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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第三部 魂の帰郷
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25 「力を重ねて」

 真たちから遅れて最後に会議室をたったラオは、建物から一人外へと出ていた。

 赤銅色の髪を撫でる微風に、彼は腐臭を感じる。

 ぐつぐつと煮え滾る窯から漂う、へばりつくように湿った臭いだった。


 空には変わらず、テラスから見た血色の球体が浮かび、地上を見下ろしている。


「存外、遅かったのう。狐」


 愉快そうな声に彼が振り返ると、従者に抱かれるシオンの姿があった。


「シオン様。そちらは御済みになられたのですか?」


 微笑みを見せるラオに、シオンは口端を軽く持ち上げて応じる。

 彼女の服も、髪も些かの乱れもなく、会議室で同席していたときのままである。むしろ、蝋の肌の艶は増しているようにも見えた。

 そして従者であるエクスも同様、戦いに疲労した気配を一切感じさせない佇まいで、無言で主を抱いて屹立している。


「興味があるなら、見てくるが……よかろう。人形どもは、全てもぬけの殻、じゃがな」


 途切れ途切れにシオンは言葉を紡いでいる。ラオが怪訝に首を傾げて彼女を見ると、どうやら口の中で何かを転がしているようだった。

 まるで飴でも舐めるかのように、丹念に舌を絡ませ、味わっている。


「かっ……全て食らって、やろうとは思ったのじゃがな。目論見が外れた」


 言うと、シオンは右の人差し指と親指を口の中に差し入れ、舐めていたものを丁寧に摘み出した。

 輝きを失ったそれは、彼女の舌に溶かされ、本来の大きさからは大分縮んでいる。

 人形に繋がれていた、魂だ。

 ラオは、シオンの指先で愛し気に弄ばれるその憐れな魂を見て、笑みこそ崩さなかったが、内心寒気を覚えていた。


「どうやらこの結界は、我々を閉じ込めるためだけのものではないようですね」

「然り、じゃな。人形どもの魂の接続を管理するためのものでもあるのだろうよ。まったく、骨折り損じゃな。器を吹き飛ばしてから魂を頂こうと思ったが、大半はこの結界に奪われてしもうたわ」


 シオンは空を仰ぎ、結界の頂点である球体を見上げた。充血した眼球のようなそれから滴る血の涙が格子となり、この場を檻と化している。

 庭園で溢れかえっていた人形たちは、全てシオンの忠実なる従者が片付けていた。しかし、人形に植え付けられた魂は、彼女の手を逃れるように、結界の中へと取り込まれていったのである。

 取り込まれたというよりかは、元に戻ったと言うべきか。


「やれやれ、余計な手間を掛けてしまったかもしれんのう。この分では、取り逃した魂がまた利用されかねん」

「ならば、結界を潰しますか?」

「やめておけ。この結界を張っておる奴が本丸じゃろう。泳がせておけばよい。勝算があると思わせておくことは重要じゃぞ?」

「貴方がたに、ここまで暴れられて、勝てると思っているかどうかは怪しいものですがね」

「全滅させることが勝利条件とは限らぬからな。今、マコトたちは戦っておるのじゃろう? こちらが静かなところからすると、戦力を集中するようにしたようじゃな」

「……となると、やはりこの襲撃の一番の目的は、浅霧真さんとハナコさん、ということになるのでしょうね。行かれるのですか?」

「手を貸すかどうかは別じゃがの。見物しても損はあるまい。お主はどうするのじゃ?」

「そうですね……いえ、私はやはり結界を解くことを優先しますよ。人形と結界は、また別もののようですからね」


 ラオの返答に、シオンは鼻を鳴らした。


「妾の意見を聞いておきながら、反対を取るとは小癪なやつじゃな……まぁ、好きにするがよい」

「はい。それから、貴方が必要と思われたのでしたら、どうぞ力をお使いください。司会者として、今回の会談の終了を宣言させて頂きますので」

「ほう……? それはつまり、お主ら全員、妾に食われてもよいと言っておるのか?」

「御冗談を。貴方は、そこまで愚かなことはなさらないでしょう」


 陰惨に歯を覗かせるシオンに、ラオは眉を寄せて微笑する。


「かっ、とんだ信用のされようじゃな。なら、さっさと妾の視界に映らぬよう、行くがよい」


 あえて同行しないと言うのならそれでも構わないと、シオンはラオから興味をなくし、指先で弄んでいた魂を再び口へと含んだ。

 文字通り、彼女は魂を食べる。

 魂に刻まれていた人格、生きた歴史、そういったものを、全て余さず舐り尽くそうと、頬を愉悦に左右へと揺らしていた。





 大会議場にて骸の巨人と相対する清言とレイナは、攻めに転じていた。

 人形たちを一掃した今、後は巨人を構成する骸、並びに接続された魂を削りきれば終わる。相手が保有する量だけが規格外ではあるが、それは清言たちも負けてはいなかった。


 現在、二人は清言を前衛とし、レイナは霊気の消耗が激しい砲撃を打つことを避け、彼の支援に徹していた。

 彼女が浸食で一時的な足止めを行い、清言が動きの鈍った巨人の身体の一部を軍刀にて斬り飛ばす。

 その巨体故、全ての動きを封じることは土台不可能ではあったが、たとえコンマ一秒であろうと、動きが止まれば清言にとっては的にすることに支障はなかった。

 失った左腕を再生する暇を与えず、二人は足元に狙いを定めて攻撃を続けた。巨人が倒れることを拒否したのは、右足の再生を優先させたことで判明している。後はもう、根競べに近い状態だ。


「……ちっ、どこまでもしつこい」


 迫る巨人の右手の指先を斬り、攻撃を躱す清言が舌打ちを交えて息を吐く。ぎょろぎょろと、巨人の身体ではまだ無数の血色に染まる魂が蠢いていた。

 今のところ、彼は巨人の攻撃を食らわずにすんでいる。だが、致命傷も与えられない。一見して膠着状態に見えるが、どちらが不利なのかは明らかだった。


「清言、やはり一気にとどめを刺すべきでは?」


 レイナの提案に、清言は首を縦に振るべきか迷うところだった。霊気が十全である内に、勝負をつけるべきか。あるいは持久戦に持ち込むか。

 現状の戦法としては後者を取っているのだが、不安要素はある。しかし、前者は失敗した際のリスクが大きい。霊気を使い果たすつもりで攻めなければ、崩すことは難しいと彼は判断していた。

 何かもう一つ決め手があれば、あるいはその選択も可能なのだろうが。


 そう思考を巡らせたとき、後方で迸る熱の波動を、彼は感じた。

 振り向かずともわかった。昂ぶる霊気の圧力は隠しようもなく、今まさに戦列に加わろうと風を切っている。


「……決まりだな。レイナ、一気に切り崩すぞ」


 清言の軍刀を構成する霊気が陽炎のように一瞬の揺らめきを見せた。密度をより濃く、重くさせた刀身が、鈍色の静かな威圧を放つ。

 そして、清言は巨人の足元に向かい駆けた。当然、巨人は彼を迎撃しようと、右腕を振り下ろしてくる。

 幾度となく繰り返された攻防。彼は打ち下ろされる右腕を横跳びに回避し、すれ違いざまに斬り飛ばす。その後、右腕は再生され、状況は振り出しに戻されるのだ。


 だが、今回に限ってはこれまでの巻き戻しではない。清言は巨人の右腕を回避せず、打ち下ろされる拳の正面を睨み据えながら、突き進んだ。

 巨大な重量による圧壊。しかし、今の彼にとっては何ほどのこともなかった。

 所詮その重さは個々を繋ぎ合わせたつぎはぎに過ぎない。骸には信念も、固められた意志もない。

 故に、自分の霊気が負ける要素はない。己の意志は何より固く、重い。その自負がない限り、同じ土俵に立てるなど思い上がりも甚だしい。


「――ハァッ!!」


 裂帛の気合いと共に放たれた獣の如き斬撃が虚空を薙ぎ、塗り潰した。

 軍刀に触れる端から骸が軋むような悲鳴を上げ、圧搾される。巨人の右腕は肘から先を、完全に分断されていた。

 そこへ再生する間を与えず、レイナが砲撃を放つ。白金の光に呑まれ、斬り飛ばされた右腕は粉砕された。これで巨人は、両腕を失ったことになる。


「行け、少年」


 そして、青白く輝く霊気の流体を身に纏わせた真が、清言の背中を追い抜いた。




 真は全身から溢れ出る霊気を推進力に変えて、ただひたすらに前進する。

 ハナコからの霊気の供給は、はっきり言ってしまうと明らかに過剰だった。十全に満ちた後でさえ、どんどんと、それこそ湯水のように湧き起こる霊気の波はとめどがない。

 裏を返せば、それは制御しきれていないということでもある。全開にした蛇口が壊れて戻らなくなってしまったようなものだ。


「真さん……!」

「大丈夫だ、ハナコ。今は、これでいい……ッ!!」


 内側から迫り出そうとする圧力に、真の肉体は既に何度も悲鳴を上げそうになっている。ハナコも必死で吹き荒れる霊気を沈めようとしていたが、そんな彼女の意志を無視して霊気は溢れ続けた。

 さもそれが、正しいことであるかのように。

 見えざる意志が、ハナコの奥底からそう訴えている風に真は感じていた。だから、真はあえて逆らわないことにしたのだ。


 受け切れない分の霊気は常に体外へと排出しているが、次から次に燃料は投下され、身体は燃えるように熱い。

 駆け抜ける足を踏み出すたびに、筋繊維が断裂する。目の奥が渇きに疼き、吐く息は喉を焦がした。


 苦しいだろうと、辛いだろうと、心を挫くような囁きが霊気の流れに乗って耳元で響く。

 だが、それも一切合切、呑み込んで見せると、真は黒塗りの木刀を青に染める。

 受け入れ、共に生きるとは、口だけではないと示さなければ、この力はたちどころに自分に牙を剥くだろう。

 この艱難は、彼女が感じて来た一部に過ぎないのだ。なればこそ、今感じる辛苦は喜ばしい。壁が示されたということは、彼女が応えてくれようとしていることでもあるのだから。


「行くぞ! ハナコッ!!」


 両腕を失った巨人は、こちらを迎撃する手段を失っている。開けた視界の中、真は全力で木刀を横薙ぎに一閃した。


「――――――ッ!!!」


 強化と放射、更に形成により肥大した刀身が、巨人の足を左右諸共に断ち切る。膝から下を斬り崩された巨人は咆哮を轟かせ、すぐさま再生を行おうとするが、それは叶わなかった。

 斬られた切断面が、白い燐光により塞がれ、黒い霊気の繋がりを阻害する。真と接続した珊瑚が、彼から流れる膨大な霊気の一部を受け取り、巨人の霊気を侵食しているのだった。


 彼女もまた迸る霊気の熱に身を焦がしている。霊気の扱いに関しては真よりも上ではあるが、それでもこの力は、彼女の許容範囲を十二分に超えるものだった。

 しかし、真が今、この力を扱い切ろうとしている以上、彼女が泣き言などは言える筈もない。

 黒い霊気の波動が珊瑚の侵食を破ろうともがくが、彼女は霊気の圧を高め、抵抗を抑えつける。

 身体を巡る熱さは更に増すことになったが、そんなことは先刻承知だ。真とハナコのことを想えば、この程度のこと、試練にすらなりはしないだろう。


「真さん、ハナコさん……! とどめをッ!!」


 両足の支えを失った巨人の身体が傾ぐ。真は木刀を振り抜いた両腕に痛烈な熱さを感じたが、構わず床を踏みしめ、次の攻撃の体勢に入った。

 ぎちり、と脳のどこかで理性が噛み砕かれるような感覚が起こる。その一瞬、真を覆う霊気の中に赤黒く変質したものが混じろうとしていた。


「――ぁ……ッ!」


 暴走と理性が意識の中でせめぎ合う。構うなと、真は目を見開き、痛みに耐えて歯を食い縛った。


「大丈夫です、真さん」


 だが、その痛みは不意に和らいだ。激しく揺らぎ続ける彼の意識の水面に、穏やかな波紋が広がる。


「あのときとは、違います。今度はわたしが、ちゃんと支えていますから……!」

「……あぁ、悪い。頼んだ……ッ!」


 ハナコの声に支えられ、真の理性は暴走に勝った。倒れ来る巨人の影は濃く、迫りつつある。


「――おおおおおおおおおッ!!」


 狙うは、巨人の頭部。真はその額の中央に向けて、全霊を込めた、渾身の突きを放った。

 青白い光芒が巨人の頭部を貫き、血潮の如く黒い霊気の飛沫が舞う。瞬間、巨人を構成していた血色の魂たちは色を失い、瓦解する骸たちが一体、また一体と、最後には雨のように床へとばら撒かれた。


「や……やりましたよ! 真さんっ! 早く逃げましょう!」


 崩壊する巨人を見上げながらハナコが声を上げた。倒したはいいが、このままでは降り注ぐ骸に、自分たちが押し潰されてしまう。しかし、真は息を荒くし、その場で木刀を支えに膝立ちとなってしまっていた。

 役目を終えたということなのか、あれだけあった霊気の奔流は、彼の中から綺麗さっぱり消え失せていたのである。これでは、逃げるための力がない。


「やれやれ、詰めが甘い……だが、魂の底を上げたな。少年」


 そんな風に評する声がしたのとほぼ同時に、真の身体が持ち上げられる。彼の襟首を掴んだ清言は、ほとんど彼を引き摺る形で骸が降り注ぐ範囲から離脱していた。


「真さん!」


 そうして最終的に、駆け寄る珊瑚に向け、真は清言に片手で放り投げるように寄越された。


「――っ……! おい、あんた! もう少しまともに運べなかったのかよ!」


 珊瑚の胸に受け止められた真が、喉を押さえて咳き込みながら恨みがましく清言を睨む。が、清言は肩を竦めただけで取り合う気はないようだった。


「生憎と、男を抱き上げる趣味はないのでな。それよりも、さっさと構えろ。まだ、戦いは終わっていないぞ」


 積み重なった骸の山を見据えながら清言が言う。真の目には完全に沈黙している風にしか見えなかったが、不意にその山の頂上で、立ち上がる者がいた。

 巨人を練り上げた、若い男である。骸の中に呑まれた彼は、髪も服もボロボロだった。剥き出しとなった皮膚のあちこちが捲れ上がり、浅黒く染まっている。

 戦いが始まる前の姿は、見る影もない。


「清言、捕えますか?」

「いや、待て。様子がおかしい」


 前に出ようとするレイナを清言が目で制する。転がるように骸の山を降りた男は、真たちの方へゆっくりと歩み寄って来ていた。


「はは……一つの解をみせたな……浅霧真……」


 男はまるでこの状況を寿ぐように、枯れた声で笑っていた。黒く沈んだ眼窩には、変わらず昏い情念が揺れている。


「負けを認め、投降する気があるのか?」


 いつでも男を斬り伏せられるよう身構えながら、清言が問う。

 しかし、返ってきたのは嘲りの笑いだった。


「負けだと……? いいや……違うな……一定の、成果は見せただろうが……その答えでは、不正解、だ……」


 糸が切れたように男の上体が前のめりになり、床へと倒れる。男は、そのままピクリとも動かなくなってしまった。

 清言が慎重に男へと近付いて容体を確認する。しかし、男は既に事切れた後だった。


「死んだ……のか?」


 清言の背中に、真が訊ねる。振り返った清言は、真の目を見て小さく首肯した。


「君が気に病むことはない。魂との過剰な接続に、膨大な霊気の酷使。もとより、助かる気などなかったのだろう」


 この結果は当然だと彼は言いたいようだったが、真はそこまで割り切りは良くできなかった。


「……せめて、魂の浄化はできないか?」

「気の済むようにするといい。どの道、死人は口をきけないからな」


 男の術に捕らわれていた魂は、まだ内部に黒い霊気の残滓を燻らせている。せめて、今残っている分だけでも何とかしたいと真は思い、倒れた男に近付き、触れようとした。


「そやつに触れぬ方が身のためじゃぞ」


 しかし、その直前で真を止める声が響いた。


「あんたは……」


 男に触れようとした手を止め、真が振り返る。


「揃いも揃って、不甲斐ないのう。満身創痍といったところか」


 主を抱く従者が、音もなく近づいて来る。大会議場の惨状を眺めながら、シオンが嘆かわし気に言ってのけた。


「遅れて来ておいて、その言い草ですか。恥を知りなさい」

「かっ……、最初から共闘など考えてはおらんかった分際で吠えるな、猟犬。それとも、妾の力をあてにでもしていたのかのう?」

「何だと――」

「突っかかるな、レイナ。総長殿、こちらに来たということは、そちらは片付いたということですね?」

「まぁ、そうじゃな。見た目の上では片付いたかのう」


 おそらくわざとなのだろうが、掴みどころのないシオンの答えに清言は訝し気に目を細める。


「解らぬか? 早く気づけ。術者を倒したと言うのなら、何故結界は破られておらんのじゃ」

「……なるほど、そういうことか」


 彼女の言葉に、清言は周囲の気を探り、ようやく気付いた風だった。巨人を倒したが、会館を覆う結界自体に変化はない。


「どういう……ことだよ?」

「まだ、戦いは終わっていないということじゃよ」


 突然現れて訳知り顔のシオンに、真が疑問を向ける。そんな彼に対し、事もなげに彼女が答えたときである。


「――封魔省総長……シオン・ラダマンテュス……」


 骸の山の中から、掠れた男の声がした。


「え……! でも……」


 ハナコが戸惑いの声を上げる。その声は、今しがた倒れた男のものと同じものだったためだ。

 気付けば、色を失ったはずの魂が、再び輝きを灯そうとしていた。

 そして、魂だけではない。会議場の空気そのものが、赤黒く、渇いた血の如き色と臭いで満たされようとしていた。


「かっ、不遜にも、妾を所望するか。道化よ」


 名を呼ばれて心底不快そうに口を歪めたシオンが、骸の山を睨む。

 その山を中心に浮遊した魂が集まり出し、一つの群体を成そうとしていた。


「見苦しいものじゃな。よかろう……エクス、妾を下ろせ」


 その下された命に、初めて従者の反応は僅かに遅れたようだった。


「構わぬ。早くしろ」


 だが、その遅れをシオンは咎め、従者の顔を睨むように見上げる。それで、ようやく彼は跪くようにして、主を床へと下ろした。


「総長殿自ら戦うと言うのですか?」

「手出しは無用じゃ。まあ、そこで見ておるがよい」


 訊ねる清言を一瞥してシオンは答え、ドレスを軽やかに揺らし、底厚のブーツの踵を鳴らしながら前に進む。


「お、おい。いいのか?」

「……少年、心配をする方を間違えているぞ。君も会談の際に垣間見たはずだ」


 遠ざかるシオンの小さな背中を止める者は誰もいなかった。その真の質問に、愚かだと断じるように清言が返す。


「総長殿が本気で戦うのであれば……ひょっとすると逃げなければならないのは、私たちの方かもしれないのだからな」

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