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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
幕間 束の間の休息
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01 「地獄の雪合戦 1」

 それは三組織の会談から数日が過ぎた日の出来事だった。


「うわぁ! 雪だーっ!!」


 早朝、浅霧家の縁側にて雪化粧に彩られた中庭を柄支が見つめている。彼女は万歳の姿勢で、感嘆の声を上げていた。


「ええ、雪ですね」


 そして、そんな彼女の背に白い息を吐きながら寝起きの真が声をかけていた。


「え!? なんで!? 感動が薄いよ!」


 勢いよく振り向いた柄支が、信じられないといった顔で見張った目を真へ向ける。

 しかし、真にとっては雪景色の感動よりも寒さの方が重要なのであった。


「柄支さん……わたしにはそのお気持ち、よくわかりますよ!」


 ハナコが握った拳を震わせて柄支に詰め寄った。彼女の意気に、柄支も我が意を得たりを頷く。


「そうだよね、ハナちゃん。浅霧くんには情緒が足りないよ、情緒が!」

「そう言われましてもね……」


 かしましくなる二人に言い返す気にもなれず、頭を掻きつつ真も中庭に顔を向けた。

 空は青。まだ日は低い位置にあり、地面は仄かな青みを帯びた雪に満たされている。

 二十センチくらいだろうか。足首までは余裕で埋まる高さだった。視線を少し上に向けると、軒下からも零れ落ちそうな雪が覗いていた。


「――おお、積もったみたいだな」


 と、障子戸が開く音がして三人が振り返る。のっそりと姿を現したのは、家主の礼だった。

 彼は三人の姿を認め、頬を緩めて笑いかけた。


「おはよう。真、ハナコちゃん。柄支ちゃんも、朝から元気だね」

「おわ、す、すいません。煩かったですか?」

「いや、騒がしいくらいが丁度良いよ。明るいことはいいことだからね」

「そうですか? あ、でも煩いことは否定しないんですね……」


 愉快そうに笑う礼に、恥ずかしそうに柄支が俯くのだった。



 それから真たちは居間へと迎い、順に集まった他の面々と挨拶を交わし和やかに朝の空気を過ごした。


「――ところで、真」


 そして、朝食を終えてそろそろ各人が思い思いに散らばろうかという時である。胡坐をかいて食後の茶を飲みながら、おもむろに静が真に呼び掛けた。


「なんだ、静姉?」


 意味ありげな姉の視線に不穏なものを感じ、真は慎重に口を開く。


「そう構えるな。お前、そろそろ身体を動かしても問題はないんだったよな?」

「ああ……そうだな。この間の診察では、軽い運動くらいなら問題ないって先生に言われたよ」


 真は頷いた。先日の会談における戦いで酷使した彼の身体も、ようやく癒えてきたところだった。

 如月からはまだ無茶はするなと念押しはされたものの、リハビリがてら身体を動かしておけとも言われている。

 きたるべき時に備え、何時までも身体をなまらせている場合ではないと思ってもいたところだった。


「そうか。ならば丁度良いな」


 湯飲みをテーブルの上に置いた静は立ち上がり、居間にいる全員を睥睨した。何事かと注目が集まる中、彼女は広げた右手を前に突き出して高らかに宣言する。


「お前たち、これからレクリエーションを始める! 全員参加だ!」


 居間の空気が、しばし呆然と固まった。

 一体何を言っているんだと柄支、麻希、進の来客三人組は首を傾げる。

 しかし、静を除く浅霧家の面々は顔を強張らせていた。ただし、翼だけは事情を呑み込めずにぽかんとしている。


「姉さん。まさかとは思うが……あれをやるつもりですか?」

「おうとも。今日は絶好のロケーションだぞ。やらない手はないだろう」


 渋い顔で礼が訊ねると即答が返された。そんなやる気を溢れさせる姉とは対照的に、礼は深いため息をついて腰を上げた。


「俺は遠慮しておきますよ。片付けないといけない案件もあることだし……他の皆は楽しんで来るといい」

「おいおい、逃げるのか?」

「そうとってもらっても構わないよ」


 静が挑発するも、礼は柳に風と受け流して苦笑する。姉への対応を心得ている飄々とした態度だった。


「それじゃあ、俺は部屋に引きこもるから。ああ、それから珊瑚。後でお茶を頼むよ」

「――かしこまりました」


 微笑んで頷く珊瑚と目を合わせた礼は踵を返し、片手をひらひらと振って居間から去っていった。


「では、私も朝食の片づけがあるので失礼しますね」

「え? 姉さん、それはわたしが――」

「いいのよ、凛。あなたは……そうね、特に翼さんをお願いね」


 礼に続いて珊瑚も立ち上がる。凛も腰を浮かしかけたのが、すぐさま彼女の動きは目で制された。


「お、大人は卑怯だぁ」

「ごめんなさいね。それでは皆様、失礼致します」


 不安気に表情を曇らせる凛の頭を軽く撫で、珊瑚はお辞儀をして台所の方へと行ってしまった。姉の背に向けて虚しく手を伸ばす凛の姿を、隣で翼が不思議そうに見つめている。


「やれやれ、二人には逃げられてしまったようだな」


 静は肩を竦め、残る若者たちを見下ろした。と、そこで正座をした麻希がすっと直角に右手を上げる。


「静さん、レクリエーションとは何ですか? 遊びであれば、申し訳ないのですが私と芳月も勉強をしなければならないのですが」


 浅霧家に厄介になっている状態であるとはいえ、麻希は受験生としての本分は忘れてはいなかった。

 自分たちが何者かに狙われる可能性があり、非日常に巻き込まれているという事は既に説明を受けている。

 だが、だからこそ呑まれてばかりではいられないと彼女は思っていた。

 日常に戻ったときの足場はしっかりとさせていなければ、全てに片が付いた時にそれこそ目も当てられない結果になるだろう。


「麻希ちゃんは相変わらず真面目だなぁ。少しくらいなら遊んでも――」

「何か言ったか……?」

「……ごめんなさい。何でもないデス」


 ドスのきいた声で睨まれ、柄支は両手で頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

 年越しはもう指を折れば足りるところまで迫っている。余裕をかましていい時期はとうに過ぎているのだった。


「まあ待て、麻希。レクリエーションとは言ったが、別に全てが遊びというわけでもない。これも修行の一環だ」

「はあ……」


 いまいち納得し兼ねる顔で麻希は静を見る。しかし、静は堂々とした立ち姿のまま臆面もなく言ってのけた。


「これから行うのは、雪合戦だ」

「やっぱりか……」

「真さん、何でそんなに憂鬱そうなんですか? 雪合戦なんて楽しそうじゃないですか!」


 唸るように呟く真を怪訝に見つめながらハナコが問う。真は呑気にはしゃぐ彼女を横目で睨んだ。


「お前はバカか。この姉貴ひとがただの雪合戦なんてするわけがないだろう」

「な! バカとはなんですか! バカとは!」

「まあまあ、浅霧にハナコさんも落ち着いて」


 言い合いを始めそうになる二人を苦笑しつつ進が宥める。そして、同時に彼は静に疑問を向けた。


「それで静さん、雪合戦が修行というのはどういうことなんでしょうか?」

「実際にやればわかるさ」


 静は短く答えると、居間の壁掛け時計を見た。


「今は八時か。なら、午前中で終わらせよう。それなら麻希も文句はあるまい。適度な運動はストレス解消にもなるぞ」

「……わかりましたよ。仕方ないですね」

「おぉ、やった!」


 麻希は溜息を吐きつつ認め、柄支が喝采の声を上げる。柄支に関しては真の不安の声は届いていないようで、単純に遊べることを喜んでいるだけのようだった。


「真くん……大丈夫かな?」

「わからん……しかし、無事で済むとは思えない」


 少しだけ膝を寄せて訊ねてくる凛に、真は気休めは言わずに己の予感を素直に伝えた。





 静に先導され連れて行かれたのは、浅霧家から徒歩数十分程度離れた裏山の麓だった。

 山を背景にした、そこそこに大き目の広場である。まだ踏み荒らされていない真新しい雪が一面に広がり、太陽の光を跳ね返して銀色に輝いていた。


「では、これからルールを説明する」


 そして、雪を踏み分けて進み広場の中央に辿り着いた静が振り返る。


 彼女はマフラー、手袋、帽子はもちろん、スキーウェアとスノーブーツを着こみ完全防備を整えていた。

 それは彼女の前に整列する真と凛、翼も同様で、自前の雪対策の装備を整えている。そのようなものを持ち込んでいない残りの三人に関しては、浅霧家の者からそれぞれ借りることで凌いでいた。


「皆さん万全の装備ですね。しかし、ここまでする必要があるんですか?」

「汗もかくし濡れるからな。風邪をひかないように防水対策はしっかりしておいた方がいいんだよ」


 寒さも感じず着替えも不要のハナコが、今の状況に少々物足りない気持ちになって訊ねていた。

 とはいえ、不平を言ったところで始まらない。真の答えを聞いた彼女は、大人しく静の説明へと耳を傾けた。


「ルールは簡単だ。これから二つのチーム別れる。そして、相手を全滅させた方が勝利だ」


 何やら物騒な言葉の響きにどよめきが起きる。それは静も見越しており、構わず先を続けた。


「全滅とは、要する足腰立たなくなるまで叩きのめすということだ。武器は雪のみ。相手を直接殴る、蹴る、投げる等の行為は禁止だ」

「……ギブアップはありなんでしょうか?」


 恐る恐る柄支が訊ねる。口端を吊り上げた静の笑みは、ギラギラとした雪の照り返しに煽られて不敵さを増していた。


「そのような情けない行為をする者がいるとは思わんが、相手が受け入れればありとする」

「あの~、静さん。翼ちゃんはどうすれば……」


 次に、翼の手を引く凛が質問する。自分はともかく、予想以上に過酷そうなゲームに翼を巻き込むのは躊躇われた。


「そうだな。これは修行でもあるわけだが……とりあえず凛と翼は様子を見ておけ。なんなら雪だるまでも作っていればいい」


 静からの許しをもらい、凛はほっと胸を撫で下ろす。が、彼女はすぐに申し訳なさそうな顔をして真たちに向き直ると頭を下げた。


「ご、ごめんなさい。わたしだけ抜けちゃって」

「いや、大丈夫だ凛。お前は翼が巻き込まれないようにしておいてくれ。静姉こいつの相手は俺がする」


 一緒に連れて来たものの、真とて翼をむざむざ静の餌食にしようだなどと思ってはいない。そんな気は静にもないのだろうし、これはある意味筋書き通りの展開と言えるだろう。


「勇ましいな、真」


 正面を切って相対する弟の姿を見て、静はその意気やよしと頷いた。


「ではチーム分けを発表する。チームは、私一人とそれ以外の全員だ」

「なんだと?」

「礼や珊瑚がいればまた変わったかもしれんが、ここまで数が減るとな。ハンデを考えると仕方あるまい」

「いいのかよ。いくらなんでも舐め過ぎだろ」

「それでも私の有利は変わらんよ。更にもう一つハンデだ。私は一発でも攻撃を食らえばアウトとする」

「な……」


 真は言葉を失う。その彼女の台詞には、流石に柄支たちも驚きを隠さなかった。


「基本的にどこに当てても構わないが、例外としては手の平だな。雪玉をキャッチした場合は無効とする」

「本気かよ。負けた時の言い訳なら聞かねえぞ」

「そういう台詞は勝ってから言え。お互いに勝率がなければ勝負にならん」


 どれだけ自信があるのかは知らないが、ハナコを入れれば五体一だ。柄支たちは戦いに関しては素人とはいえ、あまりに上から見過ぎではないかと真は鼻白む。


「勘違いはするなよ。遊びの側面は持つがこれは修行でもある。私は本気でお前たちを潰しに行く。ゆめゆめ、この意味を胸に刻んでかかってこい」

「つまり……私たちにとっては度胸試しの場でもあるということですね」


 麻希が真剣な目で静を見据えた。柄支たちは浅霧家に来てから時間を見つけて静から度胸をつける訓練を受けていたが、これはその延長――実践編と言ったところなのだと彼女なりに解釈する。


「そういうことだ。真については、修行をつけるという約束がまだだったからな。手合わせのつもりで全力で来いよ?」

「静姉を相手に手を抜けるほど自惚れちゃいねえよ。けど、こっちを舐めたことは後悔させてやるからな」

「……あの、これって雪合戦ですよね?」


 笑みを崩さず高みから見下ろす静と、言葉を吐き捨て挑戦者の意志を燃やす真の瞳がぶつかり合う。

 見えざる闘志が雪を溶かすかと思うほど熱くなろうとする中、引き気味なハナコの声だけが冷えていた。

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