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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第三部 魂の帰郷
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23 「白金の咆哮」

 会議場を震撼させ、骸で築き上げた巨影が迫る。死してなお黒い霊気に支配された無数の魂が赤黒い血の光を発し、歪な斑模様を全身に描いていた。


「少年、狙うのは頭部に埋もれた術者本体だ。奴さえ仕留めれば、自ずと崩壊するだろう」


 放たれる腐肉の臭いに舌打ちをしながら、清言が真に言う。彼は右手に持った軍刀を無造作に下げており、無防備にも見える体勢で巨人を仰いでいた。


「そうは言っても、どうやて登るんだ?」


 巨人の頭部は攻撃が届かないほどの高い位置にある。形成で刀身を伸ばすにしても限界はあるし、会議場全体を覆っていた霊気が一挙に集中しているのだ。生半可な攻撃では通らないだろう。


「……言っておくが、協力などと妙な期待はしないことだ。できることなら、君には引っ込んでいてもらいたいのが本音だよ」

「な――」

「そら、よそ見をするなよ!」


 清言に視線をそらしかけた瞬間、真は横殴りの衝撃を受けて吹き飛ばされた。横腹を蹴り飛ばされたのである。

 すると、二人が立っていた地点に、巨人の右腕が振り下ろされた。着弾すると黒い霊気が飛沫を上げ、構成された死骸が崩れる音も同時に響く。

 壊れることを気にせず、ただ重量に任せて落としただけという攻撃だ。当然、清言は避けており、次の行動に移っている。

 真は一瞬、清言の姿を見失い、首を巡らした。そして、彼の姿を見つけて唖然とする。

 清言は振り下ろされた巨腕を足場にし、飛び跳ねながら腕を駆け上がっていたのだ。

 更に、切っ先を下げた軍刀は軌跡を描き、巨腕に稲妻の如き亀裂を走らせている。縦に裂かれた巨人の腕が、霊気を散らしながら腐肉と骸を滴らせ、崩れ落ちようとしていた。


「ま、真さん、わたしたちも動いた方が良くないですか!?」


 真と一体になったハナコの声が、彼の内側から響く。呆けてばかりはいられない。あんな軽業みたいな芸当はできないが、なんとか攻撃を届かせる方法を探ろうと、彼が動こうとした時だった。

 雪崩のように床へと落ちる骸たちの魂が黒い霊気に覆われ、再び欠けた腕に再接続されようとしていた。今も清言は腕を斬り進んでいるようだが、崩れた端から腕が再生している。

 あくまでも巨人を構成しているのは一体一体の骸であり、それをいくら散らされたところで、構築し直すのは容易い。その再生速度は驚異的だった。


 腕を駆け上がる清言の耳にも、背後で骸たちが抱き合うように積み重なる音が聞こえていた。しかし、彼は振り向きはしない。その姿は正に疾風迅雷。立ち止まる選択肢など、毛頭ない。

 だが、ようやく肩にまで上り詰めようとした彼の頭上に、影が落ちる。まるで纏わりつく蚊でも潰すかのように、巨人の左手が振り下ろされようとしていたのだ。


「ちっ……!」


 方向を変えようにも足場はなく、勢いを殺せば落下する。清言は方針を変えず、そのまま軍刀を前に切り払いながら突貫した。

 右腕同様、清言の刃は振り下ろされる巨人の左手の中心に沈み込み、風穴を開けようとする。

 しかし、刃は再生する左手の骸の中で動きを止める。清言は宙吊りとなり、巨人の左手は彼を捕えたまま振り払われた。

 このまま巨人の身体に叩き付けられれば、死骸の仲間入りである。咄嗟に清言は軍刀の柄から手を離し、頭上で腕を交差させた。

 直後、振り下ろされる左手の衝撃が雷撃のごとく頭蓋から爪先にまで駆け抜ける。辛うじて意識を保ったまま、彼は墜落する勢いのまま地面へと着地した。


「おい! あんた、大丈夫か!?」

「気遣いは無用だ。しかし、得物を奪われたか。あの再生力は面倒だな」


 両裾についた骸の欠片を払いながら、清言は巨人を睨む。巨人の左手に刺さった彼の軍刀は、既に骸の中に埋もれて見えなくなってしまっていた。


「――来るッ!」


 真が叫ぶ。再生し、振り上げられた巨人の右腕が真と清言に影を落としていた。

 その大きさと重量のため、巨人の動きは機敏さからは程度遠い。しかし、それを補って余りあるのもまた、その巨大さ故の攻撃範囲の広さだ。

 真は飛びずさるが、床を打ち付ける風圧までは完全に避けることはできない。倒れないようにバランスを保つのに必死だった。


「……真さん、どうしましょう……?」

「登れないなら、降りてもらうしかないだろうな」


 内側から問い掛けるハナコの声に答え、真は巨人の足元を見た。

 歩くたびに組み上げられた骸は自重により崩壊し、燃え広がる黒い霊気が同時に構築を繰り返している。そこでは多くの赤黒く染まる魂が、流水に弄ばれるように激しく蠢いていた。


「あいつは自分の重みを完全には支え切れていないんだ。人形たちを結んでいる魂を浄化していけば……」


 全てとまでは言わないが、巨人の足を構成する人形たちの魂を浄化できれば、強度は確実に落ちる。そうして足を崩れさせれば、自ずと頭も下がるはず。

 作戦としてはそういうことだったが、言うまでもなく生半なことでは達成できない。一歩間違えて踏み潰されでもすれば、その時点で終わりだ。


 それでも、取るべき道はそれしかない。

 真の意志を汲んだハナコの魂が、言葉は不要だと熱い輝きを彼に与える。彼は全身に強化の光を宿し、巨人の懐へと飛び込んで行った。





 床を踏み鳴らす巨人の足音に、珊瑚は思わず顔を振り向かせていた。

 その瞬間、彼女の横顔を人形が伸ばす霊気が掠める。彼女は慌てて向き直り、襲い来る一体を仕留め、巨人との繋がりを断ち切りその魂を浄化させた。

 魂を失った人形は、糸が切れたように崩れ落ち、ただの屍となる。ステージから離れた位置で、珊瑚はこれ以上人形たちを巨人の一部としないため、流れを堰き止める役目を負っていた。


「余所見をしている余裕があるのですか?」


 そして、それは清言の従者であるレイナも同様だった。彼女は人形たちが迫るのを待たず、自ら果敢に攻め込み、破竹の勢いで数を減らしていた。

 だが、それでも数は圧倒的に人形が勝っている。巨人を含め、会議場を埋め尽くす骸が千体ならば、こちらは五人だ。大半が巨人に組み込まれたとはいえ、彼女たちが相手にする数は百に及ぶ。


 こうなると、珊瑚たちと人形一体との戦力にいくら開きがあろうとも、劣勢に追い込まれるのは彼女たちの方になる。

 珊瑚たちはこの会議場に至るまでに、少なからず戦闘を重ねている。加えて黒い霊気による汚染に対しても、気を張り続けなければならない状況だ。

 肉体の疲労は、じわじわと、確実に蓄積している。だからこそ、油断が致命的なものになりかねない。


 珊瑚は今しがた掠められた頬を拭い、議席から湧き立つ人形たちを見据えて前進する。

 そして、先で戦うレイナに背に追いつくと、彼女と背中合わせになる形で位置取り、口を開いた。


「レイナさん、提案があります」

「……それは、聞く価値のあることなのですか?」


 邪魔だと言わんばかりにレイナは冷えた声を珊瑚に返した。この場において、彼女は珊瑚を戦力に数えてはいない。清言に言った通り、自分一人で掃討し、彼への応援に向かう気でいるのだ。

 言外に伝わるその気迫に、珊瑚は恐れ入るものを感じた。しかし、それについては彼女とて負けるつもりも、譲るつもりもなかった。


「少しでも早く応援に駆けつけたいのであれば、乗って頂いてもよろしいのでは? 気になるのは、あなたも同じでしょう?」

「笑止、ですね。あの程度の敵、清言ならば私の助力なしでも問題はありません。貴方が気にかけている、あの少年とは違います」

「……」


 一瞬の間を置いて、バチリと、二人の間で静電気のような何かが弾ける。そして、不意に口元を緩めたレイナが、「ですが」と言葉を繋げた。


「そうですね……私はあくまで保険に過ぎませんが、助力は早い方が良いのも事実です。合理的に考えて、貴方を利用することにしましょう」


 居丈高に言ってのけるレイナに珊瑚は閉口しかけたが、ここで喧嘩腰になても仕方がないと思い直す。まことに腹立たしいことだが、背に腹は代えられなかった。


「あなたの全力での放射の範囲を教えてください。一体ずつ倒してもきりがありません。私が引き付けます」

「なるほど……確かにそれなら早く済みそうですが……あえて、貴方がリスクを負うと?」


 その台詞だけで珊瑚の言いたいことを理解したレイナが、疑問を呈する。


「あなたにもリスクはあります。私が引き付け損なえば、苦しくなるのはそちらですから」

「……貴方が避け損なうことは考慮に入れませんよ?」

「打ち損なわないのであれば、問題ありません。行けますか?」

「いいでしょう。……貴方も、相当変わり者のようですね」


 レイナは目線だけ振り向かせて呆れたように言うと、即座に行動に移った。彼女はステージからは逆方向、後方に広がる四階分の高さまで並ぶ議席の方へと進路を取る。

 当然、動き出したレイナに人形たちの視線が動く。が、そこから目を逸らさせるために、珊瑚は自身の纏う霊気の輝きを一段上げた。


 彼女が行なおうとしていることは、基本的に真と一緒にいたときのことと変わりない。要するに、囮役だった。




「哀れなものですね。自らを害する毒だとも知らずに……ああなっては、習性に従う虫も同じか」


 議席の最後部にまで達したレイナは身を屈めて気配を殺し、珊瑚の発する輝きに誘われる人形たちを見下ろしながら呟く。まるで炙り出されるように、潜んでいた人形たちは姿を現していた。

 人形たちの黒い輝きの中で踊る白い輝きを遠目に見つつ、レイナは息を整える。あれだけの数に群がられては、侵食による足止めも難しいだろう。そうそう長い時間は稼げまい。


 正直なところ、言われるがままに動くのは癪ではあった。根本的なところで、レイナは負けず嫌いだった。

 それに、彼女は珊瑚のことをまだ敵よりの目線で見ている。それは、過去に滅魔省に所属していたという経歴よりも、教え子である少年と少女が世話になったという意味合いの方が強かった。


「……義理は果たしましょう、千島珊瑚。受けなさい」


 雑念を言葉に乗せて排除したレイナは立ち上がると、両足を肩幅に広げ、一時消した霊気の気配を最大限に引き上げた。

 彼女の足元には円形に幾何学的な陣が描かれ、蒸気の如く立ち昇る霊気が掲げた右腕に吸い寄せられる。そして、掌に収束する輝きが、巨大に燃える球体を生み出していた。

 球体は放たれるときを待ち侘び、中に霊気を蓄積していく。そして、臨界に達したとき、濃縮された破壊の砲撃が解き放たれた。




 獲物を食い散らかす白金のあぎとは、珊瑚の右方向に群がる人形たちを残らず食い散らかしていた。

 破壊のみを目的とした、恐ろしく暴力的な一撃。巻き起こされる衝撃は人形たちから霊気を振り払うことに留まらず、魂さえも完全に吹きとばしてしまうものだった。

 レイナは珊瑚に当てないように打ってはいるのだろうが、これをまとも食らって無事でいられる自信は珊瑚にはなかった。

 そして、固定砲台と化したレイナから、続けざまに次の輝きが今度は左方向へと放たれた。

 まだ先の衝撃が収まらない内の砲撃に、吹き荒れる風が混ざり合い渦を巻く。その衝撃に、珊瑚は身体が捩じ切られそうになっていた。


「……ッ!!」


 顔を庇うように両腕を掲げ目を閉じ、珊瑚は必至で堪える。そして、薄目を開けた彼女の視界に映ったのは、三発目の砲撃の光だった。

 右、左とくれば、必然的に、残るは中央。

 端から穿つことで人形たちを中央に吹き飛ばしつつ、追い込んだところで止めを刺す。

 レイナの攻撃はしっかりと計算されているものだった。ただし、そこに珊瑚の動きは加味されていない。


「勝手に避けるでしょう。貴方なら」


 そんな台詞が聞こえてきた気がして、珊瑚は迫り来る白金の光を前に、思わず苦笑めいた笑みを漏らしていた。


「こちらを試しているつもりですか……舐められたものですね」


 既に砲撃は珊瑚の前方に積み重なった人形を呑み込みつつ進撃している。彼女は避けることを諦め、正面から光を見据えると、重ね合わせた両手を突き出した。


 まともに食らえば無事では済まない。その認識には違いない。

 ならば、まともに食らわなければいいだけのことだ。


 珊瑚の前に霊気で形成された、反り返る白い盾が生み出される。盾を直撃した白金の輝きは身を仰け反らせ、珊瑚を避ける形でそのまま彼女の後方へ群がる人形たちに牙を突き立てた。

 それでも、至近距離で浴びせられる熱と余波は凄まじいものがあり、気を抜けば盾は容赦なく砕き散らされる予感がある。

 腹の奥から全身を揺すられ、両足がぐらつく。噴き乱れる栗色の髪が顔に絡むのも気にせず、珊瑚は眉間に皺を集め、歯を食い縛りながら一瞬の嵐が過ぎ去るのを待った。


「……は……ぁッ!!」


 そして、全ての光と衝撃が通過すると、珊瑚は溜めていた息を一気に吐き出した。崩れそうになる膝をなんとか奮い立たせて、真っ直ぐに顔を上げてレイナの姿を視界に捉える。

 果たして、二人の目は合った。

 レイナもまた、全力で間を空けずに特大の砲撃を三発も撃ったことで消耗は激しいようだったが、決して彼女の姿からは弱味は感じられない。

 ここで無様な姿を晒せば、それは恥だ。仕えるべき者を決めた者にとって、己の恥は、そのまま主のものとなる。ならばこそ、床に膝を付けられようはずもなかった。


 二人は互いに相容れなさを感じながら、次の瞬間には主の元に応援に向かうべく、意地を張り合うように動き出していた。

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