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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第三部 魂の帰郷
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15 「無色の教団」

「先にお断りしておきますが、この会談は非公式なものです」


 組んだ両手を膝の上に乗せ、背筋を真っ直ぐに伸ばしたラオの声が室内に通る。彼はようやく大人しくなった面々を順に見据えながら、言葉を紡いでいった。


「よって、議事録もなければ誓約書の類もございません。この場で話し、取り決めたことに関しては、あくまで各々の良識に従い、順守すること。その旨、よろしくお願い致します」

「前置きはよい。早う本題に移れ」


 頬杖をついたシオンが、露骨に眠そうな目をラオに向けた。


封魔省こちらは得るものがあれば応じるまでじゃ。それをお主らが提示できぬのなら、口約束でもするものか」

「同意します。滅魔省こちらとしても、デメリットのある話には応じるつもりはありませんので」


 彼女の左斜めの位置で泰然とする清言が言葉を返すようにだが、同意を示す。二人の背に控える従者たちも口を挟まず屹立し、異を唱えることはなかった。


「浅霧真さん、そちらもよろしいですね?」


 清言の対面に座るラオは、部屋の入口を背にする位置に座る真たちにも確認を取った。代表扱いされて戸惑いつつも、真は顎を引き締め直して頷いた。


「わかりました」

「では、前置きが長くなりまたが、本題に入りましょう」


 ラオは再度全員に対し視線を走らせ、続ける。


「事前にお伝えしておりました通り、私ども退魔省が、封魔省と滅魔省にお願い申し上げたいことは、ここにおりますお二人……浅霧真さんと、ハナコさんの身柄をこちらで保護させて頂きたいということです」

「それよな。しかし、保護とは物騒じゃのう。なんぞ、危険な目にでも遭ったのか?」


 ようやく話の主旨に入ったところにも関わらず、いきなりシオンが混ぜっ返すような言葉を吐いた。揶揄するように口端を吊り上げながらの彼女の科白に、清言が鼻白んだような息を漏らす。


「……先に、誤解なきよう申し上げておきましょうか」

「ほう、誤解とはなんじゃ?」


 そして、挑発めいた態度に触発されたのではないだろうが、清言はゆっくりと口を開き、真たちを一瞥した。


「我々がそこの少年と少女に対し、危害を加えるために刺客を差し向けた、という誤解です。結果としてそうなってしまったことは、遺憾ではありますが」

「かっ……、遺憾なのは仕留め損なったことに対してではないのかのう。ならば、何を目的として刺客を向けた?」

「彼らに同行している彼女――千島珊瑚は元滅魔省の一員です」


 清言は立て続けの質問に、言葉を乱すことなく答える。そして、真の背に控える珊瑚を見ずに、彼女の名を口にした。


「つまり、少年らは、我々身内のいざこざに巻き込まれただけのことだったのです」

「何を――!」


 真はその言いように思わず腰を浮かしかけたが、肩を掴まれ制された。振り返ると、目を怒らせ、清言を見据える珊瑚の顔がすぐ近くにあった。


「横から失礼致します。その発言……では、滅魔省は今後、真さんとハナコさんに対し、危害を加えるつもりはないと受け取ってよろしいのでしょうか?」

「現時点では、と申し上げておく。浅霧真君、ハナコ君にはこの場を借りてお詫びしよう。申し訳なかった」


 清言は珊瑚の問いに答えると、そのまま流れるような動作で立ち上がり、真とハナコに向けて頭を下げた。突然に謝意を示されたことで、真とハナコは毒気を抜かれて咄嗟に言葉が出なかった。

 しかし、即座に思考を再開し、真は首を横に振った。そんな謝罪は、到底受け入れられるものではない。


「俺とハナコのことはいい……。あんたたちは、また珊瑚さんを狙うつもりなのか?」


 真はソファに座ったまま、清言の精悍な顔を睨み上げるようにして訊ねた。


「彼女に関しては、君次第だな」

「――?」

「直にわかる」


 清言は真の問いに直接の答えを返さず、席に座り直した。そして、その様子を面白そうに観察していたシオンの、嘲るような笑みが漏れる。


「滅魔省の代表の頭は、随分と安いようじゃのう」

「下げて済むのであれば、越したことはないのでね。さて、ラオ殿……こちらとしての意見は、今言った通りです。彼らの保護については、概ね同意しましょう」

「ありがとうございます。ですが、概ねということは……何か条件がおありなのでしょうね」


 礼を言いつつ、ラオは笑みの裏で姿勢を正して身構える。清言は首肯すると、臆することなくその要求を口にした。


「単刀直入に申し上げよう。少年らの保護は、退魔省ではなく、我々滅魔省で行わせて頂く」

「芳月様、それは――」

「腹の探り合いは必要ないでしょう。こちらが胸襟を開かなければ、彼らも納得しますまい。しっかりと説明されてはどうですか? 我々が、『何から』彼らを保護したいのか」

「かっ……、今の小僧の言い分は聞き捨てならんが、まぁ、そうじゃな。このままでは、まるで妾たちが悪者のようではないか」


 そうは思わんか、とシオンは何の意味があるのか流し目を真に向けてきた。今の彼女の瞳に威圧は含まれてはいなかったが、真は背筋に微かな痺れにもにた怖気を感じた。


「……そうですね。そう簡単に芳月様の提案は了承できませんが、裏の事情はお話ししましょう。もっとも、その点は、シオン様、芳月様の方がお詳しいと思いますが」

「耳が痛いのう。じゃが、そうとも限らんじゃろう。お主らとて、こそこそと嗅ぎ回っておっただろうに」


 皮肉を混ぜたラオの言葉に、シオンは口角を上げつつも軽い反撃を返す。清言は無言だった。


「マコト、お主らは既に知っていよう? 封魔省と滅魔省を裏切り、それぞれの技術をもって不死の研究を進めようとしていた集団がいたことを」


 シオンに問われ、真は首を縦に振った。

 また、その集団は既に潰され、今は残党と研究成果を狙い、水面下で両組織が抗争を起こそうとしていることも、芳月沙也の憶測を交えて聞いている。


「おおよそは合っておる。妾たちはそやつらを、『無色の教団』と呼んでおってな。数ある拠点は潰して回ったが、未だ実態は掴めぬままなのじゃよ」

「潰したのに、実態がわからない……?」

「うむ、その点は、潰した奴らに聞く方が早かろう。何せ、教団の拠点の大半を潰したのは他でもない、退魔省と滅魔省なのじゃからな」


 真たちはラオと清言を見る。無言を貫く清言に、仕方なくといった風にラオは一つ息を吐くと、表情を正して続けた。


「教団の構成員は両組織の裏切り者ということで、当時の封魔省と滅魔省の諍いは輪をかけて酷くなりつつありました。そのため、退魔省も見過ごせなくなりましてね。及ばずながら、事態の早期終結を図り、私たちも件の教団について調査を始めたのですよ」


 彼はふと表情を和らげ、真の顔を見つめた。真はその表情に、何かを惜しむような雰囲気を感じた。


「その調査隊に、私は所属していました。そして……浅霧信。真さんのお父上もです」

「父さんが……!?」


 驚愕に変わる真の顔を見て、ラオは深く頷く。


「はい。直接交わした言葉は少ないですが、卓越した観察眼と確かな行動力のある方でした。非常に惜しい方を亡くしたと思っています」


 目を伏せて顎と引き、哀悼の意を示すラオに、真は戸惑いを隠し切れなかった。

 退魔省が両組織の諍いを未然に抑止するため、教団を探っていたと言う話は理解できた。だが、そこに父が関わっているという事実が、うまく呑み込めない。


「驚くのも無理はありませんが、今は受け止めて頂きたい。さて、肝心の教団についてですが、正直なところその実態は、シオン様の仰った通り杳として知れておりません」

「どういうこと、なんですか?」

「私たちが拠点に突入したときには、生きている団員は誰一人としておりませんでした。全ての拠点において、それは変わりません。そのため、口を割る者などいるはずもなく、どのような研究が行なわれていたのかも、証拠が極端に少ないのです」


 そう言い、ラオは清言へと目を向けた。


「滅魔省が潰した拠点でも、それは同じだったと聞き及んでいますが?」

「ええ、間違いはないですね」

「そういうわけです。ですが、一つだけ証拠と言いますか、研究の手掛りがありましてね。それが――」

「生きた肉体から魂を引き剥がすというものじゃ。連中、中々にえげつないことを考えよったものじゃよ」


 そこまで言ったラオの言葉を、まるで美味しいところを掻っ攫うかのようにシオンが引き取った。彼女の口は、凄絶に歪んだ笑みを湛えている。


「生きた肉体から、魂だと……?」


 シオンの笑みと相まって、その物騒な響きに、真は思わずおうむ返しに訊ねていた。


「肉体が死ねば魂は死ぬ。肉体の檻に捕らわれている限り、不死など土台不可能じゃからのう。その順序を入れ替えようという発想じゃな。先に魂を取り出し、肉体から切り離す。そうすれば、肉体に捕らわれない生きた魂が出来上がると……大方そんな理屈じゃろう」

「いや、でも、そんなことが可能なのか……?」

「そこは問うべきところではなかろうよ。お主、自分が何に憑かれておるのか忘れたのか?」


 出来の悪い生徒を見るような目で、シオンは真に問い掛けた。彼女の口は笑みのまま、視線は彼の隣に座る少女に向いている。


「現にお主、一度死んだ身で生き長らえておるのじゃろうが。ここまで言えば、いかに頭の出来が悪くても察しはつこう?」


 ハナコは青ざめた顔で完全に言葉を失っていた。珊瑚も渋面を俯かせ、何事かを考え込んでいる。

 沙也から聞いた話がより具体性を帯びて、即座に抱えきれない重みとなって真たちの頭上に圧しかかってきたようであった。


「じゃあ……わたしは、その教団の被害者だっていうことなんですか?」


 ハナコは拳を固く握り締め、震える声を必死で抑えようとしながらシオンに訊ねた。


「証明できるものはないが、間違いはなかろうて。じゃからこそ、お主らには保護する価値がある」


 既に真たちの中で、保護という言葉の意味合いは変わっていた。始めから疑いを持っていた珊瑚は、もはや疑惑を確信に変えている。

 彼女でさえそうなのだ。もしかすると、兄も姉も、このことを知っていたのではないのかと、真は思い至っていた。


「ご想像の通りです。浅霧礼さん、静さんには、今回の話があってから、私の方で事情を話させて頂いております」


 真の懸念を裏付けるようにラオは言った。真は目の奥に力を入れ、知らず奥歯を噛んでいた。


「……それほどまでに、根が深いということですか」


 珊瑚が苦渋を絞り出したような声で呟いた。こうなると、会談を前倒しにしたことも、事情を語らせないための策略なのではないかと疑ってかかるべきだろう。

 それとも、礼、静をもってしても、行かせざるを得なかったのか。特に静の気性を考えれば、このような場にのこのこと弟を行かせるとは思えない。


「で、でも、教団……は、もうないんですよね? だったら……わたしたちに、何の価値が……」

「ええ。確かに拠点は潰しました。今のところ、教団の動きらしいものはありません。ですが、それはあくまで私たちの職掌の範囲でのことであり、実際に壊滅させたという証明にはなりません」


 ラオはハナコの言い分を切り捨てるように言った。横に引き延ばしたような彼の笑みは、決してハナコを安堵させず、むしろ不安を煽るかのように見えた。


「だからこそ、価値があると言うておろう? 生きた証拠ほど、有用なものはないのじゃからな」

「……つまり、あんたたちは……俺たちを利用するためだけに、ここに呼んだってことなのかよ」

「そこまで露骨なことは言わんがのう」


 くく、と喉を転がしてシオンが笑う。真は居心地の悪さに吐きそうになりながら、もはや体面などを気にすることなく、要人たちを睨むように見た。


「そう悪い方に考えるものではない」


 が、清言が気を立てる真を落ち着かせるような、落ち着き払った声で言った。


「確かに、我々は無色の教団の生きた証拠として、君たちを利用しようとしている。それは認めよう。だが、君たちにとってもこれは有益なことだ。その少女のことを知るためには、教団が行なっていた研究の解明こそが近道だろう」

「お互いに利用しあえって言うのか?」

「この場にいる者は、皆そうだと私は思っているよ。立場が異なるものどうしが利害関係で繋がる。それは、当然のことではないのかね?」


 射抜くような清言の瞳に見据えられ、真は言葉を喉に詰まらせる。そんな彼の様子に、清言は微かに口端を上げ、侮るような笑みを浮かべた。


「それが耐えられないというのなら、君はいささか潔癖すぎるな」

「それを言うなら、若さ故の青さじゃろう。うい奴ではないか」

「……!」


 自らの未熟さを露呈させられた気がして、真はそのまま窒息でもするのではないのかという面持ちで俯いてしまった。


「……珊瑚さん、この提案は、受け入れるべきなんですか」

「真さん……申し訳ありません。この局面で、その問いは無意味です」


 苦し紛れに近い形で、真は珊瑚に問い掛けていた。だが、彼女からの返答は期待していたよりも辛辣だった。

 それはそうだ。受け入れるかどうかなど、この場に来た時点で論じるべきことではない。怪物たちを前に、そのような弱音、隙を見せれば食い物にされるだけだ。


「少し、整理しましょうか」


 笑みを崩さず、ラオは話の軌道を戻すべく口を開いた。


「私たちは、無色の教団の実態を暴くべく、真さんとハナコさんに協力して頂きたいのです。仮に教団の残党がおり、なおかつ私たちの組織に潜んでいるであれば、お二人の存在は見過ごすことはできないはずです」


 逆説的に、残党に真とハナコが狙われるようなことがあれば、それは彼女が教団の被害者であることの証明にもなるということだ。

 何が保護だと、真は内心毒づきながらも、ラオの言いたいところを察してしまった。


「つまり、あんたたちはこう言いたいわけだ。『お前たちは、大人しく守られていればいい』と……」


 真とハナコは教団をおびき寄せる撒き餌であり、食い付いたところを叩く。絵としては単純だが、そういうことなのだろう。

 そして、その餌の使い方と、叩き役をどの組織が行なうかということこそが、本当の会談の主旨なのだ。

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