものの、真の表情は晴れてはいなかった。ここに至るまでの姉の言動に、彼は少なからず誘導されていたのではないかと思い始めていたからである。


「さて、どうだかな。少なくとも柄支にハナコを憑依させたのは予想外だったぞ」


 苦々しい弟の顔を面白がるように静は笑い声を上げた。まったくもって、これではどっちが勝ったのか分からない。

 真たちは色々と犠牲を出しながら、ようやく静かに一発をいれた形だ。それも結果としては当たったものの、直撃ではなく粉砕されている。

 これが実践であるのなら、まだ戦いは続行だ。明らかに格上との戦いは逃げるのが正解であるという彼女の言は、まさしく正しいものに違いない。


「でも、静さん」


 が、あれこれと考えている真の耳にハナコの声が届く。柄支から離れた彼女は真とは対照的に満面の笑みを浮かべており、びしりと指先を静に突き付けた。


「条件を満たしたのですから、わたしたちの勝ち――ですよね?」


 柄支に、倒れた身体を起こそうとしている麻希と進、戦いの顛末を見届けて駆け寄る凛と翼にも、彼女の勝利宣言は聞こえていた。


「そうだな。お前たちの勝利だよ」

「ですよね! やったじゃないですか真さん!」


 負けを認める静に、ハナコは振り向いて歓声を上げた。

 始まる前まではやや引き気味であったはずなのに、今はハナコが一番勝利を喜んでいる。すっかり興奮してしまっている彼女に今度は真が多少引きながらも、ようやく笑みを作っていた。


「ああ! 俺たちの勝ちだ!」


 この戦いは自分だけのものではないのだ。ここで喜ばなければ死力を尽くしてくれた仲間にも申訳がない。

 そう思い直した真は、ハナコに続いて勝利の声を上げるのだった。





「それで――姉さんに勝ったはいいが、何で皆そんなにボロボロなんですかね?」


 浅霧家の暖かな居間で、ぜんざいの餅を齧りながら礼が静に訊ねていた。


「当然だろう。その時点ではまだ一勝一敗だぞ。もちろん、勝負はまだまだ続けたさ」


 部屋着となってすっかり寛いだ様子の静が笑いながら答える。

 礼と同じく彼女も椀を片手に、ぜんざいの汁を啜った。ほどよい甘さと餡の温かな香りが、冷えた身体を芯からほぐすように温めてくれる。


「お前たち、せっかく珊瑚が作ってくれたのだぞ。食べないのか?」


 畳の上で思い思いに倒れる真たちを見下ろしながら彼女は笑った。その笑い声は、聞く者にとっては悪魔のそれにも等しい響きであった。


「うるせえよ……ちょっと黙ってろ」


 唸るように真が言葉を返す。甘い香りはいかにも運動後のきっ腹に直撃するのだが、いかんせん全身ががたがたで今は指先一つも動かしたくはなかった。


 第二ラウンドと称した戦いの後は、それで終わりということにはならず、結局午前中の時間を目一杯使い雪合戦は続行された。


 その顛末は今の状況が物語っている通りである。全員帰宅して着替えたところが限界だった。ハナコですらも、全力で真をサポートした結果、今は姿を消して休息している。


「しかし、姉さんに一発あてられただけでも大したものだろう。大いなる進歩じゃないか」

「その程度で満足してもらっては困るがな」


 どこか他人事でのんびりとした兄と愉快げな姉を憎々しくも思いながら、しかし反論を言う気力もなく真は瞳を閉じた。


「真くん、こんなところで寝ると風邪ひいちゃううよ。もう……」


 凛の声がしたが、その声は今にも消え入りそうなほどに疲れたものだった。

 真はもはや目を開けることもできなかった。聞こえる声の残響も、瞼の裏側に広がる闇の中でぐるぐると渦巻く意識と共に沈んでいく。


「まあ、今はゆっくり寝ておくといい。さて、この中で一番将来有望なのは誰だろうな。私に一矢報いる案を出した真か、ハナコを乗り移らせてまで私に果敢に挑んできた柄支か……」


 そして、すっかり静まり返ってしまった若者たちを順に見ながら、最後に静は隣で丸くなっている翼へと目を向ける。


「あるいは、私の真意を汲み取ってかなめの武器を一心に作ろうとしていたこの子かもしれんな」


 そっと手を伸ばして眠る妹の髪を梳くと、くすぐったそうに身をよじられた。

 微かに口元を綻ばせた寝顔は、きっと良い夢を見ているに違いない。


 午後の時間はぬるま湯のような空気の中、穏やかに流れていった。

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