表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第三部 魂の帰郷
74/185

終章 「客人集いて」

 三組織による会談、そしてその裏で行われていようとした柄支たちの略取未遂から一夜が明けていた。


 無色の教団についての情報が判明し次第連絡をすることをラオと確約を取り、真とハナコ、珊瑚が浅霧家へと戻った頃は既に夜半であった。

 その道中で三人は実家に柄支たちが一時的に厄介になると言う連絡を受けていたのだが、実際に出迎えられ、その姿を見せられた時には驚きを禁じ得なかった。


 しかし、再会の騒ぎも束の間だった。真と珊瑚は、夜中であるにも関わらず待機していた如月医師から治療を受けるため、別室へと隔離されたためである。

 会館での戦いにより、ハナコの潜在的な力を引き受けた真と珊瑚の身体は、二人が思っている以上に深刻なダメージを負っていたのだ。

 そこには封魔省総長――シオンの世界に触れたことによる影響も少なからずあった。


「乱暴に身体を使い過ぎだ。ったく、静といいお前らと言い、年寄りに無茶させるんじゃねえよ」


 真と珊瑚の身体に気功を流しながら、如月は始終悪態をついていた。彼は静に半ば拉致されるような形で、浅霧家の実家から凪浜市まで車で往復したのだという。

 それは、途中柄支たちの各家にまで寄って荷物を用意させるというまでの徹底ぶりだった。


 とにもかくにも、真と珊瑚はほとんど意識を失うように眠りについた。ハナコもまた、消耗し切った霊気を少しでも回復するために真の魂に寄り添い一夜を過ごしたのである。




「――真さん! おはようございます! お加減はいかがですか?」


 そうして、自室で目覚めた真が最初に耳にしたのはハナコの元気な挨拶だった。

 ぼんやりとした頭でハナコの声を聞きながら、真は身体を起こす。それから寝間着姿の自分を見下ろし、冷えた空気を胸に取り入れるため深呼吸をした。


「ああ、帰って来たんだったな」

「そうですよ。もうお昼です」

「……妙に頭がすっきりしていると思ったら、そういうことか」

「それだけお疲れだったんですよ。あ、誰か呼んできますね。まだ安静にしていた方が良いみたいですから、動いちゃダメですよ!」

「おいおい、そこまでしなくてもいいだろ」


 俄然張り切るハナコに苦笑しながら、真は布団から立ち上がろうと膝を立てる。と、


「もう! 姉さん、まだ寝ていた方がいいんでしょ! 家の事ならわたしに任せといてって言ってるのに!」

「凛、無理はしないの。お客様も増えたのだから、人手は必要でしょうに」

「だ~か~らっ! 無理してるのは姉さんだって!」


 部屋の外からきゃんきゃんと口喧しい声と、それを宥めすかそうとする声がした。日常の象徴であるかのような姉妹の会話に、真の顔が思わず綻ぶ。


「あぁもう、珊瑚さんも起きちゃって……仕方ないですねぇ、ちょっと見てきます」


 言うや否や、ハナコは部屋の襖をすり抜けて行った。そして、すぐに彼女も加わった三人の会話が聞こえてくる。


「珊瑚さん! 安静にしてないとダメって先生に言われたんでしょ! 言うことを聞かないと怒られますよ!」

「あ! ハナコさん! そうですよ、もっと言ってやって下さい!」

「ハナコさんまで……。あのですね、先生には無理な運動などでない限り身体を動かす分には支障はないと言われているんです。ですから、家事くらいなら問題は――」


 そこまで言ったところで、はたと珊瑚の声が止んだ。


「ハナコさん?」

「え?」

「もしかして、真さんが……」

「目を覚ましたんですかっ!?」


 凛が素っ頓狂な声が響く。そして、廊下を慌ただしく駆ける音がしたかと思うと真の部屋の襖が勢いよく開かれた。


「真くん!」

「あ、ああ……」


 襖を開けて両手を広げた体勢の凛と、膝立ち状態のままの真の目が合わさる。

 紺色のワンピースに白エプロンを装着した幼馴染は、一瞬何かを堪えるように濃い茶色の瞳の奥に力を入れ、微かに表情を歪めていた。


「凛、もう少し落ち着きなさい」


 凛に追いついた珊瑚が後ろから彼女の両肩を掴み、腕を降ろさせる。そして、室内を覗き真の顔を見ると、穏やかな微笑を浮かべた。


「すいません、真さん。騒々しくして」


 軽く会釈をする珊瑚はセーターにスカートといつもの恰好に戻っていた。見慣れたその姿に、真の気持ちは向けられた笑みと同じく穏やかなものへと変わっていく。


「いえ、大丈夫ですよ。凛、心配をかけたな」

「本当だよ。すっごく心配したんだからね!」


 凛は真面目な顔で眉を吊り上げ、いかにも怒っていますという風に言った。こうして真たちは家に帰ってくることができたとはいえ、無事かと言われれば彼女の中での割合は半々くらいの感覚だった。


「悪い……俺がもっと強ければ、余計な心配はかけなくても済んだんだろうが」

「も、もう! そういうことじゃないでしょ! わたしが言いたいのは……だから……」


 ごにょごにょと尻すぼみになる言葉を口の中で弄ぶ凛に、真は首を傾げる。

 彼としては自分がもっと強ければボロボロになって帰ることもなかったのだろうし、結果として心配をかけることもなかったはずだと思ったが故の発言だった。

 しかし、どうやら目の前の幼馴染はそれがお気に召さなかったらしい。


「はいはい、真さんはもう少し乙女心を勉強しましょうねー」


 と、それを見兼ねたのか、やや半眼になったハナコが真の傍まで戻って来た。棒読みの台詞は馬鹿にされたことは確実で、むっと真はハナコを睨む。

 そして、何か思いついたように鼻で笑って見せた。


「何を言いたいのかは知らないが、お前が乙女じゃないことくらいは分かるぞ」

「な、なんですと!? 純真無垢なわたしを捕まえてなんて言い草ですかっ!」


 ハナコは両手を振って憤慨したが、真は意地の悪い笑みを浮かべて肩を竦める。そんな二人の姿に、姉妹も苦笑を漏らす他なかった。




 その後、真は熱やら脈拍やら身体に問題はないかなど、姉妹からまるで病人扱いされることになった。

 これから昼食の準備をしなければならないという彼女たちにようやく解放された彼は、私服に着替えてハナコと連れ立って部屋を出る。

 廊下の窓から見える中庭には土混じりの溶けかけた雪がちらほらと散らばっていた。午後の陽射しが差し込み、今日が比較的温かな日であることを教えてくれている。


「どこに行くんですか?」

「兄貴に静姉に、翼。先輩たちもいるんだろ。一通り、挨拶はしておかないとな。お前の調子は大丈夫なのか?」

「ええ、まあ。一晩経てば元通りって感じですね。しばらく色々と忘れられそうにはないですが……」

「同感だな……」


 わざと言葉を濁して苦笑めいた顔を見せるハナコに、真は同意して頷いた。正直、会談での出来事は一日の内で起きたものだとは信じ難い。それくらいに濃い体験だったと言えるだろう。

 しかし、一つの戦いは終えたことに違いはないが、それは始まりの狼煙のようなものだ。教団のことも、ハナコのことも――まだ何も分かってはいないのだから。


 昨日のことを思うと二人の口数は自然と少なくなり、真が足音だけが廊下に響いていた。そして、廊下を折れようかというところでハナコの「あ」という声が上がる。


「礼さんですよ。翼さんも一緒みたいですね」

「本当か?」


 ハナコは中庭に面した縁側を指していた。中ほどに袷を着た兄が胡坐をかいており、彼にもたれかかる様にしている妹の姿が見える。

 礼は地蔵か石像にでもなったかのように微動だにしていない。放っておけば手拭いを巻いたその坊主頭に、小鳥でも止まるのではないかと言う雰囲気を醸し出していた。


「兄貴」


 廊下から縁側に出た真はなるべく足音を立てぬよう兄に近付き、控え目な声で呼び掛ける。すると、礼は纏っていた空気を解き、自然体となって弟へと顔を向けた。


「おう、お疲れだったな真。ハナコちゃんも、大変な目に遭わせてすまなかったね」

「いえ、そんな。お役に立てたのであれば良かったです」

「もちろんだとも。そう言ってくれて助かるよ」


 顔に笑みを浮かべた礼は視線を落とし、自分の太ももを枕代わりにしている翼の肩へと手を添える。うつ伏せになった彼女には毛布がかけられており、幼い肩が浅く上下に動いていた。


「寝ているのか?」

「昨夜は遅くまで皆の帰りを待っていたからな。寝付けなかったこともあるのだろう。さっきまで頑張って起きていたのだがな」


 どこか周りを気遣うような聡い表情をすることの多い少女だが、今の寝顔はあどけないものだった。すっかり心配させてしまったことは後で改めて謝る必要があるなと、真は心に留める。


「なあ……兄貴は親父のことを知っていたのか?」


 そして、翼の顔を見たからというわけではないが、真は兄に気になっていたことをつい訊ねていた。礼も予期していたのか、唐突な問いにも驚いた様子は見せなかった。


「当時は知らなかったよ。俺が知ったのは、当主を引継ぎ初めてあの局長と顔を合わせたときだ」


 礼は俯き気味に視線を外す。その後、「もう終わったことだと思っていた」と付け加えるように零す兄の言葉を、真は聞き逃さなかった。

 冬の冷たく乾いた風が翼の髪を揺らす。礼は身震いをする翼を毛布でそっとくるむと、抱き上げると同時に立ち上がった。


「さて、こんなところで寝させていては風邪をひいてしまう。とこに連れて行ってやらねばな」


 礼はこの場で話すことを避けて早々に立ち去ろうとする。が、最後に思い出したように振り返って口を開いた。


「今、姉さんが道場にいる。お前の友達も一緒だから顔を出して来い」

「静姉が?」

「ああ。大事な話があるそうだから、急いだ方が良いかもな」


 横顔に微笑を浮かべ、礼はとっとと縁側から去ってしまった。翼をたてに取られてはそれ以上追及することもできず、真の頭の中にはまとまらない考えだけが残る。


「……真さん、行きます?」

「行かないわけにはいかないだろう」


 わざわざ言伝をするくらいなのだから、行かなければ後が酷い事は容易に想像がついた。それに、柄支たちも一緒であるのなら丁度良いということもある。

 そこで真は、柄支たちを助けるために働きかけてくれたであろう兄に礼を言うのを忘れていたことに思い至った。

 会談の裏側でのことを予期し、姉を凪浜市に向かわせたのは兄の手腕だろう。とはいえ、あの兄の事だから自分は何もしておらず、姉の力があってこそだとでも言って適当にはぐらかされそうな気もするが。


「ったく……しょうがないな」


 真は気を取り直して姉の待つ道場へと向かうべく、ひとまず玄関口へと向かうべく踵を返した。




「――で、来たはいいが……」


 明るい時分に見る古ぼけた道場は、また一段と年季の入ったように見える。真はその入口の引き戸の前に立ち、中に入るべきか二の足を踏んでいた。

 見た目は何も変わってはいないのだが、どこかひり付いた空気が滲み出ているためだ。


 殺気――とも言って良いかもしれない。


「それはちょっと、いくらなんでも大袈裟じゃないですかね?」


 ハナコが疑問を呈するが、真には予感があった。こればかりは、あの姉と関わって来た経験からとしか言いようがない。

 少なくとも、姉と学友たちが中で和気あいあいと談笑しているような雰囲気ではないことは確かである。


 とはいえ、いつまでもまごついていてもどうしようもない。真は唾を飲み込み、覚悟を決めて扉を引き開けた。


「――ぁ」

「ひ――!」


 そして、中の光景を見た真とハナコの口からは、引きつった声が漏れていた。

 道場の中心に浅霧静は裸足で立っていた。束ねた髪を流す鋭利さを感じさせる後ろ姿は、姉で間違いない。


 だが、その纏っている空気が異常だった。


 道場の外で感じていた殺気はまさに彼女が放っているものだった。全方位無差別に撒き散らされる気迫は、見ている者の神経を竦ませるには十分過ぎる威力を放っている。

 触れればその瞬間にずたずたに切り裂かれてしまうような、真でさえも恐ろしく感じてしまう様相だった。


「おい! 静姉ッ!」


 真はほぼほぼ怒声に近い叫びを上げて、靴を脱ぎ捨てるようにして道場へと上がった。

 それも無理からぬことだった。静が殺気を向けていた相手は彼女の周りを取り囲むようにして立っている柄支、麻希、進だったからである。


「ん? あぁ、真か」


 気色ばんで近づく弟に気付いた静が振り返る。彼女は放つ気とは真逆の呑気な声で言うと、即座に殺気を解いて見せた。

 三人が汗を噴き出し、膝から崩れ落ちたのはそれと同時だった。


「いったい何やってんだよ!」

「そう怒るな。見ての通り、訓練だ」

「はあ!?」


 何をどう見ればそうなるのか問い質したいところだったが、静の目は本気だった。万歳をして口端には笑みを刻んでいるが、ふざけての発言ではないらしい。


「浅霧くん……待って。本当なの……これは、訓練で……」


 三人の中で一番息を切らせている柄支が、気丈にもにこりと笑みを浮かべて真を見上げて言った。


「先輩……何がどうなってるんですか、それにみんな、その恰好……」


 そこで真は三人の着ているものが学校指定の若草色のジャージであることに気付く。訓練という言葉が、どうにも信憑性を帯びてきた。


「一旦落ち着くことだな。お前たち、全員集合だ」


 言った静はその場でどかりと座り込み、自分の前に集まるよう目の前を指した。真以外の三人は腰が砕けたような状態だったが、這うようにして何とか彼女の前まで集まり始める。


「ハナコも姿を見せておけよ」

「は、はひ」


 いつの間にか真の中に身を隠していたハナコの存在にも静は目聡く声をかけた。今の静の気は穏やかなものではあったが、ハナコはおっかなびっくり姿を現す。


「浅霧……お前の姉上は第一印象と違わずとんでもない人だな」

「本当にね。これは、きついなぁ」


 そして、麻希と進も真へと声をかけてきた。麻希は息を上げており、進も苦笑しか浮かばないといった風である。二人の姉に対するコメントに、真は返す言葉が見つからなかった。


「褒めても何もでんぞ。……さて、では真の疑問に答えるとしようか」


 疲れ切っているにも関わらず、真以外はハナコも含めて正座の姿勢だった。いったいこの面子の間に何があったのか、真は内心頭を抱えたくなる気持ちで一杯になる。


「訓練だったな。あんな殺気をぶつけて、何の訓練をしようっていうんだよ」

「簡単だ。度胸をつけるためだよ」


 真の疑問に、静は至極あっさりと答えた。姉の言わんとするところが今一つ分からず首を捻ると、横から柄支が口を開いた。


「えっとね、もし今後誰かに襲われそうになった時に、ちゃんと自分で動けるようにするための訓練なんだよ」

「昨日僕たちが……浅霧が戦おうとしている勢力って言えばいいのかな。そこに属する人に襲われそうになったことは聞いただろ?」


 柄支の言葉を補助するように、進が真に訊ねる。頷く真に、彼は続けた。


「情けない話だけど、そのときは身体が竦んで碌に動けやしなかった。僕らだけじゃ相手に睨まれただけでお終いって感じでさ」

「……そういうことだ、浅霧。これは、そんな私たちに対する静さんの手ほどきなのだ」


 そこまで聞いて、三人の言いたいことを真は理解した。昨日三人がどれだけ恐ろしい目に遭ったのかは想像するしかないが、おそらく死を感じる程の出来事があったのだろう。

 命の危機に直面して、咄嗟に動ける人間は中々いるものではない。それも相手が圧倒的な実力者で、抵抗の糸口さえ見つけられないような状況であればなおさらだ。


「勘違いはしないでもらいたいのだが、私が教えるのは戦う手段ではないからな」


 静はゆっくりと、柄支たちへ釘を刺すように言葉を向ける。


「これはあくまでも逃げるためだ。立ち向かっても死が確実な相手とは決して戦ってはならない。君たちは弱い。それを理解した上で、そんな相手と出逢った場合は何を置いてもまず逃げることだけを考えろ」


 どれだけ窮地に立たされようとも足が動けば逃げることができ、逃げることができれば助けを求めることができる。選択肢が増えるということは、心に一つの冷静さをもたらすものだ。


「静姉のやりたいことは解ったよ。けど、いきなりあんな殺気をぶつけることはないだろ」

「まぁ、こればかりは私の趣味だな。いちいち慣らしていくのは性に合わんだけだ」


 真の苦言に静は笑いを返す。スパルタが過ぎるだろうが、柄支たちの目は死んではいないように見えた。

 もしかするとそれを見越した上でのことかもしれないと真は一瞬思ったのだが、自分の経験と照らし合わせた上でそれはないなと判断した。


「でだ、真。ここからが本題だが、お前もそろそろ腹を決めろ」


 話を一区切りして言う静に、真の顔にぎくりとしたものが表れる。真顔となった姉の射るような目が、彼の心を粟立たせた。


「その顔は、分かっているようだな。今回のことではっきりとしただろう。この子たちはもう事態に巻き込まれた当事者だ。こちら側に立ってもらわなければならない」


 姉の言いたいことは解る。しかし、真は返答に窮した。

 無色の教団という組織は自分とハナコの存在を認識している。そして、この先敵が自分たちだけをターゲットにしてくるという保障はどこにもない。

 会館に溢れた悍ましいあの光景からも、それはもう議論を差し挟む余地のないことだ。


 柄支たちを無理からに実家に連れて来たのも、姉なりの配慮だ。どこまで遠ざけようと、自分が遠く離れようとも、敵はどこまでも追ってくる。


「とはいえ実際のところ、お前が反対しようがどうでもいいことなのだがな。既に本人たちの了解は得ているし、状況は待ってはくれない」

「ああ……くそ! わかったよ。どうしようもない状況っていうのは、嫌っていうほど理解してるさ!」


 外堀は埋められ、とうに詰んでいる。反駁さえも許されず、真には白旗を上げるしか道は残されていないのだった。

 相変わらずこの姉は、容赦というものを知らなさ過ぎる。


「よし。では麻希と進、二人はもう少しこっちに来い」


 真の快諾を受けて満足気な笑みを顔に戻した静が手招きをする。いったい何をする気なのかと戸惑い気味ではあったが、呼ばれた二人は大人しく前に出て彼女の前で正座した。


「静姉、何をする気だ?」

「通過儀礼とでも言っておこうか。柄支は済んでいるから今回はなしだ。決して仲間はずれにしたわけではないから安心したまえ」

「あ! もしかして……」


 柄支は静が何をしようとしているのか見当がついたようだった。彼女の視線は真の方、正確には彼の隣に座る少女へと向けられている。


「いつまでも見えないままでは話が通じんことも多いだろうしな。何より、不公平だろう」


 静の両手が、並んだ麻希と進の肩を掴んだ。


「少しの間、目を閉じていろ。すぐに終わる」


 言われるがまま、麻希と進は目を閉じる。すると、静の掌から緩やかに漏れ出る霊気が、二人の身体を覆い始めた。

 まるで深い海に沈むような感覚に、二人は溺れそうになる。しかし、それは一瞬のことだった。感覚の底がこじ開けられるような苦しさを通過すれば、気分は一気に楽になる。


「もういいぞ」


 真とハナコ、柄支が固唾を呑んで見守る中、静は麻希と進の肩から手を離した。

 そして、二人はゆっくりと瞼を持ち上げる。はじめ、視界は多少霞んでいたがそれもすぐに晴れていった。

 感覚としては何の変化もない。しかし、首を巡らせる二人にはすぐにそれがわかった。


 それは、ハナコも同じだった。

 見開かれた麻希と進と、自分の目が合っているということが、はっきりとわかる。


「そうか。君が、浅霧と芳月が見ていた……」

「ええ、まさかこの目で幽霊を目撃することになるとは思いもしませんでしたよ」

「うぁ……」


 多少の驚きこそあれ、二人の反応はハナコを受け入れるものだった。逆に、この事態に一番狼狽えていたのはハナコの方だったのかもしれない。


「ど、どうも! 麻希さん、新堂さん――はじめまして! ハナコです!」


 すっかり舞い上がり、ぴょこんと頭を下げる少女の声が道場に響く。その声を、ちゃんと全員が聞いていた。

第三部完結です。ここまでお読み頂きありがとうございます。

活動報告にて、あとがきっぽいものを書いております。ご興味がありましたらどうぞ。

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/659761/blogkey/1378086/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ