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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第三部 魂の帰郷
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16 「少年の選択」

 真は自分の吐いた台詞に対し、どうしようもなく嫌悪感を抱いていた。

 大人しく守られていればいい。力のあるものに支配され、いいように利用されようとしている。この場において、自分たちは駒も同然だった。

 いったい、何回自分の無力さを痛感させられれば気が済むのだという話だ。


 ふと、芳月沙也の問い掛けを、彼は思い出していた。

 彼女は問うた。この先襲い掛かるであろうありとあらゆる脅威から、周りの人たちを巻き込まず、何一つ傷付けずに守り抜けることができるのかと。


「……話を進めよう。最後まで聞いて、それから、俺は自分の答えを出す」


 呑まれるな。決して自分を曲げるなと、真は己を叱咤し、顔を上げた。


「真さん……」

「ハナコ、お前も顔を上げろ。これは、俺たちのことだ」


 彼は前を向いたまま、右手をハナコの左手に重ねる。


「珊瑚さんも、すいません……俺の我儘を、聞いてください」

「……どうぞ、心のままになさってください。気持ちは、私も同じです」


 ハナコと珊瑚は、彼との繋がりから、その意志を汲み取った。二人とも表情に意気を取り戻し、乗り越えるべき壁を見据えるために前を向く。


「そう悲観することもないぞ、マコト」


 だが、その決意も覚悟も、受け側にとっては小さなことだった。シオンは変わらず頬杖をついた姿勢で、足を組み直すとそう言った。


「そこの滅魔省の小僧が言った通り、妾たちは利害関係で繋がるのじゃ。お主らだけが損を被るような真似はせんよ」


 そうじゃろう、とシオンはラオと清言に向けて問い掛ける。両者とも、彼女の問いには首を縦に振った。


「先ほど清言様も仰った通り、ハナコさんのことは教団の実態を暴けば見えることもあるでしょう。そして、組織に対して個人で対抗することはお勧めできません」

「だから、あんたたちの下につけって言うんだな?」

「ええ。ですから、退魔師の家系である浅霧家は、私たちの身内も同然。ならば、こちらで保護するのが筋だと思うのですがね」


 そう言うと、ラオは肩を竦めた。しかし、先の清言の発言もある以上、その意見をそのまま通す気など、封魔省も滅魔省も毛頭ないことは明らかだった。


「親子揃って同じ組織に属さなければならない、という決まりはなかろう。それこそ、縁者同士で骨肉の争いを繰り広げたなどというのも良くある話じゃ」


 自らの意志を示すように、シオンが口を開く。


「滅魔に先んじられたが、マコトたちを手中にしておきたいのはこちらも同じじゃ。そもそも、先に唾をつけたのは妾たちの方なのじゃから、優先権はあってしかるべきだとは思わんか?」

「それは凪浜市で行われたという、そちらの紺乃副長殿の一件のことですか?」


 清言の静かな黒い眼差しと、シオンの滾るような血の眼光がぶつかる。思いがけず出て来たその名前に、真は浅く腰を浮かしていた。


「紺乃……そう言えば、具体的に、滅魔省はどうやって俺たちのことを知ったんだ? あいつとのことが切っ掛けだったのは、間違いないんだろ?」


 真の疑問に、清言はシオンから目線を外し、何を今更と言わんばかりの目を真に向けた。


「私は直接彼から聞いたわけではないが、滅魔省に君たちの情報を流したのは間違いなく彼だろう」

「じゃあ……やっぱり、あいつは約束を破ったってことかよ……」


 元から信用などはしていなかったが、紺乃はあっさりと真たちの情報を流した。苦々しく呟く真だったが、彼の姿を見たシオンは、何か含んだ笑みを浮かべていた。


「くく……擁護をするわけではないが、マコト。お主がどのような口約束をあの小僧としたかは知らんが、妾は直接の報告は受けておらんぞ?」

「なに……?」

「自分の口から、封魔省にお主らのことは漏らさん。大方こんなところではないのか? 詭弁じゃろうが、だとすれば少なくとも、あやつは嘘を吐いたとは微塵も思っておらぬだろうよ」

「……あいつは、今何をしているんだ?」

「さあのう。命令は下しておるが、行動まで管理はしておらんのでな。妾にもわからん」


 妾もあやつには手を焼いておる、とシオンは楽し気に笑みを深めた。そうして紺乃が流した情報は、回り回って既に彼女の元にも届いている。言葉の額面だけを捉えるのならばそうだろうが、納得などいくはずもなかった。


「まあ、紺乃の小僧のことはよいではないか。今はお主の身の振り方を考えよ。で、どうじゃ? 妾の元へ来ぬか?」

「そんな簡単に頷けるわけがないだろう……」


 まるで緊張感の欠片もないシオンの軽い誘い方に、真は首を横に振る。ハナコの顔には微かな怯えが宿り、珊瑚の眉間には険しさが刻まれた。


「ふむ、理由はなんじゃ?」

「理由、だと?」

「そうとも。お主が、封魔省に与したくないという理由じゃよ。別に、からかっておるわけではないぞ?」

「そんなもの……」


 どうやら言葉通り、シオンは純粋に疑問を向けているらしい。ならばと、真は改めてその理由を言葉にしようと考えた。

 真っ先に浮かんだのは、今も話題に上った紺乃の存在だ。一度敵対した相手が属する組織の庇護下に入るなど、普通に考えて取るべき行動ではないだろう。

 しかし、それでは弱いと真は思った。敵対関係も、利害関係とそう変わらない。昨日の敵は今日の友とまで言う気はないが、立場が変われば見方も変わってくる。

 それでも、やはり封魔省のもとに行くという選択肢は、彼の中には浮かばなかった。


「封魔省は、魂を食らうんだろう。そんなところに行けるかよ」


 霊の魂を食らい、己が力を高めること。そのためならば、時として非道も厭わぬ者もいる。

 その根源にあるものは、不死と聞く。他ならぬ、今、彼の前にいる年端もいかぬように見える幼女が、組織の頂点なのだ。


「封魔省も、不死を目的としているんだろ。それはつまり、教団に一番近い考え方をもっているのは、あんたたちってことじゃないか」


 ハナコが教団の被害者だというのなら、その教団と同等の考え方を持つ場に行かせられるはずがない。協力など、もってのほかだ。


「……そうか。そう捉えられても致し方あるまい。じゃが、一つ正しておこう。妾と教団の考え方は異なる。真逆と言ってもよい」


 他の封魔省の連中は知らぬがな、と前置きしてシオンは続けた。


「不死とはあくまで結果であり、目的ではない。妾の目的は、生きること。そして、教団の目的は、死なないことじゃ」


 生きることと、死なないこと。

 その二つの違いが分からず、真は即座に返す言葉が見つからなかった。


「妾からしてみれば、教団の連中はただ死なぬが為の研究を行っていた愚か者どもよ。そこのところを勘違いしておる輩が多くて困ったものなのじゃが」

「いや……何が違うのかよく分からないんだが」

「人は家畜を殺すのに、死なないために殺すと言うか? 自分たちが生きるために食らうと、そう言うじゃろう?」


 考え方の発想が違うと、シオンは凄惨な笑みで語る。


「死を恐れてただ命を繋ぐための行為に意味はない。そんなもので繋いだ命など、亡者も同じよ。生きるとは、そんな薄暗い感情で貶めてよいものではない」


 かっ、と哄笑が漏れる。その声は、今まで聞いたどの声よりも、彼女の内面を表しているかのように聞こえた。


「妾は生きたい。肉体が朽ち、魂が枯れるその瞬間まで、生を謳歌したいのじゃよ。故に、食らう。それがお主らにとって、嫌悪を抱く行為であろうともな。そこに許すも許さぬもない。ただ生きるという行為に、善悪などないのじゃからな」

「……聞くに堪えませんね」


 不意に、冷えた声が突き刺すようにシオンの言葉を断じた。声の主は、清言の背後に控えるレイナのものだった。


「だから何だと言うのです? 貴方が魂を食い物にしている化物であることに変わりはない。まったくもって、悍ましい……」


 シオンを見下ろすレイナの灰色の瞳は嫌悪感を隠すことなく、まるで害虫でも見るかのようだった。


「理解が足らんのう。妾は自らの行為を正当化しようなどとは、これっぽっちも思っておらぬ。それを言うなら、霊の魂を駆逐しようという滅魔省の考え方の方が、よっぽと理に敵わぬというものよ」


 しかし、シオンは先ほどとは打って変わって彼女の態度を気にするでもなく、むしろ嬲るように唇を舐めた。


「霊は溜まれば他者に取り憑く。それを悪とし、裁く。妾からすれば、そのような定義づけはナンセンスじゃよ。他者に取り憑くのは、生を求める一つの本能とも言える行為。なんともいじらしいではないか。死にながらも、なお生きようと足掻くその衝動、食らいたくなるのも当然よな!」


 哄笑は止まらず、たがが外れたようにシオンは笑っていた。清言は嵐が過ぎ去るのを待つように目を閉ざし、レイナは不愉快そうに美貌を歪めている。


「そうじゃろう。マコトにハナコよ」


 そして、見開かれた血色の瞳が真とハナコに向けられた。


「魂が死にながらも生き続け、肉体を失くしても魂に意志を持つ。その生きる姿、輝き、妾は素晴らしいと思うぞ。羨ましいくらいじゃ。もう一度言うぞ。心から生きたいと願うのであれば、お主らは妾のもとへ来るべきじゃ」


 瞳の奥から溢れんばかりの狂気と激情は、真とハナコに目を逸らすことを許しはしなかった。蛇に睨まれた蛙のように、真は喉を引きつらせる。


「生きたいのじゃろう? 潔い死に様など滑稽じゃ。泥を啜り、地を這いずってでも生きようとするその姿にこそ、妾は美しさを感じる」


 紡がれる言葉は、魂の奥底まで蕩けさせるような妖艶な香りを孕んでいた。


「共に来い。お主らの魂の心髄まで、妾が愛してやるぞ?」


 身体の芯をこそぎ取られるような、ざらついた感触に真とハナコは震える。恐怖などでは言い表せない、シオンの深淵で凄惨に輝く命の声が、二人の脳髄を揺さぶっていた。


「――騙されるなよ、少年。総長殿の口車に乗れば、その先にあるのは破滅だ」


 そして、清言の清涼な声が、彼女が放つ粘性を帯びた空気を振り払うように響いた。真とハナコは正体を取り戻したように目を見開き、呼吸を意識する。


「邪魔をするか、小僧。それとも、お主も妾に対して教義を説くか?」

「あなたと思想の違いを論じるつもりはありませんよ。結局のところ、あなたは自分以外の全ての存在を、己が命の糧としか見ていない。そんな者に愛される先にある末路など、一つしかない」


 シオンにとって、愛することは食うことと同義なのだ。それは、言うなれば食べ物が好きだと言うのを、殊更に愛していると誇張しているに過ぎない。

 彼女の愛を受けた者は、彼女の魂の一部となり、彼女と共に生きる。それは、ひたすらに己の命を求めるが故の、遥かに聳える自尊の塊だった。


「……そんなのは御免だ。俺たちは、あんたの餌じゃない」

「どうやら、理解は得られんようじゃな」


 まあよいと、落胆した様子もなくシオンは笑い、表情を和らげた。


「しかし、だからと言って滅魔省につくことはお勧めせんぞ。よもや、こやつらの教義を忘れたわけではあるまい? お主らが目を付けられたのは偶然かも知れんが、殺されかけたのは必然じゃぞ」

「……気にすることはない。先も言ったが、現状、我々は君に危害を加える意志はない」


 煽るシオンの言葉を無視し、清言は真とハナコに向き直り、口を開いた。


「ハナコ君についても同様だ。霊にして、君の魂は興味深い」

「かっ! 欺瞞もここまでくると、いよいよ愚かを通り越して醜悪じゃな!」


 溢れんばかりの哄笑をもってシオンは清言の言葉を引き裂こうとする。しかし、彼は気にせず続けた。


「そして、問われた千島珊瑚の件だが、それについても解答しよう」


 清言は表情を変えることなく、あくまで事務的に告げた。


「君たちが大人しく滅魔省の庇護下に入ると言うのであれば、我々は彼女のことは忘れよう」

「な――」

「――ふざけないでくださいッ!」


 その提案に真が息を呑んだ瞬間、珊瑚が顔色を変えて叫んでいた。


「私をダシにして、お二人を引き込もうだなんて……」

「正当な取引だとは思うがね。君は滅魔省の人員を事故とはいえ一人殺し、魂をも食ったのだ。それを不問とするのだから、破格といってもよい」


 どうする、と目で問われ、真は返答に窮した。一度敵対したと言う点では、滅魔省も封魔省と大差はない。珊瑚の気持ちを考えても、受ける選択はあり得ないものだった。

 しかし、それでもと心の隙間に生じた思いは、甘さ故のものだろうか。


「……そういうことでしたら、別に滅魔省に拘る必要はありませんよ」


 そんな真の弱い部分を見透かすかのように、次に口を開いたのはラオだった。


「千島珊瑚さん。本意ではないでしょうが、正道を示させていただくのであれば、貴方は退魔省に所属するべきですね」


 その言葉を受け、珊瑚は険のある眼差しをラオに向けた。彼は軽く口角を上げ、続ける。


「要するに、貴方の立場はいまだ滅魔省から逃亡し、浅霧家に匿われているという状態なのです。ですから、正式に退魔省に所属すれば、幾らかはお力になれますよ。そうなれば、真さんも気兼ねすることなく退魔省に来れるでしょう」

「中立を求める退魔省が、我々と事を構える気ですか?」


 横槍を入れられ、清言が声に僅かな棘を潜ませて訊ねる。「とんでもない」と、ラオは肩を竦めて苦笑した。


「我々は争う気などありませんよ。ですが、貴方がたも一人の逃亡者のために事を荒立てたくはないでしょう? 隙を見せれば、背中を刺されかねませんからね」


 言って、ラオはシオンへと水を向けるように視線を送る。

 仮に退魔省が珊瑚を匿い、そのことで滅魔省との関係が悪化し、争いに発展したとする。そうなると、封魔省がどう動くか。

 言外のラオの問い掛けに、シオンは不快そうに口を歪ませ、白い歯を剥いた。


「狐が。妾を盤上の駒扱いする気か? そのときは、まとめて食らうまでのこと。ただでは済まさんぞ」

「ええ。ですから、清言様には、どうか彼女を交渉材料に使うのはやめて頂きたいところですね」

「……言っておきます。私は、どこの組織にも属するつもりはありません」


 珊瑚は、腰に下ろした拳を握り、毅然と言い放った。


「今の私は浅霧家に仕える使用人です。私の忠誠と献身は、彼らに捧げられているもの。彼らを貶め、牙を剥けようと言うのなら、私はあなたたちを許しません」


 珊瑚の静かな怒りの熱を、真とハナコは感じていた。それは迷い、固まる二人の心を解きほぐすように、二人の奥に確かな灯を点けるものだった。


「ふむ……犬にも、ようやく見所が出てきたかのう。さあ、マコト。お主はどうする?」


 シオンが問う。真は今、選ぶ立場を与えられている。

 いずれかの組織の下につき庇護下に入るか、あるいは誰の手も取らずに流されるままでいるか。


「言うておくが、滅魔省こやつらがお主らに手を出さぬのは現状、と言っておるのを忘れるな。今は教団のことがある手前、己を曲げておるようじゃが、事が終わればまた殺されるのは目に見えておる。そこな猟犬が、妾に対する嫌悪を隠さぬことからわかる様に、霊に対するこやつらの頭の固さは筋金入りじゃからな」

「……好きにするといい。今は、君たちの判断を聞こう」

「そうですね。できれば、お父上と同じ道を行ってもらいたいものですが……」


 三者三様の反応で、彼らは真に選択を求める。本来であれば、その重圧は計り知れないものだっただろう。気は抑えられているとはいえ、その存在感が薄れるわけもない。

 例えこのまま真が黙り、決められなくても、誰も責めはしないに違いない。むしろ、その方が事を円滑に進められるとさえ思われていたかもしれない。


 しかし、真は結論を出していた。


「……ハナコ、お前はどうしたい?」


 彼は、左手に重ねたハナコの朧気な霊気の感触を確かめるように握ると、そう訊ねていた。

 ハナコは彼の横顔を見る。前を見据える彼の眼差しはどこか静かでいて、でも、確かな熱を感じることができた。


 その眼差しに彼女は、自分も彼と同じ結論に至っていることを確信した。


「……わたしは、嫌です」

「だよな」


 真の気持ちが伝わり、ハナコの胸には嬉しさが満ち、思わず笑ってしまっていた。それが正解であるように、彼もまた、彼女を一瞥して不敵に笑って見せた。


「結論を言う。俺たちは、あんたたちの誰の下にもつかない」


 そして、真は二人の意志を声にした。


「話してみて理解したよ。あんたたちは、ハナコのことを見ているようで見ていない。俺の意志を訊ねるなら、ハナコの意志も訊ねろよ」


 真の怒りをこめた声を聞く者の表情が微かに動く。彼は、なおも言葉を募らせた。


「あんたたちは、ハナコのことを何だと思っている? 俺に取り憑いた、珍しいだけの霊か? 教団のことを暴く材料にできる、都合の良い駒か? それとも、不幸にもこの世に留まった、いずれ消すべき対象か?」


 真は席を立ち、座に着く者たちを力の限り見下ろし、断罪するかの如く宣言する。


「お前たちは、ハナコを人とは思っちゃいない。そんな奴らに、守られても、守らせてもやるものかよ! こいつを守るのは、俺の役目だッ!」


 ……力が足りなくても、目指すことを諦めるな!


「それでも俺たちに何かさせたいって言うのなら、お前たちが俺に協力しろ! 教団にハナコの過去に関する手掛かりがあるなら乗ってやる。それは、あんたたちのためじゃないぞ。こいつに、きちんと未来さきをつけてやるためにだ!」


 ハナコの記憶を取り戻す。その上で、彼女には次の未来せいを迎えさせてやること。

 それが、真が当初から掲げていた目的だ。


「教団を潰すとか、研究成果だとかには興味はないから勝手にやってろ。ただし、ハナコを傷つけるような真似だけは許さない。それだけだ」


 言い終えた真は席に腰を下ろし、気を緩めることなく敢然と顔を上げる。ハナコは言葉を発することはなかったが、今度は自ら自分の右手を彼の左手に重ね、彼と同様に勇気をもって顔を上げた。

 珊瑚は二人の背中に、どこか懐かしい気配を感じ、胸の内で喜びを噛み締める。とうに決めていたはずの覚悟も、より固くせざるを得ない思いだった。


 真の宣言を受け、室内は一気に静まり返っていた。緊張ともまた異なる、彼の言葉を値踏みするかのような、不気味なが落ちる。


「そうか……なるほどのう」


 その静寂を破ったのは、やはりと言うべきか、シオンであった。彼女は驚いているのか感心しているのか、神妙な顔で真とハナコの両人を見つめていた。


「お主らの気持ちはわかった。啖呵を切るまではよい。それで? その先はどうするつもりじゃ」

「……浅霧真さんに、ハナコさんは私たちの内、いずれの組織につくわけでもない。ならば、私たちの取れる道は、一時いがみ合いを止めて、彼に協力する形で教団の実態を暴くこと。そういうことですね」

「おい、狐。本気で言っておるのか?」

「もちろんです。もとより、一方が総取りできるような話し合いは望むべくもありませんでしたからね。この当たりが、落としどころではないですか?」


 ラオに問われ、シオンと清言は思案に耽る。が、やがて二人とも不承不承ながらも聞き入れたようで、頷きを返した。


「まぁ、よかろう。話し合いなど土台不可能と思っておったのじゃがな。及第点と言ったところか」

「異存はありません。ただし……言ったからには、相応の力は示してもらわねばならないでしょうね」


 そう同意を示しながらも、清言は真とハナコを一瞥し、不穏な発言をした。それに同調するように、シオンが笑う。


「当然じゃな。同じ立場で、対等であろうとするならば、最低限のものは見せてもらわねば始まらんというものじゃ」

「そうですね……。真さん、ハナコさん。貴方がたの覚悟は立派なものです。しかし、発した言葉の責任の重さは、貴方がたが身をもって背負わなければならないもの。覚悟はできているのですね?」

「なんだよ……引き返すなら、今の内だとでも言いたいのか?」


 切れ長の目を更に細めるラオに、真が返す。だが、次に彼が返した言葉は、真の予想を裏切るものだった。


「いいえ――既にもう、引き返せる地点は過ぎています」


 ラオが言い終えたその瞬間、耳をつんざく、けたたましい破砕音が室内に轟く。

 それは、シオンとラオが座るソファの背後にある、部屋の二面を担っていたガラス窓が粉砕される音だった。


 暖められていた空気が吹き荒ぶ冬の風にさらわれ、一気に室内の温度が真冬の寒さへと移り変わる。しかし、そんなことを感じている暇などはなかった。

 砕き割られた窓の先、そこに、幾人かの立ち上がる影が見える。

 それは、黒い霊気に覆われ、輪郭すら曖昧となった、人の形をした何かだった。

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