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退魔師の二度目の生は幽霊少女と  作者: 尾多 悠
第一部 死に損ないの再生者
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03 「凪浜市開発区」

 凪浜市開発区。


 主にビジネス街で構成され、その名の通り現在も建設中の物件も多く存在する場所である。


 眠らない街とまでは言わないが、今日は週末の金曜日ということもあり、夜になれば仕事終わりのサラリーマンや近くの繁華街まで足を延ばしてきた市民たちで騒がしくなる。

 そして、今がまさにその時間帯であった。


 人が溢れ、活気に満ちている。


 そんな地上の光景を、喧騒が届かない高層マンションにある一室のリビングから芳月柄支はぼんやりと眺めていた。

 まだ日付を跨ぐには早い時間。夜の闇を拒むように、街は輝きを消すことはなく存在を色とりどりに主張している。


 羨ましい――と柄支は目を伏せる。


 遊びにでも行きたいところだが、大半の友人は受験勉強に勤しんでおり都合が合わない。

 高校三年生。現実的に考えれば自分も遊んでいる場合ではないが、それはそれである。


 柄支は窓に薄く映る上下スウェットという色気のない部屋着姿の自分を見た。誰に見せるわけでもないし、リラックスできるのでお気に入りの一つである。


 高校入学と同時に凪浜市に来てから、彼女の一人暮らしの生活は始まった。

 たった一人には不相応にあてがわれた広いマンションの一室。開発区に建てられた新築の1LDKが彼女の城だ。


 同級生が聞けば羨む者もいるだろう。高校生にとって一人暮らしと言えば、口煩い親元から離れられる憧れのシチュエーションかもしれない。

 全ては想像でしかないし、柄支にとっては無縁の話だ。


 自分にとって、この部屋は牢獄のように息苦しい。


 幼い頃に他界したという両親は口煩かったのかどうかも知らない。そもそも思い出がないのだ。

 ただ、産んでくれたことには感謝しているし、両親がいないという事実に対しては寂しいという思いもある。


 父方の叔父に引き取られて以降、二つ年の離れた妹と一緒に暮らしていたのだが、中学の卒業が柄支の転機となった。

 叔父は仕事の都合で海外へ転勤となり、当時まだ中学生の妹は彼についていってしまった。以来、彼女は一人のままだ。


 既に必要な手続きは済ませた後の報せであり、子供の柄支に抵抗の意志はあっても実行に移す術はなかった。


「はぁ……!」


 思考が暗い方向に行きそうになり、柄支は大袈裟に息を吐いて気持ちをリセットする。一人寂しく思う夜には、溜息の回数が増えることが最近の悩みだ。


 大股で自室へと戻り、外へ出かける衣装選びのためにクローゼットを開ける。

 夜に一人出歩く誰にあてるわけでもない悪戯心、あるいは八つ当たりのような反抗心。


 子供だなと呆れる自分に苦笑しながらも、衝動を抑えることはできなかった。


 着替え終わり、姿見の前で自分の恰好を確認する。夜は冷えるので薄手のジャケットに、ハーフパンツと黒タイツを履いた。

 最低限の荷物をポーチに入れ、部屋の照明を消して玄関に向かう。お気に入りのスニーカーに足を通し、外へのドアを開けた。


 廊下は明るく照らされているが人気はない。エレベーターで躓くことなく一階まで降り、堂々とした足取りで外へと出る。


 夜の街に出ることに少なからず胸を躍らせてマンションの敷地を越えて道路へと出た柄支は、人混みの流れに溶け込むように歩き出した。

 一度マンションに向けて顔を上げ、自分の部屋のある位置を見てみる。ほぼ点に近く、肉眼で地上から注目することは不可能だった。


 さっきまで眺めていた雑踏の一部になることに不思議な面白さを感じながら、流れに任せて大通りへと出て信号待ちの集団の中に混ざる。

 向かいには街灯とビルの明かりがある。その中に、よく利用する最寄りのコンビニがあるのだった。


 信号を渡り、ひとまず柄支はコンビニに入っることに決める。

 特に行くあてなどもなかったため、おやつでも買い足して戻ろうかと考えていると、近くの雑誌コーナーから男性同士の話し声が聞こえてきた。


「これとか面白そうじゃないか?」

「いや、絶対ないだろ」


 見た感じ大学生の若い二人組だった。一人が片手に持った本をもう一人に勧めているようだが、乗り気ではない答えを返している。

 横目で見ると、黒をベースにおどろおどろしい絵が描かれた表紙に、色のきつい文字でタイトルが書かれていた。


 思わず柄支は眉を顰める。それは『本当にあった怖い話百選!』という、いかにも安っぽい感じの内容の本だった。

 夏と言えば怪談だと実際に購入した結果、あまりのくだらなさに痛い目を見た苦い思い出が蘇る。あれは今も本棚の奥で埃を被っていることだろう。


「というか、怪談だったらそんなのより身近なのがあるだろ」

「あぁ……廃ビルの話か?」

「そうそう、噂が立ったのって最近じゃなかったか?」

「いや、でも身近すぎるとちょっと引くだろ……」


 なんとなく話に耳を傾けていたが、ずっと立ち聞きをすると目立ちそうだったのでその場を離れた。

 全てを聞く必要はなかった。その話には柄支にも覚えがある。


 二年前の夏休みに入る前のことだ。開発区のとある雑居ビルで火災が発生して全焼し、死傷者も出した割と大きな事件があった。

 出火の原因は未だに不明とされており、放火説が有力と囁かれている程度。件のビルは目立つ通りからは若干離れており、あえて行かなければ目にする機会はそうない位置にある。


 引っ越して間もないことだったので記憶には鮮明だった。自室の窓から遠目に見えた立ち昇る黒煙は、非日常な光景として忘れ難い。

 当時のクラスでも好き勝手に話題のネタされていた。死者も出ており不謹慎だということで、その話題は学校から禁止された程である。

 人の噂も七十五日と言うように次第に噂も消えていったのだが、最近になって再び、廃墟となったそのビルが話題に上るようになったのだ。


 曰く、亡霊が出るのだとか。


 事件の際に亡くなった者の霊が現れるという話である。

 二年も経っているのに何を今更と言う感じもするが、当のビルは現状立ち入り禁止となって放置されている。それを思えば、当時の生々しさが薄れた今の方が怪談話をするには適しているのかもしれない。


 ……次の新聞のネタにでもしようかな。


 ビルの事を公に書いてしまうと学校からお叱りを受けそうなので、適当にぼかして時期遅れの怪談とでもすれば割といけるかもしれない。

 級友の麻希には絞られるかもしれないが、それも一興だろう。どの道週明けにはお小言を頂くことになるのだ。一つも二つも大差はないと楽観する。


 そこでふと、お小言の要因となる今日会った後輩の少年の顔を思い出し、柄支の口元は自然と緩んだ。


 一応外に出たのは収穫だったと、早々に柄支は家に戻ることに決める。そして、スナック菓子と飲み物を見繕い、それら戦利品を片手に彼女がコンビニを出たときだった。


「お嬢ちゃん。ちょっとええかい?」


 間延びした男の声。柄支が振り向くと、カーキ色のコートを着た細見の若い男が目の前に立っていた。


 胡散臭そうな男だと、上から見下ろされる視線に柄支は直感する。


 やや前が長い黒髪に険のない顔立ちで、切れ長の目が更に細められている。一見して好青年に見えなくもないが、妙に芝居がかった口調がそれを押しのけて怪し過ぎた。


 柄支が驚きと警戒に返事を詰まらせていると、男は思案顔をした後、膝に手をついて腰を折り彼女の目線に合わせてきた。


「すまんのぉ、ちょいと道を尋ねたいだけなんじゃが」

「道……ですか?」


 柄の悪いナンパ等ではなさそうだが、こうして下手に出られる感じも断り辛い。

 人は多いため無視して去ることも出来たかもしれないが、良心との相談の末、柄支は答えることにした。


「そうじゃ。亡霊が出るっちゅうビルがこの辺にあると噂で聞いたんじゃが、知っとるか?」


 柄支は内心の驚きを表情に出さないように抑える。まさか考えを読まれたわけではないだろうが、タイミングが良過ぎる質問だった。


「気を悪くしないでもらいたいんじゃが、さっきコンビニで耳をそばだてとったじゃろうが? なんら知っとると思ってのぉ」


 その疑念は男の次の言葉で解消されたが、代わりに警戒レベルが一つ上がる。

 見られていたということもそうだが、ビルの場所を知りたいのであれば噂をしていた二人組の方に聞けば良かっただけの話だ。


 つまり、この男は自分を狙って声をかけてきたということ。


「――すいません! ごめんなさい!」


 と、柄支が良心の判断を無視してさっさと逃げるべきかと考えているところへ、甲高い慌てた謝罪の声が飛び込んできた。

 雑踏に負けずによく通る声で、幾つかの視線が集まる。が、それも直ぐに興味を失くしたように元の流れへと戻って行った。


紺乃(こんの)さん、一人で何やってるんですか! 探しましたよ! まったく!」


 成人はしているだろうが、声質と口調から若干幼さが抜けきらない印象を受ける女性だった。短距離を駆けて乱れた息を整えながら、早口に捲し立てている。


「存外遅かったのぉ。じゃが、足掛かりは見つけたんじゃから文句は言うなや」


 紺乃と呼ばれた男は女性を横目で一瞥し、面倒そうに片手を振った。軽くあしらわれたことに不服そうな顔をしていたが、柄支に気付いた彼女は向き直り、変わり身早く快活な笑みを見せる。


「あ、どうもすいません。この怪しい人がご迷惑をおかけしましたよね? ごめんなさい!」

「え、ええと……」


 妙なテンションの高さに対応し切れず戸惑う柄支だったが、彼女は構わず言葉を続けた。


「私は咲野寺(さきのじ)(うつつ)と言います。こちらは紺乃(ごう)さんです。私の上司みたいな人です」

「みたいじゃなくて、本当の上司じゃろうが」

「は、はあ……」


 唐突に始められた自己紹介に、ようやく柄支はまともに現と名乗った女性に目の焦点を合わせる。

 薄い金色の髪をショートヘアにしている美人だった。病的とまでは言わないが、色素が薄い感じで肌が白い。全身を覆う黒のロングコートは烏のようで、その白さをより際立たせているようだった。


「ええとですね。私たちは亡霊が出ると噂されているビルを探しているんですよ。二年程前に火事があったという場所です。何かご存知ありませんか?」


 現はにこやかに且つ丁寧に語り掛けてくる。背は高いが紺乃よりも威圧感はなく、同性と言うこともあり柄支は少しだけ警戒を緩めていた。


「知ってますけど、記者の方とかですか?」


 紺乃と現は大人だ。遊び半分で見物に行こうという感じでもない。

 が、柄支の問いに現は笑みを保ったまま首を横に振った。


「いいえ、そういうわけではありません。場所だけでも良いので、教えて貰えないでしょうか?」

「構いませんけど……この辺りの場所の事は分かりますか?」


 多少裏道なども絡むため、開発区の地理に詳しくなければ口頭では説明し辛いところだ。それを聞いた紺乃が顎に片手を当てて眉間に皺を寄せる。


「すまんのぉ。儂らはこの街の住人じゃないし、詳しくないんじゃ」

「そうですか。じゃあ、近くまでの道を教えますから、そこで改めて誰かに訊いてもらえれば」


 いい加減に切り上げて家路につきたいと思い始めて柄支は提案したのだが、それは否定された。


「いや、お嬢ちゃん。すまんが案内を頼まれてくれんか? そこで知っとる奴がいるか判らんし、これも何かの縁っちゅうことで」

「え……いや、でもですね」


 怪しいので付き合いたくないのが本音ではあったが、正直に言葉にすることは躊躇われる。その隙を突くように、紺乃が畳みかけるように言葉を重ねた。


「それにお嬢ちゃんも、興味はあるんと違うか? まぁ、儂らを警戒する気持ちは解らんでもないがのぉ」

「あなたが主に怪しい原因ですよ。それはともかく案内して下さるのなら心強いです。大丈夫ですよ。この人は見た目より良い人なので。それに、変なことをしようとすれば私が守りますから」


 現は白い歯を見せて笑う。完全に不信感は拭えないでいたが、最終的に柄支はその笑みを信じて頷いた。


「……わかりました。少しだけなら」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 手を打って喜ぶ現に対し、柄支は複雑ではあるが初めて笑みを浮かべるのだった。

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