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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第三部 魂の帰郷
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08 「稽古」

 離れの道場は、浅霧家の敷地最奥に構えられている。真はコの字となっている本宅の背中の部分に回り込み、その道場を目指した。

 何かしらの流派を受け継いでいるわけでも、教室を開いているわけでもない。そこは幼い頃は遊び場、若かりし頃は鍛錬の場として、浅霧家の子供たちが足繁く通っていた場である。

 もっとも、真にとっては姉の扱きを受けたトラウマの方が強い場所でもあるのだが。

 木造の外観は、そろそろ改修が必要なのではないかと思われるほど古ぼけており、実際朽ちかけている箇所も見られる。今はまだましだが、真夜中に臨めばちょっとした度胸試しに使えること請け合いだろう。

 入口はわずかに隙間が空いており、そこから明かりが漏れている。真が近づくと、何かを打ち合うような渇いた音が聞こえた。


 ……やってるみたいだな。


 ここまで来てしまえば、もうぐずぐずとする理由はない。真は気を引き締めて道場の入口に手をかけると、一気に引き開けた。

 瞬間、ズン、と腹の底を揺るがすような音が彼の耳朶を打つ。

 柔らかな木の床を互いに裸足で踏み鳴らしながら、手にした竹刀を打ち合う礼と静の姿が、道場の中心にあった。


 竹刀を両手に持つ礼は道着に着替えて『らしい』恰好をしているが、静は着の身着のまま、履き古したジーンズにセーターの姿であり、片手で竹刀を振るっている。

 兄は渋面を顔いっぱいに広げており、対する姉は心底楽しそうに笑っていた。

 竹刀こそ持っているものの、二人の攻撃に型らしきものは存在しない。片手で竹刀を振り回している静の姿からも、それは明らかだ。

 どちらかと言えば、子どもがチャンバラごっこをしているそれに近いものがある。


 その光景に、腹をくくったはずの真の気持ちは萎えそうになるが、彼は強く首を横に振り、靴を脱いで道場へ上がりその場で正座する。しばし、兄と姉の攻防を見守ることにした。

 おそらく、二人とも真とハナコの存在に気付いている。視線こそ向けられなかったが、早々に決着をつけようと気迫が一段強まったことで、そのことを真は感じた。


「礼、最後だ。思い切りこい」


 礼の一撃を打ち払った静が後退し、泰然とした様で言う。一本にまとめた彼女の刀剣の如き髪が遅れて背に流れ、光る汗に鋭利な輝きを宿していた。


「俺としては、もう終わりでいいんですがね」


 肩で額から頬に流れ落ちる汗を拭い取り、礼はぼやきながら竹刀を構え直す。が、バカを言えと静は竹刀の先端で床を打った。


「弟に不甲斐ない姿を見られてもいいのか? 兄の背中を見せてやれ」

「はぁ……すっかり火がついてしまって。あんたにこてんぱんにやられる姿の方が、よっぽど不甲斐ないんだがなぁ」


 口端に微かな笑みを浮かべながら、礼は入り口近くで正座をしている弟の姿を一瞥する。


「ま、いっちょやりますか」


 竹刀を握る両手へ軽めに力を込め、礼は気負いなく自分に言い聞かせるように呟くと、待ち構える静に向けて正面から突っ込んだ。

 下手な小細工などはない。頭上に振り上げた竹刀を、礼は愚直に姉の脳天へと振り下ろす。そこには情けも容赦もなかった。


「ぬるいッ!」


 しかし、静の気迫に曝された礼の竹刀は、彼女に当たる前に中央から砕き折られていた。

 弾かれた竹刀の上半分は空中で回転して床に落下する。そして、それが勝負の終わりの合図であるかのように、渇いた音を道場に響かせた。


「……一つ腕をあげたな」


 静は己の竹刀を見て言った。礼の竹刀との激突に一瞬のしなりを見せて耐えたが、彼女の竹刀もまた、中ほどから破裂するように裂けてしまっていた。


「それは俺の力というより、姉さんの馬鹿力に耐え兼ねたといった感じでしょう。で、弁償してくれるんですか?」

「おいおい、これは家族の所有物だろう。細かいことを言うんじゃない」


 礼に白い目を向けられるも静は気にせず、肩を竦めてへし折れた竹刀を彼に手渡した。そして、ようやく真の方へと顔を向ける。


「真、いつまで見学しているつもりだ。次はお前の番だぞ」

「……休憩はしなくていいのかよ?」


 挑発めいた台詞で自分を励まし、真はジャケットと靴下をその場で脱いで立ち上がった。そして、兄と入れ替わるように姉の前に進み出る。


「準備運動の後に休憩など不要だ。丁度身体が温まってきたところだぞ」

「あんなことを言ってるぞ、真。是非、俺の仇を取ってくれ」


 気軽に言ってのけた兄は真の肩を叩き、さっきまで真が座っていた位置に胡坐をかき始めた。完全に観戦する態勢である。

 恨みがましく睨みたいところではあったが、目の前で肌がひりつくような気を放っている姉を前にした真に、そんな余裕は残されてはいなかった。


「さて、わかっているとは思うが手加減は無用だ。ハナコ、お前もその気で真に力を貸せよ?」

「は、はい……どうぞお手柔らかにお願いします……」


 竹刀を叩き壊すような豪快な光景を見てしまったため、ハナコはすっかり及び腰になっていた。真は彼女を背にする形で前に出て、目に力を込めて姉を見据えた。


「で、どうするんだ? 兄貴とみたいに竹刀で打ち合うのか? それとも、組手か?」

「そうだな……せっかくだ、より実戦に近い形で行おう」


 静は真に背を向けて、道場の端に置いてある自分のリュックのもとへと歩いて行った。そして、中から木箱らしきものを取り出し、その中身を真へと投げた。


「使え。家の蔵を漁っていたら見つけたものだ」


 真が片手で受け止めたそれは、黒塗りの木刀だった。長さは短めで、以前に使用していた短刀と同程度。

 手入れはされていないようで、本来なら艶のあるはずの刀身は埃っぽく、若干くすんでいるようだった。


「前の得物は壊されたんだろう。それを持っておけ」

「いいのか?」

「家の蔵にあったと言っただろ。遠慮は無用だ。霊験あらたかな……というわけではないが問題あるまい。武器に重要なのは銘ではない。使えるか使えんかだ」

「……真さん、それを使うんですか?」


 ハナコが不安気な様子で真に訊ねた。彼女の言いたいことは、なんとなくだが真にも伝わった。

 新しい武器は必要だと真も感じていたため、使う事には問題はない。ただ、黒い刀身は滅魔省との戦いにおいて、暴走したときのことを彷彿とさせた。

 静はそれを狙って寄越したわけではないだろうし、ただの偶然に過ぎないことだ。彼女の言う通り、武器は使えればそれで良い。


「ああ。むしろ、丁度いいだろう。前の事は、これを機会に払拭する。ハナコ、思い切り行くぞ」

「……そうですね! わかりました!」


 ハナコの腹もようやく決まったのか、ぐっと両の拳を握りしめて彼女は姿を消した。

 真の瞳が青に染まり、周囲に霊気の帯が広がっていく。その流れは手にした木刀へと伸び、強化を完了させるものとなった。


「強化の工程に無駄はないようだな。では、始めるか」

「おい、静姉は武器を持たないのか?」


 早速戦いを開始しようとする姉に、真が疑問を投げる。彼女は足を肩幅ぐらいに広げるだけで、構えらしきものさえも取ってはいなかった。

 いくら実力差を鑑みても、それは舐めているとしか思えない態度だった。しかし、静はあくまで平静に、弟の質問に対して口を開いた。


「もちろん、霊気の使用はするさ。今回のお前の課題は、どこまで私を本気にさせるかだ」

「……ッ! 怪我をしても知らねえぞ」

「そのときは、珊瑚にでも手厚く介抱してもらうさ。稽古が終われば楽しい夕食だ。ほら、私を楽しませろよ」

「上等だッ!!」


 姉の鷹の如き三白眼を睨みつけ、真は高らかに吼えて床を蹴った。

 様子見などは一切なしの全速全開。静は家を出て以降の真の実力は知らない。舐めているのいうのであれば、最初から全力をぶつけて出鼻を挫く。


「速いな……だが、単純だ」

「んなことは、わかってらあ!」


 青白い影を残して駆ける真の動きは直線、やや右に逸れて静の左側に位置取ろうとするものだった。そして、両手で握り締めた木刀を横合いから思い切り打ち据える。

 防具などは身に着けていないため、まともに当たれば骨は砕けるだろう。しかし、手加減をしないのは先の礼と一緒だ。下手な情をかければ、砕かれるのは自分の方だということは、それこそ骨身に沁みて理解している。


 果たして、およそ人間を殴ってこんな音はしないだろうという鈍重な音が、肘を立てて木刀を受けた静の左腕から轟いた。

 手応えはあった。ただし、鉄の塊でも殴りつけたかのような感覚としてである。


「重いな。良い一撃だ」


 愉快そうに口を裂いて不敵な輝きを宿した目を向けられ、真は己の足元に絶望の影が這い寄るのを感じた。

 木刀を受け切られ、こちらの勢いは完全に殺されているため咄嗟に動くこともできない。反撃されれば、間違いなくもらってしまう状況だった。


「いい機会だ。一つおさらいをしておくぞ」


 だが、静は真に反撃を与えず、彼を押しのけるように左腕を振り払うのみに留めた。払われた勢いを利用して真は静と距離を取ることができたが、釈然としない顔で姉を睨む。


「おさらいだと?」

「霊気を扱う上での戦い方……特性は大きく分けて五つある」


 静は木刀を受けた左腕を盾とするように目の前に掲げて言った。


「まずは『強化』。身体機能の向上に始まり、武器の強度を上げるなど、全ての基礎だ。これが出来なければ話にならん」


 静の左腕が、にわかに淡い輝きを宿す。深海のような静謐さを湛える光は、彼女の気性とはまるで正反対な霊気の色だった。


「ちなみに、今受けたのは出力半分と言ったところだ。さて、次は私から行くぞ。しっかり受けろ!」


 浅く腰を落として前傾姿勢となった静が、霊気を帯びた肘を突き出して前に飛び出す。受けろと言われた言葉通り、真は馬鹿正直に姉の突進を正面から木刀を盾にして受け止めた。

 またしても鉄球でもぶつけられたかのような重い衝撃だった。受けた衝撃が腕から全身に伝播し、ぐらりと傾きそうになるのを堪えた真の足が一歩下がる。


「おいおい、あっさり敵を懐に入れるなよ」

「――ッ!!」


 静の左腕の輝きがにわかに膨れ上がり、破裂するように光を撒き散らす。閃光となった霊気は真の視界を貫き、今度こそ体勢を崩した彼の腹に静の膝がめり込んだ。


「次に、『放射』。これは分かり易いな。ただ単純に、霊気を力の塊としてぶつける。基本的に広範囲の攻撃に使う派手さがあるが、放射の範囲を自在に操ることができれば取り回しがよくて便利だぞ」


 ボールのように吹っ飛んで床を転がる真を見ながら、腰に手を当てて静は余裕を見せる。真は激しく咳き込みながら片膝を立て、口元を拭って激しく姉を睨み上げた。

 そして、彼は不意に右手に持った木刀を静に向けて突き出した。距離が開いているため、当然切っ先は虚しく空を突くだけ、のはずだった。


「む……?」


 静は目を見張ると顔を僅かに左に反らし、その攻撃を回避した。

 木刀の切っ先からは、刀身の延長であるかのように真の霊気が形を成して伸びていた。形は不完全ではあるが、当たれば確かな破壊力を有するものだ。


「そして、『形成』だろ……?」


 伸びた霊気の刀身はあっけなく掻き消えたが、真は満足げに口角を上げる。避けられはしたが、一瞬でも姉の顔色を変えることができた。


「その程度で勝ち誇るな。こっちが恥ずかしくなるだろう」


 眉間に皺を寄せ、静は好戦的な笑みを見せた。半端な刺激を与えれば食われるだけのこと。嬲られ続けている方がまだ楽であったかもしれないが、真はそれを良しとはしなかった。

 姉の負けん気に火を点けたことで、少しは本気になっただろう。これで、課題のクリアに一歩近づいたというわけだ。


「形成は集中力と、あとはセンスだな。実際の所、得物なり、肉体なりを強化して戦うことの方が遥かに楽だから、好んで使う者は少ない。半端な練度では使い物にならんし、一から霊気で練り上げるから燃費も悪い」


 だが、と静は付け足すように言った。


「極めれば化ける。術者の想念が如実に出る分、強固な意志で編まれた形成は、容易いことでは崩れない。かくいう私も、これは得意ではないところだ」

「ああ……良く知ってるよ」


 滅魔省の少女が振るっていた緋色の太刀は、まだ記憶に新しい。どのような攻撃を受けても決して折れず、最後まで鮮明な輝きを失うことはなかった。

 真は腹に重苦しい痛みを感じながら立ち上がり、木刀を構え直す。仕切り直しだと姉に目で訴え、床を踏みしめる足に力を込めた。


「残念だが、それには及ばんな」

「なに――……!?」


 静が薄く口を引き延ばす。すると、立ち上げたはずの真の膝が不意に崩れ落ちた。


「四つ目の特性は『侵食』。これは珊瑚の特性だから説明するまでもないか? 不用意に懐に入られると、こうなるというわけだ」

「くそ……ッ!」


 真は両膝に霊気を集中させ、跳ねるようにして無理矢理に身体を起こした。おそらく突進を仕掛けられたとき、事のついでに静は己の霊気を真の中へ打ち込んだに違いない。


「言わば、他者の霊気に己のものを混ぜることで不和を起こす搦め手だな。力技で解除はできたようだが、珊瑚ほどの腕になれば、こうはいかんぞ?」


 完全に手玉に取られ、真は頭に血が上りそうなのを寸でのところで抑えていた。感情に任せて突っ込んでも、返り討ちにあうことは目に見えている。


「最後は実演はできんが、封魔の連中が得意とする技だ。『略奪』……他者の霊気を奪い、食らうものだ」


 そこで初めて静は構えらしき体勢を取った。左足を前に半身となり、深く腰を落としてぎらつかせた瞳で真を正面に見据える。


「示した通り、私は大抵のことはできるわけだが……当然、それぞれの特性には相性がある。さて、真、お前はどう戦う?」


 訊ねながらも答えを待たず、静は床を蹴って真へ肉迫する。どうやらここまでが講義であり、ここからが実践編ということらしかった。

 真は最初に感じた絶望感が、すでに足元に絡みついていることに気付いていた。しかし、みすみすやられるわけにはいかないと、彼は自らを鼓舞するように足を踏み鳴らす。


「いいぞ。実戦なら、最初の反撃でお前は死んでいたのだから今更悩むな。開き直って来るがいい!」

「うるせえよッ!」


 真の怒号を掻き消すように、激突による轟音が道場に響く。姉と弟の稽古を見守る礼は、その衝撃を肌で感じながら微笑ましそうに頬を緩めていた。





 結果は、言うまでもなく静の圧勝だった。

 雑巾を限界まで絞り切ったにも飽き足らず、そのまま捩じ切られるかと言うくらいに真は体力を使い果たしていた。

 四肢を投げ出して大の字になった彼は、激しく胸を上下させて荒い呼吸を繰り返しており、大量の汗が床に滴り落ちている。


「なかなか食い下がったじゃないか。褒めてやるぞ」


 最後まで愉快そうな笑みを消すことなく、静は真を見下ろしながら手を叩く。素直に賞賛しているのだろうが、真にとっては耳障りなことこの上なかった。

 流石に静も肩で息をしており、真ほどではないにしても汗を流し、体力を消耗している。しかし結局、真は彼女に膝をつかせることはできなかった。


「嫌味かよ……くそ……」

「真さん、あまり喋らない方がいいですよ……」


 姿を見せたハナコが、言葉を発することも辛そうにする真の顔を心配そうに覗き込む。真は彼女から視線をそらし、悔し気に奥歯を噛んで言葉を呑んだ。


「真にハナコ、そのままでいいから聞け。今回のお前たちの敗因は何だと思う?」


 訊ねられ、真は疲労で混沌とする思考を起こそうとする。ハナコはといえば、自分が訊ねられるとは思っていなかったため、面食らった顔をしていた。


「まあ、当然、私の方がお前よりも遥かに強かったということもあるが」


 倒れながらも顎を僅かに上げ、睨む弟の視線を受けて静は肩を竦めた。


「言っておくが、私の霊気の総量は凡人並だぞ。お前たち二人分の霊気には及ばない。これがどういうことか解るか?」


 静の更なる問いにハナコは首を傾げる。そこで、ようやく呼吸も落ち着いて来た真が上体を起こし、ぐったりと背中を丸めながら言った。


「霊気の扱いが雑だって言いたいのか?」

「概そんなところだが、それだけではないぞ。強化と言うのは単純に素体と霊気の足し算ではない。同じ量でも使いようで掛け算にもなる」


 静は左腕を掲げて見せた。今は霊気の光はないが、木刀を何度も受けたはずの彼女の腕には痣どころか、衣服に綻びすらできていなかった。


「私が行っていたのは、強化と形成の合わせ技みたいなものだ。単純な盾のイメージに強化を被せただけだが、大したものだっただろう?」


 霊気の総量だけで言えば、静よりも真の方が多い。だが、彼女の防御を真の強化では突破できない理由。ひとえにそれは、練度の差でしかありえない。

 まずもって、一点に注ぎ込まれる霊気の密度が違う。例えるなら静が石で、真が紙と言ったところか。戦いに相性はあるとは言え、じゃんけんではないのだ。紙で石は受け切れない。突き破られればそれで終わりだ。

 さらに言えば、静は石を岩にもできるし、鋏の手札も有している。真が石の手を出そうとも、彼女は紙に鉄板の如き強化を行い容易く弾き返すことだろう。

 霊気の量による優位性を覆すほどの練度の差。ただ、言い換えれば、その差を克服し、静と同じ手札を有することが出来れば、真にも勝ちの目ができるということだ。


「ただ、ひたすらに鍛錬不足か……」

「気にするな、真。生きている年数が違うんだ。今すぐこの人に追いつこうなんて、考えるだけ無駄だぞ」


 立ち上がった礼が真の傍まで歩き、苦笑気味に声をかけてきた。彼はいつの間にか二人分のタオルと水の入ったペットボトルを持っており、二人に向けてそれぞれ差し出す。


「無駄とはなんだ。真を甘やかすようなことを言うんじゃない」


 礼を睨み、静は受け取った水で喉を潤して再度口を開いた。


「真、お前の課題は霊気の総量という有利さに胡坐をかかず、鍛錬に励むことだ。霊気の扱いもそうだが、肉体の強度はそれだけで強さに直結する。そして、ハナコ」

「は、はい!」


 名指しで呼ばれ、ハナコは思わず背筋を伸ばす。静は真と同様、彼女にも厳しい目を向けて言った。


「真のことを本気でサポートする気なら、お前も戦い方を覚えろ。少なくとも、今の真程度には扱えるようになった方がいい」

「え、ええ!?」

「おい、静姉、それは……」


 ハナコが驚き、真は抗議らしき声を上げようとしたが、静はまるで取り合わずに続けた。


「ただ霊気を提供するだけでは勿体ないのだよ。ハナコ自身が戦いに則った霊気の扱いを心得れば、お前たち二人の力はまだまだ伸びる。そうなれば、二人分などではなく、正に二人で戦うことが可能だろうさ」


 困惑した二人の顔を見て軽く息を吐くと、静は中身を飲み干したペットボトルを礼に突き返した。


「まぁ、無理強いはしない。お前たちが実家にいる間は、私も滞在するつもりだ。その気があるならいつでも言え。稽古をつけることは、吝かではないからな」


 自分のリュックを背負い、静は道場を去ろうとした。が、ふと入口で足を止め、振り返って意地の悪い笑みを弟二人へと向けた。


「と、そうだ。汗で汚れた分、道場は掃除しておけよ。敗者の定めだ」


 これから彼女は夕飯の前にひと風呂浴びるつもりなのだろう。真と礼は髪を揺らしながら去って行く姉の背を見送り、深く嘆息した。

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