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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第三部 魂の帰郷
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22 「虚ろな真実」

 ハナコが床に描き、示したしるべは一階の東側へと伸びていた。ロビーから幅広い通路を抜け、まるで真たちをいざなうように大口を開けた扉が見えて来る。

 ここに至るまで、一階に人形たちは現れなかった。正直に言えば、庭園にあれだけ敵が溢れていたのだから、もっと酷い事になると真は想像していた。

 しかし、肩透かしをくらったという感じもない。嵐の前の静けさと言うべき、何か不穏なものを感じてはいる。それが何なのかは見当もつかないのが、こうして駆けている間にも不安は募るばかりだった。


「真さん!」


 大扉が目前のところまで近づくと、待ち侘びた声がする。次の瞬間、彼の目の前で青白い霊気の揺らぎが起こり、ハナコが姿を現していた。


「ハナコ!」

「はい! ご無事で何よりでした」

「こっちの台詞だ。よく頑張ったな」


 彼女の声だけではなく無事な姿を見ることができ、真は安堵して表情を緩めた。そして、そんな彼を見たハナコが、微妙な顔をして一歩引く。


「え、なんですか、急に。真さんらしくないですよ」

「お前な……」


 労いの言葉を無に帰すような相棒の態度に、真は眉間に皺を寄せた。


「ふふ、冗談ですよ。嬉しいです。珊瑚さんも、ありがとうございました」


 くすりと息を漏らして微笑み、ハナコは珊瑚の方にも向き直って頭を下げる。珊瑚もひとまず安心したと表情に出し、笑んで頷きを返した。


「再会を分かち合っているところすまないが、話を進めても構わないか?」


 言うと、清言がハナコの前に進み出る。彼に静かに目を合わせられ、ハナコは顔に緊張を走らせた。


「君はこの先に術者らしき気配を感じたと言ったが、間違いないな?」

「は、はい」


 ハナコは清言から目を逸らして振り返り、大扉の先の空間を見る。空気が淀み、明かりのない中の全容は、ここからでは確認のしようもなかった。

 庭園とは対照的に、動きがない。しかし、無音の中においても、確実に何かがいると思わせる息遣いを感じる。


「……おびきだされたか。いずれにせよ、行かねば始まらんな」


 清言は立ち止まっていても無意味だと早々に見切りをつけると、軍刀の柄に手を掛け、暗闇を見据えて歩き出した。レイナも黙したまま、彼の後に続く。


「おい、勝手に先に……!」


 真は呼び止めようとしたが、二人は既に扉の先へと進み、その背中は暗闇に紛れて見えなくなってしまっていた。仕方なく、真もハナコと珊瑚とともに後を追う。

 すると、真たちが中に足を踏み入れた瞬間に、見計らったかのように光が降り注ぎ、室内の様子が露わになった。


 広大な台形型の空間は、目を見張る開放感と、息を呑むほどの荘厳な品位を兼ね備えた大会議場だった。

 吹き抜けとなった二十メート程の高さの天井にある、円盤型の巨大な照明が眩い輝きで空間を満たしている。

 真たちが入った大扉の正面には席が居並び、後方はなだらかな上り坂となり、そこにも多くの席が並んでいた。

 そして、正面奥の短い階段の先には、低いステージが見える。


「見事なものだな」


 真たちの先に立った清言が、会議場を見渡しながら言った。千人以上は優に収容できるであろう広さに、彼も少なからず感心していた。

 もっとも、その感心はこれまで同様、場を満たす黒く歪んだ霊気に向けられているものかもしれなかったのだが。

 長年放置されて蔓延る植物であるかのように、床を、壁を、天井を所狭しと黒い霊気が這い回っている。おかげで照明の光もどこか薄暗く、会議場は陰惨な気を放つ廃墟の如き雰囲気を放っていた。


「――来たか」


 と、沈黙を強いられた会議場に声が響く。

 真たちが顔を向けた先――ステージの中央に、何者かが立っていた。


「あれは……」


 その姿に、真は見覚えがあった。会談の部屋に入る際、扉の前で警備をしていた若い男である。

 彼が振り返ってハナコと珊瑚に目で問うと、二人も頷いた。言葉も交わしておらず、数分にも満たない時間でしかなかったが、何故か印象に残っていた。

 男は刈り上げた黒い髪に紺色の警備服を着た、一見して何の変哲もない、ただの警備員に過ぎない。

 だが、その声は異常なまでに、この空間に響いていた。


「浅霧真、そして、ハナコ」


 低く、ノイズが混じったような掠れた声が、二人の名を呼ぶ。一瞬身体を震わせるハナコを庇い、真は一歩前に出た。


「……お前が術者か? なんで、俺たちの名前を知っている?」

「くく……もう少しこっちに来い。話をしようじゃないか」


 唸るように笑いながら、男は言って顔を上げる。瞳孔の開ききった彼の瞳には、仄暗い炎が灯ったかのように、黒い霊気が揺れていた。


「やっと、まともに言葉を話す相手が見つかったか」


 男の異様な瞳にたじろぐ真だったが、呟くように言った清言が男の立つステージへと踵を鳴らして進んで行く。そして、互いの距離まで数メートルというところで足を止め、彼は男を睨んだ。


「一応訊ねよう。お前は、無色の教団の構成員か?」

「……そうとも言えるし、そうでないとも言える」


 清言の問いに、男は俯き気味に声を押し殺して笑っていた。回答をはぐらかされた清言は男から視線を外して息を吐くと、音を鳴らして軍刀の鍔を押し上げ、鈍色の刀身を覗かせた。


「答える気がないのなら構わないが……言葉に気を付けろ。お前には、この場で起こした惨状の代償は払ってもらう」

「そう怖い顔をするな。滅魔省は喧嘩腰で困ったものだ。俺は、話をしようと言ったんだが?」

「……ならば、さっさと質問に答えなさい」


 清言の後ろに控え、無言を貫いてたレイナが堪り兼ねて口を出す。彼女もまた清言と同様、既に臨戦態勢に入っていた。


「教団の構成員かという質問になら、答えたが? これでも、真面目に答えたつもりだぞ。――でだ」


 肩を竦めた男は清言たちから目線を外し、まだ入り口の前で立ち尽くす真たちを見た。


「そっちはいつまでそこに立っているつもりだ? 話をしようじゃないか。少しくらいなら、お前たちの疑問には答えてやれると思うぞ。例えば、少女の霊についてなど、な」

「……!!」

「わたしの、こと……」


 真とハナコは息を詰まらせる。二人の反応を見た男は、含みのある笑みを顔に刻み、軽く顎をしゃくった。


「……わかった。ハナコ……珊瑚さんも、いいですね?」


 ハナコと珊瑚は黙って首肯する。そして、真たちは男の方へと近づいた。清言たちよりも一歩前に進み出たところで真は足を止め、ステージ上の男を見上げる。


「教えろ。ハナコのことをどこまで知っている?」

「先に言っておくが、開示できる情報は限られている」


 黒く揺らめく感情を与えない瞳とは対照的に、男は口を歪めて言った。


「彼女は、お前たちが言うところの教団の被害者だ。それは間違いない。ああ、勘違いするなよ。俺は彼女と面識はないし、直接何かしたというわけではない。ただ、聞かされただけだ」

「聞かされた?」

「我々の同胞……そうだな。俺たちを教団と呼ぶなら、さしずめ司祭といったところか。要するに、立場が上の人間だ」

「そいつがお前たちの親玉なのか? ここに来ているのか?」

「そうだな……半壊した組織にとって、今やあの人だけが志しを持った人かもしれない。そういう意味では、我々の頭はあの人になるのだろう。だが、この場には来ていない」

「あの人……それは、何者なんだ!?」

「それは開示することを許されてはいない」

「……ふん、どうやら、ただの残党というわけではないようだな。頭目がいて、これだけの人形を用意できる。それなりに組織力は残されているということか」


 真と男の応答を聞いての清言の言葉に、男は「そうでもない」と首を横に振った。


「ここの人形たちは、お前たちに壊された実験の残り滓だよ。使い捨てのごみと同じだ」

「塵だと……」


 吐き捨てられる男の台詞に、真は木刀を握り締める力を強くする。


「ああ、失敗は塵だ。だが、そこの少女は違う。彼女は、成功だ」


 そう言って、男は真の背に隠れるようにしているハナコを見る。その視線に、彼女は身を竦めた。


「せ、成功……?」

「そう。生きた魂を、肉体から引き剥がすことに成功した。偶然であれ、何であれ、成功には違いない。だからこそ、君は我々にとって重要な意味を持つ」


 掠れた男の声には、擦り付いたような情念が感じられた。それは執念深く、言の葉に底冷えする不気味さな影を落としている。

 組織を半壊させられてもなお、諦め切れない、妄執。


「お前たちは、何が目的でこんなことをするんだ……」


 怒りを噛み殺し切れない声で、真が問う。本当なら、今すぐにでも飛び出したい衝動を、寸でのところで堪えるのがやっとだった。


「簡単だ」


 が、男は真の怒りの形相を気にした風もなく、答えた。


「我々は、人がどこまで生きられるのか、その限界を試したくなったのだよ」


 限界、そう繰り返して男は続ける。


「滅魔省の接続には、個人が耐えられる負荷に上限がある。封魔省の魂を食らう行為にも、老いの速度にいずれは追いつかれる。生きている以上、我々は迫る死の速度から逃れることはできない。ならば、二つの組織の力を組み合わせればどうなるのか、研究者として興味が湧くのは当然の結論だ」

「それが……理由なのか? そんな、単純な好奇心みたいなものが……?」


 まるで見当違いの答えでも聞いたかのように、男の言葉は真の中で意味を成してはいなかった。水を浴びせられたみたいに怒りの火が一瞬消え、次の瞬間には勢いを増して燃え盛る。


「ふざけるな……! そんなことのために、お前たちはハナコを殺したっていうのかよッ!!?」


 会議場に真の叫びがこだまする。しかし、彼の感情を拾える者はいなかった。


「真さん……ありがとうございます」

「ハナコ?」


 ぽつりと、ハナコは真の背中に声をかけ、彼の隣に並んだ。彼女は身体の震えを押し殺し、顔を上げて男と対峙する。


「教えてください。わたしの過去を、あなたは知っているんですか?」


 ハナコは、怯えの中に微かな期待と、覚悟を込めて男に訊ねた。彼女はそれが、どんな酷いものであれ、受け入れるつもりだった。

 しかし、男の答えはごくごく簡潔なものだった。


「知らないな」

「え……」

「俺は君と顔を合わせたこともないと言っただろう。それに、君が『何処の誰か』なんていうのは、我々にとって重要じゃない。この場の人形たちにしても、それは同じだ」


 個人としての情報などどうでもいいと、男はにべもなく告げる。


「どこかの国の旅行者を狙ったものかもしれない。あるいは地図にない村を一つ消すような規模だったのかもな。君がどのような経緯で、我々の行う実験に巻き込まれたのかは知らない。ただ、君は適合し、成功した。その結果が全てだよ」

「――! もういいッ! 結局、肝心なことは何も答える気がないんじゃねえかッ!」

「何を憤る。浅霧真、お前が生きていられるのも、我々の研究の成果あってのことだ。そう考えれば、君には感謝こそされ、恨まれる筋合いはないと思うが?」


 言葉を失うハナコの姿に、真が奥歯を砕けんばかりに噛み締める。この男の言葉をいくら聞いたところで、得るものは何もない。両者の価値観は、絶望的なまでに隔絶していた。


「今すぐとめろ! ここの人形たちを解放してやれ!」」

「それはできないな。俺の役割は、まだ終わっていない」


 そこで、男は右手をゆっくりを掲げた。初めて動きらしいものを見せる彼に対し、咄嗟に真たちは身構える。


「――皆さん! 周りに気を付けて!」


 異変に気付いた珊瑚が叫ぶ。会議場を覆い尽くし、揺らめくだけだった霊気が、不意に蠢き出していた。

 霊気は男に向かい、這いずりながら集まっている。結果、会場の霊気はステージ上に集中し、真たちの足元から霊気はなくなった。

 そして、床に倒れ伏す人形たちが、屍を晒す。

 死体からは赤黒く染まった拳ほどの球体が、昏い光を放ちながら浮かび上がっていく。それは、彼らが持つ魂に他ならない。

 男の身体からは無数の霊気の帯が伸びており、魂に接続されている。全ての魂が、鮮烈な悲鳴を上げながら男へと吸い寄せられていた。


「正気か……これだけの魂を繋げて、身体が持つはずがない」


 尋常ならざる事態に拍車がかかり、清言が目を眇めて唸る。


 魂に引き摺られるように、枯れた死肉が床を這う。男を中心に骸が積み重なり、結合し、黒い霊気を纏い一つの像を成していく。

 死体で編み上げられた巨人だ。

 全身に纏う黒い霊気は吹き荒れる業火となって亡者たちの嘆きの声を喚起させ、散らばる魂がぎょろりと目玉のように周囲を睥睨している。

 天井間際まで届こうかと言う巨人の頭部で、男は磔になったように自身の肉体を埋めていた。


「酷い……」


 醜怪極まりない所業に、ハナコは吐き気を覚えて胸に当てた両手を握り締めていた。真は青ざめながらも激情を込めた両手で木刀を握り、珊瑚は巨人を注視しつつも周りに目を配る。

 巨人に組み込まれなかった人形たちもまた、真たちを取り巻くように起き上がり始めていた。


「……ハナコ、大丈夫か?」

「真さん……、はい。絶対に、勝ちましょう!」


 真に問われ、ハナコは眦を決して巨人を仰ぐ。彼女の発する霊気の輝きが真を包み、力を与える。二人は一つになり、戦う態勢を整えた。


「レイナ、周りの人形は任せる。私は、こいつを叩く」

「了解しました……掃討し次第、応援に回ります」


 巨大な影に照らされながら、清言は軍刀を抜き放ちレイナに命じる。彼女は冷えた美貌を嫌悪感に歪ませながら、にじりよる人形たちを見据えた。


「――お前たちの限界を試そう。実験は、まだ続いているのだからな」


 男の声は、もはや亡者の声と区別がつかないほどに溶けている。遥か頭上からまとわりつくような唸りを轟かせ、虚ろな巨影が、真たちを呑み込まんとその一歩を踏み出した。

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