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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第三部 魂の帰郷
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07 「帰路」

 如月が翼の診察を終え、用が済んだ真たちは診療所の入口に並んでいた。真と珊瑚の間に翼が立ち、その後ろにはハナコがいる。

 外は日が傾き始め、空は赤みを帯び始めていた。

 冬の日暮れは早い。この分だと、あっという間に暗くなってしまうことだろう。

 翼はワンピースの上に白い毛皮のコートを着ていたが、外の寒風を受けて身震いをしていた。彼女の右手は真の左手と繋がっており、真は妹の手がこれ以上冷たくならないよう、しっかりと握ってやっていた。


「先生、やはり顔を出してはもらえないのですか?」

「大勢で騒ぐのは好きじゃねえんだよ」


 残念そうに訊ねる珊瑚に、如月は片手を振って顔を顰めていた。

 せっかくなので、今夜は浅霧家で食事を一緒にしてはどうかという誘いだったのだが、にべもなく断られていたのである。


「それに、お前たちが留守の間はちょくちょく邪魔はしてるんだぜ。礼の奴が、晩酌相手がいなくてつまらんなんて言うからよ」


 如月の言いたいことはつまるところ、今日くらいは家族水入らずで過ごせということだった。言葉にこそはしないが、彼の気遣いを感じて珊瑚と真は、改めて彼に頭を下げた。


「では、また日を改めてお伺いしますね」

「先生、お世話になりました」

「おう。翼も具合が悪くなったら我慢するんじゃねえぞ。何かあったら、すぐに診てやるからな」


 少し屈んで翼の頭をわしわしと撫でながら、如月は口角を上げる。翼はくすぐったそうにしながら、ほのかに笑みを見せて頷いた。


「それから、ハナコ。ちょっとこっちへ来い」


 そして、翼から手を離した彼は、ハナコに向けて手招きをした。ハナコは驚いた顔になり、困惑気味に如月へと近寄る。


「えっと、なんでしょうか?」

「お前たちは、ちょっとそこで待ってろ」


 如月は真たちに一言言い、話し声が聞かれない程度に距離を置いた。ハナコはまだこの老医師のぶっきらぼうな口調に慣れていないせいか、おっかなびっくりといった様子でついて行く。


「これは忠告だ」


 そう言うと、如月は振り返って厳しく細めた目をハナコに向けた。


「お前はこれ以上、無茶をするな」

「え?」


 漠然とした指摘に、ハナコはどう言えばいいのか分からず、ぽかんと口を開けるばかりだった。しかし、彼女の反応を見越していた如月は、構わず続ける。


「魂が生み出せる霊気も無限じゃねえってことだ。どんなものにも限界……寿命はある。それは、魂だって例外じゃない。お前は肉体がない分感覚が麻痺しかねないから、そこんところは自分で締めろ」


 ハナコの胸の中心を指し、如月は言った。


「俺が言うことじゃねえだろうが、肝に銘じておけ。今、真の命を握っているのは、間違いなくお前だってことだ」


 改めて救った命の責任を告げられた気がして、ハナコは重く跳ね上がるような胸の鼓動を感じた。


「……はい。もちろんです」


 真の命は彼のものだ。だが、彼を助け、生かすことを望んだのはハナコ自身だ。

 彼女は「俺と生きろ」と言った彼の言葉を思い出す。だが、こうも言った。「一緒に死んでやる」とも。

 如月との診察の受け答えにしてもそうだ。真はときどき、自分の命を勘定に入れないようなことを言う。それはおおよそ、ハナコに関するところが大きい。

 ハナコは真の言葉を嬉しくも思うが、歯痒くも感じる。彼の家族を知り、これだけの人に見守られているというのに。


「先生は、真さんが家を出た理由について、何か知っているんですか?」

「何だと?」

「珊瑚さんから聞いたんです。その、昔酷い事件があったって……」


 真が家を出たきっかけ。それは、真が凪浜市にやって来ることになり、ハナコと出会うことになった遠因とも言えるだろう。

 如月は顎に片手をあてて考える素振りを見せたが、やがて首を横に振った。


「ああ、知ってるぜ。だが、俺の口から言える話じゃねえことはわかるな?」

「はい……そうですよね」

「わかってんならいい。そいつは、浅霧のとこの誰かから聞きな。もう行っていいぞ」


 言うだけ言うと、如月はこちらの様子を見ている真たちへ目だけで挨拶し、診療所の中へと戻っていった。仕方なく、すごすごとハナコも真たちの元へと戻る。


「何を話していたんだ?」

「ええと、あまり無茶をするなって釘を刺されたくらいですかね」


 訊ねる真に、ハナコは嘘のない範囲で答えて曖昧に笑った。


「ささ、皆さん暗くなる前に急ぎましょう」

「そうですね。私も、凛を手伝ってやらないといけませんし」


 ハナコが何かを誤魔化そうとしていることはあからさまだった。しかし、珊瑚の同意により、真はそれ以上口を挟むことはできなくなってしまった。

 だが、そんなハナコの様子を見つめる空色の瞳があった。その視線に気づき、ハナコが振り向く。


「翼ちゃん?」


 ハナコが目を合わせると、翼はふいと俯いてしまった。どう言葉をかけてよいものか迷い、ハナコは首を傾げる。

 これまで出会った浅霧家と縁のある者の例に漏れず、翼もハナコの姿を見ることができている。しかし、言葉が交わせないため、ハナコの翼とのコミュニケーションは完全に手探りで、手応えらしきものを感じることができずにいた。


「きっと、お前みたいなのが珍しいんだろうさ」


 そのように結論付けて肩を竦めると、真は翼の手を引いて歩き出す。ある意味失礼な言い草にハナコは眉を顰め、珊瑚は苦笑しつつ彼と共に帰路へとついた。





 浅霧家に帰り着いた頃には日が沈みかけ、空は藍色になり星がちらつき始めていた。日が完全に落ちる前に帰宅できたことに安堵しつつ真が玄関の戸を開けると、元気な声の出迎えがあった。


「皆さんお帰りなさい!」


 廊下の奥からパタパタとスリッパの音を小刻みに鳴らしながら、嬉しそうに顔を綻ばせた凛が姿を見せた。相変わらずメイド姿であり、どうやら着替えるきはないらしい。

 彼女は翼の姿を目に留めると、崩した表情を更にとろけさせ、屈んで翼と目線を合わせた。


「翼ちゃん、お帰り。診察は大丈夫だった?」


 翼は凛の目を見て、小さく頷く。「えらいえらい」とご機嫌に翼の頭を撫でる凛だったが、彼女の姉は妹の粗相を見逃しはしなかった。


「凛、慌ただしいわよ。廊下を走るんじゃありません」

「うぐ……失礼しました」


 口答えは許しませんと言外に含まれた威圧を感じ、凛は誤魔化しの笑みを浮かべつつ素早く後退した。


「あ、真くん。帰って来たところ早速で悪いけど、静さんが離れの道場で待ってるって」


 そして、次に真の顔を見た凛が思い出したように伝える。真は昼間のやりとりを思い出し、眉間に思い切り皺を寄せた。


「静姉のやつ、本気かよ」

「あはは、災難だね。礼さんも一緒だったよ」


 うやむやに出来そうにない雰囲気に舌打ちする真に、苦笑気味に凛が笑う。


「仕方ない……行ってくる。ハナコも付いて来い。手合わせするってんなら、お前の力も借りることになるだろうからな」

「昨夜の喧嘩とは、違うんですよね?」

「ああ。少なくとも、今の俺の本気をぶつけないと静姉は納得しないだろうからな」

「はい……その、少し怖いですけど」


 真の言葉の端にある自嘲気味な空気をハナコは感じ取る。それはつまり、彼は本気を出しても静に勝てるとは、微塵も思ってはいないということだった。


「翼、また後でな」


 そこで真は繋いでいた翼の左手を離す。翼は名残惜しそうに空になった左手を見つめたが、頷いて外に引き返す真とハナコの姿を見送った。


「それじゃ、姉さんは、わたしと晩御飯の準備ね。ふっふ、わたしの料理の腕の上達ぶりをみてもらうよ。翼ちゃんも、手伝ってくれるかな?」

「凛、ここまで歩いて来たのよ。翼さんは、少し休ませてあげないと」

「だめだよ姉さん」


 凛をたしなめようとする珊瑚だったが、凛はここは譲らず、毅然と姉を見返した。


「それだと、翼ちゃんが一人になっちゃうじゃない。一人じゃ、寂しいもんね?」


 そう言って微笑む凛に、翼は笑い返して頷いた。


「こう見えて翼ちゃんは、野菜の皮むきとか上手なんだよ。それじゃ、わたしは続きに取り掛かってるから、準備が出来たら台所に集合ね!」


 と、踵を返そうとしたところ、凛ははたと足を止める。そして、何かを思いついたように改めて珊瑚と翼へと向き直り、エプロンとスカートの皺を整え始めた。


「それでは、お嬢様、お姉様、失礼致します」


 お上品ぶったという言い方がしっくりくる作られた声と、エプロンの前で両手を合わせて深々とお辞儀をする妹の姿に、珊瑚は背筋に寒いものを感じた。

 顔を上げた凛は、にっと白い歯を見せると今度こそ踵を返し、来た時とは逆に物静かに去っていった。

 注意されたことに対する、妹なりの意趣返しだろう。しばらく見ない内に逞しくなったものだと、珊瑚は内心呆れるやら、おかしいやらで上手く表情を作れずにいた。


「すみません、翼さん。気が回りませんでしたね」


 翼の空いた左手を取り、珊瑚は笑いかけた。

 家主である礼はのんびりとした雰囲気ではあるが、あれで多忙な身だ。普段から凛の相手をしてくれているのは翼で、その逆もまたそうなのだろう。

 真の傍にいるため、浅霧家を一時離れた自分にとって、二人の間柄に口を挟むことは判断としては誤りだと、素直に認めざるをえないところだった。

 自分と真がそうであるように、凛たちもこの家で家族としての関係を深めているのだ。


 ……それでも、メイドは納得しかねますがね。


 心の呟きが漏れたのか、翼が不思議そうに珊瑚を見つめ、首をちょこんと傾げていた。


「ふふ、なんでもありませんよ。まずは着替えをすませましょう。それから手を洗って、凛を手伝いましょうね」


 珊瑚は改めて笑いかけると、翼の靴を脱がして玄関へと上がる。今夜は腕によりをかけようと、彼女は密かに胸に闘志を燃やした。

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